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赤っ恥だよ人生は

 ひどく打ちのめされた気分だった。

 映し出された深層心理の願望に、私自身がギャフンと言わされた。

 自覚してなかったのだ。私の本当の望みが、あんなカッコ悪い下品なしろものだってことを。ああ。ああ、もう。あーあーあーあ、ほんとにもうさあー。

 そうかー。私の真の望みってあれだったのかー。別れて十年経って、なお望みはあれかー。未練がましいどころじゃないよ。未練たらたらたらたら、たらららららンじゃん。知りたくなかった。自覚したくなかったよ。

 そしてもちろん、こうして突きつけられたら、身に覚えは大いにある。ありすぎる。

 幻影を見た瞬間、ショックはショックだったが、興奮したは興奮した。背筋がぞくりとした。ぶっちゃけ最高だった。

 私の本当の願いは、確かに間違いなくあれだった。元カノに土下座させた上で復縁。それこそが我が願い。やんぬるかな。


「ワギャウッ!」


 ケットシーが襲いくる。

 幻影を見てぼんやり佇む女。絶好の標的と判断されたのだろう。呪文。脳内で唱える。ラーナ。攻撃をかわす。


「ガウッ?!」


 攻撃を外され、ケットシーの態勢が崩れた。チャンス。

…なのだが、私はなんにもしなかった。

 ていうか、できなかった。

 とてもそんな気力はなかった。よけるのが精いっぱいだった。

 だって、あんな赤っ恥を大公開したあとだよ。無理だって。ラニヤン姉妹の顔、さっきから全然見れないし。

 特にエレナさん。「しっかり見ておいて」とほざいた結果、出てきたのがあれだよ。どんな気持ちになっただろうか。会わせる顔がないとはこのことだ。

 こうなると、ケットシーが攻撃をしかけてきたのはむしろ、もっけの幸い。こいつが襲ってくるあいだは、ラニヤン姉妹の顔を見なくて済む。


「霧?元カノに土下座?それについての説明はあと、あと!今は戦闘に集中だよ!私達はここに何しに来たの?モンスター退治しに来たんでしょ?それが本業でしょ?さあ武器を構えて!」


と、話をそらすことができる。

 さあこい、長靴をはいた猫。もっとこいもっとこいドンドンこい。


「ガルルルルッ!ガウッ!」


 ケットシーが大きく跳躍した。

 そして、また闇の向こうに身を隠した。

 いったん引き、また不意打ちのチャンスをうかがうつもりなのか。

…って、いや、待ってよ。行かないでよケットシー。

 ここで三人きりにさせないでよ。気まずいよ。もっと攻撃してきて。お願いします。

 私の願いもむなしく、ケットシーは気配を消した。マジかよ。

 辺りが、シン、と静まり返る。

 ボスが隠れ、取り残されたのはわれら三人。うるわしき美人姉妹と、恥をさらした女が一人。

 なんと声をかけたらいいのかわからないのか、ラニヤン姉妹はひとことも発しない。

 当然私も、なんもしゃべれない。何を話すことがあるというのか。地獄の空気だ。マゾヒストであれば大興奮しそうな状況だが、あいにく私はそうではなかった。ただただ息苦しかった。マゾヒストになりたい。そんなことを願ったのは生まれて初めてだ。


「あの、テスさん。」


 おずおず、と言う感じで、ついにミレイちゃんが話しかけてくる。


「…ええと、質問しても?」

「……。」

「姉さんに『見てて』とおっしゃってましたが、今の映像はいったい。」

「……。」

「見たところ、かつての恋人らしき人に謝罪させているような映像でしたが。あれがテスさんの気持ちなんですか?それは別にいいんですが、姉さんとなんの関係が?」

「いや、だからね…。」


 だーかーらぁー!

 キミの姉ちゃんとイチャついてる映像が出ると思ってたんだよ、こっちは!

 で、それを告白代わりにしようと目論んでいたんだけど、全然予想してたのと違うゲスなやつが出てきちゃったんだよ!わかれよ!

 と叫びたかったが、我慢した。完全なる逆ギレだし。


「なんていうか、ほら、だからさあ…。」

「はい。」

「そう、ほら…、うん。…あの鏡は、欲望を映しだすシトリィミラーって言ってね。」

「ふむふむ。」

「あんなふうに、秘めておきたい気持ちまでご開帳しちゃう、おっそろしいアイテムなんよ。その危険性を、身をもってエレナさんやキミに教えてあげたっていう、そういう…。そういうあれなんよ…。」


 見苦しい言い訳をする。信じたのか信じていないのか、ミレイちゃんは首を横に振ってため息をついた。


「なるほど、そういうことでしたか。一目で鏡の正体に気付き、ボク達にその危険性を知らしめるため、わが身を犠牲にした、と。こんなことを言うのは少し癪ですが、さすがですね。」

「まあ…。」

「今回ばかりは、素直にボクも敬服します。お疲れさまでした。あんなみっともない欲望を衆目にさらすのは、さぞ心苦しかったことでしょう。」

「う、うん…。」


 一応信じてはくれたようだ。ほっ。

 まあ、とっさに考えた言い訳だけど、話の筋は通ってるしね。私のように赤っ恥大公開ショーになる危険性は、実際にあるわけだし。

 私の欲望の下品さについても、特に感想はなさそうだ。軽蔑しているような気配は感じられない。

 元から評価が低いので、「さもありなん」と思ったのだろうか。それはそれでちょっと嫌だけど。


「ですが、テスさん。」

「ひゃい?」

「申し訳ありませんが、それは無駄な犠牲だったと言わざるをえません。ボクや姉さんは、あなたとは違いますから。」

「違うって、何が。」

「人間性が。」

「ああ…。いやまあ、そうかもだけど…。」

「他人に見られて困るような欲望なんて、ボク達は一切持ち合わせておりません。だからあんな攻撃、いくらでもドンとこいです。」


 そう言って、ミレイちゃんはぐいと胸をそらした。よっぽど自分の清廉潔白さに自信があるらしい。


「そうかもしんないけど、わざわざ言わなくてよくない?ただの自慢じゃん。それに、ミレイちゃんが大丈夫だとしても、キミの姉さんも同じだとは限んないでしょ。」

「姉さんも同じですよ。ボク達姉妹の心には、やましい欲望なんて微塵もありはしないんです。」

「マジか。」

「マジです。だよね、姉さええええメチャクチャ動揺してる…!」

「あわわわわわ。」


 エレナさんは、顔面蒼白で汗ダクダク流しながらワナワナ震えていた。

 はーはー息を切らせながら、やたらとまばたきを繰り返していた。わかりやすく追い込まれている感じだった。

 ちょっと待って。ずっとしゃべってないと思ったら、えらいことになってんじゃん。


「あー、そう、そうなのね…、願望を映す鏡…。ハッピーにさせるって、そういう…。全部ばらされちゃうっていう…。」


 ブツブツと小声でつぶやいている。そのつぶやきから察するに、どうやら彼女が青い顔している理由は、私の欲望の下品さとは無関係らしい。

 縁結び効果のあるハッピー攻撃。その正体が、自分の願望大公開ビームだったということに、衝撃を受けているらしい。


 つまり、よっぽどのやましい欲望をお持ちというわけだ。エレナさんは。


 それをばらされる不安に比べたら、私の衝撃映像のインパクトなんてどうでもいいみたいだ。

 まあ、ひとまずはよかった。顔面蒼白になるくらい失望されたんじゃなくてよかった。よかったけど、でも、そんなになるくらいバラされたくない願望ってなんだろう。


「ね、姉さん…?!」


 ミレイちゃんが、そっと声をかける。

 その声に、エレナさんが「はっ!」とわれに返る。ギクギクビクーンって感じで、妹の方を振り向く。まるで、盗み食いを母親に見つかったような顔だ。


「あっ。ちちち、違うのよ?!違うのミレイちゃん!そういうことじゃないの!そういうことじゃないけど、見られて困る気持ちなんて全然ないけど、でもいったん帰ろっか?!退却しよっか?!用事とか思い出しちゃったし!ほらそのあの台所のアレが、アレがナニしてソレだから!ね?!」

「ギャオッ!」

「あー!」


 光線が、早口で退却を促すエレナさんを撃った。

 ケットシーの急襲だ。

 物陰から姿を現し、背後から鏡攻撃を仕掛けたのだ。

 シトリィミラーの鏡面に、彼女の姿がばっちり捉えられていた。


「ね、姉さん!」

「ああっ、ど、どうしよ…!」


 欲望の霧が、エレナさんの肉体から立ち昇り始めた。さあ大変だ。えらいことになった。

 彼女の心に秘められしヨコシマな欲望が、大公開されてしまう流れなのか。

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