訓練
「まずはランニング20周だ!」
教官らしき人物がそう宣言し、先頭を走り出す。俺たちもそれに続いた。
走りながら、俺は妙な違和感について考えていた。夢の世界は “イメージに引っ張られる” はずなのに、体はいつもどおり動く。楓の世界でもそうだったが、“イメージ” というものは俺たちの身体には影響しないのかだろうか?
そんなことを考えていると、周囲から荒い息遣いが聞こえてきた。ちらりと横目で見ると、数名の兵士たちはすでにバテ始めている。まだ15周目だというのに、足を引きずるような走り方になっていた。
(……そんなに体力ないのか?)
と思ったが、これは心愛の“イメージ”による影響なのかもしれない。この世界の兵士たちは、そもそも鍛えられていない設定なのだろうか。
「なかなかやるな、君は」
辛い表情を見せないためだろうか。先頭を走る教官が声をかけてきた。
「はい、鍛えてますので」
信頼度を上げておこうと元気に応えるが、さすがに疲労は蓄積している。逆に、息一つ乱さないで話しかけてくる教官に驚かされる。それどころか、汗すら一滴もかいていない。
(……いや、いくらなんでも化け物すぎるだろ。)
そんなことを考えながらも、走り切る。20周を終える頃には、殆どの兵士たちは地面にへたり込んでいた。
「休憩ののち、模擬戦だ!」
教官の号令に、兵士たちは不満げにしながらも立ち上がり、武器を取りに行く。俺も剣を手に取り、周囲を見渡した。
槍、盾、メイス——皆、それぞれの得意な武器を選んでいるようだ。
「よし、では最初にやる者をきめよう。まずは……そこのお前、名前は?」
「僕ですか?」
「ああ、お前だ」
指名された俺は、背筋を伸ばし声高に告げる。
「滉誠と言います」
「滉誠か。よし、アレクサンドラと滉誠。お前ら、やってみろ」
俺の対戦相手として呼ばれた男は、一目でわかるほどの巨体だった。身長は178センチ近く、体重は90キロはありそうだ。俺は剣を正眼に構え、相手の動きを観察する。
「始め!」
アレクサンドラは、一拍の間を置いてから踏み込んできた。剣を上から振りかざし——俺はそれを軽く後方へ下がってかわす。
(……力任せの大振りか)
罠かと警戒しつつ距離を取るが、どうにも隙が多すぎる。振りかぶった後の無防備な姿を見て、ふと疑問がよぎる。
(兵士というより、訓練生に近いのか?)
その後も、相手の攻撃を何度か避けていると、周囲の兵士たちが騒ぎ始めた。
「おいおい、避けてるだけじゃ勝てねぇぞ!」
「逃げ回ってるだけか?」
俺に対する不満の声が上がるが——肝心のアレクサンドラの技量を指摘する声はない。
(つまり、皆がだいたいこのレベルってことか。なら、もう見る必要はないな。)
相手が振り切った瞬間、剣を合わせ——首元で寸止めする。
「……ま、参った。」
アレクサンドラが肩で息をしながら降参の意を示した。
「おお、やるな」
教官は満足そうに頷く。そうして皆が模擬戦を開始していく。
皆の試合風景を眺めながら、この先どう動けば心愛に出会えるかを考えていた。
——まずは、この”世界”の仕組みをもっと理解しないとな。そう思いながら、観察を続けた。