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第17話 琥珀は神使の狐?

「美鈴ちゃん、最近お昼が一緒にならないねえ」

 14時、社務所に修司さんが来た。

「あ!もう修司さん来ないでください。このへんのお守りを今朝触って汚したでしょ?」

「そんなことしてないよ。さっき、琥珀にも怒られたけど」

「触るだけで穢れるんです」


「じゃあ、美鈴ちゃんが触っても穢れるんじゃない?」

「…それは、今後気を付けます」

 なるべく何も考えないようにするもん。

「うるさいよね、琥珀は。参拝客に何かしたのかって問い詰められるし。何もしていないよ。まあ、挨拶くらいは軽くしたけどね」


「参拝客?今日のですか?」

「午前中に来た、顔色の悪かった参拝客」

「あ!あの人にまで言い寄ったんですか?」

「挨拶だけね?」

「その時、あの女性は苦しそうじゃなかったんですか?倒れてしまったんですよ?」


「へえ、そうなの?知らなかった。ちょっと顔色悪いかなとは思ったけどね」

 何それ!その時にどうしてもっと気にかけないわけ?


「それよりも、こんなところで油売ってないで下さいよ。お父さんが色々と教えたいことがあるって言ってましたよ。午前中もどっかに行っていなかったって」

「境内の掃除だよ」

「そんなこと頼まれていないでしょ?」

「美鈴ちゃんも、ひいばあさんみたいにうるさいね。もっと静かになった方がいいよ」


 修司さんは一瞬、すごく怖い目で睨み、それから社務所を出て行った。

 あんな怖い目をすることもあるんだ。一瞬私の体が氷ついたかのように冷たくなった。


 真逆な気がしてきた。修司さんは見た目笑っているし、柔らかいイメージだけど、一緒にいるとなぜか気分が悪くなる。琥珀は見た目クールで、何を考えているかもわからないけれど、一緒にいると安心する。どちらかと言えば、修司さんのほうが何を考えているかわからないかもしれない。

 

 17時。社務所を閉めて家に戻る前に、その辺をぶらぶらと歩いてみた。ああ、気持ちいい。琥珀が清めてくれたんだね。


 そう言えば前にもあったっけな。琥珀が来てくれて、なぜか境内の空気が奇麗に感じたことが…。あの時も清めてくれていたのか。不思議と境内は明るくなったし、お社も狛犬すら奇麗になった気がする。


 木々を見てみた。葉っぱが嬉しそうに風に吹かれているようにも見えた。

「明日から心入れ替えて掃除しないとなあ」

 ふとそんなことを呟くと、

「そうか。改心したか」

と、後ろから琥珀の声が聞こえて振り返った。


「か、改心って…。それじゃ私が今まで悪いやつだったみたいじゃない」

「ちゃんと心を込めて清める気持ちなく、掃除をしていたっていうことだろう?」

「う、うん」

「無になるのだ」

「無?」


「何も考えないで掃除をする。それだけでいい」

「それは難しいんだよ。勝手にあれこれ思考って湧いて出てくるでしょ?」

「今にいるといい。ただ、感じるのだ。風や音、におい、鳥のさえずり…」

「あ、そういうの好き。子どもの頃は葉っぱのざわめきや、木洩れ日が好きだった」

「それだ。確かに美鈴は自然と共に生きていた。子どもの頃はまったくと言っていいほど邪気がなかった」


「そう?琥珀に遊んでもらっていた頃?あ!そうだった。私ね、思い出したんだ。琥珀は私が小さい時も木から落ちそうになった時助けてくれたでしょ?」

「今頃思い出したか」

「やっぱり、琥珀だったんだ!じゃあ、森の中で迷子になった時も助けてくれた?」


「ああ、龍神の祠の前でビービー泣いていた時か」

「……龍神の祠の前だったの?」

「そうだ。思えばあの時…」

「うん」

「ああ、いや…。思い出したんだな。それは良かった」


 琥珀は優しい目で私を見た。

「やっぱり琥珀だったんだ。おんぶしてくれたのとか覚えてるの。それも、なぜかお社の中まで連れて行ってくれたんだよね?なんで家じゃなかったのかが不思議だけど。お社に勝手に入り込んでって怒られたんだよ」

「一番、安全な場所だからだ」


「家じゃなくて?」

「守るためだ」

「よくわかんないけど」

「子どもの頃、今よりもさらに霊力が高かった。邪気がない分、その力は強く、多くの妖に狙われていたからな。龍神の加護が付いてはいたが、それでも念のため、一番結界の強い場に置いてきたんだ」


「……お社が一番結界が強いの?」

「ああ、そうだ。直に龍神の力が宿る。いや、龍神と繋がっていると言ってもいいかもな」

「ふうん…」

 よくわかんないけど、一番安全な場だったってことか。それって、家よりも安全ってことなわけね。


「なるほど。じゃあ、もしかして家のほうが危ないってこと?」

 気になり聞いてみた。

「そうだな。邪気は入りやすい。一緒に住んでいる巫女や神主の邪気もあるしな。妖が宿ってしまうこともある。だが、今は俺が守っているから安心しろ」

「え?う、うん」

 ドキンって胸が高鳴っちゃった。琥珀が守ってくれていたら、なんだか無敵っていう気がしてしまう。


「あの、いつも守ってくれてありがとうね」

「いいや。美鈴も守ってくれているのだから、お互い様だ」

「私が、誰を?」

「俺をだ」

「守っているつもりはないけど?いつ守ったの?」


「ははは。そんなつもりはないのか。じゃあ、無自覚だな」

「え?私、そんな力持っていないよ」

「持っている。自覚がないだけだ。言っただろ。霊力が強いんだ。人に気を与える力が優れていると」

「うん。でも、何もしていないんだけどな。私、手をかざしてもいないし、何か唱えてもいないし。そういうのまったくわからないし」


「隣にいるだけでも、その気を感じられる。だから、特に何もしないでも大丈夫だ」

「そうなの?そういうもの?あ、もしかしてそれって、安心感とかなのかな。琥珀と居ると安心するのと一緒?」

「俺と居ると安心するのか?」

「う、うん。なんだかわかんないんだけど」

 こんなこと素直に言ってもよかったかな。変に思うかな。


「そうか。じゃあ、そういうことだ」

「私と居て安心するの?」

「安心もするし、穏やかにもなれる」

「穏やか?」

「ああ、心の平和だ。満たされる」


 そうなんだ。よくわかんないけど、なんだか嬉しい!

 あ、でもそれって、ドキドキしたりするのとは違うんだよね。やっぱり、女としては見てもらえていないのかな。


 琥珀はスタスタと家の方へ歩いて行ってしまった。私もその後ろを追いかけた。



 夕飯時、琥珀と修司さんとの間に何か緊迫した空気を感じた。そして、琥珀は夕飯を食べ終えると、お父さんとおじいちゃんに話があると、和室にそのまま残った。修司さんはとっとと和室を出ていき、お母さんとおばあちゃんは洗い物をしに台所に行った。


 和室に悠人お兄さんや、ひいおばあちゃんも残り、私もテーブルの上を台拭きで拭きつつ、話を聞いていた。

「今日の参拝客のことだが、お守りを身に着けても加護がなかったようで、かえってお守りに邪気が入り込み、あの女性の持病を悪化させてしまったかもしれない」

 琥珀の淡々とした話を、みんなが黙って聞いている。


「お守りだけじゃなく、境内も穢れがあった。今日念のため清めたし、お守りにも新たに気を入れたが」

「そんなことが琥珀君にはできるのか?」

 お父さんがびっくりしている。


「もっと掃除をしている者や、社務所で働いている巫女にも注意を促すべきだ。邪念を持ったまま境内を掃除しても清められないし、邪念を持ってお守りを扱えば、その邪念が入り込む」

「その通りだ!琥珀君」

 おじいさんが声を大にした。


「うむ、そういうことも巫女には言っている。最近はひいばあもなかなか社務所にも行けないから、そういう教育は朋子さんがしないとならないが、しているだろうな?」

 ひいおばあちゃんの言葉に、お母さんはたじろいだ。

「私がですか?あ、そうですね。バイトを始める時にはちゃんと教えていますけど」


「日頃はそういう注意をしていないということか?」

 琥珀がそうお母さんに聞くと、お母さんは困惑した顔をした。

「娘の美鈴ですら、そんなことを全く知らなかったようだぞ」

「美鈴、お前にも悠人にも敬人にも、境内の掃除の担当を決めた時、教えただろう」

 お父さんの言葉に、悠人お兄さんは大きく頷き私を見た。


「そんな子どもの頃の話、覚えていないよ」

「まったく」

 は~~~~っとため息をついたのは琥珀だった。琥珀が一番呆れかえっている。


「この神社はどうなっているんだ?だいたい、あの穢れだらけの見習い神主をどうにかしろ。清めても修司の邪気ですぐに穢れる」

「そ、そうね。お父さんもおじいさんもちゃんと注意してくださいよ」

「う、うん。そうだな」


「何よりも参拝客が今日みたいに、その穢れの気でやられるんだ。何のための神社だ」

「そうだな、琥珀君。確かに君の言うとおりだ。修司君にもちゃんと言っておくし、巫女たちにも気を付けてもらおう。我々も気持ちを入れ替えないとな」

 お父さんはなぜか琥珀に圧倒されたかのように、申し訳なさそうにそう答えた。


「俺も尽力を尽くす。なかなか今はまだ全力を出せないではいるが、天の力を借りて日々精進する」

「日々、精進…?え?琥珀が?」

 その言葉にびっくりしていると、

「そうだ。俺にも邪念はある。なるべく無でいないとな」

と、琥珀は私に向かってそう答えた。その顔は神々しさすらあった。


 誰も琥珀に反論をしなかった。逆にみんなが琥珀のことを尊敬の念を持って見ている。最初は不審がっていたくせに、お母さんは目を輝かせて「琥珀君すごいわね」と褒めているし、あのひいおばあちゃんですら、うんうんと頷き、前と琥珀を見る目が違っていた。


 さすがにもう琥珀が狐とは思わなくなったのかな?


 じゃあ、いったい琥珀って何者なの?こんな話をみんなにして、みんなを黙らせ、みんなに尊敬の念で見られている琥珀。年上のお父さんもおじいさんまでもが、琥珀に言いくるめられている気もしないでもない。だって、琥珀っていつも、上から目線というか、偉そうな物言いをする。なのに、それに対して誰も責めたり怒ったりしないんだもの。


 そういう私も、前と琥珀を見る目が変わっているかもしれない。琥珀ってなんだか、すごいかも。


 話が終わり、みんなそれぞれの部屋に戻っていった。私はお母さんに先にお風呂にはいれと言われ、入りに行った。


 お風呂から上がって、ひいおばあちゃんの部屋の前を歩いていると、

「美鈴、話がある」

と、ひいおばあちゃんが私に声をかけてきた。

「うん、なあに?」

 襖を開けてひいおばあちゃんの部屋に入った。


「そこに座りなさい」

 あ、これはなんだか真面目な話をするってことかな。そう思いつつ、ひいおばあちゃんの座っている椅子の前に座り込んだ。


「琥珀は何者だ」

「は?いきなり何?それはこっちが聞きたいよ」

「妖狐ではなさそうじゃな」

「そうだよね。狐だったら、わざわざ神社を清めてくれないよね」

「あのパワーはなんだ?なんでお清めができる?」


「わかんない。掃除とか、塩を盛るとかしているのかな?」

「違うな。倒れた参拝客にも気をあげたのだろう?」

「うん」

「ふ~む。もしや…狐か」


「だから!狐じゃないってさっき言ったばかりじゃない」

「妖狐にもいろいろとあってな。野狐という悪い妖もいれば、神の使いの狐もいるのだ」

「神の使いって、神使?」

「そうだ。神使になるために修業をして、霊力を高め、尻尾が9尾になると最高の位になるらしいぞ」

「だけど、この神社は狛犬がいるじゃない」


「あんな石像、何ができる?」

「あれは単なる石だけど、本当に人間は見えないけど狛犬はいるって、琥珀が言ってたよ。霊力が高い私は子どもの頃、狛犬と遊んでいたんだって。でも、私もなんとなく覚えているもん」

「そんなことを琥珀が言っていたのか」


「うん」

「そういうことにも詳しいなら、ますます琥珀は神使の見習いじゃないのか?」

「見習いのためにここに来たの?」

「修司が神主見習いなら、琥珀は神使見習いだな」

「琥珀のお父さんからいろんなことを教わっているみたいだけど」


「父親も神使なのかもしれんの」

「そうなの?でも、なんで山守神社に?」

「縁のある神社なのか、ここの神使になるのか」

「だから、もう狛犬がいるじゃない」


「ふむ」

 ひいおばあちゃんは考え込んだ。そして突然ポンと手を叩き、

「美鈴を迎えに来た神使じゃないのか?ちょうど美鈴が18になった時に合わせてきたのだからな」

と言い出した。


「……う、それは思い当たるふしが…」

 そう言うと、ひいおばあちゃんは身を乗り出した。

「琥珀が最初に来た日に、私が18になったか確認しに来たって言っていたの」

「それはもう、確定だ。龍神の嫁に迎えに来た龍神の神使だ」

 ひいおばあちゃんの言葉に、私はしばらく声も出せなかった。




 

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