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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あたまの上に

作者: 伊藤ハム



物心つく前から、人とは違うものをチラホラと見てはいたものの、そうそう恐ろしいと思うものに出会う事もなく、平和に暮らしていた幼少の頃。



 幽霊だとか霊障とは少し違う、妖怪のような、妖精のような。そんなものしか見た事がなかったので、初めてソレを見た時も、そんなに恐怖心を抱くことはありませんでした。それ単体では恐ろしいものには見えなかったのです。確かに奇妙ではありますが。




 ソレを初めて見た場所は、近所に住む幼なじみのあたまの上だったのです。





 彼女とは家が近所で、祖母同士が仲が良く、私は正直あまり関わりたくなかったのですが、彼女の祖母からのお願いもあり、幼稚園や学校で表面上だけ仲良くしていたのでした。



 ・・・というのも、彼女は大変ワガママで欲張り、裕福な親から何でも欲しいものは我慢すること無く買い与えられているのに、何故か他人の大切な物ほど欲しがり、思い通りにならなければ暴れて泣き喚き、元教師である彼女の母親に言いつけ、親子共々ヒステリックに怒鳴り込んでくる事など日常茶飯事でした。彼女はジャイ〇ンとス〇夫のハイブリッドとでも言いましょうか。そして彼女の母親はモンスターペアレンツ、そう、まさにそれでした。人の大切な物を取り上げ、手に入らなければ破壊し


 「頂戴と言ったのにくれなかった!イジメだ!ママに言うから!」

と泣き喚き、ママに言いつけて怒鳴りこませては相手を黙らせていたのです。


 「おたくを教育委員会に訴えますよ!」

彼女のママがよくそう言っていたのを覚えています。



 そんな事ばかりしていたので友達などもちろんいません。夏休みなどの長期休みになると、どこの誰の家に行っても遊び相手がいないのです。みんなそれぞれ居留守を使ったり、彼女が誘いに来る前に出かけたりして難を逃れていたのです。いるのに断ったりなんかしたら、彼女のママが怒鳴り込んできますからね。


 運動嫌いで丸々と体格のよい彼女が絶対に来ないような、少し遠く離れた公園や、山や、川などに。私も普段はそうしていましたが、祖母の言いつけで時々は相手をしなければなりませんでした。



 その日も祖母の言いつけで、嫌々彼女の相手をしていました。彼女のママが目を光らせて見張る家の中、彼女の自慢話をひたすら聞き、彼女の言う通りにゲームやおもちゃで遊び(ゲーム等では必ず負けなくてはなりません)、彼女がやらない後片付けを1人でして、5時になったら帰るのです。何とも退屈な時間です。



 けれどあの日は違っていました。だって彼女のあたまの上に、たくさんの目玉がくっついた黒い塊が乗っかっていたのですから。


 私がソレに気がつくと、ソレも私の方をチラリと見ました。たくさんの目玉が一斉にこちらを見るので少しビクッとなりましたが、よくよく見るとソレは、様々な生き物の目玉であることに気づいたのです。



 犬、ネコ、魚、鳥、ヘビ、虫、人間?全ては把握しきれませんでしたが、たくさんの生き物の色んな目玉が黒い肉塊のような塊にくっついており、彼女の頭にへばりついているのです。彼女は全く気づいていません。彼女だけではなく、他の誰も。何か物言う訳でもありませんが、その目玉たちはひたすら彼女を睨んでいるようでした。



 「あたま、重くないの?」

そう聞いてみましたが、機嫌悪そうに「はあ?」と言われただけでした。切り離してみようかと彼女の髪の先を少しハサミで切ってみましたが、ソレが離れることはなく、そのあと激怒した彼女のママが家に怒鳴り込んできたのは言うまでもありません。何故髪を切ったのか言い訳に大変困りましたが、美容師さんの真似がしたかったとかなんとか思いつく限りの言い訳をして、ひたすら謝り倒しました。



 しかしながら、彼女のあたまの上のソレはいったい何なのだろうと思い、遊ばない日もこっそり隠れて彼女の様子を伺うことにしました。


 いつものように、誰かの家に誘いに行って断られています。・・・すると彼女は腹いせに、その家のペットや目についた生き物に酷い仕打ちをしていたのです。庭先にいる犬やネコには石を投げ、棒や枝でつついたり殴ったり。日向ぼっこをしていた鳥かごの鳥は、カゴを思い切り揺らしたり枝を入れてつついたり、道で死にかけているヘビやカエルを花火や爆竹で燃やしたり、目についた虫という虫は捕まえられて羽や足をむしられ、地面を歩く虫はことごとく踏み潰し、無惨に殺されていました。



 彼女がそうした事をすればするほど、あたまの上のソレは少しずつ大きくなっていきました。それを見て子供心に何となく、あたまの上のソレは彼女のしてきた事が原因だろうと理解したので、様子を伺うのはそれでやめにして、あとは放っておきました。





 夏休みも終わり、二学期が始まってしばらく経ち、教室にストーブが置かれるようになった頃。彼女が急に、学校に来なくなった事がありました。


 教師の子供ながら故にか、彼女は毎年無遅刻無欠席で皆勤賞をもらっていたほどなのに。


 彼女が休みだした日と同じくして、近所の大人達が騒ぎ始め、近所中が不穏な空気に包まれていました。何か彼女の家についての噂をしているようでしたが、子供の私にはわかり兼ねる事でした。彼女に「犬が憑いた」とか「狐が憑いた」とかなんとか。彼女に何か異変があったようです。




 彼女のあたまの上にいるのは犬や狐だけでは無いことを知っていた私は、誰に何を聞かれても知らぬ存ぜぬを通し続けました。だって彼女のあたまの上にいるソレは、彼女の自業自得の賜物。たぶん何かを果たす為にそこにいるのだとしたら、終わるまで止められやしないのですから。奇妙な物をたくさん見てきた私は、そのあたり「分をわきまえる」ことを知っていました。彼らの邪魔など絶対にしてはいけないことを。



 ですが、彼女の一家では大変な騒動となり、毎日代わる代わるお医者さんやお坊さんや神主さんや色んな人達が出入りしていました。ですが、もはや家からはみ出そうなほど膨れ上がっていたソレは、誰が訪れようとも消えることがありませんでした。


 学校から預かったプリントを届けに行ったとき、玄関先に出てきたのは彼女のおばあちゃんでした。少しやつれたような、疲れているような顔をしていました。彼女とママとは全然違う、優しい優しいおばあちゃん。


「プリントを届けてくれたお礼にお菓子をあげるから待ってて」

とおばあちゃんが言ったその時でした。





 「〇〇〇〇〇〇〇〇!!!!!」



 何を言っているのかわからない彼女のけたたましい怒鳴り声、暴れる音、何かが割れたり壊れたりする音、必死になだめようとしている彼女のママの声、なんの生き物かわからない唸り声。おばあちゃんが2階を見上げて泣きそうな顔をしたので、お菓子は要らないと断り


 「お大事に」

と言って急いで帰りました。・・・その夜のことでした。




 夜遅くに救急車のサイレンが鳴り響き、窓を開けて外を見ると彼女の家にとまりました。赤いランプの光、パニックになったように喚き散らす彼女のママの声、


「落ち着いてください!」

と何度も宥める知らない男性の声、ぎゃあぎゃあ泣き喚いて暴れていた彼女が、たくさんの大人に押さえつけられながら救急車に運ばれていきました。





 翌朝はやく、彼女のおばあちゃんが家に来て、祖母と話している声が聞こえました。彼女のことで話をしているようです。



 学校を休みだしたあの日の前夜から、彼女はおかしくなってしまったようです。何かに取り憑かれたように一日中食べ物を際限なく貪り、その食べ方も人間のそれではなく、獣のように食い散らかし、汚れても気にせず、時々狂ったように叫び怒鳴り、暴れて物を壊し、気絶するように突然眠り、また食べ物を冷蔵庫や戸棚から引っ張り出しては貪り、暴れ、叫ぶの繰り返しで手がつけられなくなり、とうとうベッドに縛りつけて、色んな医師に見せたが原因がわからず、思いつく限りの手を尽くしてお祓いなどもしたが変わらず、家族全員疲労困憊に陥ってしまい、もうどうにでもなれと好きにさせた昨夜。


 

 彼女は家中の食べ物を食べ尽くしても飽き足らず、無言で黙々と自分の腕を台所のガスコンロで焼き、それに食らいついたのだそうです。気づくのに遅れて慌てて止めたけれど、すでに肉を少し食いちぎっており、骨がちょっとだけ見えた状態だったと。


 暴れる彼女を押さえつけ、救急車を呼び、病院へ運び、手術をしてとりあえず応急処置をしてもらい、今は麻酔が効いているからか、大人しく眠っているのだと。腕の皮膚の1部は焼けて壊死しており、食いちぎった部分ももう二度と戻らないそうで、皮膚移植や成形手術をしても元通りにするのは難しいと言われたと、何故こんなことになったのだろうかと、おばあちゃんは泣いていました。



 そこで私は初めて恐ろしくなりました。自分の手を焼いて食べる、という事がどれほど無理な事か。普通なら熱さに耐えられず、すぐ火から手を離してしまいます。それを悲鳴をあげることもなく黙々と焼き、食いちぎることができる異常さに。彼女のあたまの上にいるソレがさせたのだと。




 それからしばらくして退院してきた彼女は、いくらか少し身が細くなって、すっかり大人しくなっていました。我儘も言わず、横暴なこともしません。


 食いちぎった腕はその後も皮膚移植や成形手術を何度も受け、多少の傷痕が残る程度にまで回復しました。


 学校にも普通に通い、大人しくはなったものの、過去の彼女の行いを許してもらえるはずもなく、やはり友達はいませんでした。


 彼女のママも、まるで人が変わったように物静かな人になって、ほとんど外で見かけなくなりました。



 中学に上がる頃、彼女とは離れ離れになりました。彼女は私立の中学に通いだし、そこでも友達ができず、だんだんと引きこもりになってしまったそうです。それから私も親の都合で遠くに引越しをしたので、彼女がその後どうなったのか知りません。



 だけど、引越しの挨拶に行った時、2階の窓からこちらを覗く彼女を見かけましたが・・・



  

 あたまの上にはちゃんといましたよ、目玉のアレ。




 あの時は家からはみ出さんばかりに大きくなってたけれど、最後に見た時は、まるで最初に見た時のような大きさに戻っていました。相変わらず、彼女をひたすら睨んだまま・・・・・・。





 すっかり大人になり、子供たちの夏休みが始まる頃になると、ふと思い出します。彼女とあたまの上のソレは、どうしているだろうかと。



 そして、ふと考えるんです。彼女はすっかり変わってしまったのではなく、彼女自身はあの時食べられてしまったのではなかろうかと・・・


 あれはもはや彼女ではない・・・・・?

彼女の中に隠れているのは・・・・・・・?

あたまの上のソレは本体ではないとしたら?



 いえいえ、私の考えすぎですね。

あれは見つけてはいけない。分をわきまえなければ。







おしまい。


 




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