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第1話 私は神社の巫女やっています

 とうとうこの日がやってきた!私が龍神に嫁ぐ日がやってきたのだ。

 龍神の嫁になるものとして生まれ、18歳を過ぎて龍神と祝言を挙げ、私は龍神と共に龍神の世界に行く。とうとうその日が来たのだ。


 

 私、神門美鈴かみかどみすずが龍神の許嫁だということを知ったのは、半年前の私の誕生日のこと。高校を卒業し桜の花が満開になった頃だ。

 ちょうど大学を卒業した従兄が、うちの神社で奉仕することになりやってきた日だった。


 うちの神社はかなりの歴史を持つけっこう大きな神社で、山を守る神社ということで名前は山守神社という。


 正月には参拝客も多いし、七五三などの行事でもたくさんの人がやってくる。従兄の父親、私の父の弟にあたるけど、一つ山向こうの神社で神職として働いている。その一人息子の従兄がその神社を継ぐというのでしばらく山守神社で修業をすることになったのだ。従兄の名前は神門修司かみかどしゅうじ。神職になるというのにいまだにチャラい大学生のようだ。


「おはよう、美鈴ちゃん、久しぶりだね、元気してた~~?」

「どうも、修司さんは相変わらず元気そうですね」

 嫌味を言ったのに、まったく通じず。

「さん付けじゃなくって、前みたいに修ちゃんでいいよ~~」

 なんて、能天気な顔で言ってきた。

「いいえ、修司さんって呼びます。でないとひいおばあちゃんに怒られます」

「ああ、ひいばあちゃんはまだ健在だっけね。いまだに口うるさいわけ?」

 嫌そうな顔をして修司さんは我が家に入っていった。


 ひいおばあちゃんは今年94歳になる。さすがに巫女は引退したが、若い巫女たちにあれこれ教えたり、家事もこなしているスーパーばあちゃんだ。私もひいおばあちゃんに日々しごかれている。


 おばあちゃんは今73歳。まだまだ元気だ。おじいちゃんは75歳。今も宮司さんとして頑張っているが、ぎっくり腰になったり、膝を痛めたりして、そろそろ引退をしたいと言っている。


 お父さんは今年51歳。お母さんは48歳。アルバイトで巫女をしていた母が父に惚れこんで、押して押して押しまくって結婚をしたと聞いた。そして結婚して1年後に長男、悠人ゆうとが生まれる。25歳で山守神社で働いている。3年後、次男、敬人けいとが生まれる。敬人お兄さんは、22歳で本来卒業のはずだったが、いきなり昨年の9月からカナダに留学していまだにカナダにいる。


 長兄の悠人お兄さんは真面目で将来宮司になるために、中学生の頃から父や祖父に神職のいろんなことを教えてもらっていた。だが、敬人お兄さんは、神職になるのを嫌がって、突然カナダに留学を決めて行ってしまった。正月にすら戻ってこないでずっとカナダに行ったきりだ。


 そして私。高校3年の時未来がまったく見えず、大学に行くのか就職するのか、どうしたらいいかわからなくて両親に相談した。するとなぜかその場にいたひいおばあちゃんが、

「わからないなら、しばらく神社で巫女として働いていたらどうだ。そのうちに未来が見えてくる」

と言い出したのだ。それを聞いた両親は反対するかと思いきや、ひいおばあちゃんの言う事に賛成した。で、今私は、山守神社で巫女として働いている。


 今日も境内を箒で掃いていると、そこにチャラい修司さんがやってきたのだ。

「あんなチャラい人が神職としてやっていけるのかなあ。きっと逃げ出すんじゃない?」

 修司さんの姿が見えなくなった頃、思わずそうつぶやいてため息をついた。

 悠人お兄さんを見ているからかな。ちょっと遊んでいるぐらいでも、チャラく見えちゃうんだよねえ。


 悠人お兄さんは神職になるために生まれたんじゃないかっていうほど、穏やかで真面目で、優しいんだもの。ちょっと人が好過ぎるような気もしないでもないけど。その辺がお母さんも心配だと言っていた。お父さんも人がいいので、悠人も私みたいな強気の奥さんがくればいいんだけどね…と。


 あ、木の枝にスーパーのビニール袋がひっかかっている。誰かが捨てたのが風で飛ばされたのね。あ~あ。たまに境内に平気でごみを捨てていく参拝者がいるからなあ。


 この木、登るのは久々だけど、なんとかなるよね。だって、まだ小さかった頃には登れたんだもん。と思いながら高い立派な木を下から眺めた。


 神社の周りは昔からの木々が鬱蒼とそのまま残っているが、境内は平地で木は数本だけ。一番大きくて高いケヤキの木がご神木。さすがにその木には登らないが、境内の木は、まだ小学生に上がらない頃、よく登っていた。見つかるとひいおばあちゃんに怒られていたけど、見つからなかったらいいよね。幸い誰も今境内にはいないし。


 私は草履を脱ぎ袴を撒くし上げ、木によじ登った。昔は枝から枝へ、簡単に足を運び登ることが出来た。でも、やばい。体重が重すぎたか、昔は大丈夫だった枝に足をかけた時、枝がミシっと音を立てた。


「うわ!落ちる!」

 枝は折れないものの、音にびっくりしてバランスを崩した。そこまで高くはないけど、ここから落ちても十分やばい!それもこの状態だと背中から落ちることになっちゃう!


 その時、ブワッとすごい風が吹いた。そして瞬間私は空中に浮いた。

「あ、あれ?」

 びっくりしていると、ゆっくりと私は落下して誰かの腕の中にふわりと落ちた。落ちたというよりは、誰かに抱き留められたっていう感じで…。あれ?この感覚前にもあったような。


 落ちる咄嗟に怖くて目を閉じていたが、そっと閉じた瞼を開いた。私を軽々抱き留めた人物は誰なのか。お兄さんなのか、まさか修司さんなのか、それとも…誰?


 目の前にあった顔は全く見覚えのない顔。色白で髪が黒く、目が太陽光線のせいなのか、金色に光って見えた。顔立ちは整っている。目は一重のようだが切れ長で、一見クールな印象…。その顔で覗き込まれ、

「呆れたな」

と、冷たい目でその人はそう言い放った。


「ちょっと!降ろしてよ!!」

 慌ててその人の腕の中でジタバタすると、いきなり腕の力を緩められ、ドスンとお尻から地面に落ちた。

「いたたた。酷い。地面に落とさないでも」

「降ろしてと言ったのはそっちだ」


 上から覗き込むように見ているその人に手を伸ばしながら、

「もっとやり方があるでしょ!そっと降ろしてくれてもいいんじゃないの?私、女の子なのよ」

「は?」

「は?って何?それに起こしてくれない?」

 手を伸ばしてもその人は私のことをただ見ているだけ。それも冷たい目で。


「裸足で木によじ登った猿みたいなのが、女の子だと?笑わせるな」

 笑わせるな?笑ってもいない冷血な目で見ているくせに。

 それにしても誰よ!なんとか起き上がり、袴についた土埃を手で払いながら、

「あなた、誰?なんの用?」

と私も冷たく聞いてみた。


「俺は琥珀だ」

「こはく?なんでまた、琥珀さんはそんな恰好をしているわけ?」

「琥珀でいい。さんはいらない」

「わかった。琥珀って呼ぶけど、質問に答えていないわよ。なんで松葉色の袴を履いているわけ?もしや、見習いに来たの?」

「ああ、これか…。特になんの序列にも属さないからこれを履いただけだ」


「……手伝いとか?」

「そんなもんだ」

「うちの遠縁の親戚とか?」

「そんなもんだ」

 なんだか横柄な態度!まあ、見習いってわけではないようだから、もしかして修司さんよりは神職経験があるとか?でも、松葉色…。あ、事務員でも雇ったのかな。


 事務員にしろ何にしろ、こんな人と一緒に働くだなんて、すっごく憂鬱。チャラい修司さんだけでも憂鬱なのに。


「もしかして、あれを取ろうとしていたのか」

 琥珀は木を見上げ、ビニール袋を指でさした。

「そう。あれを取ろうとしていたの」

 ムッとしながらそう答えると、突然風が吹き、木の枝から簡単にビニール袋は放れ、ひらひらと私の前に落ちてきた。


「わざわざ、そんな年にもなって木登りしないでも、これからは俺を呼べ」

「そ、そんな年って何よ。私、別に年くってないわよ!これでも本日18歳になったばかり」

「ああ、今日18歳になったか。おめでとう。だが木登りをする年ではないな」

 ものすっごく冷めた目で、冷めた口調でそう言うと、琥珀はうちではなくお社のほうに行ってしまった。


 ムカつく。上から目線のあの言い方、ああ、ムカつく~~~!!!!

 家に入り、頭に来ながらドスドスと廊下を歩いていると、

「美鈴!もっとしとやかに歩きな!」

とひいおばあちゃんの怒鳴り声が聞こえてきた。ああ、なんだって90過ぎても、あんな大声出せるのかしら。


「ひいおばあちゃん、修司さんは挨拶に来た?」

 ひいおばあちゃんのいる和室に顔を出してそう聞いた。

「修司か。ああ、来た。どうもって適当に挨拶をして、すぐに2階に上がっていった」

「まさか、部屋で寝てるんじゃない?」

「見て来な、美鈴」


 そう言ってからすぐに、

「やっぱり、いい。放っておきな。若い男の部屋にむやみに行かないほうがいい」

と私を引き留めた。

「え、それはやっぱり、修司さんがチャラいから?」

「いや、もう美鈴もいい年なんだから、男の部屋に従兄とはいえ行かないほうがいいと言っている」

 いい歳って...。


「大丈夫だよ、ひいおばあちゃん。私はこの年まで彼氏ができたこともないくらい、男にモテないから。っていうかさ、彼氏が出来そうになったり、デートできそうになったり、男が言い寄ってきても、何かしら邪魔が入るんだよね。デートの日に嵐が来たり、相手が熱出したり。で、その後デートにも誘ってくれなくなるんだよね」

「そうか。だったら、修司に手を出されそうになっても、大丈夫じゃな。ひゃっひゃっひゃ」

「笑い事じゃなくって...。まあ修司さんは手なんて出さないでしょ、いくらなんでも従妹にまで」


 そんなことを言ってからひいおばあちゃんの部屋を出た。どうやら木登りしていたのはバレていないらしい。あ、そうだった。琥珀のこと聞いたほうがいいかな。と思ったけど、ま、いっか。わざわざ聞くこともないよなと思い直し、社務所に行った。


「おはようございます」

「おはようございます、美鈴ちゃん」

 事務員さんや、巫女さんに挨拶をした。そして、奥の部屋にいるお父さんやお兄さんのところに行き、

「やっぱり修司さん、まだ来てないね」

と声をかけた。


「遅いなあ。そろそろ着いても良い時間なんだが」

「お父さん、修司さんならもう家の方にいるよ。ひいおばあちゃんに挨拶をして、2階に上がっていったんだって」

「え?来ているのか?部屋でのんびりしているのかもしれないな。ちょっと様子を見てくるか。はあ、やれやれ。ちゃんと真面目に働いてくれたらいいんだがなあ。甥っ子だと思うと、叱ることもなかなかできない」


「何を言ってるの、お父さん。最初が肝心なのよ。ビシっと怒ってきてよ」

 お母さんもそこにやってきてお父さんに一喝した。お父さんは、はいはいと言いながら社務所を出て行った。

「悠人、あなたもよ。ちゃんと修司さんのこと、厳しく指導してよ」

「……はい」

 しばらく間があってからお兄さんは頷くと、私を見て苦笑した。


 お母さんはまた外へ掃除をしに出て行った。私は巫女さんと一緒に、お守りなどを準備したり、足りないものを補充したりした。そうして、参拝客を待った。今日の巫女さんは、私より1歳上。高校を卒業後就職したが、3か月で嫌になり辞めてしまい、その後いろんなバイトをして、お正月にうちの巫女さんのバイトをしてから、ずっと続いている。本来お正月のバイトは短期なんだけど、フリーターのこの人は続けてくれている。


「新しい神主さんが来たの?美鈴ちゃん」

「はい。大学卒業して、ホヤホヤの神主です。私の従兄なんですけど、チャラいから声かけられても、無視していいですよ」

「チャラい?へ~~」

 あ、期待した?彼氏いない歴1年って言ってたもんなあ。今、ここで働いている若い人ってお兄ちゃんだけだし、お兄ちゃんは女性に興味持たないから、巫女さんにですら話しかけないし。いや、正確に言うと、興味を持っても女性に話しかける勇気が持てないから...なんだけど。その辺が気が弱いんだよねえ。


 この巫女さん、名前は壬生みぶさん。可愛らしいけど、なんていうの?ちょっとあざとさがあるっていうの?例えばお兄さんと居る時と私と居る時では明らかに差があるんだよねえ。ま、それでもお兄さんがまったくなびかないから諦めたみたいだけど。


 ん?それにしても、あの琥珀って人、事務員だったらそろそろこっちに顔出してもよくない?

 そんなことを思っていたら、参拝客が来て私は琥珀のことをすっかり忘れてしまっていた。


 そしてその日の夜、結局あのあと一回も顔を出さなかった琥珀のことを思い出し、食事のあとひいおばあちゃんの部屋に行き、琥珀の話をするとなぜか、私が龍神の許嫁だというとんでもないことを話し出したのだ。



 

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