タタラ山に登って温泉付き山小屋に泊まろう 8
景色を眺め、そしてゴミを拾いながら歩くうちに登山客とのすれ違いも増えた。
こんにちはと挨拶し、向こうも返してくる。
アイサツは基本だ。
神殿や聖地では身分の分け隔てなく挨拶をする。
王国が定める身分の秩序ではなく宗教的な位階の方が重視され、ソルズロア教が催す大事な行事では身分は不問とされる。むしろ身分を明かして洗礼を受ける列に横入りしようとしたり、神官に賄賂を渡して便宜を図ってもらおうとする者は罰を受ける。
とはいえソルズロア教の神官が必ずしも清廉潔白というわけでもなく、また一歩でも神殿や聖地の外に出てしまえば「身分を問うべからず」というルールなど消えるので、結局は身分に縛られる。
と、まあ、面倒くさい話はさておき、マーガレットも私も貴族であり、今、噴火口にいるほとんどの人間より高い身分だろう。こちらからへりくだる分には何の問題もない。
「こんにちはー」
「どうも、こんにちは」
「こんにちは!」
さわやかな登山者の挨拶が噴火口にこだまする。
噴火口周囲ではトレイルランニングをしないのがここでの嗜み。
そんな清々しい気持ちになっていると、マーガレットがふと疑問を口にした。
「あれ? なんかこっちにいる人、多くない? 山頂の入り口よりけっこう遠いのに」
「あー……」
私がどう答えるべきか迷っていると、たまたま話が聞こえた通行人のご婦人がびっくりしていた。
「ええっ、お嬢ちゃんたち、タタラ旧道から来たのかい!?」
「タタラ旧道? なんですかそれ?」
ちっ、これはバレる。
「地竜便ができる前のルートだよ。ほら、途中まで地竜が人を乗せて登ってくれるし、こっちの方が傾斜は緩いし、湯治に来た客なんかはこっちを使うのさ」
その言葉に、マーガレットの目が点になった。
ふもとの温泉には湯治客が多く、湯治に来る人は何らかの病気であることが多い。そうした人々からも山頂を拝みたいという要望は多く、そこで地竜というステゴサウルス的な竜が大きな馬車のような車を引っ張って途中まで登ってくれるというサービスがあるのだ。
地球で言うところのケーブルカーやリフトに近い。流石に地球よりは利用料金は高額になるが、これを使えば一時間程度で山頂に辿り着く。
はい、マーガレットには黙っていました。歩きたかったので。
「……カプレー」
「もうそろそろ祠。がんばろう」
「ちょっと! それさっさと教えなさいよ!」
「アレは高い。それに私の巡礼の練習を兼ねてるから使う意味がなかった。無事に登頂できたし、遭難しそうな冒険者も助けられたし、全部上手くいってる」
「ぐぬぬ……! 後で覚えてなさいよ……!」
若くて羨ましいわねぇというおばさんに手を振って別れを告げつつ、私は歩みを進めた。
ぶちぶち文句を言うマーガレットの口に、秘蔵のお菓子と水を突っ込む。
ドライフルーツを混ぜ込んだパウンドケーキだ。
「もしゃもしゃ……わたしがお菓子で黙ると思わないでよね……美味しいけど」
「真剣に申し訳なく思ってる。それより、もう少しで剣が峰。祠もある」
「ふーん……噴火口の一番高いところ、剣が峰って言うんだ」
「あ、うん。だいたいあってる」
「だいたいって何よ」
剣が峰とかお鉢巡りとかは、主に富士山、もしくは富士山みたいな火山でよく使われる言葉だ。本来、この世界で使う言葉ではなく言葉を勝手に輸入してしまった感がある……ま、いいか。
ともあれ、巡礼者は山頂の神殿や祠で祈りを捧げるのがこの世界の一般常識である。
他の登山客も跪いており、私たちもそれに倣う。
「いと高きにおわします太陽神ソルズロアよ。寄る辺なき空の寒さにその御心が凍てつくことのなきよう我らが日々の歓喜と哀切の薪を捧げます。そいて神の愛が炎となり空と海と大地をあまねく照らし、我らの小さな営みをお守りくださるよう切にお祈り申し上げます」
私たちの国は太陽を神として祀る、ソルズロア教を国の宗教と定めている。
神が存在しているかどうかはわからない。
私が生まれ変わったときに会話したとかもない。
ただ、標高が高く太陽に近いとされる山の頂きは聖地となることが多い。そして聖地で捧げられた祈りは特別な効果をもたらす。
それは、大地を鎮めることである。
より具体的に言うならば、地震や噴火といった天変地異を抑えている。偶然ではないかと思ったが、実際に聖地に訪れて祈る者が減ると、何らかの異常が起きることは証明されているらしい。
だが、聖地となって祈りが集まると、それを妨害しようとする魔物が産まれる。これはよくわかっていない。魔王が地中に眠っていて太陽神の力を弱めようとしている……という説が主流だが、諸説あって他の説を唱える人もいる。
ま、なんであれ聖地巡礼は人々にとって大事な儀式であると同時に、危険を伴う苦行というわけだ。
流石にそこまでのリスクを負えない人の方が当然多く、聖地ではない場所……町の中の神殿やこうした山頂で祈りを捧げていることが多い。
「じゃ、そろそろ降りようか」
「……名残惜しいけど、そうね。行きましょう」
見納めとばかりにマーガレットが剣が峰からの景色を目に焼き付けている。
「また来るといい」
「今度は楽して登るからね」
地竜便を黙ってたことを根に持ってるようだ。
でも、自分が山に魅了されていることには気付いていない。
「うん。楽しく、自由にやればよい」
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