幸福な自爆
絶賛遂行中の、ミレイちゃんの恋応援プロジェクト。ぶっちゃけ、エレナさんに
「こないだシトリィミラーでミレイちゃんの願望見たんだけどさー。これこれこーゆー感じだったよー。よっ、この妹たらし!にくいねーこのー!」
って報告すれば、一挙に解決する話ではある。
でもそのやりくちは、なんだか人道に反するというか。後に禍根を残しまくる予感がする。やめといたほうがいいだろう。
私がさっき思いついたアイディアは、そんな情緒もへったくれもないような代物ではない。もっと穏当で、かつドラマチックな感じだ。
さあ、新たな作戦の始まりだ。
よしっと気合を入れ、ベッドから飛び降りる。さっそく行動開始である。
部屋のすみにある、いろんなガラクタを放りこんである箱。そいつを手に取り、ひっくり返す。
「えーと…。お、あったあった。」
ガラクタの山から、灰色の小さな玉を拾いあげる。
この玉の名は、キュークラッカー。
十年前に購入したレアアイテムだ。昔は普通に販売していたのだが、生産中止になって、結果的にレアアイテムになった。
なんで生産中止になったのかと言えば、役立たずだからだ。
このアイテムは、使うと派手な爆発を起こす。
しかし派手なのは見ためだけで、全くダメージを与えられない欠陥品なのだ。正にこけおどし。
それならそれで、目くらましに使えるじゃないか。そんな意見もあるだろう。
ところがこいつ、原材料が貴重だからバカ高いのである。お値段が。一個でなんと十万マニィ。目くらまし一発に十万も払うやつはいない。
結果、わずかな金持ちが気まぐれに買っただけで、あっという間に市場から姿を消したのである。
まあこいつを買えるくらい、私の所属していたパーティは景気がよかったってことだ。過ぎ去りし栄光よ。
で、結局使い道もなく、十年間ガラクタ箱の中で眠っていたわけである。よく考えたら、箱の中で暴発しなくて本当によかった。
役立たずのキュークラッカー。次の作戦は、こいつを利用する。名付けて、幸福な自爆大作戦。
想定している段取りは、以下のような感じだ。
まず、ダンジョンでラニヤン姉妹に嘘をつく。キュークラッカーを、とんでもない威力の爆発物だと主張する。
敵に大ダメージを与えるかわり、自分も負傷する自爆武器。
しかも、クリスタルの加護が通用せず、生身の肉体が傷つく激ヤバなアイテム。
そんなでたらめを吹き込む。十年前のレアアイテムだから、よもやバレることはないだろう。
しっかり信じ込ませたら、ボス戦でこいつを使用する。自爆でボスをやっつけたように錯覚させる。
と言っても、実際はノーダメージ。なので、倒した瞬間にワッと懐に飛び込んで爆発させ、さもキュークラッカーで倒したように見せかける。
当然そのあとは、瀕死状態になったように装う。
となると必然的に、ラニヤン姉妹は尊敬の目で私を見る。仲間のために、わが身を犠牲にして強敵を倒したヒーロー。そう思うことはまちがいない。
瀕死の(ふりをした)私は、彼女たちにこう言う。
「エレナさん。ミレイちゃん。私はもうだめだ。でも死ぬ前に、ひとつだけ聞かせてほしい。キミ達の本心を。」
と、息も絶え絶えに伝えて、二人に告白をうながす。
めでたく両想いってことを確認したら、私も「実は演技だったのだよ」とばらし、復活。
ハッピーエンド。
というシナリオである。
こうやってあらためて段取りを整理してみると…。
われながら、いまいちな作戦である。
いかに自分に激甘な私であっても、「いやこれ無理っしょ」という感想が湧いてくる。見積もりの甘さが否めない。
特に、一番大事な最後のくだりが強引だ。
その状況で「本心を」と言われて、果たして、姉妹に告白しようってなるだろうか。瀕死の恩人差し置いて。私に対する感謝やら何やらが先にきちゃう可能性もある。
特に、空気を読まないミレイちゃんが
「『本心を言って』とおっしゃるなら言いますが、ボクはずっとあなたのこと、まあまあ下に見ていました。」
などと、求めていない本音を白状しかねない。
でもまあ、何も双方に告白させる必要もないわけだ。両想いなわけだから、片方だけにでも告白させれば目論見は成立する。
本日ああいったやりとりをしたエレナさんが、「ははーん例の件だな」と勘づいて、こちらの想いをくみ取ってくれる可能性もある。それに賭けよう。
まあ、ダメだったとしても、そのときはそのときだ。また次、別の作戦を立てればいいでしょ。
考えるのが面倒臭くなった私は、脇腹ぽりぽり掻きつつまた寝床に入った。なるようになるさ。
疲れているはずなのに眠れず、布団かぶってモゾモゾしている。
すると、さっきのエレナさんとの情事が、ぽわーんと脳裏に浮かんできた。
おやまあ、と自分でびっくりする。
ここ数年、ベッドの中で頭に浮かんでくるのは、元カノのことばっかりだったのだ。
というと、
「なんか不可抗力みたいな言い方してるけど、自分で妄想してるんでしょ?自主的に元カノのこと考えて、むらむらもんもんしてるんでしょ?」
と無粋なことをおっしゃる人も出てくるだろう。
でも、違うのだ。ほぼ不可抗力なのだ。
寝る態勢に入ると勝手に、元カノの顔や体が、ぽわわわーんとまぶたの裏に浮かんでくるのだ。無意識に。自動的に。オートで。
これはもう、一日のメイン業務が「妄想」と「ゴロ寝」である無職の、職業病といってもいい。自分じゃ止められやしないのだ。
当然、夢では必ず元カノが出てきた。
毎晩夢の中で抱き合っていた。起きたあと、ときどき少し泣いたりした。めそめそと。
別れた当初は、まあこうなるのはしょうがないと納得していた。
あの娘のことが忘れられないのはしょうがない。夢に見ちゃうのはしょうがない。でもちょっとずつ、こんな気持ちも薄れていくんだろう。そう思っていた。
ところがどっこい、そいつが十年経っても続いた。挙句、もはや当たり前の日常と化していた。
こりゃーもうだめだ。
きっと死ぬまでこんな感じなんだ。私は。
とあきらめていたところに、今のこの状態である。脳裏によぎるのは、エレナさんの顔や体やテクニックばかり。元カノの顔は引っ込んだっきりだ。
まさかこんな夜が訪れようとは。自分のことながらびっくりするのも、無理はないというか。
十年ものの妄想を打ち破るほど、刺激的な日だった。そういうことなんだろう。嬉しくもあり、寂しくもあり。
ああ、そっか。ひょっとすると…。
私が無職の道を選んだのは、夢で元カノと会えなくなることを、無意識に恐れていたからかもしれない。夢が変化することを恐れ、刺激が少ない生活を選んだのかもしれない。
私が無職だったのは、全てこれ、愛のなせるわざだったのだ…。
って、本当かぁ?そんなことないだろ。働くの嫌だっただけだろ。
危ない危ない、自分の嘘に自分が騙されるところだった。
まあそれは嘘として、その日の夢には、元カノは登場しなかった。
なんか、パンに塩かけたらどんどん紫色になっていく、というだけの夢だった。元カノはおろかエレナさんすら出てきていないが、それは私の責任ではない。




