153 若狭仕置
153若狭仕置
永禄2年1559年 3月 六角治頼
「いえ、我々に経験と実績を積ませる場を用意してくださりありがとうございまする。そのおかげで我らが治頼様のお情けで大きな役割を任せられていると舐められずにすみまする。」
治益が、皆を代表して治頼の言葉に深く頭を下げ、感謝を述べた。若狭での任務は、彼らにとって単なる仕事ではなく、六角家中での地位を確立するための試練でもあった。実績を積むことで、他家からも一目置かれる存在となり、六角の威信を高めることにも繋がった。治益の言葉には、忠誠と誇りが滲んでいた。
「俺は機会を与えただけだ、その機会を掴み取ったのはお主達なのだ。遠慮せず疲れを癒し、英気を養ってくれ!乾杯!」
治頼は、謙遜しながらも誇らしげに杯を掲げた。彼は、機会を与えることはできても、それを掴むのは本人次第だと常々語っていた。
今回は、若狭遠征組を集めて宴会を行う日であった。兵学校を貸し切り、料理人を呼び寄せて用意された膳は、遠征組への最大の労いだった。酒が振る舞われ、笑い声が響いてるはずだ。戦場では命を預け、政では民を預かる。その重責を果たした者たちに、休息と誇りを与えることが、六角の統治哲学だった。
「皆、若狭はどうであった?」
「はっ、私が詰めていた東端の方では朝倉からの反応は何もありませぬ。奴らは一向一揆に夢中になっているようで、こちらが国吉城を改修し、城下町を整備してようとも特に気に留めていないようにございまする。」
西端の国吉城に詰めていた治政が、東端の状況を語る。朝倉の動きがないことは、治頼にとっても朗報だった。国吉城の改修や城下町の整備が進んでも、朝倉が動かないということは、若狭の安定が周辺にも認められている証だった。
「ふむ、交易自体は続いておったのだろう?そのあたり半蔵はどう見ている?」
治頼は、経済の動きを確認することで、戦後の実利を測ろうとしていた。戦が終わっても、交易が滞れば民は苦しむ。半蔵が呼ばれ、服部党の商人の動きを報告する。
「はっ、服部党の商人が敦賀と行き来しておりましたが、若狭を武田に変わって六角が治めた事自体には何も思ってないようにございまする。むしろ、戦や一向一揆がなくなる事で隣国が安定する事に対して安堵しているようでもありました。」
敦賀との交易が続いていること、商人たちが安定を歓迎していることは、六角の支配が実利を伴っている証でもあった。治頼は、戦だけでなく経済でも勝つことを重視していた。




