大団円はフラグ回収のあとで
女神様、今回も多分失敗です。
「エリシア、必ず魔王を倒して君のもとへ帰ってくる」
ユリスが私の手を握って言う。
栗色のサラサラとした髪とヘーゼルの瞳、優しそうな顔立ちの青年は、私の大事な大事な幼馴染にして世界を救う勇者様だ。
「その時は、結婚しよう」
……だからそれ、完全にフラグなんですけど!
それもいわゆる死亡フラグで、『約束守れなくてごめん……』とか今際の際のセリフが見えるようなアレでソレだ。
そんなフラグはへし折るに限る。
私は笑顔を崩さず首を横に振った。
「絶対死なないでね、ユリス」
「出来れば死にたくないけど、本当は…僕の命よりも、君の幸せの方が大切だから」
この優しい幼馴染はいざとなったら命を懸けて魔王を倒すというのだろう。
馬鹿正直な彼は嘘は吐かない。吐かないからこそ言葉なのだろう。果たせなかった約束と、果たすつもりがない約束は大きく違うのだから。
「嬉しいわ。でもね……」
そう言って彼の頬に手を添えると、私は精一杯背伸びをしてその唇を奪った。
「……っ!?」
驚きに見開かれた瞳が愛しい。ただの幼馴染がこんな大胆な事をするとは思ってなかったんだろう。
本当は私だってずっと一緒にいたい。
けれどそれは出来ないのだ。
何故なら――…、
「世界を守って。そして絶対に帰って来てね」
そう微笑むと、彼は真っ赤になりながらコクコクと何度もうなずいた。
***
――…あれから半年後。
魔王討伐の旅に出た勇者ユリス一行は、ついに魔族の本拠地である島へとたどり着いたらしい。
そこで彼が目にしたものは、圧倒的な力を誇る魔王とその配下達だったそうだ。
しかしそれでも彼は諦めなかった。
数々の激戦の末、ついにユリスは魔王を打ち倒したのだという。
「……それでね、ユリスってばボロボロになって帰ってきて」
『ふふっ。アレも伊達に魔王を名乗ってないって事ね』
「ほんとにもうっ、半年も連絡なしにいきなりボロボロで帰ってくるとか何考えてるの、ユリスのバカっ」
『あらあら、随分と御機嫌斜めだこと』
怒りをぶちまける私をクスクスと笑いながら見守るのは、ベッドの上に寝そべり、布面積の少ない衣服に、芸術品のように美しく艶めかしい肉体を包んだ女性――…神々しい輝きを放つのも当然、この世界を守護する女神様その人なのである。
「そりゃそうよ、確かに死亡フラグはへし折って戻ってきてくれたけど!」
あの言葉を聞いた時に過った『死亡フラグ』は見事へし折られ、ユリスは無事に戻ってきた。それは嬉しい、物凄く嬉しい、の、だけど。
『何が不満なのかしらぁ…?』
ニマニマと笑う顔も美しい……ムカつく。
「分かってるくせに、聞きます?それ」
『ええ!是非とも聞きたいわッ!』
ジト目での問いに女神は物凄く清々しい笑顔で頷いた。
「ちゃんとユリスは約束通り帰ってきましたよ、――…結婚報告を引っ提げて」
そう。勇者として魔王討伐の過酷な旅を終えて戻ってきたユリスの隣には、私の場所なんて無かった。
そこには、旅の仲間として共に戦った聖女が居たのだった。
旅の間も何度も彼の命を救い、最終決戦では命懸けの魔法も放ったと聞く――美人だし、性格も良いし、何よりユリスの事を大切に思っている。
私の勝ち目なんかどこにもなかった。まぁ、最後の一つくらいは負けてないつもりだけど。
「聖女様、最終決戦で無茶したせいで失明しちゃったんですって」
ユリスを助ける為に身を犠牲にした結果、聖女の目は光を失う事となったのだという。だから、ユリスは責任を感じているだけなのかもしれない……なんて、そんなのは私の都合の良い妄想だって彼女を見る目を見た瞬間に理解した。
『ふんふん、じゃぁエリシアちゃんはフラレちゃったワケね~?』
「うぐ」
にこやかに傷口に塩をゴリゴリ塗り込む女神様は大層ドSでした。わかってたけど。
「まぁ、結局、フラグは折れなかった訳ですよ。幼馴染は負けフラグって言いますしね!?」
――…そう、幼馴染という時点で負けていたのだ。始まる前から。
『でもあんまり悲しそうじゃないわね?』
「そりゃ…まぁ、そうですよ。今回、ユリスは生きてた訳ですし」
それも五体満足で――と続けると女神様はコロコロと笑いながら『あの時は酷かったわねぇ、ダルマっていうのかしらァ?』なんて相槌を打った。もう女神じゃなくて悪魔じゃないのこのヒトデナシ。
そう、私は元々はこの世界の住人ではない、転生者だ。
交通事故で生死の境をさまよってる時に、偶然、女神の不注意でこの世界に引き寄せられた。
魂が此方の世界に連れてこられてしまった為に元の世界の私の肉体は死んでしまった。
お詫びとして女神様は、私がこの世界で幸せになれるように助力をしてくれるという事になった。
ただし、絶世の美女スタートとか、お金持ちの家スタートとか、能力チートとかそんなものは一切くれなかった訳で、村人Aというモブも良いところな役どころである。
では、どんな助力をしてくれたのかといえば。
『じゃあ、次いってみましょうかぁー?』
パン、と両手を打ち合わせて女神様が笑う。ふわりと私の周りをやわらかくあたたかな光が包む。
もう何度も見てきた光景だった。
「前は、冒険について往ったのはいいけど、私を庇ってユリスが死んだんですよね」
『あれはうっかり「倒したの?」なんて言っちゃうからいけなかったのよぉ~』
「……反省してます」
女神様がくれた唯一の祝福というろくでもない助力は、ループ能力だった。
ハッピーエンドを迎えるまで何度でもコンティニューできる――ただし、難易度はハッキリ言ってクソゲーレベル。
何せ地雷原のようにフラグが乱立しては見事に回収されていく。しかも選択肢を間違えると、だいたい私かユリスが死ぬ。ついでに世界も滅びる。
今回、私とユリスが結ばれる事は無かったけれど、比較的平和なエンディングだと思うんだけど…女神様的にはお気に召さないらしい。
「次は、最初から結婚しちゃいましょうかね?」
「戦いが終わったら結婚しよう」がフラグなら、旅立つ前から結婚してればフラグブレイク可能なんじゃないかと思ったけど、多分、互いの両親が物言いをつけてきそうな気がする。
「あぁもう…、いっそのこと私に魔王を倒す力とか授けてくれません?」
なんて、やけくそ気味に告げた私に対し、女神様はそれはそれは美しい面に綺麗な微笑みを浮かべて、
『おもしろくないから、却下』
と、告げたのだった。
――…そうして、また、幼馴染に恋をする。