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猫鈴の話者サヤ  作者: 神楽一斗
初級:話者見習い編
6/41

6 初手柄

 その日、婦人は日課にしている森の散策に出掛けていた。屋敷の裏手に広がる広大な森には整備された遊歩道が通っている。彼女はいつも執事を従え、猫の杖を手にしてゆっくりと歩く。そうする事で、夫と一緒に語らいながら歩いている気持ちになれた。少し進むと、池を囲む形でベンチがいくつか置いてある広場に出る。婦人が一休みしようとしたとき、急に突風が吹いた。風に煽られた婦人は、よろめいた拍子に杖を池に取り落としてしまった。


「犯人は、たちの悪い風というわけだ」

「今の、言いたかっただけですよね」

 わたしたちは婦人が杖を落としたという池の前を訪れていた。

「さて、実地訓練だ。呪文でなんとかしてみろ」

「……どうすればいいんでしょう」

「大抵のことは呪文で対応できる。お前のセンスを見せてみろ」

 わたしは背中に背負っているリュックから入門書を取り出した。一通り目は通しているものの、適切な呪文を選び出すのは難しい。まずは宝石がどこにあるのか、当たりを付けなければならない。頁をめくっていくと、視覚を強化する呪文を見つけた。


『メイズレワイア パルフィム イトラ』


 呪文を唱えると、少しずつ視覚が研ぎ澄まされていく。周りにあるものが、精密かつ広範囲の映像として脳に認識される。わたしは池の水面に顔を近づけて中を覗き込んでみた。池の水はそれほど透明度は高くないのだが、魔法の効果で底面を泳ぐ魚の模様まで観察出来る。魚には詳しくないが、思ったよりたくさんの種類の魚がいるようだ。

「エスティガさん、今、人面魚がいましたよっ」

「子供か。宝石はらしいものは見えるか」

 池の底をくまなく探してみたいが、石が大量に堆積していて、死角になっている場所が多い。


『デルケアスーア レワ ム ノクテック』


 わたしは無重力の呪文を唱えて地面を軽く蹴る。ふわりと体が宙に浮き、空中を泳ぐようにして池の真上までたどり着けた。

「風に気をつけろよー。落ちるなよー」

 池のほとりでわたしの様子を観察しているエスティガさんが、からかい半分で声をかけてくる。

「そういうフリみたいなの、やめてくださいよっ」

 振り返ってツッコミを入れていると、バランスを崩して本当に落ちそうになる。


『メイズリア フルー ミブルス』


 気流を操る呪文で体勢を整え、場所を変えながら池の中の様子をうかがう。目が良くなるということは、入ってくる情報量も多くなるということだ。全部確認していたら、埒が明かない。わたしは、屋敷で見た、スターサファイアの独特の輝きを思い出す。光に反射するものだけに集中すれば、宝石が見つかるかもしれない。


『タウンイトラ ミリアネット』


 わたしは池の上空に掌を向け、辺りを照らす呪文を唱えた。生み出された光球から、水面いっぱいに光が降り注ぐ。池の底に落ちているガラス片や、魚のウロコが光を受けてキラキラと輝く。

 注意深く観察していると、水中に青い光の筋が見えた。スターサファイアの青い輝きと同じものだ。気流は水面を波打たせるので、出力を抑えながら、光の筋を追っていく。

 光源の近くにたどり着いたその時、突然巨大な魚がわたしを目がけて飛び出してきた。咄嗟に仰け反って避けたものの、気流のコントロールが疎かになってしまう。池に落ちそうになったところを、先回りしていたエスティガさんに受け止めてもらった。

「世話の焼けるお姫様だ」

「見つけましたよ、ほら」

 わたしは右手に握ったハンカチを開いて、中の青い宝石をエスティガさんに差し出した。

「いつの間に?」

「さっきの魚が飲み込んでいたみたいだったので、狙っていたんです」

 エスティガさんが合点がいかないといった表情で、首を捻る。わたしは、勝ち誇って笑みを浮かべた。


「二つほど質問いいか」

 森の遊歩道を徒歩で戻りながら、わたしは達成感に浸っていた。

「透視の魔法は使っていなかったようだが、どうやってあの魚に気づけたんだ?」

「もちろん見えたんですよ」

「答えになっていないが、まあいい。魚の腹から宝石を取り出した方法は」

「それは……」

 それについて、わたしはどう答えたらいいものか、困った。

「取り出したというか、もう出ていたというか」

 エスティガさんが眉をひそめる。まあ、正直に言うしかない。

「お尻ににぶら下がってたので、避けたタイミングで、ね」

「まさか」

「キレイに洗ってくださいね」

 エスティガさんは渋い顔で右手の宝石を見つめていた。


 屋敷に戻って宝石を取り戻した事を伝えると、婦人はぱっと表情を明るくした。もちろん、宝石は事前に洗浄済みだ。

「素晴らしいわ。さすがアイレンさんのお弟子さんね」

「いえ、それ程でも」

 わたしは照れくさくて仕方がないが、エスティガさんは排泄物的な物を握らされてテンションが低い。

「ところで、あなたは新人さん?」

 婦人がわたしを見て尋ねた。

「はい、話者トーカー見習いのサヤといいます」

「アイレンさんに聞いているわ。凄い才能の持ち主なんですってね」

 先生はわたしの事を言いふらしてまわっているのだろうか。褒められて悪い気はしないが、何というか、こそばゆくて仕方ない。

「先生はそう言うんですけど、自分ではよく分からないんです」

「若い頃はみんなそうよ。自分が何をすべきか、迷って迷って間違えて。それもまた大事なこと」

 婦人はどこか懐かしそうな表情で遠くを見つめた。

「これは今回のお礼ね」

 婦人が視線を送ると同時に、後ろで控えていた執事が、トレーに乗せた革製のケースをわたしたちの前に差し出した。

「どうぞ、確認なさって」

 わたしはエスティガさんに視線で承諾を得ると、恐る恐るケースの封を解いた。中身は綺麗に揃えられた札束で、およそ五十万ノイムは入っている。

「こんなによろしいんですか?」

 手にしたこともない大金に、思わずケースを持つ手に力が入る。

「杖を取り戻して頂いたのだから、当然の謝礼よ。それに、アイレンさんへの恩返しでもあるの」


 アイレン先生と婦人は何か特別な間柄であるようだ。わたしはそれ以上は聞けないまま、屋敷を後にした。

「いいんですかね、こんなに貰っちゃって」

「こう言うとアレだが、あのステラ婦人はうちのパトロンみたいなものだからな」

「先生のお知り合いみたいでしたけど」

「若い頃にお師匠から命を助けられた事があったらしい。それ以来、何かとうちを援助してくれているそうだ」

 わたしは、自分を助けた黒ずくめの話者のことが頭をよぎった。婦人はアイレン先生に恩返しをするのだと言っていた。わたしはあの話者に恩を感じてはいるが、その恩を返そうと思っただろうか。時間を操る魔法のことばかり優先して、感謝の気持ちを疎かにしてはいなかったか。

「どうした、急に神妙な顔をして」

 エスティガさんが考え込むわたしに気づいて聞いてくる。

「わたし、今まで助けられてばかりで、自分のことしか考えてなかったです。恩返しとか、考える余裕がなくて」

「なんだ、そんなことか」

「ちょっと、本気で悩んでいるのに」

 エスティガさんが鼻で笑うので、わたしはカチンときてその顔を睨んだ。

「お前ぐらいの年なら、助けられて生きていくのが普通だ」

「そうかもしれませんけど、助けられることを普通に思っていた気がして、ちょっと恥ずかしいというか」

「婦人も言っていたが、若いころは間違えて学んでいけばいい。今の自分に疑問を持てたのなら、その時点で一歩前進できているはずだ。さらに精進するんだな」

 エスティガさんの急なイケメンモードに戸惑う。実際、端正な顔立ちではあるのだが、この人の場合、認めたくない何かがある。でも、今日は彼の言う通りだなと、素直にそう思えた。

「ということで、その金は俺が感謝の気持ちとして受け取っておこう」

 と、エスティガさんは婦人に貰ったお金をわたしから取り上げた。

「ちょっとあんた」

「さあ飯だ。腹が減っては稼業はできんからな。お前も行くだろ」

「どれだけ食べるつもりですか」

 エスティガさんは、わたしのツッコミも聞かずに、さっさと近くの食堂に入っていった。

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