146 若狭終着
146若狭終着
永禄1年1558年 5月 六角治頼
治光と治頼は互いに目線を交わし、言葉なく笑みを浮かべた。武藤の死は計算通りであり、逸見の討伐と忠義の演出が見事に噛み合った結果だった。
上手くやったな?
上手くやりました。
そのやり取りは、戦場の勝利以上に価値ある政治的成果を共有する者同士の合図だった。六角が若狭を掌握するための布石は、これで完全に整った。
「では、治虎に1000の兵を任せこの地を一時的に治めさせるか。治光には戻ってから後瀬山城に入ってもらうぞ。いいな?」
治頼は、砕導山城の制圧を治虎に任せることで、現地の安定化を図った。治虎の剛腕と統率力は、混乱の残る西端の統治に適していた。一方、治光には後瀬山城を任せることで、若狭中部の政務を整える。治頼は、戦後統治を人材配置によって支える方針を徹底していた。役割を明確にすることで、六角の秩序は広がっていく。
「はっ!お任せくださいませ!」
砦の制圧を待つ間、治頼と治光は兵の被害状況を確認し、残す兵の選別を進めた。戦の余韻が残る中でも、次なる統治の準備は怠らない。治頼は、兵の疲労や士気を見極めながら、治虎に渡す兵の質を整えていた。戦は終わっても、政は続く。六角の支配は、こうした細やかな配慮によって築かれていく。
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永禄1年1558年 6月 六角治頼
若狭西端までの制圧と統治を治虎に任せ、治光と治頼は後瀬山城まで帰ってきた後、治光に後瀬山城を中心として若狭中部を統治するように任せた。
道中で既に治益と治政には文を送っており、治政には若狭東を粟屋殿と協力して治めるように伝えており、治益には3人を纏め若狭の統治を円滑に進める様に後瀬山城で働いてもらう様に伝えた。
三人からの返答を確認した治頼は、ひと足先に近江へ戻った。戦の疲れを癒すために高島へ向かい、湯に浸かりながら戦の記憶を整理する。高島は、六角の水軍拠点であり、治頼にとっては戦と政の狭間で心を整える場所でもあった。そこで彼は、若狭の未来を担う孫犬丸との対面に備えていた。政治の次なる局面は、後継者の承認である。
「孫犬丸殿、落ち着いてお聞きくだされ。貴殿のお父上は我らと協力して若狭を治めようとするも、独立心の強い逸見に裏切られ殺されてしまいました。」
治頼は、静かな声で語りかけた。孫犬丸の瞳は揺れ、幼いながらも父の死を理解しようとしていた。治頼は、逸見の裏切りと義統の死を丁寧に説明し、感情ではなく秩序のために語った。孫犬丸の心に混乱を与えず、六角への信頼を築くための言葉選びだった。治頼は、政治とは心を導く技でもあると心得ていた。




