裏スライム山を歩いてみよう 4
大スライム峠の魔物……大スライムはまったくもって拍子抜けだった。
普通のスライムの2倍から3倍程度の大きさがあるだけで、魔物袋に入れるのに少し苦労しただけだ。
歩く分にはよいところだ。
背の高いブナの木は日差しを隠してくれる。
他の道と同様、丸太で補強された道は歩きやすい。
そうした場所を登り、降り、そしてまた登り、降りる。
上り下りを繰り返しながら表スライム山の山頂へ辿り着く。
普通に歩く分には適度な負荷だ。下り坂がずっと続くよりは膝の負担は断然少ないし、上り坂がずっと続くよりは心肺への負担が少ない。
それとオオルリを見つけることができた。
キビタキと相反する青と白のクールな色合いをしつつも、似たような音域の声でさえずる鳥だ。
キビタキはちょっとスタッカートっぽい小刻みなビートを刻み、オオルリはフルートのようにのびやかなさえずりをするのが判別ポイントである。
そんな楽しいバードウォッチングを堪能できる山歩きであった。
だだし、これが「走る」となるとまた別の話だ。
スピードを上げれば上げるほど環境の変化が急激に感じられる。
暑さに対処しようとすると風に吹かれて体を冷やす。
寒さに対処しようとすると熱中症リスクが出る。
まあ走っていれば体が発熱するし、高山ほど寒さに気を付ける必要はないが、それでも当日の天候や気温を入念に予測しての準備が求められる。
「ここを走るために、余力を残しておかないとな……」
また当然、スライムに追いつかれないギリギリのところのスピードを保ち、速すぎず、遅すぎずのペースでここまでたどり着かなければいけない。あと脱水に気を付けないと。
「水の補給って、茶屋を使ってもいいのかな? 茶屋の人がスライムを倒してて、その人に助けてもらった扱いになったら無殺生攻略じゃなくない?」
ふとわきあがった疑問に、ツキノワが答えた。
「多分大丈夫とは思う。店員が『オリーブ様も立ち寄ってきのこ汁を食べた』とか言ってただろ。同じパーティーとして行動してる冒険者が魔物を倒すならともかく、関係ない人間から水とか茶を買う分には問題ないんじゃないか?」
「でも峠の茶屋は混んでることもあるから、湧き水を使ったほうがいいんじゃない?」
「それもそうだが、あるのか?」
ツキノワの疑問に答えるように、ニッコウキスゲが地図を広げる。
「……近くにある。行ってみよう」
距離としては5分くらいのところにあった。
迷うことなくわかった。
岩場から、ちょろちょろという水音が聞こえてくる。
「やった。ちゃんと水くみ場として整備されてる」
基本的に、川の水や低地の湧水をそのまま飲んではいけない。タヌキなどの動物がこのへんにいるということは、タヌキが持ってる病気が伝染する可能性がある。なので煮沸したり携帯浄水器を使って飲んだ方が良い。
ただしこれは水場として認識されている場所での話だ。人体に有害な土壌や鉱物がある場所……タタラ山みたいな火山近くや鉱山のあたりに湧水の場合は、煮沸とか関係なく飲んではいけない。
動物に汚されていない綺麗な環境でそのまま飲めそうな湧水、消毒すれば飲める湧水、そもそも飲んではいけない湧水がある、ということだ。
で、スライム山の湧水については「そのままでも飲めそうな湧水」に該当する。本来だったら哺乳類めっちゃいるので飲むべきではないが、聖地の魔力によって清浄に保たれているらしい。ほんと助かる。
「美味い。もう一杯」
「オコジョってときどき、仕草が妙におっさんくさいね……」
「そ、そんなことないし」
ザックに入れておいたコップに汲んで湧水を飲む。
ニッコウキスゲとツキノワも美味しそうに飲んでいる。
ちなみに、水場にいたスライムくんたちには申し訳ないがどいてもらいました。
「一服してばっかりだね。あんまり疲れてはいないけど」
「けっこう歩いてるぞ。だが足に響いてないんだよ」
「自慢の靴のおかげ。おじいさんとカピバラに感謝しておいて」
実は、二人ともカピバラたちの作った登山靴を履いている。
10キロ近く歩いた今、二人とも登山靴の効果を実感し始めていることだろう。
「ねえ、オコジョ。この登山靴、あんたのアイディアで出来上がったんだっけ?」
「アイディアっていうか……要求スペックと基本的な素材を教えただけ。細かいところはカピバラとおじいさんに任せた」
「マーガレットお嬢様とクライド様の仕事でないと駄目なの? あたしにだって靴職人のツテくらいはあるけど」
この登山靴を作れる靴職人が世の中にいるかというと、いるだろう。
だが誰に作ってほしいかと言われたら迷うまでもない。
「私はあの二人に作ってほしい」
「だろうね。あたしだってそう思う」
ニッコウキスゲが困ったような笑みを浮かべた。
「何かまずいの?」
「いい靴だと思う。ていうか、よすぎるのさ」
ニッコウキスゲの言葉の意図が掴めず、ぽかんとした顔を浮かべた。
「……いいことじゃないの?」
「靴を履く側にとってはね。でもクライド様は金獅子騎士団の仕事を優先しなきゃいけない。他の依頼人の仕事で功績を上げたら団長から睨まれるかもしれない。クライド様も……多分、マーガレットお嬢様も」
「でも、同じ一族どころか家族じゃ……」
私は途中まで言いかけて、止めた。
貴族にとっての家族というのは、庶民のそれとは違う。
まあ庶民だって崩壊してる家族や、家族であるがゆえに仲が悪いことは当然あるが、貴族というのは当主の権利が法で保証されている。その意向に逆らうことは家族であるがゆえに難しい。
そして兄弟や子供たちはその当主の座や継承権、金、土地など、様々なものを巡って骨肉の争いをすることも珍しくはない。
なにより「争いがある」という前提で人生設計を立てているのだから、普段は仲が良くても一線を引いている関係であることは多いし、当主も一族を庇護しつつも自分を守らなければならない。
まあ、つまり、子供が功績を上げることを喜ばない親もいるということだ。
「そういうこと」
ニッコウキスゲが、私の逡巡を見て頷いた。
「いや、でも……靴だよ?」
「もしこれが冒険者や巡礼者のスタンダードになって、騎士団の正規品に採用されたら? たかが靴、とは言えないよ。ものすごい金が動く。ていうか、靴の価値はあんたが一番わかってるだろ」
それを言われると確かに反論できない。
靴の良さが広まるということは、靴を作った人間の評価が高くなるということだ。
「ニッコウキスゲ。言いたいことはわかった。相談したかったことってこのこと?」
「うん」
「だから、オコジョたちに靴作りはほどほどにしろってこと?」
「いいや? まさか」
あれ?
なんか予想してる言葉と違った。
「やりたいことやるなら問題くらい解決してみなって言ってんのさ。それができないなら目立たないようにやればいい。考えをはっきりさせる前から諦めろなんて言うの、趣味じゃないしね」
ニッコウキスゲが、挑戦的な微笑みを浮かべる。
この子ほんと美人だな。
絶対モテると思うけど、どうなんだろう。
「ニッコウキスゲ。この靴、好き?」
「……いい靴だよ。旅が終わったらゴミ箱に捨てちまう消耗品とはワケが違う。ちゃんと履く人を守ってくれる」
「ツキノワは?」
「たまらんね。靴にキスしたいと思ったのは初めてだ」
ツキノワはたまにアメリカンなジョークを出す。
この男がいるだけで場が和む。
二人はいらないが一人はほしい。
「……オコジョ隊のリーダーは私。そしてメンバーはニッコウキスゲ。ツキノワ。そしてここにはいないけれど大事な仲間がいる」
「うん」
「あの子はこんなに素晴らしい靴や道具を作り出したくせに、自分を取るに足らない人間だと思い込んでいる。何者でもないと思っている。そんなことあるはずがないのに」
大いなる力を持つ人に睨まれないように、密やかに、こそこそと立ち回るのが賢い大人のやり方なのだろう。
だが私は、賢くもないし大人でもない。
「そんなことないって言いたい。あの子が生み出したものを使ってどこまでも旅をしてみせる。あの子に、あなたは天才で、あなたは素晴らしいものを生み出したんだって、証明してみせる。それに難癖をつける人がいるなら戦いたい」
ニッコウキスゲとツキノワが、嬉しそうにほほえみを浮かべた。
「……うん。具体的には?」
「相談する。靴職人のおじいさんが何か考えてる感じの顔してたと思う。優しいけど抜け目ない感じだったし」
「他人任せじゃないか。いや、実際そうだけどさ」
「報連相は大事。それに私にだって相談するツテくらいある」
力になってくれるかはわからないけれど、無殺生攻略をした以上はソルズロア教の偉い人と接する機会も出てくる。そうなったときの身の振り方も一応考えてはいるのだ。
「ていうか無殺生攻略してるんだからソルズロア教の中での出世だって見込めるさ。あんたが偉くなるのだって手だよ。カルハインみたいになっちまいな」
「大神官の座がほしいわけじゃないけどなぁ……」
しがらみの多そうだし、あんまり偉くなりたくはない。
だが仲間を守れるくらいの偉さはほしいかも。
「オコジョも野心があるんだかないんだかわからんな。だが付いてくぜリーダー」
「うん。行こう」
私たちは決意とともに大スライム峠を抜け、表スライム山の山頂にたどり着いた。
こうして下見と素材集めは無事完了した。
ここからが試練であった。
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