第10話 好きだと認める
どうしよう。思わずだきついちゃった。あ、琥珀が私の背中に手を回してきた。うわ、ハグされてるよ!
「どうした?何かあったのか?」
それも優しい声で聞いてきた!
「えっと、誰かが後ろからついてきているような気がしちゃって、夜に石段上る時、いつも怖いんだ。だから、つい琥珀がいて安心しちゃって…」
そう言って琥珀の胸から離れようとしたが、なぜか琥珀は私の背中を優しくポンポンしながら、
「大丈夫だ。変な輩に美鈴は取りつかれたり、喰われることはない。守られているからな」
と、そんなおかしなことを言い出した。
「喰われる~~?もう~~。ひいおばあちゃんみたいなことを言わないで、琥珀」
琥珀の胸から離れた。ああ、顔が熱い。
「いっぱい食べて来たか?食い過ぎて腹が痛いんじゃないのか?」
「え?そんなことないよ。お腹壊すほど食べていないもん!」
「ははは、そうか」
もう~~、いきなりそういう意地悪を言い出す。
「でも、ありがとう。心配で迎えに来てくれたんでしょ?」
「ああ。腹でも壊して途中でぶっ倒れていたら大変だしな」
「もう~~~!なんだって、そういう意地悪なことばかり言うの?」
「いや、意地悪じゃなくて本気で心配したんだ。食い過ぎていないかって」
言葉とは裏腹に、口元が緩んでいる。また、そう言ってからかっているんだ。
「ところで、修司のやつは会わなかったか」
「うん、会わないよ」
「そうか。だったらいいが」
「修司さんもまだなの?」
「そうだ。途中で会って、襲われていないかと悠人も心配していた」
「襲われるって、修司さんに?」
「ああ、あいつは危ない奴だからな。用心しろよ。なるべく一緒にいる時には守ってやるが…」
「前に琥珀言ってなかった?私には龍神の加護があるとかなんとか。だから、大丈夫なんじゃないの?」
「そうだ。だから変な輩に喰われることもない。その辺の男どもも、近づこうとすると災難が起きるようになっている。だけど、修司が美鈴に近づいても、加護の力が発動しない」
「え?なんでなの?」
「悠人にも発動しないから、血の繋がりがあると、発動しないのかもしれないな」
「ふうん」
それにしても、なんでそんなこと詳しいのかな。どっかの誰かに聞いたとか?例えば、琥珀のひいおじいちゃんとか。
「琥珀のおじいちゃんや、ひいおじいちゃんは、そういうことに詳しかったの?」
「ひいじいちゃんはいなかった。教えてくれたのは父親だ」
「そうなんだ。それもそうか。うちのひいおばあちゃんが長生きしてるんだよね」
「……」
琥珀は何も答えず、ゆっくりと歩き出した。私も琥珀の隣に並んで、家に向かって歩き出した。
「もう夕飯は食べたんだよね」
「ああ」
「お風呂は?」
「まだだ」
「あ、修司さんの部屋、1階に移ったんだよね?」
「悠人が勝手に荷物を1階に移していた」
「そっか。よかった。襖だし、部屋に鍵かからないから心配だったんだ」
「まあ、いざとなったら俺が助けに行くけどな」
「そうなの?助けてくれるの?」
「ああ、だから心配するな」
あれ?こっちを見た琥珀の目、優しかった。
うわ。やばい。顔が赤いかもしれない。でも、暗いからわからないよね。
それにしても、暗くて境内も夜はあんまり歩きたくないんだけど、琥珀がいるとなんでこんなに安心するのかしら。このまま、もう少し琥珀と一緒にいたいって気もしてきちゃった。
「ねえ、琥珀」
なんとか琥珀と一緒にいたくて話しかけた。
「琥珀はいつまで山守神社にいるの?」
「さあ」
「さあって、決まっていないの?」
「決めていない」
「もともと琥珀は何の仕事をしているの?神主ではないんでしょ?」
「俺か?」
「うん」
琥珀はしばらく空を見上げ、
「俺はまだ、半人前なんだ」
と答えた。
「神主修業とか見習いの身ってこと?」
「そうだな、そんな感じだ。まだ、修業中だ。伴侶も得ていないしな」
ドキ!伴侶って奥さんのこと?
もしかして、琥珀は結婚とか考えているの?結婚しないと一人前じゃないとか思っているの?
じゃあ、結婚相手はいるの?そうだよ、そもそも彼女とかいるかどうかも知らないじゃん。いくら私が好きになったって、彼女がいるかもしれないんだよね…。
「琥珀は…」
彼女いるの?と聞きそうになり、すぐに言葉をひっこめた。いるって言われたら、多分すごいショックを受けそうだ。
「なんだ?」
「なんでもない。でも、当分いるってことでしょ?」
「そうだな」
当分いてくれるってだけでも、ちょっと今嬉しくなっている。2~3日とか、1週間とかで帰ったりしないんだよね。
って、あ~~~~。もう、こんなじゃ確定じゃないか。
琥珀が気になっている。それだけじゃない。かなり意識している。いや、きっともう好きになっている。認めたくないだけだ。
でも、どうして認めたくないのかな。そんなことを思いながら横を歩く琥珀をじっと見つめた。琥珀はそれに気が付いたらしく、
「なんだ?」
とクールに聞いてきた。
「琥珀って性格悪い。意地悪で嫌味ったらしくて。でも、参拝客のことは優しい目で見ているよね。どっちが本当の琥珀?」
はっ!思わず、とんでもないこと聞いちゃったよ。
「性格悪いのか?俺は」
「えっと。ちょっと態度もでかいし…」
「それは美鈴より、長年生きているからな。美鈴がまだ子どもみたいに思えるからだ」
「子ども?私、もう18だよ!」
「ははは。この前はいい年してと言ったら、まだ18だと言っただろ。そっちこそ、どっちなんだ?」
「う…」
「木に登ったり、やっていることは子どもの頃と変わらないだろ?」
確かに、ぐうの音も出ないよ。
「じゃあ、もう少し私は女らしくなって、おとなしくしていたら琥珀の態度も変わるの?」
「なんでだ?優しくしてほしいのか?これでも優しく接していると思うがな」
「……え?どこが?」
「迎えにまで出たんだぞ」
「あ!そうだよね。うん、ありがとう」
そうだった。これ以上優しくしろだなんて、もしかして贅沢ってものかしら。
嫌われてはいないってことなのかな。でも、子ども扱いして、女としては見ていないってことだよね。
じゃあ、私はどうしたらいい?真由が言っていたように化粧をしたりすればいいの?だけど、琥珀はそういうことで態度を変える奴じゃないと思う。
じゃあ、もう少しおしとやかにでもなればいいのかなあ。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに家に着き、琥珀はさっさと玄関の扉を開けて中に入って行った。そして、無言で2階に上がって行ってしまった。
「あ、美鈴、お帰り」
和室からお母さんが顔を出した。
「遅いから、悠人が迎えに行こうかって言ってたところよ」
「鳥居まで琥珀が来てくれてた」
「え?琥珀君が?そう…」
2階から上着を着た悠人お兄さんが降りてきて、
「あ、美鈴、迎えに行こうと思っていたんだ」
とお母さんと同じことを言った。
「大丈夫だよ。そこまで遅くなっていないでしょ?」
「いや、修司君もまだだったからね、途中で絡まれていたりしないか心配でさ」
「修司さんに?」
「あの人、酒とか飲んだらどうなるかわからないし」
「そんななの?昔からそうだった?」
「昔も何も、3年前からは会っていないよ。修司君は敬人と仲良かったから、僕はあまり彼と話すこともなかったし。でも、あそこまで女ったらしでもなかったよなあ」
「そうかな。茶髪でチャラかったじゃない」
「だけど、美鈴のことは、眼中になかったようだし」
「そりゃ、私もその時はまだ15歳だよ」
「その頃と美鈴、そんなに変わり映えもしていないじゃないか」
「それ、私が子どもだってこと?」
なんだって、悠人お兄さんまでがそんなこと言うの?
「怒るなよ。ほら、修司君が帰ってくる前にさっさとお風呂にでも入ったら?」
悠人お兄さんは苦笑しながら、また2階に上がっていった。私も着替えを取りに自分の部屋に戻った。
「あ~~~あ。私ってそんなに子どもっぽくって、ダサくて、彼氏もできなさそうな感じなわけ?」
自分の部屋にある姿見に、自分を映して見た。う~~ん。確かに、高校の頃と何も変わっていないなあ。髪は高校1年から伸ばしだしたけど、いつも二つに結わいていた。今は巫女の時、一つにしている。でも、そんなに変わらないよね。背格好もちょっと背が伸びたぐらいで、胸もそこまで発達しなかった。
「なんだか、落ち込んできちゃった。今までは何を言われても気にしなかったのに、恋をすると変わるってこと?」
一人でつぶやいて、そんなことをつぶやいている自分にびっくりして、さっさと着替えを持って1階に行った。
お風呂に入ってから、自分の肌を見た。肌にだけは自信あるんだけどなあ。特に部活もやっていなかったし、肌を焼くこともなく、けっこう色白な方だ。まあ、琥珀に比べたら、琥珀のほうが色が白くて肌が奇麗な気もしないでもないけど。
「はあ」
湯船につかり、ため息をついた。どうやったら、琥珀に女として見てもらえるんだろう。そればかりを考えている自分がいる。
「あ~~!もう~~~!わけわかんない!」
好きだってことを認めるのも嫌なくせに!!!
こんな感情は初めてで、自分でもどうしていいかわからない。
あ、そうだった。明日里奈と真由が来るんだった。相談でもしてみようかな。
里奈…、まさか、琥珀を好きになったりしないよね。
あ~~~、もう~~~、自分の思考がわけわかんない!
ザバッと湯船から出て、髪の毛もまだ半乾きのまま2階に上がった。私の隣の部屋は敬人お兄さんの部屋だから今は空き部屋で、その隣の隣に琥珀がいる。
本当にちょっとした旅館のように、我が家は広いんだけど、古くてどの部屋も和室。今まで修司さんや琥珀がいなかった時は、私の部屋から向こうは誰もいなかったから、静かで廊下も暗かった。
どの部屋からも明かりが漏れていないから、廊下の奥を見ているのも怖くてすぐに部屋に入り込んだ。
でも今は、襖の隙間から少し明かりが漏れているだけで、安心できる。そこに琥珀がいる…。
修司さんだと逆に安心できないけど、琥珀なら安心できちゃうんだよなあ。
しばらく廊下でその明かりを見つめてから、自分の部屋に入った。琥珀は寝る時、スエットかな。今まで着物と袴姿しか見たことがないから、他の服を着た琥珀が想像できないな。
もしかして、寝る時まで着物だったりして。着物っていうか浴衣とか。ああ、似合いそうだわ。
好きなんだよね。認めちゃいなよ、私。そうやって認めてしまえば、一つ屋根の下に好きな人がいるってだけでも、かなり舞い上がる。
理由なんていいじゃない。理由はないけど、好きなものは好き。だって、こんなにまで気になる人、今までいなかったし、琥珀の言葉で一喜一憂したり、琥珀ともっと一緒にいたいって思っていること自体、好きとしか考えられないじゃない。
布団を敷いて、布団に寝転がり、枕に抱き着いた。明日も琥珀に会えるのは嬉しい。早く明日になってほしい。
あ!そうだ。ちゃんと髪を乾かそう。はねないようにしなくっちゃ。
そうか。好きな人ができると、そういうのも気になるものなのね!
布団から起き上がり、鏡を見ながらドライヤーで髪を乾かした。ちょっとは化粧もしてみようかな。さすがに18になってスッピンっていうのもね。だから子ども扱いされるのかもしれないし。
そんなことをあれこれ考え、ドキドキして目が冴えてしまい、その日はなかなか眠れなくなった。