第18話 辛い思い
ひいおばあちゃんの話に私は何も言えなかった。頭がガンガンしている。
琥珀が神使。そう思えるところがたくさんありすぎて、さっきからショックで。
「美鈴、迎えに来たのなら、覚悟を決めないとならない」
「え?!なんの?」
びっくりして思わず大声で聞き返してしまった。
「龍神の嫁になることをだ。運命に逆らわないほうがいい」
「そんなの嫌だ」
涙が溢れてきた。
「嫌なのはわかるがな。琥珀が神使だとしたら、この時期に来た訳も、遠い親戚でみんなおぼろげな記憶しかないのも、不思議な力を持っていることも頷ける」
「う…、そうだけど」
そうだけど、受け入れたくない。だって、私を龍神の嫁に迎えるためでしょ?それ、まったくこの恋は実らないってことじゃん。
好きになった相手が狐で、それも私を龍神の嫁にするために迎えに来ただなんて!そんなこと受け入れるわけないじゃない。
「覚悟できない。勝手にそんな運命背負わされて、誰が受け入れられると思う?」
そう言って私はわあっと泣き出し、ひいおばあちゃんの部屋を出た。一気に2階に駆けあがると、何事かと悠人お兄さんが襖を開けて顔を出した。
「美鈴?どうした?」
「悠人お兄さん」
私は悠人お兄さんの胸に泣きながらダイブした。すうっと琥珀の部屋の襖も開いたようだったが、私は琥珀を見る勇気もなく、そのままお兄さんの部屋に入り込んだ。
「う、ひっく。ひっく」
だんだんと落ち着いてくると、悠人お兄さんが話しかけてきた。
「どうした?何があった?ひいおばあちゃんに何か言われた?」
「龍神の嫁になる運命を受け入れろって言われた」
「なんだって?!」
珍しくお兄さんは怒りながら大声を出した。
「ひいおばあちゃんがそんなこと?」
「うん」
「どうしたら、龍神の嫁にならないで済むかを考えているのに、なんだってそんなこと言い出すんだよ。美鈴が可愛くないのか?」
「わかんない。でも、運命を受け入れないと、他の人が犠牲になる」
「犠牲になるのは美鈴だろ?ああ、もう!だいたい龍神なんていないんだ。ひいおばあちゃんは古臭い人だから信じているだけだ。美鈴、大丈夫だ。みんなで守るから、な?」
「……私、犠牲になりたくない。でも、私が拒んだせいで、ここや山が火事になったり、誰かの命を奪うことになったらと思うと、どうしていいかわかんない」
「火事になんかならない。昔起きたことは偶然だ。雷が落ちて山火事になっただけだ。龍神の怒りじゃない。美鈴が気に病むことじゃない。な?」
「うん」
「今日もここで寝ていくか?」
「ううん。部屋に戻るね。ごめんね」
私は部屋に戻って、布団を敷いてすぐに布団にもぐりこんだ。悠人お兄さんは龍神なんていないって言ったけど、私にはいるような気がしてならない。じゃなきゃ、琥珀があんなに私が龍神の嫁になるから霊力が高いなんて言わないと思う。
そして、修司さんから私を護るのも、すべてが龍神の嫁として迎えに来たからなんだ。
琥珀を好きになってもしょうがないんだ。
それなのに、なんだって好きになっちゃったんだろう。
こんなことなら、最初から、「俺は龍神の使いで美鈴を迎えに来た」と堂々と言ってほしかった。それなら、琥珀を好きになることもなかったのに。
翌日から、私はなんとなく琥珀を避けるようになってしまった。隣にいても話すのも辛いし、顔を見ているのも辛くて、琥珀が近寄っても私から遠ざかった。
その代わり、修司さんが近寄ってきたが、それも思い切りわかりやすく避けまくった。修司さんは巫女のバイトの亘理さんも八乙女さんも、里奈ですら邪険にされているとわかると、近寄ったりしないのに、なんだって私にはしつこくかまってくるんだろうか。本当にうざい。
私はそれどころじゃないのだ。でも、境内の掃除は無になってしなければいけない。
ところが、最初は無になることを難しく感じたが、思考しないようにすると、琥珀のことも考えないでいいからとても楽になった。その時に吹いている風や、葉の揺れる音、鳥のさえずり、それを聞いているだけで、何も考えない。ただ、無になって箒で掃く。その時間は琥珀のことからも離れられ、私にとってとてもありがたい時間となってきた。
ああ、無になるって、なんだか楽になれるんだなあ。
結局壬生さんは、体の調子が戻らないと連絡が入り、巫女のバイトを辞めてしまった。急遽求人募集をホームページでしたりしたが、そうそう平日に巫女のバイトを希望する人もいなくて、しばらくの間は、大学生の里奈と八乙女さんが講義がない時間を利用して、来てくれることになった。
大学って不思議な場所だな。丸々一日、選択の授業によっては休みの曜日もあるのね。おかげで、なんとか無休で私が働かせられなくて済んだ。
とはいえ、神主のお父さんやお兄さんは休みはなかった。修司さんはちゃっかり休みをもらっていたが、琥珀は毎日境内にいた。今まで何をしているのか不思議だったが、琥珀は境内を清めたり、お守りに気を入れたりしていたんだ。参拝客が来ると木の陰から優しい目で見ていたのも、神の使いならわかる気がする。
それが、神の使いの仕事なのか…。
あ、でも、一番の目的は私を龍神の嫁にすることか…。だから、家は山の向こうだとか言っていたのかな。それに、帰るのはいつになるかわからないとも言っていたけど、それは私が祝言をあげるのがいつになるかわからないからなのかな。
それとも期限は決まっているのかな。
そして、私のそばにいてくれると言ったのも、神の使いだから?私にどこにも行くなと言ったのは、龍神から逃げるなってこと?
そう言うのもすべて、神の使いだとしたら、意味が変わってくる。いいように解釈して喜んでいたけれど、それが神の使いとしての役割だとしたら、私はウキウキ喜ぶことじゃないんだ。
もしかしたら、神の世界に行ったとしても琥珀はそばにいるかもしれない。だけど、私は龍神の嫁になっていて、けして琥珀のお嫁さんにはなれないんだ。
琥珀は別の狐のお嫁さんをもらうのかもしれない。あ、そう言えば伴侶がいないから半人前だって言っていたけど、あれって、狛犬もお稲荷さんも、2体で一対だから?神社には必ず2体いるよね。
そういうことなの?一人だと100パーセントの力が出ないのは、もう一体がいないからなの?
もう一体って、お嫁さんなわけ?
あ~~~~~~。今までの琥珀の言っていることがすべて、つじつまが合ってきた。
神の使いだとすると、すべてが納得できる。
平日のバイトの子がなかなか決まらずにいると、里奈が真由を説得してくれて連れてきてくれた。
「真由もバイトしてくれるの?」
「うん、まあ、今バイトしていないし、講義がない時間もあるし、週1か2ならいいよ」
「ありがとう」
すでにお父さんが、琥珀が言っていた注意点を今までいたバイトの子には教えていた。もともと真面目な亘理さんは、当然のことだとすぐに聞きいれ、バイトの動機が不純だったにもかかわらず、八乙女さんも話を聞き、使命みたいでドキドキする!とテンションが上がっていた。
里奈はと言えば、元来素直に出来ているので、すぐにお父さんの話に「はい」と頷き、にこやかにいつも仕事をしてくれている。さすがだ。
一番心配だった壬生さんは辞めてしまったし、っていうことは真由が話を聞いてどう感じるか…。
「え?そんなに面倒なんだ」
案の定、お父さんに話を聞くと、そう小声で呟いた。その横にいた里奈は、
「やりがいがあるじゃない」
と、真由を説得しようとしたが、真由は明らかにその言葉にも嫌そうな顔をしていた。
大丈夫かな。それに化粧も濃いし、琥珀が嫌いなタイプだよね。
ああ、琥珀は神の使いだから、化粧が濃かったり、香水が強いと嫌だったのかな。って、神の使いとそれ、関係あるのかな。
はあ…。琥珀のことを考えるとすぐに凹んでしまう。ダメだ。忘れよう。無になろう。
次に真由がシフトに入る朝、琥珀がどこからともなく現れ、
「今日は臭いにおいのする女の来る日か」
と突然言ってきた。
「うわ。びっくりした!」
突然来られると避けられない。それも質問されたら答えるしかない。
「真由だよね。そう、今日来るけど」
「巫女のバイトが面倒だと言っていたが、それなら辞めてもらったほうがいい。俺も社務所で手伝うし、いなくたって大丈夫だ」
「え?面倒だって真由が言ってるのなんで知ってるの?」
「俺の耳がいいのは知っているだろう」
そうか!それもあれなの?神の使いだからなの??神使ってなんでもあり?!
「せめて化粧と香水をやめさせろ。清楚なのが一番だ。美鈴が言いづらいなら、朋子…お母さんにでも言ってもらえ」
「うん、そうする」
確かに、お守り売ってる巫女の化粧が濃かったりはダメだよね。壬生さんの時も誰かが注意したけど、あんまり聞いてくれなかった。真由のほうが聞いてくれるかな。
それから、神主なのに茶髪なのもどうかなと思う。あれは誰か注意しないのかしら…。
無視しても絡んでくる修司さんは、真由のことを前から狙っていた。真由が来たら誰よりも先に社務所に来て声をかけてしまった。真由もまんざらでもないようで、にこやかに修司さんと話をしていた。
「ねえ、真由、お母さんから化粧のこと言われた?」
「うん。もうちょっと薄くするよ」
「ありがとう」
良かった~~。壬生さんよりも話がわかってくれて。
「琥珀さんだっけ?美鈴が好きな人」
「う、うん」
「さっき、着替えが済んで更衣室から出て休憩室に行ったらそこにいて、香水が鼻につくからやめろってさ。あの人何?言い方も偉そうだし、なんか頭に来た。私は苦手だわ」
「ごめん」
琥珀ったら、自分で直接言っちゃったのね。
「私は修司さんがいいよ。ねえ、修司さんは彼女いるの?」
「あれはやめときなよ。女ったらしなんだよ」
「そうか。じゃあ、こっちもマジで付き合わなかったらいいんでしょ?楽じゃない」
うわ~~~~。真由ってそこまで適当だった?壬生さんとキャラかぶってる?
「真由、誰でもいいの?」
「そういうわけじゃないけど。まだ一人に絞る必要もなくない?大学にもいいなっていう人が3人いるんだ」
「それでどうするの?」
「友達だよ。でも、デートとかしても良くない?そのうちに一人に決めるよ」
もしかして、女版修司さん?こんなに軽かったっけ?大学行って変わっちゃったの?
「美鈴ももっと他の男性も知るべきだよ。あんな性格悪そうな琥珀って人はやめて、色んな人と付き合いなよ」
「い、いいよ、私は」
「だからさ、いまだに彼氏の一人も出来ないんだよ」
「ははは。なあに?友達同士で喧嘩?」
社務所の窓から修司さんが顔を出した。
「あ、修司さん、喧嘩じゃないですよ、いつものことだから」
「そうなんだ。ところで真由ちゃん、彼氏っている?」
「私?いないです。友達ならいるけど」
「へえ、じゃあ、デートに誘ってもいいよね」
「ダメ!」
私が真由の代わりの答えると、真由が私のことを押して、
「いいですよ。デートしましょう」
と修司さんに答えてしまった。
「じゃ、ライン交換でもしようね~~~」
「はい、あとで」
修司さんはそのままどこかに行ってしまった。
「なんで邪魔するの?修司さんのこと好きなの?」
「まさか!あんな女ったらし。関わるとろくなことないよ」
「いいでしょ。デートぐらい」
「念のため言っておくけど、朝から晩まで付き合わされるから、どっかで切り上げてきなね」
「朝から晩まで?え、何をするの?」
「知らないけど、前のバイトの巫女が修司さんとデートしてから具合が悪くなったの。風邪でもこじらせたのかわかんないけど、バイト辞めちゃったから」
「そうなんだ。それはその人の不摂生ででしょ?私には関係ないし」
真由は私の言うことを聞くどころか、私に対して反抗心が芽生えたらしい。そのあとも、真由の言葉にはトゲがあった。高校の時から言い合いにもなったけど、お節介というか、お世話好きなところもあっての発言で、ここまでトゲトゲしいことはなかったんだけどなあ。
結局真由と修司さんのデートを阻止することには失敗した。その日の夜、電話で里奈にも相談をしたが、放っておきなよと言われてしまった。
大丈夫かな。琥珀にも相談しようかな。あ、耳がいいなら私たちの言い合いも聞こえていたのかな。
ん?聞こえていたらまずくない?そうだよ、真由、私が琥珀のことを好きだって言っていたよね?
うわ~~~~~。琥珀にばれたかもしれない!!!