順序を間違えて失敗した婚約破棄の一例
2016.05.08 日刊ランキング50位ありがとうございます。タイトルを修正しました。
「私フランソワ・デ・フランキは、此処に、メッダ伯爵令嬢マリア・デ・メッダとの婚約破棄を宣言する!」
国王陛下主催の新年の夜会にて、私マリアの婚約者であるフランソワ王太子が突然そんな事を言い出した。
「そして、ティーポ男爵令嬢カルメン・デ・ティーポを新たに婚約者とする!」
今、フランソワ殿下が肩を抱いている少女がカルメンだ。うっとりとした顔で殿下を見詰めている。
「金に物を言わせて王太子妃の座を得ようとし、更にカルメンを虐めたマリアは、王太子妃に相応しく無い! 将来の王太子妃を虐めた罪で処罰する!」
『将来の王太子妃を虐めた罪』なんて刑法は、少なくともこの国には無い。
流石、常日頃から陰で、優れているのは容姿だけと言われている人だ。
「あの、フランソワ様。私が仮に本当にカルメン様を虐めたとしても、その時点で『将来の王太子妃』であるのは私ですわ。そんな罪には問えませんのよ」
「黙れ! 何が『仮に』だ! 実際に虐めておいて!」
真っ赤な顔で憤慨するフランソワ殿下と、憎々しげに私を睨むカルメン。
「酷い性格は相変わらずね! 虐めておいてしらばくれるなんて!」
私と彼女は、かつて友人だった。でも、私の性格に問題があり、彼女は耐え切れず去って行った。私達は対等な関係では無かった。身分では無く、友人として。
「全くだ! それに、図々しいぞ、マリア! 実際に王太子妃となるのはカルメンだ! お前を罪に問えないなど、有り得ん!」
「カルメン様を新たに婚約者とすると、陛下がお決めになったのですか?」
「カルメンを選んだのは私の意思だ! 父上は関係無い!」
何故誇らしげなのだろう、この人は?
親の敷いたレールから外れ、自分で道を切り開いているのだと言う事だろうか?
「『関係無い』? そうか。それは丁度良い」
威厳を感じさせる陛下の声が発せられた。
「ち、父上?」
それに恐怖を感じでもしたのか、殿下の声は震えている。
「伯爵令嬢マリア・デ・メッダとの婚約解消と、男爵令嬢カルメン・デ・ティーポとの婚約を認めよう。今此処に、フランソワ・デ・フランキを廃太子し、ティーポ男爵家に婿入りする事を許可する。新たな王太子は、第二王子アンリ・デ・フランキとなる」
「そんな! 父上! 何故、私が廃太子されるんですか!?」
「……アンリ、教えてやりなさい」
「はい」
陛下の言葉を受け、アンリ殿下が一歩前に出た。
「先ず、兄上。今は新年の夜会の最中だと、ご存知ですか?」
「馬鹿にしているのか!? 知っているに決まっているだろう!」
「主催者は国王である父上だと、ご存知ですか?」
「貴様! 何処まで馬鹿にすれば気が済むのだ!?」
「では、兄上は、解った上で国王主催の夜会を台無しにしたのですね?」
その言葉に、フランソワ殿下はハッとして辺りを見渡した。
殿下が婚約破棄を言い出すまで賑わっていた会場は静まり返っており、白い目が殿下に向けられている。汚らわしいと言いたげに顔を背けている人もいた。
『金に物を言わせて王太子妃の座を得ようとし、更にカルメンを虐めたマリア』との婚約破棄を褒め讃える人はいない。
私とフランソワ殿下の婚約は、メッダ伯爵家の財力目当てに王家から申し入れられたもの。
つまり、殿下の言葉は、『金目当てに王太子妃の座を売った』と陛下を批判するものだ。
仮に内心で同意していたとしても、それをこの場で表すにはメリットが無いのだろう。
虐めの方はと言えば、それが事実かどうかなど皆様には関係の無い事だ。
大事なのは、どちらにメリットがあるか。
本当にカルメンが王太子妃になるのであれば兎も角、お父様の部下に過ぎない男爵の娘程度が虐められた所で、彼女の味方をするメリットは少ない。
そもそも、この国では、嫁入り前の貴族の娘は婚約者でも無い男性と二人きりで話をしただけで、まるで体を許したぐらいの貞操観念の無い女性の如く扱われるので、公衆の面前で肩を抱く事を許すなんて、それこそ、『王太子妃に相応しく無い』のだ。
そう、フランソワ殿下はご自分で、『私が婚約者に選んだ女性は王太子妃に相応しく無い』と証明したのである。
「ち、違うのです、父上! そんなつもりでは」
「何が違うのですか、兄上? 婚約破棄など楽しい話題でしょうか?」
アンリ殿下は、フランソワ殿下の言葉を遮った。
「黙れ! 私は父上に話しているのだ!」
「父上は、私に『教えてやりなさい』と言いました」
フランソワ殿下が、アンリ殿下を憎々しげに睨み付ける。
「……王太子妃に相応しく無い女との婚約を破棄し、新たな素晴らしい女性との婚約を発表する。……良い話題だと思った」
「普通、内輪で婚約解消した後、新たな婚約を結んだ後に公表するものですよ」
「気が急いたのだ」
「国王が王太子妃にと選んだ女性との婚約を勝手に破棄しようなんて、王太子の権限を超えていますよ」
「勝手にでは無い。こうして、父上の居る場で言ったではないか」
アンリ殿下は呆れたように眉を顰めた。
「父上の同意を得る前に決定事項の様に宣言するのを勝手と言います」
アンリ殿下は溜息を吐いた。
「そもそも、我が国で王太子妃となれるのは伯爵以上の家の女性です。カルメン嬢は男爵令嬢でしょう?」
「誰かの養子とすれば良い。前例もあるではないか」
「それをする前に宣言するなんて、順序を間違えていますよ」
「だから、気が急いて……」
「それで、誰に頼むおつもりでしたか?」
問われたフランソワ殿下は、鳩が豆鉄砲を食らった様な表情になった。
「私が頼むのか?!」
「当たり前でしょう!? カルメン嬢を王太子妃にしたいのは兄上であって、父上や母上では無いのですから!」
確か、前例となった方は、当時の王妃様が王太子妃にしたいと思われて養子先を用意したのだったわね。
「母上……」
フランソワ殿下は、縋るように王妃様を見た。
「私達に紹介出来ない様な娘の為に、骨を折るつもりはありませんよ」
王妃様はツンっとソッポを向いて答える。
「私達に相談する必要も無い程度の虐めで唐突に婚約破棄した揚句に陛下の許可無く勝手に罰しようなど、何様のつもりですか? それに、婚約者にする為の根回しもしたくない程度の好意しか抱いていない・『遊び相手』に過ぎない女を王太子妃に相応しいだなんて、正気を疑います。自国を貶める貴方が廃太子されたのは当然でしょう? 婿入りを認めてあげたのだから、有難く思いなさい」
王の許可無く貴族を逮捕出来ないこの国で、存在しない罪で私を裁くと公言したフランソワ殿下は、陛下に私を捕らえさせて存在しない罪で裁けと命じた様なもの。
陛下の同意も得ずに婚約者を勝手に決めて、しかも、その相手の為にするべき事をしないだけではなく『軽い女』として扱うなんて、陛下もこの国もカルメンも馬鹿にしている。
「『遊び相手』ではありません。私は真剣にカルメンを愛しているのです!」
「フランソワ様……」
王妃様に『遊び相手』と言われた為か涙目となっていたカルメンは、感激したようにフランソワ様を見詰めた。
……恋は人を変えるのね。良くも悪くも。昔の彼女なら、自分だけに負担がかかる関係なんて我慢出来ないと去ったでしょうに。まさか、嫁入り前の娘が公衆の面前で肩を抱かれる事を普通だと思っている訳じゃないわよね?
「……そう。公の場ではしたない事をするのが、貴方の『真剣な愛し方』なのね」
平民で例えるなら、公衆の面前で胸を揉んでいる様なものだろう。
フランソワ様とカルメンは、不思議そうに顔を見合わせて、考えて気付いたのかパッと離れた。
「す、済まない。カルメン」
「い、いえ。そんな……。いやっ。恥ずかしい!」
今更何を言っているのか?
「マリア! 気付いていたのなら、どうして教えてくれなかったの?! 酷いわ!」
教えなかったのは私だけでは無い。そもそも、何故『虐めていた人』が教えてくれると思っているのか?
「嬉しそうだったから、見せたいのかと思って」
「そんな訳無いじゃない! 貴女のそう言う所が嫌いなのよ! 昔からそうだった!」
「貴女は変わったわね。昔は人のものを盗るような人間じゃ無かったのに。毛嫌いしてたじゃない」
私の言葉に、カルメンの表情が一瞬強張る。
「フランソワ様を物扱いしないで!」
「物じゃなかったら盗って良いの?」
「盗ってなんか無いわ! 人間だもの。心変わりをするのは仕方ない事よ! 貴女にフランソワ様を繋ぎ止める魅力が無かったのが悪いの!」
突然、拍手が鳴った。
「良い事を言うね。『心変わりをするのは仕方ない』」
「お父様」
拍手しながら人混みから出て来たのは、私の父だった。
「婚約おめでとう、カルメン君。婚約祝いに君の父上を解雇して上げよう」
「そんな?!」
「何を驚くんだい? 覚悟の上だったろう? 『マリアの婚約者を奪った仕返しに父が解雇されても仕方ない』……そう思って、殿下の想いに応えたんじゃないのかい?」
「そ、それは……でも、酷いです。父は関係無い」
「関係はあるよ。君の父上なのだから。関係無いと言いたいなら、親子の縁を切ってからにすれば良かったじゃないか。ああ。何だい、その目は? 娘の婚約を台無しにされて恥をかかされたのだから、私が心変わりして君の父を解雇しても仕方ない事だろう? 私を怨むのはお門違いだよ? 解雇するのは惜しいと思われるほど有能では無い君の父上が悪いのだし、私に嫌われないほどの魅力が無かった君が悪いのだからね」
カルメンは悔しげに涙を流しながら、味方を捜すように辺りを見渡した。
しかし、味方するメリットは無いと思われたようで、誰も助け船を出す事は無かった。
「メッダ伯爵。この度のフランソワの非礼をお詫びする。しかし、引き続きマリア嬢を王太子妃として迎えたいのだが……」
「構いませんよ。寧ろ、アンリ殿下に替わって良かった」
婚約破棄された私は、他に新たな婚約者を得られない可能性が高い。
だからか、お父様はあっさりと了承した。或いは、王太子妃に出来るからかもしれない。
「マ、マリアは私を虐めていたんです! どうして、マリアは報いを受けないのですか!? どうして、私達だけ!」
カルメンが陛下にそう訴えた。身分を理解していないのだろうか?
陛下は無視してお父様との話を終えると、カルメンから遠ざかった。
お父様も無視しているので、私が答えてやる。
「どうしてって、私が貴女を虐めたと信じて罰しようと心変わりした人が居ないからでしょう? 貴女達の言葉にそれだけ信憑性が無かったのね。ああ、違うわね。貴女の言い分に従うなら、私に皆様の心変わりを止めるだけの信用があるって事ね。だから、私も皆様も悪くないでしょう?」
私がそう言うと、カルメンは膝を床に着いて泣きじゃくった。
「酷い! ほんとに、本当に虐められたのに! 娼婦だとか発情したメス犬だとか、皆に言わせたクセにっ!」
「だから、『心変わりをするのは仕方ない』って、貴女が言ったじゃない。貴女に、皆に貶されないだけの慎み深さが無いのが悪いんでしょう? 公衆の面前で、フランソワ様とはしたない事をしたからよ。私が言わせるまでも無かったわ」
カルメンは後悔の表情で泣き崩れ、フランソワ様は慰める為に触れようとしたが思い止まり、立ち尽くした。
ふと気付くと、給仕が飲み物を配っていた。
私もノンアルコールのグラスを受け取る。
「それでは、第二王子アンリの婚約と第一王子フランソワの婿入り婚約を祝して、乾杯」
陛下が杯を掲げて、乾杯の音頭を取った。
「乾杯!」
夜会は、無事喧騒を取り戻した。