朝のハプニング
朝目を覚ますと、妙な違和感を感じる。
(……また誰かが俺の布団に潜り込んでるな)
ちとせか、ひなか……?
俺は、呆れを含めたため息をつきながら、そっと布団をめくる。そこにいたのは——
「……ゆり?」
俺は一瞬、何かの見間違いかと思わず、目を見開いて数回瞬かせる。
頭が一瞬フリーズし、思考が追いつかない。
どうして、よりによってゆりが俺の布団に……?——いや、それは今考えている場合じゃない。
焦りながらも周囲を見渡す。幸い、ひなとちとせは別の布団で一緒に寝ていて、誰も起きていない。そのことに、少し胸を撫で下ろす。
「……おい、ゆり。起きろ」
小声でささやきながら、俺はゆりを揺すった。
「ん、ん〜……なぁに? 滉誠?」
ゆりが寝ぼけた声で俺の方を向く。目をこすりながらぼんやりと俺を見つめ、視線を上下させて状況を確認すると、ふっと口元を緩めてぽつりと呟いた。
「……滉誠のエッチ」
可愛いな、とふわふわとした声音に、一瞬油断しそうになるが、すぐに理性を叩き起こす。
(いやいや、そんな場合じゃねい!)
「ここ、俺の布団なんだけど!?」
「ね、なんでだろう……?」
布団の中でもぞもぞと動きながら、ゆりは呑気にそんなことを言う。いや、俺が聞きたいくらいなんだけど!
そして、焦る様子が一切ない。
「いいから、早く戻れって……!」
この状況をひなとちとせに見られる前になんとかしなければいけないと、冷や汗が背中を伝う。
小声で何度か急かすが、当のゆりは俺の必死さを気にする様子もなく、ふにゃりとした笑みを浮かべる。
「ん〜……もうちょっとだけ……」
勘弁してくれ――!!
俺の焦燥感を他所に、ゆりはまるで猫のように布団にうずくまる。……このままでは、俺の精神が持たない。
俺は再び揺さぶりをかけ、ようやくゆりが完全に目を覚ますと——急に頬を赤く染め、布団から飛び起きた。
「……っ!!」
体を強張らせ、こちらに向き直った彼女の顔は、みるみるうちに熱を帯びていく。
「……滉誠、今のことは忘れたほうがいいと思うよ」
「そうだな。ゆりの可愛い姿は俺の記憶だけにとどめておこう」
「んぅ〜っ...!」
ゆりが声にならない声を上げ、恥ずかしさに身を縮こませる。その仕草がまた妙に可愛らしくて、俺は思わず口元を綻ばせる。
しかし、それが彼女のスイッチを入れてしまったらしい。
「どうやったら滉誠の記憶、消せるかな?」
ゆりの声が2トーン低くなり、手をグッと握りしめる。まるで闇堕ちした魔法少女のような雰囲気を醸し出しながら、静かに俺へと迫ってくる。
「悪かったって。とにかく、ちとせとひなが起きる前に落ち着こう」
まだ若干、頬が赤く染まっているのが何とも愛らしく感じる。
「じゃあ、滉誠。ちゃんと忘れた?」
「忘れた忘れた」
そんなやり取りをしていると、隣から「ん〜……」と微かなうめき声が聞こえてくる。
(……まずい、ちとせとひなが起きる!)
そう察した俺たちは、顔を見合わせて無言のまま頷いた。
それから十数分後。ひなとちとせもようやく布団から抜け出し、朝の気だるげな雰囲気が漂い始める。
「……どうしたんですか、二人とも?」
ひなが不思議そうにこちらを見つめながら首を傾げる。
「なんか昨晩に比べて、ちょっとぎこちなくないですか?」
うっ、鋭いとその観察力に関心するが、今はあまり嬉しくなかった。
内心ヒヤリとしながらも、俺は努めて落ち着いた声で返す。
「ちょっとな。ゆりが目を覚ましたときに……」
少し間を置き、あえて言葉を選びながら続ける。
「寝巻きが、まぁ、ちょっとはだけててな。……それで、ちょっと気まずいってかんじ」
「……ああ、滉誠にもそういうの気にする心あったんですね」
ひなは興味を失ったのか、眠そうに目をこすりながら布団を片付け始める。
ゆりの方からは、若干睨みの効いた視線が突き刺さっていた。
(いやいや、仕方ないだろ!?)
俺は「察してくれ」という意味を込めたアイコンタクトを送る。
すると、ゆりも諦めたのか、肩をすくめてため息をついた。
こうして、朝から余計な緊張を強いられた俺は、心愛の世界で戦うのとは違う種類の疲労を抱えつつ、朝の準備を始めるのだった——。