冒険者たち 3
今回は会津郡下郷町「塔のへつり」の、橋が掛けられてない雰囲気を想像してもらえると助かります。
私たちは今、小舟を動かしている。
サイクロプス峠は、川によって分断されている小さな山だ。
つまり山であると同時に、谷でもある。
王都から行くには舟で川下りして、その途中で陸に上がって登山道を歩くのが一番手っ取り早い。
標高は80メートル程度。道も広く、斜度も緩やかだ。
大型トラックが悠々と通れるくらいの広さがある。
そこをただまっすぐ突っ切れば、サイクロプス峠の山頂……つまり聖地に辿り着く。
だが少しでも峠の中……聖地の領域内に踏み込めば、すぐさまサイクロプスが襲い掛かってくる。
身の丈は3メートル、体重は400キロくらいの、筋骨隆々の恐ろしい魔物だ。ゴリラとかより強い。
「あいつらの鼻は人間と変わらないし、むしろちょっと鈍いくらいだ。だがその分、目がいい。数キロ先のものも見えるし、視界もめちゃくちゃ広い。それに魔力も目で読み取れる」
「うん」
「テリトリーに入ったら気配を隠してやり過ごそうったって無理だぜ。30年以上前に無殺生攻略した二人がいるが、どちらも凄まじい魔術の使い手ばかりだった」
「知ってる。公式記録に残っているのは【飛天】のアローグスと【畏怖】のカルハイン。アローグスは飛翔魔法の使い手で、魔物の頭上を飛び越えた。【畏怖】のカルハインは、王国随一の魔物避けの聖水の調合師」
「その通り」
「今みたいな文書管理が始まる前はもっといる。もちろん、逸話や伝説みたいなあやふやな巡礼者の話も多いから真に受けることはできないけれど、サイクロプス峠はその数が一番多い」
「本当によく調べてるじゃないか」
ツキノワさんが褒め称えるように頷いた。
皮肉とかではなさそうだ。
「ツキノワも詳しい。ちゃんと調べたことがないとわからない」
フェルド……通称ツキノワは、顔は怖いがよい人だ。
私がジュラのことをニッコウキスゲと呼んでいたら自分もあだ名で呼べと言ってきて、すぐさま「じゃあツキノワで」と提案したら喜んで受け入れてくれた。
「ふふん。冒険者も学が必要な時代だからな。もっと誉めろ」
「誉める前に、謝りたい。失礼なこといってごめんなさい」
「あー……俺が付いてこられないかもって話か? 気にしてねえって」
「でも、それには理由があって……」
と、私が説明しかけたところでツキノワは笑った。
「俺が付いてこられないかもしれないってのは事実なんだよ。俺はジュラより全然弱いからな」
え、そうなの? と言いそうになったが、ここで驚くのも更に失礼を重ねるのでぐっと我慢した。
「こう言っちゃなんだが俺は顔が良くてな」
ツキノワさんがにやっと笑う。
確かにその通りだ。オラオラ系イケメンと言って差し支えない。
しかしちょっとナルシストっぽいのは意外だ。
「う、うん」
「おっと、別に二枚目だって自慢してるわけじゃないぜ。強そうな冒険者らしい顔をしてるから頼られるってことさ。ケンカの仲裁に俺が割って入るとみんなビビって一旦止まってくれる。依頼人から話を聞くときも、俺がいると安心して仕事を頼んでくれる」
ああ、なるほど。コワモテで売ってる俳優さんみたいなものか。
そう言われるとすごく納得する。
「けどギルドの本当の実力者は、こっちの方だ」
と言ってツキノワはニッコウキスゲを見て微笑む。
ニッコウキスゲは照れくさいのか、そっぽを向いて「別にそんなんじゃない」とぼそりと言った。
「それをすぐに見抜いたあんたなら、何かがある。巡礼者ってのは冒険者たちのリーダーで、実力を見抜いて適切に配置するのもその仕事の一つだ。なあ、ジュラ」
めちゃめちゃ誤解されている。
強いとか弱いとかを見抜いたわけじゃないんだけどな……。
私が見たのはニッコウキスゲの体重が軽いこと、姿勢がきれいで背筋とか鍛えにくい箇所をちゃんと鍛えていそうなところだけだ。
「……あたしはどっちにしろ付いていくつもりだったわ。後で死体回収の仕事を依頼されるくらいなら今片付けた方が楽だからね」
ニッコウキスゲさんからなかなかの皮肉が出てきた。だが現実問題として間違っていないし、死体はちゃんと回収してやるというこの人の無自覚な優しさは嫌いじゃない。
「……それにしても、妙に荷物の量が多いな」
「ま、色々と」
「秘密ってわけか」
「すぐにわかる」
「楽しみだ」
私の言葉に、ツキノワが楽しそうに笑った。
「……で、ここからどの方向に行くんだ? っていうか、舟を漕ぐの妙にうまいな」
「カヤックはけっこうハマった。シートゥーサミットとか出たこともあるし」
シートゥーサミットとは、カヤック、自転車、登山の三種の運動をこなすトライアスロンみたいな競技のことだ。私は趣味で参加するエンジョイ勢で入賞など夢のまた夢だったが、そこで得た体験や経験は今の私に宿っている。
「オコジョの操船が上手いのはいいんだが……船着き場から通り過ぎちまうぞ? ここから先は谷になってるから、峠に入れなくなる」
「これで問題ない」
サイクロプス峠は、峠道から見ればゆるやかな丘に過ぎない。
だが、川の方から見るとまったく別の姿をさらす。
険しい岩肌が露出した、断崖絶壁である。
「このまま、壁の下に接岸する」
私は、ツキノワの物言いたげな雰囲気を無視して崖の下で舟を止めた。
そこは断崖絶壁の真下だが、腰を下ろしたりテントを張る程度のスペースはある。
「ここはまだ聖地の領域外だが……登れるようなところじゃないぞ。引き返そう」
「うん。普通に足で登れるようなところじゃない。つまり、足以外の何かを使えば登れるということ」
私の言葉に、ツキノワがはっとした表情を浮かべた。
「オコジョ。お前さんもしかして……聖者みたいな強力な魔法が使えるのか? 【飛天】のアローグスみたいに羽を生やして飛ぶとか、伝説の重力魔法で壁に立つとか」
「まさか。私は一般人。初級魔法と精霊魔法しか使えない」
「なんだ、期待しちまったじゃないか」
落胆するツキノワをスルーして、私は壁を撫でる。
でこぼこしている。
そして、ほぼ垂直という言葉があまりにも曖昧なことも理解できる。
実際のところ、80度から85度くらいだ。
「この岩は火成岩。太古の昔にマグマが冷えて固まってできたもの。多分、世の中で一番多いタイプの岩」
「岩の種類なんて深く考えたことはないが……まあ、よくある岩だな」
「そこに上から水が流れて川になった。気が遠くなるくらい長く水が流れて、岩が分断されて深い溝ができた。でも地震でボコっと地面が膨れ上がったり、昔より水かさが減ったりして、深い溝が地表に出てきて谷や峠になった。つまり、今、私たちが見ている形」
「なるほどな」
「その後はどうなったと思う?」
二人に質問を投げかけた。
「……聖地になった、か?」
「そして捧げられた祈りが大地の変動を鎮めたわけね。千年くらいはこの状態のままのはずよ」
ツキノワとニッコウキスゲが、私の求めた答えを即座に出した。
聖地というのは、人間より上位の精霊が生み出しているらしい。大地の精霊のみならず様々な自然界に存在する精霊が、大地や海の崩壊を防ぐために数百年に一度、新たに生み出したり、あるいは消えたりというサイクルを繰り返している。
そして聖地に選定された場所は二つの特徴が生まれる。
一つ目は、聖地に満ちた魔力を狙って魔物に襲われること。
二つ目は、聖地を維持しようとする力が働くことだ。
すでに存在している石段であるとか、自生していた木々であるとかは強い力で守られるようになり、そこに新たに立て看板や山小屋を設置しようとすると、すぐに風化して消えてしまう。聖地となった瞬間の姿を守ろうとするのだ。
「二人とも、正解」
「で、そのクイズに正解したら何があるっていうの?」
「攻略方法がわかる。聖地は落石が少なくて岩盤が安定している。クライミングスポットとして満点」
私はザックの中から、あるものを取り出した。
まずはクライミングシューズだ。登山靴とは正反対で、靴底は柔らかい。
そしてつま先がすぼまっている。
小さな岩や突起に体重をかけても滑らないようにするためのものだ。
次にヘルメット。
この世界に定着しているものよりはかなり軽い。まあ聖地においては落石の危険性は少ないので地球より重要度は減るが、どういう事故があるかはわからない。被っておくべきだ。
そして制汗用のチョークが入った筒だ。
腰に装備して、いつでも手に塗りたくれるようにしておく。
滝や沢などの濡れた岩を登るときはまた別なのだが、ロッククライミングは基本的に素手である。
そして最後に、秘密兵器だ。
これを作るのに時間が掛かって、巡礼者デビューがかなり遅れてしまった。
秘密兵器は、とび職や、岩壁を登るクライマーが身に着けるハーネスによく似ている。
だが大きく違うところもある。
本来ロープを結ぶべきところに、ピンポン玉くらいの大きさの丸い宝玉がはめ込まれている。
「なんだそりゃ?」
「名付けて、ウェブビレイヤー。何ていうか……救命器具とか安全装置かな。使ってみるから見てて」
靴よし。
服よし。
ヘルメットよし。
チョークよし。
ウェブビレイヤーよし。
オブザベーション……登攀ルートの選定よし。
あらためてすべての装備を確認して、私は小さなとっかかりに足を乗せる。
摩擦はしっかり効いている。
そこを起点に膝と腰を伸ばし、腕と指を伸ばす。
見た目としてはただの壁でも、亀裂やとっかかりはたくさんある。
「えっ、はやっ」
「待て待て! 危ないぞ!」
難なく5メートルほど登った。
「で、ここから落ちる。魔力の充填も問題なし……それっ!」
ここで私はとっかかりから手と足を離した。
当然、私の身体は自由に落下する。
「ばか! 怪我するよ!」
ニッコウキスゲとツキノワが、反射的に私の真下に入った。
だが私の体はそこまで落ちることはなかった。
腰の部分にある宝玉からクモの糸のようなものが飛び出して岩に張り付き、私の体をつなぎとめたのだ。
糸そのものに弾力があるので、落下の衝撃をびよんびよんと吸収してくれる。
私の肉体へのダメージも少ない。
いや、流石にちょっとは負荷はあるけど、怪我をするほどじゃない。
「……と、言うわけ」
糸が弾むのが治まったあたりで、今度はゆっくりと糸を伸ばして下降していく。
「つまり基本的には手と足を使って岩壁を登って……。すべったときに、その魔道具を使って墜落を防ぐってこと……?」
ニッコウキスゲが、口をあんぐりと開けて驚愕していた。
ツキノワも同様に驚いている。
「そんな魔道具、初めて見たぜ……。発想がやべえな……。だがこれなら確かに、無殺生攻略はできる。サイクロプスも、森の先にあるものは見えても、岩の奥にあるものは見えねえはずだし……。もしかすると、いけるんじゃないか……?」
私は二人ににっこり笑って、告げた。
「面白いでしょ?」
しかし、しみじみと思う。
これを作ったカピバラはやはり凄い。
本当は地球のクライミングで使われる器具すべてを作ってもらおうと思ったのだが、カピバラはそれらを「無理」と一蹴して独自にこれを考え出したのだ。
それは今から一か月前……タタラ山登山をした直後のことだった。
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