進路を考えよう 2
「おぬしがギルドに入って靴を売る店を開けばよい。己の才覚を世の中に見せつけたいとは思わぬか?」
伯爵が物凄い悪党の顔で笑う。
ポジティブでいいこと言ってるんだけどなぁ。
「え、いや、でも、わたし結婚する予定なんだけど……」
どうしよう、とカピバラが私に助け舟を求めてくる。
「カピバラは家出中で、婚約破棄するって言ってたじゃん?」
「そっ、それはそうだけど!」
「家出中? ならばなおのこと仕事は必要であろうが。お前の大叔父は文無しの貧乏人じゃぞ」
クライドおじいさんがむっとするが、カピバラの説得フェイズであることを察して反論はしないようだ。お気持ちお察しします。
「い、いや、でも、お父様が考え直してくれたら帰ってもいいし……」
「では考え直さぬ限り、家には帰らないということではないか」
「あ」
カピバラが自分の理屈に気付いて固まった。
そもそもどこに泊まるつもりだったのだろう。
まあ私の家でもいいけど狭いんだよね。
「ま、パパごめんなさいと謝って家に帰りたいのなら話は別じゃがな」
伯爵のわざとらしい挑発を受けて、カピバラがきっと睨んだ。
「わたしの方から謝るなんて絶対イヤ! 当主の意見がちょっとくらいおかしいくらいなら我慢するわ! でも大叔父様にあれだけお世話になっておいて追い出すなんて間違ってるもの!」
「お嬢様……」
その言葉に、クライドおじいさんが、寂しさと嬉しさをたたえた表情を浮かべる。
「そうそう。その意気じゃ。親父なんぞ反抗してなんぼじゃ」
その横で伯爵は面白がっていて、クライドおじいさんがこんにゃろうという視線を送る。
この二人見てて面白いな。
「お嬢様。お気持ち、とても嬉しいです。しかしながら……」
「言いたいことはわかるわよ。『お嬢様が心配されることではありません』っていうんでしょうけど、お父様とケヴィンを許せないって気持ちはわたしのものなの! わかる!?」
「ですが……!」
なんだか議論が白熱しそうな空気だ。
伯爵は独立させたくて仕方がないらしく、茶々を入れる機会を狙っている。
うーん……そろそろ助け舟を出してあげるか。
「提案」
「なによ、オコジョ」
「この状況であれこれ考えたり決断しても後悔する。お腹を空かせた夜に話し合ったっていいアイディアは思い浮かばない。こういうことは満腹になって、しっかり寝て、太陽が出ている時間に話し合うべき」
「まあ正論じゃが……おぬし本当に若者か? 十代の娘の発言とは思えぬ」
伯爵が鋭いツッコミをしてきた。
女性の年齢を疑うとは失礼な。
「伯爵。ゴチになります。あと、帰るのおっくうだからみんなの分の部屋を用意してもらってもよいですか?」
「おぬし本当に図太いな!?」
伯爵がやれやれかなわんとワインを煽る。
人生の分岐点に直面する人々を囲みながらも、なんだかにぎやかな晩餐であった。
◆
私の言葉でなごやかな空気で晩餐を楽しんだ後は、コルベット伯爵に寝室を用意してもらった。
ベッドが二つ並んでいて、私とカピバラの二人で一部屋である。クライドおじいさんはいつも使っている部屋があるようで、実質ここがセカンドハウス的な空気である。なんか本当に仲がいいな。
ちなみにこの屋敷にはお風呂もあった。この国には温泉やお風呂の文化があるので、日本ほど快適なバスルームはないが、それでも屋敷の中に風呂桶がちゃんと用意されている。素敵な晩餐を御馳走してもらい、お風呂まで使わせてもらえるのだから、コルベット伯爵様様だ。後でちゃんと恩返しをしなくては。
「カピバラ、明かりはまだ消さなくていい?」
明かりを消してさっさと寝るか、それとも、もうちょっと話でもするかと聞いてみる。
多分後者だろうと思いつつ。
「……ねえ、オコジョ」
「うん」
「ご飯食べながら冷静に考えてみたんだけど」
「うん」
「……わたし、何をやりたいのか、どういう風に生きていきたいのか、自分でもよくわかってなかった。家族とかお父様から誉められて、誉められた通りに生きていけばきっと幸せになれるんだって、漠然とそう思ってた」
「わかってなかった……ってことは、今はわかったの?」
「どういう風に生きていきたいかはわかんない。あんたほどスパっと答えは出ないわ」
「私だってそれなりに悩んでる。まあ、決めた後は迷わない方だとは思うけど」
「人生相談の相手間違えたかしら。あんたの人生面白すぎるから比較できないのよ」
カピバラが失礼な一言を放つが、そんなやりとりがまた面白い。
二人ともベッドに横たわりながらくすくすと笑う。
「……最近、自分のやりたいことがわかった気がするの。わたし、靴を作るのが好き。私の靴を履いた誰かが歩いていくのを見るのが好き」
カピバラが、ベッドに寝ながら上に手を伸ばす。
そこに靴があるかのように空を撫でる。
「……うん」
「そういうのを突き詰めたなら、お店作ったり独立するのって、アリなのかなって思えてきた。でも、誰かに迷惑をかけることになるのが怖いの」
「迷惑?」
「多分、大叔父様は、私をそそのかしたって非難されると思う。お母様とかも、しっかり娘のことを見てないからって言う人が出てくると思う。それに……」
「それに?」
カピバラが意味深な言葉を投げかけて、唐突に黙った。
「なんでもない」
そしてごろんと背を向ける。
「私のことを心配してる? あなたを非難する人が私も非難して、私もろとも評判が落ちるとか」
「してないし」
「……カピバラ。私は、好きな人に迷惑かけられたり頼られたりするのは嬉しい。悪評なんて気にしない。他人から見たらバカバカしいことやってるのだって承知の上。今更何言われたって気にしない。私の方が迷惑かけたり巻き込んだりする側だから、たまには恩返ししたい」
「たまにはじゃなくて常にしなさい」
「すべて、私が靴を作ってほしいってお願いしたから始まった。だから私には遠慮しないでほしい。私も、遠慮しない」
「最初から遠慮したことなかったでしょ! ていうか全部あんたのせいよね!?」
カピバラががばっと上体を起こして私に怒鳴ってきた。
「うん。私のおかげ」
「あんたのせいって言ってんのよ!」
怒りに燃えたカピバラにほっぺを引っ張られる。
痛い痛い。
乙女の柔肌を何だと思ってるのか。
「カピバラ。やりたいことやりなよ」
ほっぺを引っ張られたままの、間抜けな顔をしながら言った。
「……オコジョ」
カピバラの手が止まる。
「うん」
「もう一度、一緒に山に登ってくれる?」
カピバラが、唐突にそんなことを言い出した。
「どこ行く? こないだタタラ山に登ったし、次は極光峰とかどう? あそこは聖地だけど魔物が出るポイントが完全に定まってるから危険は少ない。聖地の力で常に冬に固定されてるから真夏にバックカントリースキーができる。山頂から豪快に標高差800メートルを滑り降りよう。それも誰も滑ってないバージンスノーの上を。あと豊穣神山もいい。全行程で16時間くらい歩くから山小屋泊かテント泊になるけど眺望の良さは国一番と名高くて、あそこにしか咲かない貴重な花も……」
「だからあんたはなんで山のことになると早口になるのよ! そういうガチ登山じゃなくて気分転換にサクっと登りたいって話よ!」
「だって、カピバラが自分から行きたいとか言うの珍しいし嬉しいし……」
うっかりテンションが上がってしまった。
「ま、まあ、ありがと……。気持ちは嬉しいわ」
「ガチ登山はまた今度にしよう。ゆる登山で気分転換するなら……」
どこがいいかな。
また今度ってわたしをどこに連れてくつもりよという抗議をスルーしつつ、候補を頭の中で見繕う。
「あ、そうだ。またスライム山行こう」
「スライム山かぁ。そういえばこないだは観光どころじゃなかったのよね……遊びで行くのもいいかも」
カピバラは、その無難なチョイスにホッと安堵の息を漏らした。
だが私が考えなしにスライム山を提案すると思ったら大間違いである。
スライム山のまた新たな魅力の虜になってもらおう。
「言っとくけど、裏スライム山は歩かないし走らないわよ!」
何かに勘付いたカピバラが文句を言ってくる。
「大丈夫大丈夫。そういう方向じゃない。ところで、行くときに持ってきてほしいものがある」
「持ってきてほしいもの?」
「いつもの登山用品。登山靴とか行動食とか……」
「それくらいわかってるわよ。他には?」
「管理人のおばあさんから手紙が来てて、トレッキングポールを1対売ってくれないかって話が来てた。クライドおじいさんに許可を取ってからの話になるけど……」
「そういえば、担架にしてたところ見られてたものね。ちゃんとした担架よりは貧弱とは思うのだけど」
「それはもちろん、向こうもわかってる。使用感を試したいくらいだと思う。買い手や使い手としては信頼できる方じゃないかな」
「ならいいわ。ついでに持って行ってあげましょ」
「それと最後に」
「え、まだあるの?」
「靴のメンテ用品」
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