現状認識
「おい、何ぼーっと突っ立ってんだ。さっさと行くぞ、新兵」
荒々しい声が耳に飛び込んでくる。ぼんやりとした意識の中で、俺は周囲を見渡した。
「おい、聞いてんのか? お前だよ、お前」
突然、体を強く揺さぶられ、ようやく俺に向かって言われたのだと理解する。
「もしかして、僕に言っていますか?」
相手を刺激しないよう、できるだけ丁寧な口調で返す。まずは状況の確認が必要だ。はっきりしてきた意識で、声の主を見つめる。
「お前以外、誰がいるんだよ」
改めて周囲を見渡すと、確かに俺のそばには誰もいない。
——なるほどな。ゆりとはぐれたパターンか。それとも近くにはいるが、見えない所にいるっ感じか。まぁ、なんにせよ、まずは現地の人達と関係をうまく築く必要があるか。
「すみません、ちょっとぼーっとしてました」
とりあえず、素直に謝っておく。
「頼むぞ。俺たちだって’ ただ飯食ってるだけの兵士’ なんて陰口を叩かれるのはごめんだからな」
男は肩をすくめ、呆れたように吐き捨てる。どうやら、ここではそれなりの働きをしないと居場所がないらしいな。
「それで、私は訓練でしょうか? それとも見回りを?」
「お、やる気があるのはいいな。まずは訓練だ」
男が顎で示す先を見ると、固まって談笑している集団が目に入った。
「あそこにいる連中が、お前と同じ“仲間”ってわけだ」
俺は小さく息をつく。まずは、ここでの立ち位置を確立しなければならないらしい——。
Sideゆり
「お嬢様、ぼーっとしていたようですが、大丈夫ですか?」
目の前の人物が優しく問いかける。
初対面の相手のはずなのに、まるで長年仕えているメイドのような口ぶりだった。
心配そうな視線を向けられ、反射的に答える。
「大丈夫よ」
そう言いながら、周囲に視線を巡らせる。ティーセットに肖像画、化粧台。どれも19世紀のアンティーク調の物が多い。
なるほど、私はお貴族様ってわけか。はっきりし出した頭を働かせて、状況を把握する。
「お嬢様、体調は本当に大丈夫ですか?」
私が突っ立っているからだろう。さらに心配そうな風貌でこちらを伺ってくる。
「ええ、大丈夫よ。ほら」
そう言って、私はくるりと一回転する。スカートの裾がふわりと広がり、優雅に弧を描いた。さりげなく部屋の隅々まで目を走らせ、滉誠を含めて誰の姿もないことを確認する。
「元気なのは分かりましたが、はしたないですよ」
「ごめんなさい」
わざと明るく謝ると、メイドは苦笑しつつも安堵したように息をつく。
「その様子なら、お茶会には参加できそうですね」
「もちろん、参加するわ」
私は優雅に微笑みながら頷く。彼女は扉の方へ向かいながら、私を手招きする。
扉を出ると、目の前に広がるのは典型的な貴族の屋敷だった。品格のある天井装飾、壁に掛けられた精巧な絵画、随所に配置された壺や彫刻が飾られている。
15世紀から19世紀あたりがモチーフだろうか? そう仮説を立てながら観察する。中世の重厚で実用的な家具もあれば、繊細な装飾が施された華美な調度品もあり、統一感に欠ける。やはり、この空間は “本人のイメージ” に引っ張られているのかもしれない。
私は思考を巡らせながら、そっと歩みを進めた。まずは、お嬢様としての地位を確立する必要があるなと、改めて自覚する——。