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扉を叩く音がする。美人姉妹だ

 風の強い日だった。

 お酒呑んで寝床でだらーっとしているうちに、私は尿意をもよおした。せっかく人が気持ちよくウトウトしているというのに、無粋な尿意である。

 サッと立ってスッと用を済ませばよいだけのこと。わかっちゃいるのだが、そいつがどうにも面倒くさい。立って歩くのが。かったるい。数メートル先のトイレがやたら遠く感じる。できればトイレに瞬間移動したい。

 ままよ、いっそこのまま寝床で。そんな考えもチラリと脳裏をよぎったが、大人としての矜持がそれを打ち消した。


 というわけで私は、魔法を使ってトイレに瞬間移動した。


 転移魔法はけっこうな魔力を使用するが、私にとっては屁でもない。

 無事済ませて寝床に戻る。

 やれやれ、これでなんの憂いなくだらだらできる。

 そう思ったのも束の間、ドアをノックする音が。来客である。やれやれとしか言いようがない。さすがにこんなんで転移魔法乱発するのはアレなので、徒歩で玄関に向かう。酔った足取りでよろめきながら。


「あんだよもー、何時だと思ってんのさ。昼下がりだよ。昼間からお酒呑む人の気持ちを考えなさいよ、ほんとに。」


 ぼやきつつ、扉を開けた。


「どうも…。」

「突然の訪問、すみません。」


 そこにいたのは、年頃の女の子が二人。

 武器、防具を身にまとってて、あからさまに冒険者。

 見たところ、シルフ・ナイト(風精霊の加護を授かった戦士)とノーム・ウィザード(土精霊の加護を授かった魔術師)の二人組のようだ。

 シルフナイトの方は、長い銀髪の美人さん。二十歳代前半くらいの。優しそうな雰囲気のお姉さん。お姉さんつったって、私より年下だろうけど。

 ノームウィザードの方は、黒髪短髪。凛、って音が鳴りそうな、きれいな顔立ちの女の子。たぶんまだ十代。若い。でも性格きつそう。ストイック感が、姿勢や表情のはしばしからほとばしっている。

 いったい何用かしらん。

 と思ったが、まあ、言わずもがなか。「我々の仲間になってくれ」ってお誘いか。数年ぶりに。


「すみません。あ、あの…。テス・ギャラガー様、ですよね?かつて『黄金の翼』と呼ばれた…。」


 銀髪姉さんが、私の昔のあだ名を口にした。

 昔ったって十六歳のときの話だから、今からほんの十年前。十年前?!そんな経ってんのかよ。私がご飯食べて酒呑んで寝てご飯食べて酒呑んで寝てを繰り返しているうちに、膨大な時が過ぎていったのかよ。引くわ!って、そんなことはどうでもいい。どうでもいいことはないのだが、今は後回しだ。なんか期待を込めた瞳でこっち見てる美人さんに、返事をせねば。


「まあ、そうですけど。」

「きゃー、すごい!やっぱりそうよどうしようミレイちゃん!」

「ちょ、姉さん…。」


 いきなりテンション爆上がりした美人さんが、隣の子の背中をバシバシ叩く。どうやら姉妹らしい。と言っても髪の色違うし似てないし、たぶん義理の姉妹か。


「あの、なんか私に用ですか?」

「あ、すみません!つい興奮してしまって!憧れの英雄が目の前にいらっしゃると思ったら、気持ちが高揚しちゃって…!」

「あー。まあ、立ち話もなんだから、中へどうぞー。」




 私は十年前、ちょいとした有名人だった。

 ドラゴンを退治したパーティの一員だったのだ。十六歳という若さもあって、そりゃあもうチヤホヤされた。天才魔術師なんて言われてね。

 で、ドラゴン退治の報奨金で家を買って、いい感じになった仲間の娘とラブラブ同棲生活を始めた。私は女の子が好きな女なので。

 ところがその娘は、一年足らずで出ていってしまった。男を作って。本気だったのは私だけだった、というオチだ。

 まあ、最悪の結末である。

 それ以来私は、なーんもやる気がしなくなってしまった。なーんも。

 冒険者も廃業し、ただただ貯金を食い潰していく日々。自堕落で無為でどうしようもない日々。完全なる無職。

 元有名人なので、「一緒に冒険しませんか」というお誘いはけっこうあった。

 でも全部断った。

 がんばって冒険してドラゴンとかやっつけた結果がこれですよ、このザマですよ。と思うと、ちっともやる気が出なかった。あと、シンプルにめんどかった。

 やがて年月が過ぎ、そういったお誘いも来なくなった。

 私が冒険者だったことを知る人も少なくなった。近所の子供からは、年中アルコールを摂取するだけのダメ女だと思われている。そしてそれは大正解である。

 そんな日々が、十年。十年かよ。さすがに自分でも、ちょっとどうかと思う。冒険者時代に稼ぎまくって、下手に莫大な貯金があったのがまずかった。

 かと言って、働く気はまるでない。

 可能な限り、無職暮らしを続ける所存だ。絶対に。かたくなに。

 それでも私は、二人を家に上げてしまった。「仲間になって」という話なのは見え見えなのに。「話を聞くだけなら」と思ったというか。気まぐれというか。


 まあ正直、お姉さんの方の顔が、別れた娘にちょっと似ていたのだ。


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