敗北
騎士の駐在所に到着した俺は、すぐに訓練場へと案内される。
「ご苦労だった」
団長らしき人物がそう労わると、同行してくれた40代の騎士が「ハッ」と敬礼で返す。団長は俺に対して目線を向ける。
「君が推薦のあった者か?」
重厚感のある声が響く。
「はい」
「ふむ……」
団長は腕を組みながら俺を見下ろした。
「グレック教官を倒したと聞いるが事実ならその実力を見込んでもいい...本当であるならな」
団長はじっくりと俺を見極めるように視線を上下させる。
「そこそこ鍛えてはいるようだな。ただ、実力を示してもらいたい」
そう言うと、団長は周囲の騎士たちを見渡し、一人の男で目を止めた。
「よし、それじゃあ……サイフォス。お前がこの男の相手をしてやってくれ」
「はっ!」
呼ばれた男が前に出る。背が高く、鋭い目つきをした男だ。
「彼は今年入団したばかりなんだ。あまり気を張らず、気楽に打ち合ってくれればいい」
団長の言葉に、俺は自然と拳を握りしめる。
(“気を張らず”か……)
そんなわけにはいかない。俺の直観が目の前の相手を危険視していた。それも、団長と同じくらいに、もしかしたらそれ以上に。
”今年入団したばかり”ということは、つまり、俺と同じか、それに近い立場のはずだ。もしここで負ければ、俺の立ち位置は一気に危うくなるだろう。
(勝たなければならない)
俺の胸の奥が熱くなる。久々に感じるこの緊張感がとって心地よいものだった。
「自分も剣を貸してもらってもよろしいですか?」
「ああ。二人とも、そこから剣を取って模擬戦をしてくれ」
「わかりました」
彼に勝つために、今は出る最善を尽くす。俺は並べられた剣をじっくりと選ぶ。どれも質が良い。柄の感触を確かめながら、重心を確認し自分に合った一本を手に取った。
「サイフォス、準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
俺も団長のもとへ戻り、剣を構える。目の前の男がやけに大きく見える。ただ剣を持って立っているだけなのに、その存在感に圧倒されそうだ。
(剣客か……いや、余計な思考は捨てろ)
今は剣だけに集中する。
「始め!」
合図とともに、俺たちは同時に踏み込んだ。鋭い刃音が響く。剣がぶつかり合う一瞬で確信する。
(こいつ……俺より強い)
剣をかわしながら間合いを測る。呼吸を整え、相手の動きを見極める。しかし、わずかな隙を突かれ、体勢を崩されそうになる。
(まずい……!)
俺は即座に後ろへ跳ぶ。紙一重で避けたが、背中に冷や汗が伝う。周りから歓声が上がるが、今はそんなものに構っていられない。
勝てるための手を探す。さらに集中し、相手の呼吸、足運び、一挙手一投足を見極める。徐々に、お互いの動きが研ぎ澄まされていくのがわかる。剣撃は加速し、フェイント、ステップ、回避の応酬。どちらも巧妙に攻め、守る。
今までに見せてない技を多用して、攻撃を繋げが、その全てに即座に反応する。
(化物かよ...)
その後も激しく打ち合い理解する。相手はまだまだ本気を出ししていないことに。試験だから当然か...
ーそれでも勝つ!
長期戦は不利だと考えて短期で決着をつけられる様、更に力強く、速く攻撃するもその全てに対処される。
けどっ、自身が出せる最速の技。居合に似た技を披露する。初めて、相手が距離を取った。互いに睨み合い、確信する。
(次で決まる……!)
互いに距離を取って睨み合う。次の瞬間、サイフォスが一気にスピードを上げた。
(来る!)
俺も合わせて剣を振る。しかし——
「……っ!」
俺の剣は弾かれ、首筋に冷たい刃が突きつけられる。
「負けた……?」
頭が真っ白になる。原因を追究すべく、思考がぐるぐると渦を巻く。手のひらが汗でじっとりと濡れている。
(この後どうする……いや、今すべきことは――)
「……参りました」
言葉を絞り出すように口にした瞬間、悔しさが一気に押し寄せてきた。
(俺は、まだ弱い)
だが、同時に、次にどうすべきかを考える自分もいた。負けたままで終わるつもりはない。
剣も持たない空虚な拳をギュッと固く結んだ。