感情の色〈天色〉
あまいろ/明るい青
―――空の色って、こんなに明るかったっけ?
学校からの帰り道、わたしはスキップでもしたいくらいの浮かれ具合で歩いていた。
気持ちが浮かれているからか、見える景色が眩しく明るい。
屋根の上の青空も。道の片隅の雑草まで。何もかもが鮮やかで。
幸せって、大声で叫びたいくらい。
あぁもうニヤニヤしちゃって止まらない。
告知があってから、ずっと楽しみにしてた。
今日はあの人の生配信の日!
早く家に帰って、しっかり準備して挑まなきゃ。
推しなんて言葉じゃ全然足りない。
わたしの一番、大切な人。
二年前のわたしは、もう死んでるみたいなものだった。
ちょっとのことで学校に行けなくなって。ずっと家に引き籠もってた。
『ちょっとのこと』だって今だから言えるけど、その時のわたしにとってはもう本当に大きなことで。
つらくて、苦しくて。
毎日泣いて。毎日怒って。
そんな毎日の果て、一生分の涙と怒りを出し尽くしてしまったように、ある日急に何も感じなくなった。
涙も出ない。怒りも湧かない。
嬉しいも悲しいもない。
どこまでもからっぽなわたし。
ただぼんやり、そこにいるだけのわたし。
何を見ても何を聞いても何も感じなかったのに。
あの日、画面の向こうのあの人の言葉だけが、なぜかすっと入ってきた。
からっぽのわたしの中に、あの人の言葉は優しく満ちて。気付いたら涙が溢れてた。
悲しい涙じゃない。
溶かされた氷が流れていくような。あたたかな涙。
自分のことを許してもらえたような。わたしはわたしでいいんだよって、認めてもらえたような。そんな気持ちになって。
涙が止まるまで泣いたら、わたしはさっきまでのわたしでなくなっていた。
画面の向こうのあの人にとっては、きっと全然そんなつもりじゃなかった言葉なんだろうけど。
それでもわたしはその言葉が嬉しくて。何度も何度もそれを見て。それからほかの配信も全部見た。
一生懸命なあの人に勝手に励まされて、わたしは変わっていくことができたの。
最後まで教室には行けなかったけど、登校はできるようになったから。知ってる子が誰も受けてない高校を選んで受けた。
高校へはちゃんと毎日通ってる。
わたしの持ってたあの人のグッズを見た子が話しかけてくれて。一緒にあの人のことを語る友達になれた。
あの人に助けられ、あの人に支えられて。わたしはこうして外の世界にいられるようになった。
一度なんにもなくなってしまったわたしは、あの人のおかげで新しく生まれ変われた。
晴れた空を見てきれいって思えたり。
学校に行くのが楽しいって思えたり。
誰かと話すのが嬉しいって思えたり。
そんな日々を、また過ごせるようになった。
あの人が話してたことをわたしも知りたい。
あの人が楽しんでたことをわたしもやってみたい。
いつか。いつの日か。
足元じゃなく、この先を見つめられるようになった。
いつかのわたしを考えられるようになった。
今のわたしも。この先のわたしも。
あの人がいるから生きていけるの。
友達ともうすぐだね、楽しみだねってメッセージを送り合ってから。
あとはゆっくり配信を待つ。
名前も顔もわからないあの人。
でも誰よりも知ってるって言いたい。
こういうときはこう言うよね。
らしい反応!
画面の前でひとりで頷きながら、唯一本当のあの人の声を焼きつける。
街中で偶然、なんて夢見るほど子どもじゃないけど。
たとえ雑踏の中でも、あの人の声を聞き逃したりしないように。
大事に大事に、胸にしまう。
わたしの大切なあの人。
あなたがいる限り、私は明日へと歩いていける―――。
読んでいただいてありがとうございます。