裏スライム山を歩いてみよう 3
私たちは鉄騎スライム峠を下りて次なるピーク、熱スライム峠へと向かった。
緩やかな下り坂を歩いていく。
標高差としてはマイナス100メートルほどで、距離は4キロくらい。
宿場町から峠までの坂と比べたら格段に歩きやすい。樹木の根っこが張り出して歩きにくいところは時折あるけれど、ぬかるみや足を取られるような柔らかすぎる場所は少ない。丸太が埋め込まれて階段状になっているところもある。スニーカーでも歩けそうなくらいだ。スニーカーないけど。
魔物は相変わらず鉄騎スライムがうようよしているが、追い払うように蹴ればそれで倒せてしまう。普通のスライムよりちょっとだけタフってくらいで、まったく脅威ではない。のどかだ。
「うお、すげえぞ。スライムとタヌキと喧嘩してタヌキが勝った」
「タヌキって喧嘩に勝てるんだ。びびる」
「あたしもタヌキが勇ましい姿をしてるの初めて見た」
タヌキって、見てるこっちがいじらしく思うくらいにキョドるんだよね。
外見が似ているアライグマの凶暴さと比べてしまって、どうにも愛らしさを感じる。
もっとも、臆病すぎて下手に触ろうとするとパニックになって噛みつくことがあるし、病気を持ってたりもする。タヌキは遠きにありて愛でるものである。そもそも自治体に申請して特別な許可が降りない限り飼ってはいけないし。
「走っててうっかり蹴ったりしないよう、足元に注意しないと」
「そうだね」
タヌキかわいいという思いはニッコウキスゲに通じたようだ。
そんな雑談をできる程度には長閑な道であった。
この道は体力維持に務められそうだ。
むしろうっかりスピードを出しすぎないように注意した方がよさそうだろう。
「登りの道になってきたぞ。ここから熱スライム峠だな」
樹木や草花の様子は変わらないし風景もあまり変わらないが、スライムの様子は変わってきた。鈍い質感の鉄騎スライムとは打って変わって、今度は普通のスライムよりもきらきらしてる。
「オコジョ。ちょっと触ってみたら?」
「ばっちくない?」
「ばっちくない。食中毒とかもないし」
ならヨシ。
私はふよんふよんと近付いている熱スライムを触る。
熱スライムはそれだけで倒れて動きを止めた。ごめんね。
なんまんだぶなんまんだぶ。
「……ん? 暖かくも冷たくもない」
「指先を入れてみて。ちょっとだけでいいから」
あんまり気は進まないが、ずぶっと指先を入れる。
「暖かい……っていうか熱い」
温泉のお湯くらいの熱さだ。
「太陽の光を吸収して、外に逃がさないって性質があるんだ」
「へえー……。何かに使えそう」
「錬金術師はスライムを使って何かできないか研究してるらしいぞ。あと、どこかの遊牧民は袋状に加工して、保温できる水筒替わりにしてるって聞いたことがある」
「え、めちゃめちゃほしい。売ってないかな」
「ただ、外見だけだと熱いのか冷たいのかわからないんだよな。他にも色々と問題があって量産は難しいらしい」
もったいないな。熱をコントロールするのは科学の第一歩だ。
とはいえ、私もそこまで科学に詳しいわけでもない。
「とりあえずこの子も一匹捕まえておこう」
「じゃ、今度はあたしがやるよ」
ニッコウキスゲが魔物袋を取り出して、こっちに向かってくるスライムをすぽっと捕獲した。これもまた鮮やかなお手並み。
そして私たちは熱スライム峠を進んでいく。
峠の頂上には、鉄騎スライム峠と同じように茶屋があった。
ここもまた茶屋の遺跡を再利用して営業しているようで、ひなびた建物ながらもコーヒーや軽食を売っている。
ちょうど表スライム山の山頂までの中間地点のためか、休憩している人間も多い。
時間もそろそろランチタイムに近い。
店員のおじさんやおばさんは忙しそうに、だがどこか楽しげに客を捌いていた。
「さっきのところよりは商売っ気があるね。食事のメニューも多いけどオリーブ様グッズはなさそうだ」
「鉄騎スライム峠ほどのガチ勢ではないのかな?」
「聞いてみようぜ」
ツキノワの言葉に従い、店員さんに「このあたり走ってもよいか。走るコツなどはあるか」と尋ねてみた。
……めちゃめちゃ大騒ぎされた。
「なんだって!? オリーブ様にあやかって走ろうってのかい!」
「そりゃ大したもんだ! 転ぶんじゃないよ!」
「うちのばあさまの代にオリーブ様が攻略に来たんだ! そのときオリーブ様にお出ししたきのこ汁はずっとウチの伝統でねぇ!」
「東側の巻き道を使わない方がいいぜ! 日当たりが悪いし水はけが悪くて、水たまりで足を取られちまうからな! けどカラッカラの天気だったらそこが一番歩きやすいから、よく考えるこったな!」
「ここは魔物よりも熊のほうが怖いから、精霊様のお告げは欠かさないようにね!」
……なんかすごい親切に教えてくれた。
その上、他の商人や旅人にきのこ汁をおごってもらった。
なんか知らんけど散歩に来たおじいさんからお賽銭渡されて祈られたりもした。
私がオリーブ様を真似て走るという話を勘違いして、私を聖者そのものだと思ったらしい。
「よくわからないテンションだった」
「田舎だとけっこうあるらしいぜ。太陽神ソルズロアの次に聖者を信仰するってところ」
「あー、なんか石像を作って祈ってるところとかあたしも見たことある」
熱スライム峠の頂上の大騒ぎから逃げるように、私たちは歩みを進めた。
次は最後の難関。大スライム峠だ。
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