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或るカフェにて

作者: 山神伸二

 私が亜美の姿をコーヒの店の中から見つけたのはコーヒーを頼んだ直後だった。

 手を振る私に亜美は小さく手を振り返した。

 それが女の子らしい、可愛らしさを感じさせずにはいられなかった。

 亜美は私の目の前に立った。黒のジャケットがひらひらと揺らぎ、店内に私が感じない程の風が吹いているのだと知った。

 ジャケットの下は白い服に少しばかりの模様が微かに見えていた。

 そして胸元が僅かに開き、私の目はその方に注がないように気をつけた。

「久し振りやね」

 亜美はそう言うと、椅子に座り、メニュー表を手に取り、眺め始めた。

「中村君はもう決めたん?」

「うん、俺はもう注文したわ」

「うちが遅く来たせいでごめんなさい」

 亜美の口調には焦りと申し訳なさが見えた。私は慌てて、気にしないでと言った。

 亜美はメニューを眺めているが、私はその手の爪の鮮やかさや耳のイヤリングを眺めていた。

 その清らかにも大人ぶるようにも見える洒落た飾りは私の心に私とは違う意識の壁が見えてくるのであった。

 亜美はその後、ホットカフェオレを注文し、メニュー表をしまうと、真っ直ぐに私の目をしっかりと見つめてきた。亜美のこう言った目は何かを言う時に限るのだが、私はここでいつも彼女が何を言うのかと心臓の音の高鳴りを聞きながらいた。その高鳴りも決していいものではなく、根暗な私はいつも悪いことばかりを思ってしまう。

「中村君は随分見た目が前とか変わったなぁ」

「まあ、大学卒業して四年も経つし....」

 私の耳にはイヤリングがあり、首にはシルバーネックレスをつけていた。ついでに髪は茶色に染まり、光の加減によっては金色に見えなくもなかった。これは以前にブリーチをして金髪になった名残である。

「亜美さんも変わったやないか。大人っぽくなって」

「嬉しいわ」

 亜美は素直に喜んでいた。そんな所は学生時代とは変わらない。白い上の歯を出し、笑う姿は何度も見るうちに好きになっていく。私もその笑い方を無意識のうちにしていることがある。人を安心させる笑みであった。

 日の当たる中庭を背に私は亜美を見ていたが、彼女は中庭には目を向けず私の見ていた。その純粋さといじらしさに私はこのままコーヒーが運ばれるのを拒むような気持ちにさせられた。

 亜美はここ一、二年で急に大人らしさを帯びてきていた。それは亜美に言わせると私もそうであるらしいが、私にはそれが全くわからず、恐らく向こうも同じなのだろうと思われた。

「仕事はどう?」

「まあまあやね。大変やし嫌なことも多いけど、まあ....なんとか」

「そう」

 私はそうとしか言えず、彼女の表情から本音のようなものを見つけようとしたが、ポーカーフェイスがうまい亜美から本当の気持ちは読み取れたのかわからずにいた。

「中村君は?」

「俺も同じくらい大変やと思うよ。今の俺は半分くらい鬱のような感じやし」

「ほんまに?大丈夫なん?」

「まあ、時々、今日みたいに誰かと会ったり、遊びに行ったりして、うまく気分転換してなんとかしてるわ」

 私のなんとかしているはなんとか生きているという意味であるが、重い話を彼女にする気はなく、ぼんやりとした表現に留まらせた。亜美にこのストレスを知って欲しい気持ちもあったが、私はそれをする為に亜美と行きあったわけではないので、そこを深く掘り下げるつもりはなかった。

「恋人とかはいいひんの?」

「いいひんで。卒業してからは仕事やらで忙しいさかい。恋する暇もないわ」

「やっぱそうやね。うちも赤井君と別れてもうてし」

「そうなんや....」

 赤井は大学時代の友人で、その時は赤井は亜美と付き合っていた。それは卒業後も続いていたが、赤井の仕事が常に転勤で日本のあちこちも回る仕事であるので、卒業してから一年した頃に二人は別れたことを赤井から聞いていた。だが、私はここで驚く振りをするようにした。

「もう別れてどのくらいになるん?」

「二年半くらいやろか?」

 亜美のこの別れが今に至る大人らしさ、即ち哀愁がこの時にでき始め今に培っていったのではないこと私は思っていた。

 亜美は今その時が美しかった。略奪とは違うが、私は亜美に恋心を持つのを我慢していた。赤井を裏切るのではないか、それは仮に付き合うことになったとしてもお互いにそれは思う気がしていた。

 赤井とは別れ話を聞いてからは一度も会っていなかった。もし、今日のことが知れたら、別れた人とのことだから、ご自由にとは思うかも知れないが、良い気持ちではないだろう。私は亜美と会うと赤井に申し訳なさを事前に感じてしまうようになっていた。

「亜美さんこそ、新しい人はいいひんの?」

「おらんよ。中村君と同じで仕事に追われて何もできひんし」

 亜美のその時の髪をいじる仕草に、私はそれが彼女に僅かに残る昔からの癖なのだと思った。

 亜美の美しさを一度目の当たりにしてしまうと、私はもう彼女の一挙一動に目を離せなくなった。

 そして亜美の元にホットカフェオレが運ばれてきて、私達はしばらく、何も言わず、コーヒーを口にした。

 ホットカフェオレを飲んだ亜美は上着を一枚脱ぎ、それを椅子に掛けた。ピンクの上着の下には青いシャツを着ていた。どちらも淡い色であった。

 会話のない中で気まずくなった私はふと、後ろを向き、窓を見た。

 窓の外には紅葉が見事に咲いていた。日に当たる茶の色が光り輝き、眩しさを私の目に伝えていた。

「ええやろ?その紅葉。うちさっきから何度もそっちに目が行くねん」

「そうやな。ふと見た時の美しさに驚いたわ。こんなにも強い美しさっちゅうんがあるんやな」

 私はそう言って亜美の方を向くと彼女と目が合った。亜美その時ににっこりと笑い、僕はドキッとして、顔を赤らめたように思う。

 やはりダメである。亜美は魅力的なのである。赤井には申し訳ないが、私は亜美が好きであるのだ。

 そうなると、私の身なりのだらしなさに後悔をし始めた。顎髭の少しばかりの剃り残しや服とズボンの色合いの少し悪いのを気にせずに来たことなど、家を出る前に鏡にもう一度立っておけばよかった。

 この時、アイスコーヒーを頼んどいてよかったと私は思った。亜美はホットカフェオレを頼んでいるので、私とは正反対である。

「亜美さん、俺と違ってホット飲むんやね」

「まあ、もつ十月の半ばやしね。そろそろ寒なってくるから」

「そういえばそうやな。俺は暑がりやさかい。まだ夏のような気分や」

 私の言葉に亜美は笑った。

「中村君は夏休みがまだある感じなん?」

「ああ、一年中夏休みかもしれへん」

 私は亜美に恋をしているが、手を出す気はなかった。この感情は表には出さずに墓場まで持っていくつもりである。

 赤井との友情がなかったらと思ってしまうほど、私は狂っていた。だが、自制は無くなることがないのが幸いであった。

           ・

 カフェを出ると、私は近くの博物館に行こうと思っていた。亜美にここの場所だ会おうと言われた時に是非博物館へも足を運ぼうと思っていた。

「亜美さんはこの後、何か予定はあるん?」

「特に何もないけど、うちはこのまま家へ帰るわ」

 亜美はそう言った。私はここで亜美に私はただの友人でそれ以外にはないのだと知った。

「そう。じゃあ、ここでお別れやね。僕は少し用事があるから、さよなら」

「うん。また、今度はどこかでみんなで遊ぼう」

 亜美と別れると、私は一人、道を歩いた。行こうとしている場所はそこからは遠くなかった。

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