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第7話 神門家の家系図

 その日は結局何もすることがなく、部屋で漫画を読んだりゴロゴロしていた。夕飯時には、やたらと馴れ馴れしく修司さんが声をかけてきたが、面倒なので適当に相槌を打っていた。


 そして、夕飯も終え2階に上がると、後ろから修司さんもついてきて、

「美鈴ちゃんとデートできると、喜んでいたのになあ」

と私が部屋に入る前に腕を掴まれた。


「あの、手、放してください」

「ちょっと部屋に入ってもいい?」

「嫌です。男の人を部屋に入れるなって、ひいおばあちゃんに言われています」

「また、あの耄碌ばばあ?」

 修司さんが毒づいた。


「修司さんって、そんなにひいおばあちゃんのこと嫌っていなかったですよね?そんなふうにひいおばあちゃんのことも悪く言わなかったのに」

「そうだったっけ?」

「私、ひいおばあちゃんのこと好きだから、悪く言う人は嫌いです」

 はっきりとそう言うと、修司さんは少し慌てた様子だ。


「じゃあ、僕の部屋に来てゆっくりしない?」

「は?男の人の部屋に上がり込むのも駄目に決まっているじゃないですか。それより、いい加減手を放して」

と一悶着しているところに、お兄さんと琥珀がやってきた。よかった。助かった。


「どうした?何を揉めてるの?」

「お兄さん、修司さんが!」

 修司さんはすぐに私の腕から手を放し、

「なんでもないよ。ただ話していただけ」

とにんまりと笑った。


「話をしているだけには見えなかったな」

 悠人お兄さんは私の腕を引っ張り、自分の方に私を引き寄せた。

「美鈴は大事な妹だ。傷つけるようなことはいくら君でも許さないよ」

「嫌だな、誤解だって。本当になんでもないよ。僕だって大事な従妹を傷つけたくないよ?」

 大袈裟に修司さんは両手を挙げてそう答えた。


 私はお兄さんの肩越しに琥珀を見た。琥珀は特に表情を変えず、なぜか私の肩に手を回している悠人お兄さんの腕を見つめていた。


「……血のつながりがあるからか?」

 ぼそっと琥珀が呟いた。

「え?何?琥珀」

 その声に私が反応すると、琥珀は私を見て、

「なんでもない」

とクールに答えただけだった。


「修司君の部屋は1階にしてもらおうか。それか、こうなったらどっかのアパートでも借りてもらって、毎日通ってもらうのでもいいんだけどね」

「え?何言ってるんですか、悠人さん。まさか僕が勝手に美鈴ちゃんの部屋に入るとでも思っているんですか?」

「思ってるよ。もともと、君みたいな若い男が一つ屋根の下で寝泊まりするのも、僕は賛成していないよ」


「だったら琥珀さんもでしょ?」

 さすがに修司さんも怒りだしたようだ。顔つきが怖くなってる。

「琥珀君はそういうことに興味なさそうだし、美鈴に対しても特に興味を持っているわけではなさそうだから安心だけど。僕が心配なのは君の方だ。ここ何日か見ているけど、やけに美鈴にちょっかい出しているようだし」


「ああ、そうですか!わかりましたよ。美鈴ちゃんの部屋に鍵でもかけるとかすればいいじゃないですか」

「襖なのにどうやって?」

 いつもは優しいお兄さんの声も、低い怖い声だ。

「だったら、蔵にでも閉じ込めたらいいんじゃないですか?施錠でもして、僕が入れないように」

「美鈴を蔵に?冗談じゃない。だったら、君が蔵で寝泊まりしたらどうだ?」


 修司さんの言葉に、私の後ろに立っている琥珀がピクンと反応したのが分かった。琥珀を見ると、修司さんを睨むようにして見ている。どうしたのかな。お兄さんと同じように、怒りを感じているのかな。


 実はお兄さんの、「琥珀君は美鈴に興味を持っていない」という言葉に、ズドンと落ち込んだんだよね。でも、琥珀を見たら修司さんを睨んでいるし、蔵の中でも閉じ込めてっていう言葉に、お兄さん同様怒りを感じているとしたら、少しは私のことを大事に思ってくれているのかもって、期待もしたりした。


「一階のひいおばあちゃんの部屋の奥に、ひいおじいちゃんの部屋があって空き部屋になっている。そこに移ってもらう。こっそりと2階に上がろうとしても、1階で寝泊まりしている誰かがわかるからな。それに、2階の階段のすぐそばに僕の部屋がある。誰かが廊下を歩けば、古い家だから床がきしんで音がする。夜中にしのびこもうとしても、すぐにわかるからな」

「……」

 修司さんは何も返事をしないで、ただなぜかにやっと笑っていた。


「僕と結婚しちゃえば、龍神と結婚もしないで済むのにね」

 修司さんは私の耳元で小声で囁くと、自分の部屋に入って行った。


「美鈴、あいつなんて言ったんだ?」

 その声は、お兄さんには聞こえていなかったようだ。

「えっと」

 こんなこと言っていいのかな。お兄さんを心配させるだけかな。

「自分と結婚したら、龍神と結婚しないで済むと言っていた」

 私が躊躇していると、琥珀があっさりとばらしてくれた。


「え?君は聞こえていたのか?」

「俺は耳がいい」

「地獄耳なのね」

 ばらされてバツが悪くなり、わざとそんなことを私が言うと、

「そうだ。だから俺の悪口も言わないほうがいいぞ。まる聞こえだ」

と、意地悪そうな目つきで琥珀が私に言ってきた。


 じゃあ、逆に琥珀のことを好きだなんて言ったら、それもまる聞こえ?うわ。絶対に口に出さないように気を付けないと。 

 って、待ってよ、私。別に琥珀のことが好きなわけじゃないんだから、言うわけないじゃん!


「美鈴、明日には修司君の荷物も1階に持って行って、部屋を移動させるけど、今夜も心配だから、僕の部屋で寝るか?」

 悠人お兄さんの?

「いや、それも駄目だ」

 なぜか、琥珀が止めた。でもすぐに、

「い、いや。悠人だったら、安全か」

と琥珀は自分に言い聞かせるように言うと、小さなため息をつき、

「じゃあ、ゆっくりと休め、美鈴」

と、自分の部屋へと廊下を歩いて行った。


「なんだ?変な奴だな、琥珀君は」

 お兄さんはそう言いながら私の部屋に入って、私の布団を押し入れから出して持ち上げると、

「ほら、他には特に運ぶものないだろ?」

と優しく聞いてきた。


「スマホは持って行ってもいい?」

「ああ、別にいいけど」

「じゃあ、すぐにお風呂も入ってくる」

「風呂のカギもしっかりかけるんだぞ」

「わかってる」

 それは毎日ちゃんとかけている。誰が間違って開けるかもわからないし。


 お風呂に入り、スマホだけを持ってお兄さんの部屋に行った。悠人お兄さんは中学に上がるまで、敬人お兄さんと部屋を共有していた。敬人お兄さんはよく、子どもの頃から一人部屋だった私をずるいと言っていたが、私からみればいきなり一人の部屋にされたのは心細くて寂しかった。


 確か5歳ぐらいまでは、両親と一緒の部屋だった。でも、そろそろ小学生になるんだからと、2階の今の部屋に移された。

 怖い夢を見た時や、雷の鳴る日には悠人お兄さんの部屋に行って、布団にもぐりこんだ。敬人お兄さんはそんな時、邪魔だ!と怒るだけだけど、悠人お兄さんは優しいから、隣で寝かせてくれた。


 久しぶりに悠人お兄さんの部屋で寝る。悠人お兄さんの布団の隣に私の布団が敷いてあって、私はそこに寝転がった。でも、悠人お兄さんは、机で何やら書き物をしているところだった。


「もしかして、小説書いているの?」

「そうだよ」

「まだ、小説家は諦めていないの?」

「うん。副業でやっていってもいいと思うし」

 高校の頃から悠人お兄さんは、小説を書いていて時々無料の小説サイトに載せているが、あんまり読者はいないようだ。何しろ、すんごい真面目な小説だからなあ。


「そういえば美鈴。龍神のことが書かれている書物がないか、蔵の中を整頓しながら探していてね」

「整頓もしているの?」

「うん。一回片付けたほうがいいと思って」

 さすがだなあ、悠人お兄さんは。


「それで、神門家の家系図を見つけたんだよ」

「へえ。家系図」

「うん、これなんだけど。明日にでもひいおばあちゃんに見せてみようと思ってるんだけどさ」

 机の隣にあるサイドボードの引き出しから、何やら巻物をお兄さんは取りだした。


「古そうだね」

「うん。でも保存がけっこういい状態だから、ちゃんと読めるよ」

 確かに。それに机の上でも広ぎきれないぐらいの長い巻物だ。

「でね、美鈴。父さんに前に聞いたんだけど、神門家に女の子が生まれるのは100年に一度なんだって。で、美鈴の前は千代さん。ほら、ここに書いてある」


「ひいおじいちゃんの名前も載ってるね。正一がひいおじいいちゃんでしょ?」

「ひいおばあちゃんの名前は載っていないから、ひいおじいちゃんが生まれた辺りまでの家系図だね」

「うん。ひいおじいちゃんの兄弟の名前もないし」

「ひいおじいちゃんのお父さんは、仙太郎。弟が弘次郎。そして三番目に生まれた子が千代」

「お千代さんだね…。あれ?千代さんの結婚相手に名前があるよ。蘇芳って…」

「もしかしたら、龍の名前かもね」


「龍に名前があるの?!」

「あるかどうかはわからない。勝手に人間が付けただけかもしれないし」

「そうなんだ…。ちゃんと名前が記されていてびっくり」

「うん、そこもびっくりなんだけど」

「あ、もしかしたら琥珀はこの弘次郎って人のひ孫、じゃなくて玄孫っていうの?ひ孫のさらに子ども」


「え?そうなんだ」

「うん、ひいおじいちゃんのお父さんの兄弟の子って言ってた」

「そりゃまた、すんごい遠縁にあたるね」

「うん」

「美鈴、こっちを見てくれる?」


 お兄さんは、仙太郎さんのお父さんのさらにお父さんを指さした。そして指でなぞりながら、その兄弟にある「ハル」という字を指さした。

「このハルは女の子だ。長女と書いてある」

「本当だ。あれ?でも、お千代さんが生まれるより100年も前?」

「いや、多分50年くらい前だと思うよ」


「あ!!!」

 そうだった。ひいおばあちゃんが言ってた。

「あのね、お千代さんが生まれる前に、女の子がいたんだけど、龍神との結婚を嫌がって、人間の男と逃げたって」

「そのようだね。ハルさんの結婚相手は蘇芳と違って、さすがに人間っぽい名前だもんなあ」

「そうだね。笹木三郎って、もろ人間ぽいね、龍神には付けないよね」


「二人の間に子どもが生まれたかどうかは、何も書いていないね」

「うん」

「そうか。龍神の嫁にならなかった人もいたのか」

「だけど、龍神の怒りをかって、ここいら一帯が雷で山火事になって火の海になったんだって」

「ああ、なんか、昔山火事で一度神社も焼けたって話は、おじいちゃんに聞いたことがあるよ」


「それが龍神の怒りとか、絶対に昔の人が勝手にそう思っているだけだよね。ひいおばあちゃんは龍神は天気を操れるとか言っていたけど」

「そんなことがあったりしたから、お千代さんは祠に行くしかなかったのかもね」

「ひどい話だよね。犠牲になるなんて」

「うん。今の時代には考えられない事だ。美鈴は安心して。普通に結婚して、普通に子ども産んで幸せになればいいだけだから」


「うん」

「じゃあ、まだ僕は小説書きたいから、美鈴は寝てていいよ」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみ」

 はあ。悠人お兄さんのそばは安心するなあ。


 昔からそうだった。私はお転婆で、境内を抜け出し、森の中に行っちゃって迷子になった時も、私を見つけて泣いている私をおんぶして、神社に連れて帰ってくれたのも悠人お兄さんだった。

 不思議とお兄さんの背中はひんやりとした。でも、広い背中に守られている気がして安心した。


 安心して途中で寝ちゃったんだっけ。目が覚めたらなぜかお社の中で私は寝ていた。こんなところで寝て!とお母さんに怒られたような気がする。あれ?なんだって、家の中まで連れて行ってくれなかったのかなあ。

 

 ああ、なんだか子どもの頃のことを色々思い出してきた。木登りをしていて落ちそうになった時も、悠人お兄さんが下で受け止めてくれて…。


 悠人お兄さんだったっけ?あれ?怖くて目をぎゅってつむってて、

「もう大丈夫だ、美鈴」

と言ってくれた声はお兄さんの声と違ってたような気が…。


 あれれ?あの時目を開けて目の前にあった顔は、なんだか琥珀だったような気がする。太陽光線で目が金色に光って見えた。


 そうだよ!琥珀だよ!!!そうか。あの頃うちに遊びに来ていたのね。私が木から落ちた時も助けてくれた。じゃあ、森で迷子になったのを助けてくれたのも琥珀だったかもしれない。


 今の琥珀とおんなじような顔かたちだし、背格好も同じ。なんで私忘れていたのかなあ。





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