150若狭後始末3
150若狭後始末3
永禄1年1558年 6月 六角治頼
治頼は、武藤の忠義と孫犬丸の保護を語ることで、六角の行動が正義であったことを印象づける。逸見の背後に三好がいたことを強調し、武藤が義統の遺児を守るために命を懸けたことを語る。六角はその忠義に応えただけだとすることで、政治的な立場を強化する。義輝の表情が少し和らぎ始める。
「そうか!孫犬丸は生きておるのか!その武藤というやつはここにはきておらぬのか?そのような忠臣、得難いものぞ!」
義輝の声には、安堵と驚きが混じっていた。公方の血筋が絶えずに済んだことは、幕府の威信を保つ上でも重要な意味を持つ。義輝は、武藤の名を口にしながら「そのような忠臣、得難いものぞ!」と語ったが、その言葉の裏には、六角が若狭の秩序を守ったことへの評価も含まれていた。治頼は、義輝の感情が三好への怒りから孫犬丸の保護へと移ったことを見逃さず、次の一手を打つ準備を整えていた。
「孫犬丸殿は生きておりまする。武藤殿は逸見殿との一騎打ちを望み、武士と武士の流儀に則り1人で逸見を討ち果たしました。ただ、その時には既に武藤殿も相応の手傷を負っており、介錯した次第にございまする。」
治頼は、武藤の最期を語る際、あえて「武士の流儀に則り」「相打ちになりながらも討ち果たした」と強調した。これは、武藤の死を忠義の象徴として美化し、孫犬丸の後継を正当化するための語り口だった。義輝の表情は徐々に沈静化し、幕臣たちも静かに耳を傾け始める。治頼は、政治とは物語であると心得ていた。武藤の死は、若狭武田の再興と六角の後見を結びつける“語るに値する死”だった。
「なんと…なんとそのような事になっていたのか…」
義輝は肩を震わせ、目元に手を当てて俯いた。公方の血筋である義統の死は、感情的にも政治的にも大きな衝撃だった。治頼は、義輝の反応を冷静に観察しながら、幕臣たちの動揺が広がるのを待った。泣き崩れる者もいる中、治頼はあえて沈黙を保ち、場の空気を義輝の感情に染め上げることで、孫犬丸の登場に最大の効果を持たせようとしていた。
「逸見の残った配下が逸見の遺体を取られまいと館に火を放ち、我らもそのままにしておく訳にもいかず首だけを持ち帰り埋葬しておりまする。孫犬丸殿には全ての内容をお話ししており、是非とも公方様に直接奏上したい事があるとの事でこちらまで参っておりまする。御目通ししてもよろしいでしょうか?」




