タタラ山に登って温泉付き山小屋に泊まろう 7
ご飯を食べて食休みをして、体力もそれなりに回復してきた。
足も腰も問題なし。
マーガレットもまだまだ元気だ。
なので、もうちょっと歩き回りたい。
「お鉢巡りをしよう」
「オハチメグリ? なにそれ?」
「噴火口をぐるっと一周すること。ほら、反対側の方、歩いてる人いるでしょ」
私が指をさすと、マーガレットもなるほどと気付いた。
噴火口の反対側には数人の登山客がいる。
多くはそこで休憩しているが、そこから歩いてこちらに向かってくる人もいる。
「ふーん。まあ、色んな景色が見えるのは楽しそうね」
「祠も向こうにあるから、一応お祈りしていこう」
「あんた、巡礼者なんだから一応とかじゃなくて真面目にお祈りしなさいよ」
「わかってるわかってる」
そして祭壇を片付け、ゴミも回収してザックを背負った。
マーガレットがそれを不思議そうに見ている。
「ん? どうしたの?」
「……思ったんだけど、焚き火とかでよかったんじゃないの? 肉の油で祭壇が汚れるじゃない」
「んー、やらない方がよい」
地球だと基本NGだし。
「なんで?」
「直火で焚き火をすると灰が地面に落ちる。灰は自然に帰らないから、ずっとそこに残り続ける。一人が一回に出す灰なんて大した量じゃないけれど、何人もの人間が、何年とか何十年とか灰を出し続けるのを考えたときには大量になる」
「あー、なるほど……」
日本では、標高の低い場所にあるキャンプ場でさえ直火の焚き火禁止の場所は多い。
焚き火台を使い、さらにその下に耐火シートを使うというルールが定番だ。
「それに、炙ったときに出た油とか食べ残しとか捨てちゃうのもよくない。ていうかダメ。山頂は本来、普通の生き物が生きていける場所じゃないのに食べ物を目当てで動物が来ちゃう。環境が変わっちゃう」
「……意外ね。あんたこういうところ真面目なんだ」
「意外とは失礼」
むすっとした顔で反論するが、マーガレットは慌てて言葉を付け足した。
「だって、神聖な場所を尊重する価値観とか敬虔さってないと思ってたから……。巡礼者になるのだって、立場がほしいとか言ってたじゃないの」
「それはそうだけど」
「まあでも、いいことだと思うわ。そういう真面目な考えしてるならちゃんと言ったほうがいいわよ。外聞のよさとか、太陽神様を敬ってるって姿勢は身を守る武器でもあるんだから。ソルズロア教はそういうところあるもの」
マーガレットは褒めてくれるが、私の考えとは少しすれ違っている。
私はあくまで環境保護の観点での行動だが、この世界の人にとってそれに近い概念は宗教だ。
神様という観点のない環境保護は、概念を理解してもらうことが難しい。
だがそれでもマーガレットの助言は真実だった。「その思想は武器である」というしたたかな考えは私の中にはなく、ありがたさを感じる。
「あんたはケヴィンと違って他人にアピールするの嫌いだろうけど、時として必要なこともあるわよ」
「うん。わかった。じゃあ……」
「お鉢巡りね」
「お鉢巡りしながらゴミ拾い。手伝って」
「えっ」
私はエコバッグ用途として薄手の布袋を持ってきていた。
その一つをマーガレットに渡して私たちは歩き始める。
まったくもうやぶ蛇だったわ、助言なんてしなければよかったという文句を無視して、てくてくと噴火口の周囲を歩いていく。
「ほら、灰が落ちてる。誰かが焚き火して掃除せずに帰った」
「まったく、失礼しちゃうわね。山を愚弄しているわ。信心が足りてないんじゃないの?」
マーガレットが登山家や登山オタクみたいなことを言い出して思わず吹き出す。
他人のことを真面目と言ってたが、マーガレットの方が遥かに真面目だ。
私の突然の提案に文句を言いながらもちゃんとゴミ拾いをしているのだから。
「マーガレット、あっちを見て」
「ん? ああっ!」
私の指をさす方向を見て、マーガレットが歓声を上げた。
そこには、私たちの住んでる王都が見える。
「あんなに小さい……! すっごい……!」
「城壁と、王宮の尖塔はギリギリ見えるかな……? 学校とかは全然わかんない」
目を凝らして私たちの住む街を見るが、流石に小さすぎる。
ここに来るまでの街道は細く、田園地帯は美しい緑一色に飾られ、石を積み上げて作られた都市はあまりにも遠い。こんなところまで来たのかという実感が強く胸に刻まれる。
そして初夏の高気圧の空もあまりに高い。こんなにも世界は広いのだ。
「信心とは別に、ここを綺麗にしておきたいって気持ち……なんかわかった気がする」
「うん」
世界の広さを知ると敬虔な気持ちになる。
それは地球であっても、この世界であっても、変わらないのだろう。
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