一生遊んで暮らしたい。
あまりに都合のいいラニヤン姉妹の提案。でも私は、ぜんぜん乗り気じゃなかった。
だって、冒険はめんどい。
何もしなくてもいいにしたって、ダンジョンには危険がいっぱいだ。散歩気分で行くわけにはいかない。
それに、冒険に行くなら、生理現象を抑える薬を飲まなきゃならない。それを服用しているあいだは、栄養水以外は接種できない。つまりご飯もお酒もだめなので、おもしろくない。
あと、たくさん歩くのがしんどい。そもそも長時間外に出たくない。
要は、部屋でゴロゴロする以外のことをしたくないのだ。私は。
無職は三日やったらやめられないと言うが、本当だった。正直、働かないというのが、こんなに素晴らしいことだとは思わなかった。ノー労働ノーストレスの生活。最高だ。ずっとこんな日が続けばいいのに。
「なるほどねー。つきそうだけでお金がもらえるなんてねー。どうしよっかなー。」
あごに手をやり、悩むふりをする。本当は、もう断る気まんまんだ。どうやって、角を立てずに断るか。考えることはそれだけだ。
「ご理解いただけたようで何よりです。それで、どうです?」
「んー。でもなー。」
「あのっ、他にご要望があればなんでも…!」
「姉さん。」
なんか言いかけたエレナさんを、ミレイちゃんが片手で制した。それから、私の方を鋭い目つきで見やる。グッとにらむように。なんだってのさ。
「あのですね、テスさん。差し出がましいようですが、あなたは絶対に、ボク達の申し出を受けるべきです。」
「そう?」
「そうです。さもなければ、おしまいです。」
「おしまい?何が。」
「あなたの人生が。」
ミレイちゃんが、急に怖いことを言った。なにそれ。不安をあおるタイプの予言者かよ。
「え、いや、別に終わんないと思うけど…。」
「いいえ、確実に終わります。だってそうでしょう。いくらまだ貯金があると言っても、お金の湧き出る泉があるわけじゃなし、いつかは底をつきます。そしたら結局、冒険に出なくちゃいけない。」
「…まあ、それは。」
「でも、十年ブランクがある冒険者と、誰が組みたがりますか?遊びでやっているわけじゃないんです。いくら伝説のシルフ・ウィザードと言ったって、みんなごめんこうむりますよ。四、五年前ならいざ知らず。」
「う…。」
耳の痛いことを、年下に言われた。
それはそう。
それは確かにそうなのだ。確かにそうなのだが、必死に見て見ぬふりをしていたのだ。それをこの子は。このボクッ娘ちゃんは。デリカシーってものがないのかね。
「まあまあ、別に冒険者だけが仕事じゃないし…。」
「ほかの職種に就くおつもりですか?それこそお笑いぐさです。ちゃんとした就労経験もなく、十年ぶらぶらしていた人間を雇用するほど、世間は甘くありませんよ。」
「あ、あの…いやまあ…、でも…。」
見て見ぬふりをしていた現実をゴリゴリつきつけられ、私はワナワナ震え出した。もうやめてください。怖いよ、現実。
「気付いていないようですが、あなたの人生はすでに詰みかけているんです。もう、まともな職に就けるあてはありません。もう一度言います。貯金が尽きたらもう、あなたは終わりなんです。」
「ミレイちゃんひどい!テス様若いんだし、きっとまだチャンスは…!」
「姉さん黙って。ですが、ボク達の仲間になれば、もう安心。激甘の労働条件でお金が入ってくるという寸法です。いつか契約が終わるにしても、いったん社会復帰したという事実があれば、再就職も多少はしやすくなるはず。少なくとも今よりは。ボク達の差し伸べる手が、あなたの人生を変える最後のチャンスなんです。どうしますか?」
「やりますやりますやらせてくださいお願いします!」
私はがっしりとミレイちゃんの手を握った。
「きゃーっ、やったー!」
エレナさんが無邪気に喜び、椅子から立ち上がって小躍りする。ミレイちゃんは、それを見て「はぁやれやれ」という表情だ。
「ところでさ、ひとつ気になったんだけど。」
「なんです?」
「きみ…ミレイちゃんも、私のファンなの?」
「そんなわけないでしょう。あなたの現役時代も知らないし。」
「あーそう…。でもだったら、よくこんな話にオッケーしたね。私が言うのもなんだけど、きみ達に損しかないじゃん。お姉さんに逆らえないの?」
「いや、ボクは…。」
私の質問に、なぜかミレイちゃんは少し顔を赤らめ、小声になった。
「姉さんの喜ぶ顔が見れるなら、それでいいかなって…。」
「いい子かよ。」
こうして、善良な姉妹の厚意に全乗っかりする形で、私は再び冒険に出ることになった。とほほ。