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これからの異世界生活

 野性味溢れた鶏肉加工の末、今夜のご飯は謎の鳥の丸焼きだ。塩ふって魔法でこんがり焼くワイルドな調理にボクはちょっと顔が引きつる。なにせ、屠殺してそのまま食卓に並ぶのは初めてだから。生き物を食べる以上、当たり前のことだが現実に見ると、生々しく食欲が無くなりそうだ。


 アティカが美味しいというこの鳥。魔獣ではないのかと疑問を抱くと、靄にならないから違うとのこと。

 一応、生き物は卵や母体から生まれるが、魔獣はその辺に不意に出現するという違いはあるらしいが、ボクには初見で違いが分からないだろうからどうでもいいと言われた。


 いや、生き物かそうじゃないかで倒す心構えが違うというかさ……?


「それよりも、キミはまずこの世界の常識を学ばないといけない。僕はキミを強くしてくれとは頼まれたが、生憎と僕も世情には疎いんだ」


 肉にかぶり付きながらアティカは言った。これは噂の、また何かやっちゃいました? ってなるやつだ。ボク、知ってる。


「キミの世界との違いが分からないから、疑問があったら教えて欲しい。一月後には学園に入ってもらう予定だから、それまでは僕とこの森でサバイバルだね」

「えっ……森で生活はちょっと、現代っ子には辛いと言いますか……」

「大丈夫。ご飯はとってきてあげるし、死なない程度には守ってやるさ」


 そうは言っても森の中。気持ち悪そうな虫だっているし、なによりプライバシーもへったくれもない。

 猛烈に家に帰りたくなったけど、実質、父さんに追い出されてるようなものだし帰る手段もない。辛い。


「あ、いくら僕が美少女だからといっても、お手付きしたら首から下を地面に埋めて一日放置するからそのつもりでね」


 そんな事態になれば確実に死ぬ自信があるので、念頭に置いておこう。度胸もないけど、予め釘を刺されるのもなぁ。

 それよりも、聞き捨てならない事項が決定していたことにボクは挙手すると、アティカは「どうぞ」と質問を促した。


「あの……学園って、行かないとダメなんですかね?」


 年齢的には学校に通っていなければ珍しい歳だけど、ボクはちょっと抵抗があった。


「僕もキミの相手をし続けるほど、暇ではないんだよ。それに、キミは向こうの世界でも学校に行ってないんだろう? キミの父さんはそれも懸念して、こちらの世界では学園に通わせてやって欲しいと言っていたからね」


 おぅ……既に退路は絶たれていた。というよりも、父さんが周到過ぎる。そんな素振り、全く見せなかった癖に。

 学園なんて行きたくないなぁ……などと思っていると、「あ、キミの名前を考えないといけないね」とアティカは言った。

 え、ボク名乗ったよね? と頭に疑問符を浮かべると、アティカは言葉を続けた。


「実は、向こうの世界の人々はこちらの世界を知らないけれど、こちらの世界の人々は向こうの世界の存在を知っているんだ」

「それがどうしたんですか?」

「簡単に言えば、向こうの世界の人間はこちらの世界の人間から嫌われてるのさ。それはもう殺人が起こるくらいにね。はるか昔に、色々あったんだよ。まさか向こうの世界から来たなんて思われもしないだろうけど、念のためさ」


 ボクがこの世界の存在を知らなかったし、そうそう世界を渡るなんてこと無いのだろう。疑われる可能性は限りなく低いと思うけど。


 それにしても、殺されるレベルで嫌われてるって世界間で何があったんだろう。世界史なんて殆ど知らないけれど、そんな事件聞いたことがない。


「日本語名はこの国だと浮くからね。偽名にしておこうか。なにか候補はあるかい?」


 偽名か……前に異世界転生とか憧れてた時に結構考えてたりしたんだけど、実際にそれを名乗れって言われると正直恥ずかしい。けれど、殺されたくはないし。


「フランでお願いします」


 という建前がありつつ、実際はノリノリだったりする。ボクの目が輝いていたのか、アティカも半笑いで「分かったよ」と頷いてくれた。




 アティカと過ごした一月は長いようで短いようで。カレンダーで日付を確認していなかったので、曜日感覚もないし、ひょっとするとボクの認識の一月と彼女の認識の一月はズレていたのかもしれない。

 異世界で初めて迎えた夜は、とてもじゃないけど眠れたものでは無かった。野宿なんて初めてだったし、ろくに寝具も無い中、固くて冷たい地面を這いずる虫を見るだけで眠気が覚める。森特有の葉擦れの音も、普段聴きなれない騒がしさが煩わしくて眠れなかった。一睡もせずに、焚き火に火をくべて番をしていたアティカに申し訳なかった。


「はぁあ……生き返りますわぁ」


 温度高めで張られた湯船にどっぷりと浸かりながらボクは大きく息を吐いた。

 現代っ子でキャンプ経験すらないボクにとっては地獄のような日々だった野営生活も昨日で終わり。アティカの案内でやって来た、今度からボクが通うことになる学園がある街の宿に泊まることになった。宿というよりはこじんまりとしたホテルみたいで、一室づつお風呂やトイレが付いている高そうな宿だった。学園に入るにあたって、小綺麗にしないといけないらしい。

 久しぶりに入るお風呂は格別だ。父さんが風呂好きということもあって、ボクも毎日浴槽に浸からないと気が済まないタイプだ。それなのに毎日、着替えも出来ずに身体を濡れタオルで拭うだけの日々は耐え難いものだった。


 熱湯を浴槽に張る文化なんて日本くらいだと思っていたので意外だった。今までと変わらない生活を送れるのはありがたい。

 浴槽の湯を何度も掬っては顔にかける。森でのストレスも洗い流されていくみたいだ。


 お風呂から上がると、何故かボクの部屋にアティカがいた。


「やあ、どうだい? 久しぶりの湯は」


 アティカの手元にはワインらしき濃い赤の液体が入ったグラスがある。酒なんて飲むのかと思いつつ、いい湯加減だったと答えると、「それはよかった」と一口煽った。


「ところで、どうしてこの部屋に? アティカさんの部屋は隣では?」

「僕だって一人は寂しいさ。ましてや明日には僕はここを立たないといけないからね。夜更まで愛弟子と語らうのもいいじゃないか」


 ほんのりと顔を赤らめながら、再びちびりと一口煽る。存外、お酒に強いわけじゃなさそうだ。


「どうかな、異世界での生活に少しは慣れたかい?」

「正直に言えば、今までアティカさんに守られて安全が確保されていたとはいえ、非日常の楽しさよりも不便さの方が際立って今すぐにでも家に帰りたいですね」


 よく見る異世界転生を主人公に都合が良過ぎる話しだと思いつつ、多少なりとも憧れがあったけれど、その思いは無残にも砕け散っている。

 端的に言えば、思ってたのと違った。ボクだってチートな力で無双したい。物語の様に魔法は都合のいいもんじゃない。


 魔力で身体強化して無双……はそもそも筋肉を増加させることなんて魔力で出来ないので無理。

 魔力で治癒なんてのも、少なくともボクの氷属性じゃ出来ない。氷属性は時をも凍らせるとか言って時間停止させる漫画も見たことはあるけど、それが実際に可能かと言われれば論外だろう。


 魔法方面で無双出来ないなら、当然、戦闘力など無に等しい。元々武術や護身術を身につけていたわけでも、スポーツが得意なわけでもない。身の危険なんて無かったから当たり前だけどさ。


 それなら知識方面ならどうだと考えても、お風呂でシャワーを浴びた時点で察して欲しい。ボクはアレの原理なんて知らない。なんなら、そこに小さい冷蔵庫も置いてあるし。この世界の生活水準は思いの外高そうだ。


 前向きに考えるなら、街で暮らすなら今までと遜色なく暮らせそうだということか。テレビもネットもないけれど。


「まあ、トラックに轢かれても死なないくらい強くなれば帰れるようにするよ」


 え、なにその無理ゲー。ボクは一生この世界に囚われるの?


「……誰かボクに一方的な愛をくれる美少女とかいませんかね?」

「キミはまず、卑屈なところを直さないと。自分を好きにならないと、他人からも好かれないよ」

「ボクはご褒美がないと頑張れないんです」

「なら、美少女な僕が頭を撫でてあげよう」


 冗談を言ったつもりだったけど、アティカは本当にボクの頭をわしわしと撫でてきた。撫でた、と言うよりも髪をかき乱しただけだけど、酔っ払いに何を言っても無駄そうだ。


 ボクに対して好意なんて微塵もない癖に、すぐこんな態度を取ってくるのが腹が立つ。前から思っていたけどアンタ、少女って歳でもないでしょ。


 ひとしきり撫で回して満足したのか、手を止めたアティカは群青の瞳を柔和に歪ませて笑った。ころころと表情が変わる忙しい人だ。


「イチゴ……いや、フラン。キミは弱いよ。きっと、学園でも群を抜いて弱いだろう」

「え、ちょっと待って下さい。学園で魔法が使えなくて何か問題があるんですか?」

「そりゃああるさ。ラナシア魔法騎士学園はわりと力こそ正義みたいなところがあるからね。勉学はもちろんだけれど、魔法なんかの戦闘術は必須さ」


 なにそれ、聞いてない! そりゃ、今日までやって来たことを考えれば必要だったんだとは思ったけどさ?


 剣術とか騎士っぽいことは全くノータッチなんですけど、大丈夫なんですかね。


「それでも、キミは伸びしろがあるし、そこそこ強くなりそう……だ…から…」


 会話途中でうつらうつらとし始めたかと思いきや、そのまま寝てしまった。とりあえず、グラスは机に置いて欲しい。溢さないでよ?

 思った以上にアティカは酒に弱いみたいだ。なんで飲み始めたし。


 適当に飲み残しを片付けて、ボクは仕方なくアティカを自分のベッドの上に寝かせた。困ったことに、シングルだ。自分の部屋に行ってから寝て欲しかったよ。

 代わりにボクがアティカの部屋で寝ようかと思ったが、彼女の部屋の鍵がどこにあるか分からない。


 結局、今日もふかふかベッドはお預けみたいだ。ボクは小さく、ため息を吐いた。


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