3. シズクの告白とエマとの絆
待ちに待った武芸大会観戦の日、朝からキラキラなオーラを全開にして会場の入り口にいるエマを見つけてシズクは目を細めた。
いつもアップにして纏めている髪は顔まわりの髪を三つ編みにして後ろでハーフアップにしており、おろした緩いウェーブのかかった金髪が光り輝いている。服装も見慣れた白衣ではなく、ローズ柄のクルーネックの長袖とフレアスカートのセットアップが華やかである。
やはり彼女は正真正銘のお嬢様だなとシズクは感心する。
対してシズクは細身のグレーのパンツ、白いTシャツにネイビーのジャケットを羽織りいつもの白い薄手の手袋をしている。シズクは自分の格好を見ながらお嬢様とそれに付き従う従者だなぁと思った。
「エマの美しさが眩しい」
「何言ってるのよ。冗談言ってないで、早くいい場所取りに行くわよ」
シズクの賞賛をエマは軽く流して颯爽と歩き出した。
場所取りといっても、区画割がされチケットに区画が指定されている。シズクの貰ったチケットはどこに座っても見やすい良席だ。
シズクはエマが楽しんでくれるならいいかと何も言わずに付いていく。さながらお嬢様に付き従う従者である。エマの健闘のおかげで中央2列目の席を確保した。
1回戦の1試合目が始まる。
対戦している両者が身体に着けている装置を見て、シズクは自分が魔剣隊にいた頃とルールが違うということを思い出した。
5年前までの大会では、どちらかが降参するか審判がこれ以上は危険と判断したときに勝敗が決まっていた。
しかし、前回大会からは打撃や魔術の攻撃判定ができる装置を採用して、より客観的に勝敗を決めるようになったらしい。しかも攻撃が有効と判定されると簡易的な魔術結界が作動して、ある程度のダメージを軽減できるという。この装置もキーガンの発明だと聞いた。ここ数年で便利な道具が増えたものだとシズクは感慨に浸りながらも、試合を真剣に見入る。自分ならどう戦うか、対等以上に戦える力を戻さなければならない。
最終日の本日行われる魔剣種目は1対1のトーナメント方式で、3ポイント先取で勝ち上がる。出場者8名の名前をざっと見る。グルーバーは隊長昇格が決定しているため辞退したようだ。
順調に試合は進んでいる。エマは静かに観戦しながらもリアンの応援の時には胸の前で組んだ手を祈るように握りしめていた。
エマはリアンの顔がとても好みらしい。短髪の黒髪に深い海のような群青の瞳、知的さを感じる目元、鼻筋の通った整った顔立ちである、とエマがうっとりと彼の顔の素晴らしさについて語っていたなとシズクは思い返す。
シズクも注目していたリアンの1回戦目は危なげなく勝利していた。シズクはリアンなら決勝まで勝ち進むだろうと確信している。
もう1人注目して見ていたのは、第2部隊副隊長のリュウオン・サイオンジだ。どちらも優勝候補だと言われている。
グルーバーが耳打ちしてきた部隊長からの伝言は、この2人が第5部隊の副隊長として内示をだすということだった。つまり、この2人の実力を把握しておけということなのだろうとシズクは理解した。
1回戦の4試合と準決勝の2試合が終わり、昼休憩を挟む。決勝戦は午後からだ。
大方の予想通り、決勝戦はリアン・フォーサイスとリュウオン・サイオンジだった。
ランチにエマのお手製サンドウィッチをご馳走になりながら、試合の感想を言い合う。
「総合優勝したら次期隊長なのよね。シズクはどちらが勝つと思う?」
次期隊長という言葉にシズクは一瞬ドキリとした。エマにはまだ自分が隊長になることを、そもそも魔剣隊に復帰することを伝えられていない。
「うーん、どっちも実力者だからなあ。エマはフォーサイス副隊長を応援しているんでしょう?」
「それはもちろん。でも、サイオンジ副隊長も強かったわね」
「そうだね。確かに剣筋を追うのが精一杯だった」
パワー、スピードともバランスが良く無駄のない滑らかな動作が美しかった。自身の魔剣の特性を剣の動きに合わせて効果的に使っているのも印象的だった。前回の大会ではリアンに勝っていたはずだ。
「さすが元帥のご子息よね。まあ、今回勝つのはリアン様だけれど」
「そうだねぇ」
リアン贔屓のエマにシズクは微笑ましく思いながら相槌を打つ。
決勝戦が始まった。シズクはリアンの凪いだ表情からいつも以上に彼が落ち着いている事がわかった。リアンに対峙している赤茶髪の青年がリュウオンだ。こちらは目に力のこもった真剣な表情をしている。
2人は魔剣を油断なく構えながらも微動だにしない。
程なくして、リュウオンが先制攻撃を仕掛けた。素早く近づくと剣を突き出す。リアンは剣でいなしながらかわすと魔剣を振り上げてから素早く振り下ろした。何度か打ち合いが続く。連続した緩急と強弱をつけたリアンの攻撃にリュウオンの重心が一瞬ぶれ、顔をしかめて一旦距離を取る。
身体強化の魔術を不規則に使うことによって相手のリズムを崩すことができるのだ。シズクがよく使っていた手法の1つだ。この前の手合わせの時よりも上手くなったとシズクは舌を巻く。リュウオンが優れた反射神経でよく対応していることにも感心する。
リュウオンは魔剣を構え直すと、斬撃と同時に鋭い水の塊を飛ばす。リアンが魔剣を薙いで風をおこすと、水の塊は分散して消えた。
魔剣の特性勝負だ。
すると今度は数個の太い水流が渦を巻いてリアンに襲い掛かった。リアンは同じく竜巻をいくつも起こし水流を撒き散らしていく。そのまま竜巻はリュウオンのもとに到達しかけたが、撒き散らされた水が凍っていき、一気に竜巻まで凍りついた。
リュウオンはそのまま勢いに乗り氷の礫を飛ばす。
シズクは驚いた。氷は水系統の魔術の中でも高位の技だ。リュウオンの魔剣特性が水系統に特化しているとしてもかなりの熟練度が必要だろう。
氷の礫は的確にリアンを襲っているが、リアンは難なくかわしていく。
全てかわし切ったリアンが一瞬動きを止めたように見えた。急に突風が発生して砂が舞い上がり、徐々に砂嵐になる。視界が悪くどうなっているのか見えない。
数分間、何も見えない状況が続き観客が騒めきだす。
唾を飲み込むのも憚られるような静寂があたりを包む。
砂嵐がおさまり2人の姿がぼんやりと見えてきた。リアンがリュウオンに剣を突き付けている。判定装置にはリアンに3ポイント入っている。勝者はリアンだ。
観客が沸く。エマも飛び上がらんばかりに喜び歓声を上げている。
シズクはふと、リアンがこちらを見た気がした。リアンはシズクと目が合った後、口角をあげてうっすら微笑んだ。
「リアン様がこちらを見て微笑んだわ」
エマが悲鳴を上げるように叫んだ。周りの女性達からも一斉に黄色い声があがる。
しかし、あの微笑みは挑発している時の表情であることをシズクは知っている。シズクは何も言わずただリアンの姿を見つめた。闘志に小さな火がつくのを感じた。
総合優勝者リアンと第4部隊隊長ハーシェルによるエキシビションマッチと表彰式が終わり観客は興奮冷めやらぬ様子で帰っていく。
決勝戦が終わってから口数の少なくなったシズクにエマが心配して聞く。
「シズク? 体調でも悪いの?」
シズクはエマをじっと見つめると口を開いた。
「エマ。私、魔剣隊に戻るの」
エマは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに微笑んだ。
「そうなのね。でも無茶はしないと約束して。これは主治医としての指示よ」
「善処します」
正直に真顔で答えるシズクにエマは片頬を膨らませて言う。
「もう。本当に心配して言ってるのよ。最近もこそこそ訓練していたのでしょう?」
「こそこそしてる訳では無かったんだけど……やっぱりバレてたか」
シズクは眉尻をさげて肩を竦めた。
「あら、私の目を誤魔化そうだなんて100年早いわよ」
「ふふっ、お嬢様の仰せの通りです」
エマはおちゃらけたように手で髪を後ろに払う仕草をする。そんな明るいエマにシズクは思わず笑った。
エマはシズクの手を取り自分の手を重ねるとシズクをアクアマリンの瞳で真剣に見つめた。
「ずうっとね、シズクはいつか遠くへ行ってしまうのかもって思っていたの。シズクの記憶が戻ってから確信したわ。あなたにはあなたの戦う場所があるのだろうと。だから、私も私の場所で戦うわ。戦う場所は違っても私たちはずっと親友よ」
「うん、ありがとう。エマ」
少し寂しげに微笑むエマに、シズクも切ない気持ちになると同時にエマの強さに支えられる。シズクは自分の戦う場所に戻るのだというエマの言葉を心に刻んだ。
高く澄み切った青空に、色づき始めた木々が鮮やかに映える頃、シズクは魔剣隊第6部隊の副隊長として復帰した。