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準備だけでくたくた。もう疲れた

 五日ほど過ぎ、いよいよ明日が冒険再出発の日となった。

 その準備を今日いちにちで済ましたので、冒険前にえらいくたびれてしまった。やれやれ。


 それまでの数日は何していたかと言えば、何もしていなかった。

 いや、やる気はあったのだ。

 やる気はあったのだが、眠気に勝てなかった。

 やれねばならぬことがあるときの二度寝は、なんであんなに気持ちいいかね。五度寝くらいしてしまうよ。寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きたらもう夜ですよ。不思議。

 というわけで、本日はおおわらわだった。


 まず、冒険者ギルド本部に行って、ライセンス代わりのクリスタルの再発行をした。

 これがなくては冒険者としては認められず、モンスターを倒してもダンジョンを攻略しても一銭にもならない。冒険者ではなく、ただの暴れん坊とみなされる。

 クリスタルは、ただの免許証代わりではない。冒険において一番重要なアイテムだ。超大事なやつだ。

 攻撃を受けると、肉体の代わりにダメージを吸収してくれる優れものなのだ。

 つまり、こいつがないと、生身にリアルダメージくらっちゃうわけである。下手すりゃ死んじゃうわけである。おそろしや。

 ちなみに、ダメージが溜まりすぎると壊れる。「じゃあダメじゃん。死ぬじゃん。」という心配はご無用。壊れると、本部に強制転送される仕組みになっている。

 そして五回戦闘不能になると、もう再発行は不可。永久に冒険者資格を失う。なので、長く現役を続けているイコール強い人、というわけなのである。


 クリスタルを発行してもらうには、いろいろテストを受けなきゃいけない。結果「こいつに冒険は無理」と判断されると、もらえない。

 十数年ぶりのテストだったわけで、不安まみれだったが…。昔取った杵柄でどうにか大丈夫だった。よかった。


 それが終わったら、今度は装備品の発掘に取り掛かった。

 どこを発掘するかと言えば、家の中である。

 かつてドラゴンを倒した、伝説の装備の数々。

 それを十年前にどっかに置いて、なくしてしまったのだ。一式全部を箱に詰めて、その辺に転がしといたはずなのに。

 まあ売ったり捨てたりした記憶はないし、必ず家の中にあるはず。

 と思って探したのだが、これがまあ全然みつからない。物置押し入れタンス天井裏と、あらゆるところを探したのだがどこにもない。

 発掘作業によって、ただでさえ散らかっていた家が、更にゴチャゴチャになってしまった。家というより、巨大なゴミ箱というべき有様だ。

 しかし、あきらめるわけにはいかない。

 私が使っていたやつは、かなりいいやつだったのだ。

 いいやつは当然、(魔法などの力で)体の負担を減らしてくれる。崖もひょいひょい登れるし、悪路もほいほい歩けるようになる。

 かつて、私のようなかよわい乙女が大活躍できたのも、いいやつを装備していたからだ。苦楽を共にした、いわば相棒みたいなものである。

 なので、そのへんのセール品買ってお茶を濁すなんて真似はできない。

 魔力の加護なしで、ほぼ自力で走ったりジャンプしたりなんて、いやすぎる。考えただけで疲れる。ていうか無理。死ぬ。疲れ死ぬ。

 なのでないと困るが、どこにもない。相棒たちよ、今いずこ。


 まいったなーと腰を下ろし、ふと気が付いた。


 私が今、どっこいしょと腰かけている、この直方体。イス代わりにしているこいつこそが、相棒たちを詰め込んだ箱だった、と。

 以前イスが壊れたときに、「いったんこれで」と布かけて座ってみたら、思いのほか具合がよかったのだ。

 以来これは、便利な腰かけとして定着してしまったのである。

 苦笑しつつ箱を開けたら…。

 あったあった、いいやつが。

 魔法のローブに魔法のブーツ、魔法の手袋。それと、特にステータスアップはしないけど、魔術師っぽいシックでおしゃれな服。

 これでもう安心。あとは明日を待つばかりと、私は早々に寝ることにした。

 あんなことになるとも知らずに。


 翌日。

 私は下着姿のまま、ショックで呆然としていた。こんなことがあっていいのかと、天を仰いでいた。はらはらと涙がこぼれた。

 十年前の服が、着られなくなっていたのだ。

 太ったから。

 なぜなら太ったから。

 油断していた。顔に肉がつかないタイプだし、普段ぶかぶかの服で生活していたから、体をむしばむ脂肪に気付かなかったのだ。それに小食だし、肉や甘いものが好きじゃないので、「大丈夫だろう」とタカをくくっていた。

 少しも大丈夫ではなかった。

 私は長年の無職暮らしによって、着実に贅肉をはぐくんでいたのだ。

 しかしよく考えたら、ほとんどカロリーを消費しない省エネ生活をしてたんだから、太るのは道理である。

 太ったのは、この際まあいい。仕方ない。

 問題は、冒険に着ていく服がないことだ。

 ローブとブーツと手袋があれば、冒険には支障はない。ローブの下に着る服は、なんでもいいと言えばなんでもいい。

 なんでもいいのだが、だめだった。

 昨日持っている服全部、洗濯してしまったのだ。どうせしばらく家に帰らないんだからと思って。全部びしょびしょだ。完全に裏目に出た。


 残された服は、今着ているパジャマだけである。


 上にローブ羽織って、激しい動きを控えれば、ごまかせないこともない。

 が、パジャマを着てダンジョンに挑むなんて、あまりにスリリングだ。

 ばれたら最後、美人姉妹からの侮蔑の視線はまぬがれぬだろう。あんなに私を崇拝していたエレナさんも、一発で幻滅すること間違いなしだ。

 じゃあ新しい服を買いにいけばいいかと言えば、そういうわけにもいかない。

 なぜなら、服がないから。服を買いにいく服がないから。

 行くならば、パジャマの上にローブを羽織った格好で、町に繰り出さねばならない。

 パジャマを着たまま町に行く。

 ある意味、ダンジョン攻略以上の大冒険である。そんな難関ミッションに挑戦する勇気は、私にはなかった。

 パジャマを着たまま冒険するか。

 パジャマを着たまま町に繰り出すか。

 究極の二択である。


 結局私は、パジャマでダンジョンに行くことに決めた。

 まあ、ローブの前をしっかりかき合わせて、あまり動かないようにすれば大丈夫だろう。

 ばれたらばれたで仕方ない。そのくらいの覚悟がなくて、何が冒険者か。


 数時間後、ラニヤン姉妹が家にやってきた。もう後戻りはできない。

 かくして私の冒険者ライフは、パジャマ姿のまま再スタートした。

 なんかだめそう。


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