大切な一人か百人か?
「双方、よくやった」
悔しさに拳を握る俺に、団長が声をかける。互いに一礼し、サイフォスとともに元いた場所へと戻る。肩で息をしながらも、まだ戦いの余韻が残っている。
「想定以上だ!」
団長は強張った表情を崩し、朗らかな笑顔で俺たちを称賛する。そして、そのまま賞賛の拍手を送った。厳格そうな印象の強い団長のこうした柔らかい表情を目にするのは意外だった。
しかし、問題はこの後の判定だ。俺は合格なのか、それとも不合格なのか。
「皆の者、私はこの者を迎え入れてもいいと考えている。当然、この後面談はするが、異論はあるか?」
団長がそう問うと、周囲の騎士たちが互いに視線を交わしながら頷く。
「私は問題ないと思いますよ」
団長の横に立つ長身で切れ長の目を持つ男性が答えた。鋭い眼光に、勝手に腹黒そうな印象を抱くが、口調は落ち着いている。
「彼の剣は、常に勝利を意識したものだった。型に忠実でいて、それを崩す柔軟性もある。その点が好ましい」
「俺も構いませんぜ」
低く響く声が場に広がる。発したのは、熊のように大柄な男。身長は軽く2メートルは超えていそうだ。分厚い腕を組みながら、ニヤリと笑う。
「サイフォスとここまでやり合うのは驚きだ。戦力としては申し分ないですぜ」
その答えに団長は頷く。
「サイフォス、最後に君の意見を聞こう」
団長が視線を向けると、サイフォスは一歩前に出る。彼は俺を真っ直ぐに見据え、しっかりとした声で答えた。
「私は問題ないと思います。この男の実力は、本物です」
「ふむ……」
団長は少し考える素振りを見せると、ゆっくりと頷いた。
「では、彼と面談をしてくる。各自、練習を続けてくれ」
その言葉とともに、騎士たちは右手を胸に当て、かかとを揃えて敬礼する。その一糸乱れぬ動きに、彼らの規律の高さが伺えた。隊列を組めば、圧巻の光景になるだろう。
(認められれば、ここの一員になれるのか……)
そう思うと、心の奥からわくわくする感覚が湧き上がる。油断はせずに思考する。どんなことを聞かれるのか、どこを見られるのか。俺は団長の後を追い、面談室へと足を踏み入れる。
「そんなに畏まらなくていい」
団長は椅子に腰掛け、向かいの席を手で示した。
「失礼します」
俺も静かに腰を下ろす。緊張を抑えつつ、団長の顔を正面から見据えた。
「君は、騎士としての礼儀を心得ている様に思える。きちんとした受け答え。負けを認めつつ、悔しがる気持ちを持っている」
団長は俺のことを全体的に見ている。まるで些細な反応すらも見逃さない様に。
「今だって、気を抜くことすらないのは尊敬すべき点だな」
「ありがとうございます」
しっかりと相手の目を見て返す。全てを見透かす様な双眸には一体何が見えているのだろう。
「戦闘中もそうだが、君も私と同じく相手を見透かそうとするね」
団長は笑いながら、表情を崩した。
「私が見つめて、見つめ返したのはサイフォスと君くらいだ」
「不躾にすみません」
「いや、気にしてない。寧ろ好ましく思っているよ」
団長はふっと笑って、首を傾ける。
「私としては、君の入団を許可しても良いと思う」
団長は区切りをつけて、俺をじっと見つめる。
「ただ、最後に質問がある。もしも大切な一人を守るか。 それでも、自国の市民100人を守るか。 君はどっちを選択する?」
きっと、両方とも救うとかそんな甘い回答は求められていない。だから、
「私は大切な一人を守ります」
「ほう。 たとえ100人を見捨てても」
団長は驚いた様な顔を向ける。
「はい」
それでも、俺は即答する。何の迷いもなく。
「理由を聞いてもいいかな?」
団長は俺の意見を聞く様に、ゆっくりと両手を前で組んで見つめてくる。
「後悔するからですよ」
「後悔...」
俺の言葉から推測する様に、何かを思案している。
「この手で守れる全てを守る。それが、自分の信念です」
人は身近な人のために頑張れる。身近な人以外興味がない人がほとんどだ。戦争、餓死、いじめ。それを見ない様に過ごす。だから、選択する。身近な人は大切にすると。
「そうか」
「それで自分は不合格ですか」
「いや、そんなことはない。 ここで聞きたいのはたった一つ。 自分に嘘をつかないことだ」
団長はそう言って真剣な目で俺を見つめてくる。
「嘘ですか?」
「あぁ。人は確固たる思いがなければ、揺れる。騙され、利用され、剣も揺らぐ。そんな人が、命をかけて誰かを救える訳がない」
ビリつく程の空気を感じる。まるで大気が震えた様な、自身に電撃が走った様な感覚だ。
「揺らぐことのない強さがあれば良い。さっきの正解に正解なんてないんだからな。だから、自分に正直であってほかったんだ」
「それもそうですね」
何となく俺も微笑んでいた。あまりにも、この人が優しくて、上に立つ眩しさを感じたからだろうか。
団長は手を差し出す。
「君の入団を歓迎する」
団長の手を握って頭を下げる。
「よろしくお願いします」
こうして俺は騎士団に入ることを許可された。彼女に出会うために俺はどれだけだ近づけたのだろうか?そんな気持ちを抱きながら、俺は頭をあげた。