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第三章 その⑤ 姫様と訓練中


「おいプリムラ姫! この俺に盾突いたことを絶対後悔させてやる! 覚えておけよ!」


「下々の方、ごきげんよう」


 社交パーティ終了後、ゲルセミウム王子は捨て台詞を吐きながら、マツリカ王女と帰っていった。

 ほかの王族も会場から引上げる中、ファセリア王子がプリムラ姫に歩み寄った。


「ファセリア王子、この度はなんとお礼を申してよいのやら。感謝の言葉もありません」


「えぇ、誠にありがとう存じます」


 プリムラ姫とエニシダさんは感謝の意を述べた。


「いやいや。本来は対立そのものを止めなければいけなかったのだけどね。だが二人とも引くに引けないところまで来ていた。そうなればぶつかるのは必至。だから王族の名誉を守るために、あのような形に着地させるしかなかった。決闘なんてことになったら大変だからね」


 高貴な者同士の決闘が単なる小競り合いではなく、周囲にどういう影響を与えるのかは俺もわかっていた。

 そして、決闘の結末はどちらかの死をもって決着するということも。


 王子はそれを未然に防いだ。

 俺にとってはいけ好かない奴だが、プリムラ姫にとって命の恩人。

 だから俺も感謝の意を述べなければならない。


「ファセリア王子、この度はありがとうございました。王子が居なければ姫様は今頃……」


「あぁ。君はプリムラ姫の従者か。名前は?」


「アヤト=クガイソウと申します」


「アヤト……。もしかして君があの画集の作者かな?」


「よくわかりましたね」


「あぁ、わかるさ」


 王子はさも意味ありげに答えた。

 だが、すぐにプリムラ姫との会話に戻った。


「それよりも僕は、プリムラ姫の毅然とした態度に感心したよ」


「そんな……お恥ずかしいですわ」


「普段のおしとやかな君のどこにあのような勇猛さを隠し持っていたのか。ますます君に興味が湧いたよ」


「えっ!? えええぇっ……」


 プリムラ姫が照れて下を向いている。


 くっそおおぉ、イケメンよ滅べええぇ! 俺は心の中でヘッドバンキングをした。


 ――*――


 パーティーから一夜明け――

 俺たちは帰りの馬車で作戦会議を開いていた。


「困りました。スカーレッタ姫が試合をご賢覧なされるとは……」


「スカーレッタ姫って、あの真王様の娘なんでしたっけ?」


「そうだ。真王様の第一王女で王位継承権第三位のお方だ。スカーレッタ姫が来賓でなければ、まだ交流試合と言えたのだが、真王様の名代として御台覧されるのであれば、立派な御前試合となる」


「交流試合と御前試合ってそんなに意味が違ってくるんですか?」


「そうですわね。交流試合はいわゆるレクリエーション。表向きの勝ち負けに大きな意味を持ちませんの。しかし御前試合ともなりますと、その試合内容は真王陛下にも届き、王族や国への評価にもつながるのです」


「じゃあ、あまりにも酷い内容だったり、敗北なんてことがあれば……」


「わたくしの継承順位は下がり、プリムスも格が下がるでしょう」


「それ、まずいじゃないですか」


「そうなのだ。あぁ姫様どうしましょう?」


「落ち着きなさいエニシダ。まだ何も始まっていないわ、わたくし達は万全の体制で試合に臨みましょう」


 プリムラ姫は落ち着いていた。これまでよりも先を考えているようだ。


「それとアヤトさん。あなたにはわたくしの剣のお稽古に付き合っていただきたいの」


「えっ、俺がですか? 格闘術や剣術とか全然ダメなんですけど、役に立ちますか?」


「そうです姫様。アヤトのようなポンコツじゃなく、近衛兵長や騎士団の者達と訓練を積んだ方が」


「それには及びません。今は近衛兵長も騎士団の方々も国内の立て直しに集中してもらいたいの。それに今回の件はわたくしがいた種です。出来れば大勢に迷惑を掛けずに終わらせたいのです。だめかしら?」


「俺でよかったら喜んで。俺一人居なくてもプリムス軍には影響ないでしょうし」


「ありがとう。アヤトさん」


「姫様、頭をお上げください。皆、姫様のためなら喜んで協力しますよ」


「そうです姫様。私たちはいつでも姫様の味方です」


「ありがとう二人とも」


 ――*――


 城に戻り数日後、一通の書状が届いた。

 それは御前試合の日時と場所を伝える親書であった。

 日時は今から10日後の正午ちょうど。

 場所は中央都市ブルースターズの円形闘技場(コロッセウム)

 試合内容はプリムラ姫とゲルセミウム王子との一対一の試合。使用する武器は剣のみ。

 書状が届くと城内は慌ただしくなっていった。

 

 俺はと言うと――


「はいっ!」


「くっ! まだまだ!」


 馬車で約束したとおり、プリムラ姫との稽古に明け暮れていた。

 小さな屋外訓練場に、剣のぶつかる音が鳴り響く。


「遅いですわよ、アヤトさん!」


「ちょっ、あぶな!」


「隙ありっ!」


「うわぁっ!」


「はい。またわたくしの勝利ですわ」


 実際はこうやってプリムラ姫に成す術なく敗北することが多く、ほぼサンドバック状態なのだが。


「はぁはぁ……。姫様お強いですね。俺、槍なのに全然敵わない」


「うふふっ。恐れ入りますわ」


 事実、彼女は強い。

 俺も兵士としてそれなりに槍が扱えるはずだが、それでもプリムラ姫はリーチの短いレイピアで、器用に俺の攻撃をことごとくはじき、電光石火の速さで懐へと入り、一撃を与える。

 「蝶のように舞い、蜂のように刺す」を体現する剣さばきであった。


「それではもう一本!」


「姫さま。ちょっと休ませて。かれこれ十回以上も立ち合いしたじゃないですかぁ」


「あら、もうそんなに? 時間が経つのは早いですわね」


 休憩に入ると奥で待機していたエニシダさんが紅茶を注ぐ。


「ありがとうエニシダ」


「あのー。俺は出来れば冷たい飲み物がいいんですが」


 エニシダさんはキッと俺を睨んだ後、無言で飲料を取りに向かった。


「おっかねぇ……」


「うふふっ。エニシダともすっかり仲良しね」


「暗殺者のような目でしたよ……」


「だけど、エニシダがあのように喜怒哀楽を表現するのは珍しいことよ?」


「社交パーティの時もコロコロと表情を変えていましたよ。あの人」


 まぁ、もっぱら俺の怠慢を怒っていたことと、姫様の行動にハラハラしていたことがほとんどだが。


「エニシダもあなたに出会って何か変わったのかもしれないわね」


「エニシダも? “も”というのは他に誰か居るんですか?」


「オホン。そっ、そういう些末さまつな事は良いのです。それでは稽古を再開致しましょう」


 俺、まだ飲み物……。



 プリムラ姫との稽古は、毎日、夜までみっちりと続いた。

 毎回ヘトヘトな俺とは対照的に、プリムラ姫は嬉々(きき)として稽古に臨んでいた。

【皆さまへのお願い】

 読者の皆さまの温かいご声援が作品作りの活力となります。

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