求ム探偵コンサルタント
「犯人はあなたですね、奥さん」
探偵の言葉に、指差された貴婦人がガクッと肩を落とす。証拠は全て揃っている。推理は完璧で、どう転んでも言い逃れはできなかった。
「あの人が悪いのよ……! あの人は、あの人は……!」
やがて観念した彼女は、訥々と、自分の夫を殺した動機を話し始めた。
またいつものパターンだ。もう何回見たか分からない、いつもの光景である。探偵の男は欠伸を噛み殺しながらそれを聞いていた。どうせ夫が不倫していた……とか、多額の借金を抱えていた……とか、ありきたりな理由なんだろうなあ。
「あの人が……浮気なんてするから……!」
それみたことか。探偵は内心せせら笑った。人が人を殺す理由なんて、たかが知れている。とかく観客はセンセーショナルな内面の吐露を待ち望んでいるが、そんなものは滅多にない。現実は悲劇でも、ましてや喜劇でもないのだ。などと思っていると、突然集まった人の輪の中から、一人の男が手を挙げた。
「待ってください」
「何だキミは。今犯人が動機を話している最中でしょうが。彼女にとっての見せ場なんだぞ。なぜ邪魔をする」
「確かに殺したのは彼女ですが……しかし果たして、彼女だけの責任でしょうか?」
「何?」
何が言いたいのか分からなくて、探偵は首をすくめた。腕時計を盗み見る。もう終わりが近い。犯人が動機を喋り出したとなれば、推理ドラマで言えば、もう終盤に近いではないか。なのに、この後に及んで何を混ぜっ返すことがあるのか。
「元を辿れば」男は肩をすくめた。
「元を辿れば、旦那さんが浮気をしていたのが悪いのでは? 彼がちゃんと家庭を顧みていたら、このような悲劇も生まれなかったでしょう」
「何だと?」探偵は目を釣り上げた。
「失礼。キミは何者だ?」
「私は責任コンサルタントをしている加藤です」
「責任コンサルタント?」
まだ若い、やせぎすの男が頷いた。
「ええ。当事者の責任はどれくらいあるのか。その過失は一体何%なのか。責任の処遇を助言しているのです」
「交通事故の、どっちが悪いか何対何を決める……みたいな仕事か」
「そうですそうです。私は主に浮気や不倫問題などを担当しているのです。さっきから話を聞かせてもらいましたが、どうも奥さんが100%悪いようには、私は思えない。この殺人は彼女だけが悪いのではない、旦那さんも悪いんじゃないでしょうか」
「そんなお昼の人生相談みたいなこと言われても……」
「待ってよ。だったら旦那さんだけじゃないでしょう」
すると輪の中からまた別の女が手を挙げて、会話に割り込んできた。
「私知ってるもん。殺された彼が……旦那さんが浮気したのは、悪い女に捕まったせいよ。あの女は、とにかく人が持っているモノを何でも欲しがる、性悪な女なのよ!」
「キミは?」
「私は性悪コンサルタントをしている佐藤よ!」
「性悪コンサルタント」
また聞き慣れないコンサルタントが出てきて、探偵は途方に暮れた。
「元を辿れば、唆した浮気相手にも責任があるでしょう! 悪いのは彼だけじゃないわ!」
「そう言うことなら、俺にも一言言わせてくれ」
「またか。次は誰だ」
「俺は貧困コンサルタントの多藤だ。その浮気相手が他人のモノを異様に欲しがるようになったのは、彼女の生まれ育った家庭環境が原因なのだ。つまり元を辿れば、この事件は貧困が悪い、社会が悪い」
それから今まで何処にいたのか、社会コンサルタントの奈藤、世界コンサルタントの波藤、宇宙コンサルタントの間藤……など、次々と新手のコンサルタントが現れて、責任の追及を始めた。
「悪いのは誰だ」
「悪いのは誰だ」
「元を辿れば、それを黙って見ていた部外者側にも責任があるのでは?」
「そうだよ。元を辿れば、監査役の不在なのだ。早めに原因を指摘していればこんなことにはならなかった。注視していなかった部外者も悪い」
「だとすれば、この事件に無関係な者ほど罪深いと言うことだな」
「悪いのは誰だ」
「悪いのは誰だ」
「しかし罪というのなら、元を辿れば、アダムとイヴが禁じられた知恵の実を食べたのであって……」
「私もそう思います。元を辿れば、人間が中途半端に知識を身につけなければ、このような悲劇は避けれたのです」
「悪いのは誰だ」
「悪いのは……」
「良い加減にしろ」
終わらない議論に探偵が声を荒げた。
「そんな、人類皆兄弟……みたいに、延々と元を辿り続けるんじゃない。何がコンサルタントだ。無責任に外野から言いたい放題言いやがって。彼女が殺したのは彼女の責任だ。そんなことを言い出したら、玉ねぎの皮を剥くみたいに、一生終わらん」
「元を辿れば……探偵が事件を解決しなかったら、こんなことにはならなかったのでは?」
しかし、責任の追及は終わらなかった。気がつくと、全コンサルタントが探偵の周りをぐるりと取り囲んでいた。ジッと探偵の顔を見据えながら、ジリジリと歩み寄ってくる。
「な、なんだ、お前ら……!」
「そうだよ……探偵が悪いんだ。コイツが粗探ししなければ、彼女は今頃悲劇の未亡人として皆の同情を集めていたはずなのに」
「真実を暴き出した探偵が悪い」
「わざわざ波風を立てやがって、臭いものには蓋をしてろよ。お前のせいだぞ」
「や、やめろ……! うわ、うわぁああああっ!?」
こうして探偵は死んだ。誰も謎を解く人間がいなくなったので、事件は事件でなくなってしまった。それで、我が国の犯罪発生率は、0%になったのである。