表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫鈴の話者サヤ  作者: 神楽一斗
初級:話者見習い編
7/41

7 家族の定義

 わたしは大樹の下で精神統一を行うのを日課とするようになった。先生たちの言う、「自己認知」を自分のものとするためだ。とはいえ、そう簡単に上手くいくはずもなく、まだ何の収穫も得られていない。五感に頼らず自分の精神を探るという行為は、思いの外困難で、何より最大の敵は睡魔だった。

「勝率一割ってところか」

 大樹の下で膝を抱えていると、エスティガさんがやってきた。

「何がですか」

「サヤ対眠気の戦績だよ」

「しょうがないじゃないですか。この場所、風も気持ちいいし、ポカポカするし、心地よすぎるんですよ」

 正直なところ、ここで昼寝をするのは至福のひとときだったりする。ただし、瞑想をする時はきちんと姿勢を正して行うので、わたしの中では明確に違うものである。

「別に眠ってもいいんだ。むしろ、意識が体から開放される分、自分探しも捗るかもな」

 エスティガさんはそう言ってわたしの横に座った。

「ここで瞑想すると、世界を感じるだろう」

「そうですね。自分が凄く小さな存在に思えてくるというか」

「こう考えてみたことはないか? 世界の中に自分がいるのではなく、それが逆だとしたら?」

「どういう事です?」

「眠るときに夢を見るのではなく、起きたまま夢を見るつもりでやってみるといい」

「さらっと難しいこと言いますね」

 と、しばらく考えて隣を見ると、エスティガさんはいびきをかいていた。起きた状態の自分探しを実践しているのかと思ったが、これは絶対ただの居眠りだ。


『ノープ ラプスネオ』


 わたしは手元に空間の裂け目を作り出し、その中からしまっておいた黒いペンを取り出した。キャップを外し、エスティガさんの両の頬に三本ずつ猫のようなヒゲを書く。

「今日のところは水性で勘弁してやろう」

 空間の裂け目にペンを戻し、再び呪文を唱える。


『ソルス ラプスネオ』


 裂け目が閉じ、空間が元通りになる。

「大分諳んじることが出来るようになったのう」

 不意に背後からアイレン先生の声がして、わたしは飛び上がりそうになった。

「先生、いつからいたんですか」

「お主が『歪み』を開いたところからじゃ」

「これは、その、ちょっとした天罰というか」

 慌ててエスティガさんの顔を隠す。

「うむ、そやつは放っておいて、お主、ちょっと付き合わんか」


 先生の空間転送の魔法に飲み込まれたわたしは、気付いた時には足場の悪い崖の上に立っていた。眼下に雲が見えるほどの高さで、たちまち足がすくんでしまう。

「先生っ、ここは?」

 下を見るだけで、そのまま崖下に吸い込まれそうになる。わたしはその場に座り込んだ。

「『星見の険』じゃ。ここでしか取れない木の実があっての。ほれ、カゴに入れるのを手伝え」

 先生はふわふわ浮きながら、自生している木の枝から青い実を摘み取っている。

「高すぎて立てないです……」

 高所恐怖症という訳ではないが、これはいくらなんでも高すぎる。わたしはへっぴり腰になって地面に張り付いていた。

「そういう時に魔法を使うのじゃ」

 先生に言われて、わたしは我に返って呪文を唱えた。


『デルケアスーア レワ ム ノクテック』


 重力から開放されてほっとしたのも束の間、高所特有の強風に煽られて、慌てて木の幹にしがみつく。しばらく二人で木の実を摘み取り、一杯になったカゴを先生が空間の歪みに収納した。

「もうすぐ日が暮れるな。ここの星空は美しいぞ」

 先生は小さな椅子を二脚、空間から取り出して片方に座る。わたしもその隣に座って空を眺めた。

「先生、魔法を使えばもっと簡単に採れるんじゃないですか?」

「自然の実りを頂く以上、己の手で必要な分だけ採取するのが、最低限の礼儀じゃ」

 先生の言葉に応えるように、風に吹かれた木々がさわさわと音を立てる。

「我の理想は自然と共存することにある。人間もまた世界の一部であることを自覚して生きねばならん。そういう自覚がなければ話者トーカーなどと名乗ってはならんと思う」

 わたしは先生の言葉の真意を計ろうと、その横顔を見つめた。

「時間を操る魔法を求めるのは、いけないことなんでしょうか」

 先生はその問いには答えず、こちらに微笑みかけてきた。

「お主にとって家族とはなんじゃ?」

「家族……ですか」

「お主の師匠として、知っておきたいと思うての。無理に話せとは言わぬがな」

 変わりゆく空の色を眺めながら、家族の事を思い出す。わたしが時間を戻してでも取り戻したいと思った理由。

「身近すぎて、失うまで大切さが分からないもの」

 そこまで言って、わたしは首を振った。

「いつも大切に思っているけど、つい甘えてしまう存在でしょうか。反対に、自分を犠牲にしてもいいと思える人たち」

「……妙な事を聞くが、例えばお主の家族が別人として生まれ変わったとしたら、その別人を家族と呼べるか?」

 わたしは向こうの世界のことを思い出した。魂となった家族は、また別の誰かに生まれ変わっているかもしれないのだ。

「新しい家族の中にいるのなら、邪魔はしたくないです。でも、出来れば絆みたいなもので、繋がっていたいと思うかもしれません」

「そうか」

 日が完全に沈み、夜空に星が瞬きだした。わたしはそのうち涙が溢れてきて止まらなくなる。もしかすると、わたしの願いは間違っているのだろうか。

「お主の望みは純粋なものじゃ。気に病むことはない。生きておれば運命に翻弄される事もあろうが、自ら身を委ねる必要もない。抗って、自分に出来ることを探そうとする者を、邪魔する権利など誰にもないのじゃ」

 先生は、子供をあやすようにわたしの背中をさすった。

「我のそばにいる間は、必ず得るものがあると約束しよう」

「……先生っ」

 先生は見た目は可愛い少女なのに、母親のような包容力を感じる。なんなら、こちらから抱きしめたいくらいなのに。

「先生、今のはプロポーズと受け止めていいですか」

「いい訳がなかろう」

 先生は呆れたように言うと、わたしの額にデコピンした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ