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第四章 その④ ブルースターズの舞踏会

 10日後――

 俺は少し機嫌が悪かった。

 馬車の乗り心地の悪さと居心地の悪さが俺を責めるからだ。

 またも姫様の付人を担当することになった。もう衛兵ではなく従者にジョブチェンジしたほうが良いんじゃないか? と思うぐらいだ。俺を連れてきた理由すら聞きたくない。

 

 きっかけは、一週間前に中央国家ブルースターズから舞踏会開催の招待状が届いたことに始まる。

 今回は若い王族限定の舞踏会。つまり婚活パーティだ。

 前回は真王へのお目通しという側面もあったため華やかながら厳かだったが、今回はそういったくびきからも解放されている。


 つまり、みんな積極的に結婚相手を探しに集まるのだ。

 そんなパーティにプリムラ姫が行くこと自体、俺にとっては不服であった。

 プリムスの援助を申し出ているブルースターズを邪険にするわけにはいかない。とわかってはいてもだ。 


「エニシダさんは、もう少し俺を労わってくれても罰が当たらないと思います」


「そういう無駄口が叩けるようであれば、まだまだ絞れるな」


 俺は絶句した。

 ケント、お前の惚れている女はオーガだ。

 プリムラ姫の様子を見ると、どこか落ち着きがない。俺の顔をチラチラ見てくる。

 あの夜のことを意識しているのだろうか。

 だがそれは俺も一緒だった。彼女と話そうにも、何を話していいのか。何を話したらいいのか。そんなことばかり考えてしまう。エニシダさんという監視の目もある。

 しかも今回はプリムラ姫の結婚相手が決まるかもしれないということもあり、俺は気が気でなかった。

 微妙な空気の中、馬車はブルースターズに到着した。

 市街は相変わらず盛況だ。この異国情緒あふれるカオスな雰囲気は俺の感性を刺激してくれる。

 ただ、今日はブルースターズの主城であるオキシペタラム城に直行した。



 そして、夜の舞踏会が始まった。

 パーティはブルースターズの国風らしく、開放的でざっくばらんとした雰囲気で進んでいった。従者もホールでの待機を許されている。

 今日は、城塞国家のゲルセミウムやマツリカ、真都のスカーレッタ姫も居ないため、俺もエニシダさんも気を張る必要が無かった。

 ただ予想はしていたが、プリムラ姫は孤立しがちだった。やはり田舎出身だから馬鹿にされているのか? 

 俺が壁にもたれかかり考え込んでいると、近くに居た女性王族達がヒソヒソとうわさ話をしているのが耳に入った。


「ほら、あの方ですわよ」


「まぁ、あれが。女性なのに男性を打ち負かすほど剣がお強いプリムラ姫ですか」


「私も拝聴しましたわ試合のこと。女だてらに剣が強くて何の得になるのかしら?」


「そうそう。それにゲルセミウム王子は瀕死の重傷だったとのことですのよ。先に屈辱を与えたのはプリムラ姫の方だったのに兄を痛めつけるなんてひどい。とマツリカ王女も大層お嘆きになっておられましたわ」


 あの試合の後でも、プリムラ姫の評判は良くならないか。

 強烈な印象過ぎて、王族の女性達には刺激が強すぎたのかもな。

 うわさ話に耳を傾けていた所、ファセリア王子がプリムラ姫に近づいて来る状況が目に飛び込んできた。


「プリムラ姫! 会いたかったよ!」


「ファセリア王子。本日はお招きいただき誠にありがとうございます。」


「うんうん。今日も素敵なドレスだね。白のドレスに青い花のアクセントがとても良く似合っているよ」


「ありがとう存じます。お上手なんですから」


「いやいや、お世辞じゃないよ、すべて本心さ」


「あの、そう言われると。あううぅ……」

 プリムラ姫は、顔が蒸気を帯び、しおしおと赤くなっていった。


「今日は僕が主賓だからね。いろいろと挨拶に行かなくちゃならないんだ。名残惜しいけど、君との時間は必ず作るから、また後で」


 あのくそイケメンめぇ。オレが目を離した隙に何イチャイチャしてんだこらぁ!


「見ました?」


「ええ見ましたわ。ファセリア王子に色目を使って」


「きっと王子に取り入ろうとしているんだわ」


「キーッ、目鼻立ちが少し整っているからって悔しいわー!」


 かしましい……。隣に居る女性たちがヤンヤヤンヤと騒ぎ立てる。

 隣の嫌な雑音に当てられ、気分が悪くなった俺は外の空気を吸うことにした。

 するとエニシダさんも姫を置き去りにして付いてきた。


「いいんですか? 姫のこと」


「あぁ、あの場は私にはどうすることも出来んし、姫様が乗り越えなくてはならない壁。きっと打破してくれると信じている」


 この人がプリムラ姫の独り立ちを願っているとは。

 てっきり、いつまでも籠の中の鳥でいてほしいものだと思い込んでいた。


「どういう心境の変化ですか?」


「私はお前と姫様のダンスレッスンを通じて、自分を悔いていた。姫様が歩き出すのを邪魔していたのは自分だと。いつまでも幼き姫様のまま愛でている事など出来ないと思い知ったよ」


 寂しそうに自分の気持ちを吐露するエニシダさん。


「それを気づかせたのはお前だ、アヤト。お前と出会ってからの姫様はみるみると輝いていった。お前のことを楽しそうに話す姫様を見て、彼女に必要なのは、庇護する人間ではなく、共に成長する人物だと気付かされた」


「買いかぶり過ぎですよ。俺はただ――」


「『姫様の絵を描きたいだけだ』って言いたいんだろ。お前のその熱意は認めるよ。だが、もう少しキャンパス越しではない本当の姫様も見てやってほしい」


 何のことを言っているんだ?

 俺は本当の姫様しか見ていないと思っていたのだが。


 エニシダさんとの会話後、ホールからクラシックが聞こえた。


「もう本番か……。アヤト、ちょっと付いて来なさい」


 エニシダさんは一人呟くとともに、俺を呼んだ。二人で向かった先は、俺達の馬車だった。

 もしかして暗闇に紛れて俺とイチャイチャ……。なんてことは無いよな。

 まだ暗殺される方がわかる。


「何を突っ立っている。ほら、服を脱いで早く私と馬車に乗れ」


 えっ? 本当に俺と夜のスポーツを?

 エニシダさんとはどちらかと言うと戦友に近いと思っていたんだけどな。

 いやぁ困っちゃうなぁ。


 そんな淡い期待を抱いていた俺はやっぱりバカだった。


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