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第16話 境内の穢れ

 しばらく若い女性は休憩室で休んでいたが、なんとか元気を取り戻したようで、休憩室から出てきたようだ。お母さんの、

「大丈夫?もう少し休んでいたほうがいいんじゃない?」

と、いう声が聞こえてきた。


 私も気になり、裏の事務室に行くと、

「ご迷惑おかけしました」

とその人はお母さんや事務員さんに頭を下げ、

「ありがとうございました」

と丁寧に琥珀にも頭を下げた。


「いや、こっちこそ、悪かった」

 琥珀もなぜか申し訳なさそうに頭を下げた。

「それにしても、突然具合が悪くなったの?帰りとか大丈夫かしら。車で送る?」

「いいえ。普通にバスで帰れます。あ、まだ参拝もしていないからちゃんと参拝もして帰ります」

「ついていこう」

 琥珀の言葉にその若い女性は、恐縮そうにまた頭を下げた。


「お守りを買った時には元気そうだったが、そのあといきなり具合が悪くなったのか?」

 琥珀は表情は柔らかいものの、言い方がいつもと同じように偉そうだ。女性の方が、

「はい、すみません。突然、目の前が真っ暗になりました」

と、小声で答えた。若いと言っても、20代半ばくらいかなあ。


「貧血かしら?」

「いえ…。もともと心臓が丈夫な方ではないので。でも、なんだか今はすっきりしています」

「そうか。良かった」

 琥珀はにこりと笑った。あ、そんな笑顔初めて見たかも。その女性もその顔を見て、ちょっと顔を赤らめた。


「琥珀君、お願いしても大丈夫?」

「大丈夫だ。俺がついていれば、邪気も来ない」

「そうなの?よくわかんないけど、よろしくね。帰り、本当に車で送ることもできるから遠慮しないでね」

「はい、すみませんでした」

 お母さんの言葉にもう一回その女性はお辞儀をして、琥珀と一緒に事務室を出て行った。


「琥珀君の邪気が来ないっていうのはどういうことかわかんないけど、でも、なんだか頼りになるから任せましょうか」

「うん」

 お母さんの言葉に、私は頷き、事務員さんもほっとした顔で仕事を再開した。


 お父さんとお兄さんはすでに社務所を出て仕事に戻っていた。そして、修司さんは結局、どこにいるのかわからずじまい。


 数分後、琥珀が社務所の窓から顔を出し、

「鳥居まで送ってくる」

と私に告げ、若い女性に寄り添うようにして社務所の前を歩いて行った。


 私はつい気になり、社務所の横の引き戸から出て、二人の後ろ姿を見ていた。ああ、あんなに寄り添って…。

 ハッ!私、何を参拝客に、それも具合が悪かった人にまでヤキモチ妬いているんだろう。自分が嫌になる。


 でも、あんなにまで寄り添う必要ある?まさか、琥珀の好み?そういえば、おしとやかそうな人だったけど。

 だから!何を考えているんだってば!


 自分の考えが嫌になり、急いでまた社務所の中に入った。そして、その辺を掃除しだした。


 12時、琥珀が社務所にいてくれると言うので、私はお昼休憩に入った。

「あの人、大丈夫だったかしらね」

 お昼ご飯を食べながら、お母さんがお父さんに聞いた。

「大丈夫だろう。顔色もよくなっていたし」

 お父さん、こういう時案外能天気…。お母さんの方が心配症だよね。


「それにしても、琥珀君は何者なんだろうねえ。あんなことが出来るなんて」

「あんなことって?」

 私がお父さんに聞くと、

「あの女性に手をかざして、何やら唱えていたようだけど」

「ヒーリングっていうのじゃない?私の友達もそういう仕事をしているわよ」


「へえ。お母さんの友達にもそういうことが出来る人いるんだ」

「そうよ。一緒にここでバイトしていたわよ。覚えていない?鈴木さんっていって、あの頃からそういう勉強していたのよ」

「鈴木さんはたくさんいるから、わかんないなあ」


 そんな会話を夫婦でしている横で、ひいおばあちゃんは変な顔をしている。

「直樹、その話詳しく話してみんかい」

 ちなみに直樹とは、お父さんのこと。ひいおばあちゃんに言われてお父さんは、琥珀の話を詳しくした。


「ほう、胸に手をかざして、救急車も呼ばんでいいと言ったんだな」

「ええ、本当に女の人の顔色もどんどんよくなっていったのよ」

 お父さんではなくお母さんが答えた。

 その時、悠人お兄さんが襖をあけて入ってきた。


「あれ、悠人お兄さん、1時からのお昼じゃないの?」

「社に修司君が来たから、おじいさんもいるし、先に昼を取らせてもらった」

「修司君、そう言えばどこに行ってたって?」

「境内の掃除をしていたと言っていたよ」


「まったく困ったもんだなあ。今日は参拝客も少ないだろうから、色々と教えたいことがあったのに、勝手にどこかにふらっと行ってしまって」

「もう!お父さんが厳しくしないからですよ!」

 お母さんの怒る声に、お父さんは何も言い返さなかったが、

「修司君は、本当に神主をやっていく気があるんだかどうか」

と、悠人お兄さんが今度は深くため息をついた。


「そうだ。あの女性、琥珀君が見送りに行ったんだよね」

 お兄さんは私に向かってそう聞いてきたから、

「鳥居まで送るって言ってたよ。ちゃんと寄り添ってあげてた」

と答えたが、今、私の言葉トゲがあったかな。それを勘づかれていないかなとちょっと気になってしまった。だが、

「そうか。琥珀君には人を癒す力があるんだね。ヒーリングって言うんだっけ?」

とお兄さんにはわかっていなかったようだ。


「そうなのよ、悠人。さっきもそんな話をしていたの。あの女の人も、顔色がすごく良くなったでしょ」

「うん。顔色と言えば、やけに修司君、最近血色いいよね。ちょっとギラついている感じもする」

「ギラついてる?」

「う~~ん。盛りの時期を迎えた雄みたいな?」

「嫌だわ、そういう年ごろっていうこと?美鈴、あんた本当に気をつけなさいよ!」

 何言ってるんだか。お母さんがこの前は、修司君と付き合えなんて言ったくせに。


「私もともと修司さん苦手だから、寄せ付けていないから大丈夫」

 ご飯も食べ終わり、私はさっさと社務所に戻った。まだ12時40分。社務所には琥珀しかいないから、琥珀と二人で話がしたくて、ちょっとウキウキしながら引き戸を開けた。


「早いな。どうした?」

「えっと。琥珀が暇しているかなって思って」

「ちゃんと仕事をしていたぞ」

「そうなの?」

「参拝客も来たからな。お守りに今一度念を入れた」


「念?なんの?念って言ったら怖いんですけど」

「ああ、そうか。念じゃなくて、気、パワーと言ったほうがいいか。さっきの参拝客もお守りを買ったというのに、お守りの効果がなかったからな」

「は?どういうこと?」


「は?なぜ、どういうことと聞くんだ。あの女性は病弱で、健康のお守りを買っていった。本来、参拝客の健康を守るためのものなのに、お守りを身に着けたあとに具合が悪くなったのだ。お守りのパワーがなかったということだろう?」

「あ、確かに。でも、なんていうの?お守りも気の持ちようだし、ここに来るまで階段も登るし、それで体力消耗したとか…」


「お前は本当に巫女か?それも適当なバイトじゃなく、神社の娘だろう?」

「そうだけど、何か?」

 ムッとしながら聞き返すと、さらに琥珀は呆れたという顔をした。

「お守りには龍神のパワーが宿る。この神社、この土地自体もそうだ。特に境内は結界も張られているから、穢れがない場所なんだ。お守りもそのパワーと同じで、持っていればお守りを持つ主を護ってくれるものだ」


「う、うん。神様のご利益があるってことだね。うん」

「そうだ。病気から救うものなのに、あの女性は心臓が苦しそうだった。持病が悪化したのだ」

「……そ、そうか。でも、そんなにお守りは即効性があるの?ほら、神様って信じる者が救われるから、お守りを持ったからってすぐに効くかどうか」


「お前はあほか」

「え?ひどい、何よ」

「神を信じるからこそ、こんな山のてっぺんまであの女性は来たんだろう?結婚する時期が近く、その前に元気になりたいと願っていた。子も宿したいと願っていた。そういう幸せを願ってわざわざ来たのだ。そんな参拝者の願いを叶えずして、神と呼べるか」


「今、龍神をディスった?バチ当たらない?」

「だからこうやって、反省をしている。今一度、お守りに気を入れている。午後は境内の穢れを取り払う。そう言えば、美鈴はどうして毎朝境内を掃除しているんだ」

「え?そりゃ、昔から親に言われていて割り当てられているし、汚かったら参拝客も嫌だろうし」


「そんな理由?」

「えっと。他には、あ!清めるため…とかかな?」

「そういう気持ちでちゃんと掃除をしているのか?」

「……」

 そんなこと一回も思ったことないかも。明後日の方向を見ていると、琥珀が思いきりため息をついた。


「お前の親父や、じいさんはそういうことを教えないのか。巫女のバイトは?どういう教育を受けている?このお守りを扱う時、どういう気持ちで扱っている?手で触れる時に邪念が入らないように気を使っているのか?掃除の時は何を考えている?無になって掃除をしているのか?どうせ、していないだろう。今夜のおかずは何だろうとか考えているんじゃないのか?」

「そんなこと考えていたりしないよ。もう!」


 珍しく口数多いと思ったら、またそうやって嫌味を言う。

「これは真面目な話だ。美鈴が邪念を持って掃除をしたら、清めるどころか境内の空気がよどむ。邪念を持ってお守りを扱えば、その邪念が入り込む」

「…邪念?」

「そうだ」


 ギク…。そう言えば最近、琥珀に対してのモヤモヤを感じながら掃除をしていたかも。ここにいても、嫉妬を感じたり、修司さんがいる時には苛立ったり…。


「巫女のバイトにも厳しく言わないとな。まあ、俺が言っても説得力がないから、ひいばあさんか、宮司に説明させよう。でないと、この神社はどんどん穢れていく」

「そうなの?そういうものなの?神様の力を持ってしても穢れていくの?」

「ああ。ちゃんと結界を張りなおすけどな」


「誰が?」

「……龍神が…だ。今は半人前だから100パーではないが」

「え?誰が半人前?琥珀?前にも言ってたっけ」

「そうだ。伴侶がいないからまだ半人前だ」

「奥さんがいないと、力が出せないってこと?」


「そうだ。合わせれば100パーになる」

「へえ、そういうものなんだ…」

「あの修司にも言っておかないとな。あれは邪念を振りまいて歩いているようなものだからな」

「あ、それで思い出した。ここのお守り、今朝奇麗に整頓したあとに修司さんが来て、ごちゃごちゃ触っていたんだよね。いじらないで下さいって注意したらやめたけど」


「修司が?」

「うん。ちゃんと私、そのあとに並べ直して…」

「そうか。修司がお守りを触っていたのか…」

「修司さんの女ったらしの穢れた気が入り込んだ?」

「そうかもなあ」


 琥珀はしばらく黙って、お守りに手をかざしている。

「何をしているの?また気を入れているの?」

「気を見ているんだ。お守りから黒い気が出ていたものがあった」

「気を見る?見れるの?」

「ああ。境内の中も、黒い気が見える時があった。そのたびに消していたんだがな…」

「そうなんだ」


「昼を食ってから、境内を清めてくる」

「う、うん。わかった」

 琥珀は社務所を出て行った。

「そうか…。邪念ってお守りに入ったりするのね」


 そう言えば、ひいおばあちゃんがお正月は特に、奇麗に掃除をするのだぞと昔から言っていたっけね。参拝客が汚していくから、いつもの倍掃除が必要なのかとか、奇麗にしておかないと今後客が減ったら困るからとか、そういうことかと思っていたけど、参拝客が多ければ、たくさんの邪念を落としていくから、奇麗にしないとならないってことだったのか。


 琥珀ってそういうことに詳しいんだな。きっとお父さんに聞いたのね。特に家が神社なわけじゃないみたいだし、琥珀も神主ではないみたいなのに、なんで詳しいのかな。


 それに、伴侶がないから半人前っていうのも、変な話…。そんなの聞いたことないなあ。じゃあ、悠人お兄さんも結婚していないから、半人前ってこと?



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