不真面目シスター、大聖女の生態報告(その1) の巻
美女です。
絶世の美女です。
枕を抱き締め、スヤスヤと眠っているうちの上司――大聖女様の姿を見て、さすがの私も息ゴックンです。
キューティクルが光り輝く、サラサラと流れるピンク色の長い髪。
ほっそりしていると思っていましたが、実はムチムチでメリハリのある、ケシカラン・バディ。
そのケシカラン・バディに身に着けているのは、これまたケシカラン感じの、絹製と思しきセクシーなスリップです。
これ、絶対に「見せるため」の下着ですね。なんでシスターがそんなもの持ってるんですか。
色っぽいうなじと、鎖骨のラインが丸見えです。
胸の谷間も、はっきり見えちゃってます。
艶めかしいおみ足が、剥き出しです。
張りのある美しいお肌は、四十六歳とは思えません。その整った顔立ちも、どう見ても二十代半ば。いやほんと、どんなアンチエイジングしてるんでしょう。そのノウハウを本にまとめれば、高く売れると思いますよ。
「んん……」
大聖女様が、艶めかしい声を漏らしながら寝返りを打ちました。
「おおう……」
思わず声が漏れました。
ヤバいです、これヤバいです。今の大聖女様の姿は描写できません。もはやR18です。私が男だったら、ここで死んでも構わないという覚悟で襲いかかっていると思います。
まあ、絶対に返り討ちにされ、再起不能になるでしょうけどね。
◇ ◇ ◇
みなさん、おはようございます。
ただいま、朝の六時です。本日は「大聖女の側仕え」としての役目を果たすべく、上司である大聖女様を起こしに来ております。
大聖女の側仕えとなって、はや三か月。
初めてのお使いならぬ、初めてのお役目です。
え、身の回りの世話が役目の私なのに、どうして三か月もたって初めてなのか、て?
実は大聖堂の幹部である「従者」のトップ、アラフィフ・シスター、マイヤー様のせいでして。
長年側仕えをつけなかった大聖女様、身の回りの世話はずっとマイヤー様がしていました。私が側仕えになってからも、私生活面での世話はそのままマイヤー様が続けていたのです。
ですが、本日マイヤー様はお留守。お仕事で、遠い場所に出張しております。
よって、側仕えである私に、本来の仕事をさせようということなのですが。
「いいですか、シスター・ハヅキ」
昨日のお昼過ぎ、マイヤー様に呼び出され、厳重に言い渡されました。
「私室内で見たことは、絶対に、誰にも、口外しないように」
念を押されるまでもなく、そのつもりです。
さすがに私もね、人様のプライベートを言いふらすつもりはありません。だって、もしもですよ? もしも弱みを握れちゃったりなんかしちゃったら、私だけの切り札として取っておくことができるじゃないですか。
言いふらすなんて、そんなもったいないこと、しませんとも!
「はい、お約束します!」
「……妙に張り切っているのが、逆に不安ですが」
よろしく頼みましたよ、と。
マイヤー様は大きなため息とともに、私に大聖女様の世話を託し、二泊三日の出張へと行かれました。
◇ ◇ ◇
そして今。
マイヤー様が「口外しないように」とくどいほど言った理由が、よくわかりました。決して甘やかしていたわけじゃないんですね。
「大聖女さま、起きてください。お勤めの時間ですよ」
「んー……やだぁ……まだねるぅ……」
枕を抱き締めて駄々をこねる大聖女様。
やだカワイイ。
けど、めんどくさい。
この人、メチャクチャ寝起きが悪いんですね。普段のお勤めは奥の部屋でしている、と聞いていましたが、これってつまり、起きられないので礼拝堂のお勤めに間に合わないだけじゃないでしょうか。
「起きてくださいよぉ、大聖女さま!」
礼拝堂に間に合わなかったら、「姉」のシスター・リリアンに叱られちゃうんですからね。
あの人生真面目だから、遅刻とかズルとかすごく厳しいんですよ。また書き取り一時間とかいやですよぉ。
「うるさぁい」
「いたっ」
ぺんっ、と。
起こそうと揺さぶっていた手をはねのけられました。見てもいないのに正確に手の甲を打つなんて、やはり大聖堂幹部は武術の心得があるとしか思えません。
「ああもう、しかたないですね!」
私、腹をくくりました。
どうやり返されるか、怖いですが。
私は側仕えとしての役目を果たすべく、枕に抱き着いて幸せそうに寝ている大聖女様に近づき。
「起きてください、大聖女さま!」
無防備なその体を、思いっきりくすぐってやりました。
◇ ◇ ◇
「あ、ちょっと、いやっ、だめっ!」て感じの、マジでR18な反応と。
「やめんか!」という怒声と脳天直撃のゲンコツの末。
ようやく大聖女様は、そのお目目を開いてくれました。
うう、痛かったよう。
◇ ◇ ◇
「もう……」
乱れた髪のまま、ずり落ちたスリップの肩ひもを直し、ふわりとあくびをする大聖女様。
うわ、色っぽい。
艶めかしさがハンパないです。この人ほんとにシスターですか? 清純さよりも妖艶さが際立つ、悪魔的な美女ですよ。傾国の美女って、この人のことだと思います。
「あの、大聖女さま。なんでそんな下着持ってるんですか?」
とりあえず、気になって仕方ないことを聞いておくことにしました。
「いただきものよぉ……」
よかった、自分で買ってると言われたら、どう反応していいかわからなかったです。
しかし――誰ですか、聖職者にこんなものを贈ったのは。絶対に下心ありますよね。
「色っぽ過ぎません?」
「そう思うけどぉ。高級品だし、人に譲るわけにもいかないし。もったいないから着ろといったの、あなたじゃ……」
ん? と首をかしげる大聖女様。
寝ぼけ眼で私を見て、あれ、という顔になります。
「なんで……ハヅキがいるのぉ?」
「マイヤー様、出張ですよ。聞いてませんか?」
「あー、そういえば、言っていたような……」
あふ、とあくびをする大聖女様。
トロンとした目で窓から空を見て、もう朝かぁ、もっと寝てたいなぁ、なんて顔をしています。これ、まだ半分寝てますね。こんな隙だらけな状態、初めて見ました。
「あ、こら! 二度寝しないでください!」
再び枕を抱き締めようとしたので、慌てて取り上げました。
「いじわるう」
上目遣いで、ぶう、とほおを膨らませる大聖女様。
ちょっと待ってください……その可愛さ、反則です。四十六のオバチャンが、うら若い乙女にしか見えません。大聖女様LOVEのリリアンなら、鼻血拭いてるんじゃないでしょうか。
「お、お可愛いですね」
「そお? ありがと」
「あの、大聖女さま。つかぬことを聞きますが……マジで国の一つや二つ滅ぼしてませんか?」
「何を言ってるの、あなたは……」
ふわぁっ、と大あくびをしながら、大聖女様が背伸びをしました。ケシカラン・バディのメリハリがはっきりと浮かび上がり、タマラン光景が生まれました。いやほんと、お見せできないのが残念です。
「すいません、あまりにも色っぽいんで、そうじゃないかなぁと思ってしまって」
これでもシスターですからね、女としての色気で国を滅ぼしたなんて、そんなこと――ありませんよね。
「六つよ」
「はい?」
「だから、六つ。私のせいで滅んだ国。側仕えなら、ちゃんと覚えておきなさい」
は? え? あの、マジで言ってます?
さすがの私も絶句してしまいました。そのスキをついて、大聖女様は私の手から枕を奪い返し、ぎゅーっと抱き締めてベッドに寝転んでしまいました。
「あ、こら、二度寝はダメですったら!」
一瞬で眠ってしまい、幸せそうに寝息を立て始めてしまいました。
あーもう! この人ホントに、私が知ってる大聖女様ですか?
◇ ◇ ◇
その後の奮闘もむなしく。
大聖女様は頑として起きようとしませんでした。時間は刻々と過ぎていき、気がつけば七時を回ってしまいました。
朝のお勤めは、七時半からです。
あと三十分弱で叩き起こして、身支度させて、しかる後に私は朝のお勤めに間に合うよう礼拝堂へダッシュする――なんか無理そうな気がします。マイヤー様、よくこんなデイリー・ミッションこなせますね。ちょっと尊敬したくなってきました。
「うう、リリアンに怒られちゃいますよぉ」
何とかして起こさねば。
しかしどうしたらよいのでしょう。叩いても、つねっても、引っ張っても、頑として起きないんです。あんまりしつこくしたせいか、頭からすっぽり毛布をかぶって、サナギのような格好になってしまいました。
どうにかして、羽化させなければなりません。
そうしないと、私がリリアンに怒られちゃうのです。
「こうなったら……」
私は覚悟を決め、とある方法を試してみることにしました。
ノるかソるかの大バクチです。ある意味、劇薬と言えるでしょう。後々の報復が怖いですが、背に腹は代えられません。
よし、やるぞ!
「大聖女さま、起きてください。お客様ですよ! 急ぎの用だそうです!」
『おきゃくぅ? だれよぉ、こんなあさからぁ……』
「モニカ先生です」
『…………は?』
がばり、と。
サナギが一気に羽化し、それはそれは艶めかしい姿の大聖女様が生まれました。
「モニカ姉さま!? え、本当に!? ち、ちょっとハヅキ、時間を稼ぎなさい! すぐに支度するから!」
ベッドを飛び降り、大慌てで洗面室へと駆けこむ大聖女様。
いやぁ、ここまでキクとは、正直びっくりです。怖いもの知らずと思われた大聖女様にも、怖いものはあったんですね。
シスター・モニカ。
かつて大聖女様の「姉」シスターだった方で、今は私が通う小学校の校長先生。
マジ、リスペクトです!
◇ ◇ ◇
「……騙しましたね?」
身支度を終え、息を切らせて戻ってきた大聖女様。モニカさんが来たというのが嘘だとわかると、それはそれはコワーイ顔になりました。
「いやあ、勘違いだったみたいですね、あっはっは」
「あなたという子は……」
ぐぬぬ、と私を睨む大聖女様。
ですが、寝坊したのは大聖女様です。そこんところは明確にしておきます。今回私は悪くないと思います。
「では私はこれで」
朝のお勤めまで、あと十分。なんとか間に合う時間です。これでリリアンに怒られなくて済むと、ダッシュしかけたところで。
「お待ちなさい」
むんず、と肩をつかまれました。
「ひっ!?」
「今朝は、私と一緒に祈りましょうか。ええ、そうですね、たまにはいいでしょう」
ギリギリと肩に食い込む「大聖女クロー」。
あ、他言無用を言い含めるまで逃がす気はない、てことですね。言いません、言いませんから、離してください。大聖女様も怖いですが、リリアンもまた怖いんです。その怖さは、大聖女様とはまた違う怖さなんです。
あっちはホント、ねちっこくてしつこいんですよぉ! お願いだから離してくださいよぉ!
「家族のように指導する、と言っていたのに、忙しくて人任せでしたからね」
「い、いえ、お忙しい大聖女さまのお手を煩わせるなど……まずは基礎をきっちりと学んできますので」
「幸い今日は予定がありません。今日一日は、あなたのために時間を取りましょうね」
あ、聞いてない。
部下の話をよく聞くのが、よき上司の第一歩ですよ。まずはそこからいきましょうよ!
「そうだ。祈りの後で、これまでの勉強の成果を見せてもらいましょうか。ええ、そうしましょう」
「あ、あの、私は、小学校へ行かなきゃいけないんですが……」
「モニカ姉さまには、私から伝えておきます」
にっこりと笑って、私の反論を封じる大聖女様。
「リリアンにモニカ姉さま。優秀な二人の指導を受けて、どれだけ成長しているのでしょう。とても楽しみです」
もしも成長が見られないようなら。
今日は一日、みっちりと私が指導いたしましょうね。
「ひっ……」
まるで悪魔のようなことを言う、清楚で美しい大聖女様。
わーん、なんですかその楽しそうな笑顔は。
これって絶対、逆恨みですよぉ!
モニカさーん、リリアンさーん、タスケテー!