クロムworld
「ビエエエエエエエン!!!」
「…。」
「ママーーーーーーー!!!」
「レイヤーーーーーー!!!」
毎朝の、ミルクタイム争奪戦は今日も幕を開ける。
サラは無言で乳をねだる癖にレイヤはかなりの確率で彼女にはに堕ちる。
これは仕草を交えた愛嬌を使っていると俺は分析し、俺も負けじとハンカチ代わりにレイヤの下着を噛み締めるポーズを取る。
「…クロム、貴方は本当に心配よ。」
俺に名前を呼ばれた彼女は、最近出来た新米にミルクタイムを与える。
第四の子、ララ。
彼女は黒髪の女の子で人間である。
まだまだチャンスはある。と思っていたが、レイヤ本人から俺への駄目出しが入る。
下着を持ち出したのは反則だっただろうか。
「貴方はお兄ちゃんで、もう3歳なのよ?下に3人の兄弟がいるんだからね?」
俺は今日も退場させられる。
ライバルが増えてからというもの、日々俺の立場が危うくなっている。
これは子作りばかりしているサイレスのせいである。実に腹立たしい。
俺の家族はサイレス=父(25)
レイヤ=母(24)
クロム=俺(3)
マルタ=弟(2)
サラ=妹(1)
ララ=妹(0)
お分かりだろうか?
子作りし過ぎなのである。
俺は仕方なく今日のミルクタイム争奪戦からは辞退し、明日に備えて使えそうな武器を異空間から漁る。
有力だと思っていた赤の他人の下着は溜め息で終わったし、今朝なんてただ諭されてしまった。
俺は育児はした事ないから幼少期の記憶を頼りにするしかないが、数千年も生きてればいつまでがミルクタイムを味わっていたかなんて流石に忘れても仕方ないだろう。
取り敢えず明日はサイレスの真似事で耳たぶを甘噛みしてみようかな、なんて考えながら俺は今日も屋敷へと向かう。
最近は喋れる様になった子が多く出てきて、つい当たり前だと思っていたやるべきことを忘れていた。
「あー!ミンクのせいで砂だらけだよ!!」
彼女はやんちゃな蜘蛛魔人のミンク。
元祖魔術が砂で使える様にしてからは周り中砂だらけにしてしまう所が玉に瑕である。
「またヤーム姉が怒った!ははは!」
注意をしたのは天使のヤーム。
彼女はみんなのお姉さんの様に色々と注意をして回る内に少し真面目になってしまったのかも知れない。
むしろ俺の教育に真面目は不要であるから、残念である。
そう、何を忘れていたって、名前である。
奴隷は買った事なかったし、以前は戦闘はせずに教員をしてれば莫大な金が手に入ったから補助は要らない。知識を付ける為にしたって荷物は要らない。
当たり前である。
そんなこんなで名前を付けたのだが、まだ喋れない連中が多いから全員の紹介は割愛する。
「クロム兄ちゃん、今日は何やんだ?」
目を輝かせて聞いて来たのは黒髪の少年、前世の俺と同じデビルのラプラス。
彼の元祖魔術は木で、万能な魔族に育つだろう。
「今日はこの鉄を基本魔術で変形させて、家を作ろう!」
普段は声を出さないだけで、俺は実は随分前から喋れる。もちろん、ここにいる時は教育者として立派な姿を見せる必要があるので必然ではあるが。
闇魔法で異空間から約3tの鉄を取り出し、辺りに散りばめる。
鉄なんて実は鉄鉱山と呼ばれる山を1つ異空間に丸ごと入れて、なんか闇魔法で精製と圧縮を繰り返せば直ぐ大量に手に入る。
そうそう、闇魔法でまた新たな発見があった。
普段何気なく異空間への入り口を出していたが、そこに入れる際に重力が発生している事に気が付いた。
思考と研究を繰り返して粒子単位の闇を大量に出して魔力で質量を上げればどこでも重力を自在に操れる様になった。
コレは大発見で、戦闘でその効果を存分に発揮するであろう事から【クロムworld】と名付けた。
クロムworldによって、鉄鉱山が空を飛んで行ったのは中々に滑稽であったが、魔力がかなり持っていかれたので遊びは早々に切り上げた記憶は真新しい。
「基本魔術だと、俺は火の玉を使って溶かしていけば良いって事?」
ラプラスは俺に鉄の山を指差しながらはしゃいでいる。
彼には元同じデビルとして、つい贔屓目に見てしまいそうで多々気を付ける場面があったのは内緒だ。
「それもいいけど、溶かして固まった時に形になるのか?」
「うっ!」
俺は指摘しながら意見も尊重して少しずつ修正を加えていく。
今の会議に参加している役員は俺・ラプラス・ミンク・ヤームの4人である。
この3人が実質会話可能な人数で、他7名はもう少し先になるだろう。
「砂で無理やり中を固めちゃおっか?」
「溶けて砂と混じってしまいますよ?」
ミンクとヤームは考えながらも俺に視線を向けている。
うむ、そろそろ助け船を出してやるか。
「砂は元祖魔術だから今回はダメだ。なら火・水・土・風・治療、この5つの中からいらなそうなのから外していこう。」
「治療はいらないんじゃないですか?」
ヤームが額に指を当てながら必死に考えている。いい傾向だ。
「うむ、どうして治療はいらないと思ったんだ?」
「だって、治す事とは関係無さそうですし、作っていく方がイメージ的には当たってるかと。」
ヤームは普段からお姉さんしてるだけあって頭をよく使う。こういう生徒は自分で疑問が出たらなぜ?どうして?と考える力があるから大切だ。
「そうだな、なら治療は外そう。他の基本魔術ではどうかな?」
「やっぱ火は使うっしょ?」
ラプラスは火は効果的だと思ってる様だ。感性は大事にしないとな。
「なぜ必要だと思うのだ?」
「そりゃ溶かさないと形になんないっしょ?」
今は消去法で考えるって話しだったが、逆に必要な事を先に消しておくのも消去法とも言えるか。
「うむ、溶かす事によって鉄同士がくっ付く為、完成させる為には必要だな。他はどうだろう?」
知識はあっても使わなければ宝の持ち腐れだ。
魔界にいた頃はみんな力を持て余していたせいで頭を使わなかった。その結果、俺は頭だけで勝ち上がった。
もちろんそこに満足しなかったから今がある訳だが…
「砂代わりに土も使えんじゃね?それなら得意だし!」
「うん、それもいいアイディアだ。ミンクは元祖魔術の砂と似てる基本魔術の土魔術を使うから、とても実践的だな。」
俺は1つ1つ意見に対し肯定と共感を繰り返して知識を使う楽しさを芽生えさせるのが今回の1番の目的だ。建設的な話しは二の次で行えてこそ実力というものだ。
俺たちは、互いの意見を尊重し合いながら取り組んだ。出来栄えから言えば傾いた崩壊寸前の小屋って感じだが、鉄であるから問題ないし、俺が形そのままに重力を利用して維持できるよう手を加える。
みんなで作った。
その過程が1番教育には大切で、ここは今後魔法陣の倉庫にしようと思う。
基本魔術の初級は覚えてくれたので、魔力を消費するのは問題なさそうである。
あとは魔法陣の座学を教えているので、コレを形に出来れば今後は魔術に関する知識が深まり、やりたい事も自分で幅を広げられる。
もちろん魔法陣はちょっとやそっとじゃマスター出来ないからまだまだ先の話しになるだろうが、先祖返りで才能はみんな充分にある。
今から成長が楽しみである…
今はロールズにきており、今回は地下にある会議室へと足を運んでいた。
「俺らの凌ぎはその3つが主流だ。他にどんな手がある?」
ウォックが1番良い椅子に座り、その周りを俺含めた5人が腰かけている。
「奴隷攫いはライス・ペコ・ローランドに任せるとして、取引と傭兵はスペードが入ったんだ。どっちに着かせんだ?」
名前の上がった3名は奴隷といっても人以外も動物も攫う。手慣れているのは闇魔法で見た。
「俺と馴染みがあるが、別行動も考えてる。人手が足りねぇならロイドんトコに入れるか?」
ロイドと呼ばれた男は傭兵を仕切っているが、需要に対し供給が追いついていないのも現実だ。
「いや、そりゃ別に構わねぇけどよ…使えんのか?」
彼は頬に1本傷があり、胡散臭げな眼を俺によこす。
舐められてはいけないな。
「使えるかどうかはいいとして、俺は暗殺やダンジョン作成、密売なんかにも力を入れるべきだと考えてる。」
「おいおい、スペードは本当に3歳かよ?」
俺はここではコードネームを【スペード】と名乗っている。彼らとの会議はこれで2度目である。
「商業街である分人の出入りが激しい。ダンジョン作成は冒険者やギルド側がすぐ飛びつく。それに邪魔になる人物はどこのイーリルも絶えない。密売に関しては薬関係や毒物を使うが、これは取引に買う以外の手法であるだけで根本的には取引と変わらん。」
俺の意見に口をポカンと開けながら変な顔をしている。みんなではない、ウォックは俺がこうゆうやつだと知っている。
「スペード、暗殺はいいとして密売の商品はどうやって作る?そんな長期的な事業に人手は回せられないぞ?ダンジョン作成なんてまずガルさんでも無理だ!あんなもん自然発生の超常現象だろ?」
そして最近知ってきたが、どうやら人界は魔界より魔力を使った事に疎い。
それはもちろん基本魔術しか使えない人間が主流なのだ、仕方ないとも言えよう。
「俺なら出来る。」
密売に使う薬と毒物に関しては【栄養】の元祖魔術を使える者が居るから、長い目で見れば簡単だ。
ダンジョン作成に関しては闇魔法が必要だが、俺は既に試作品も作ってある。
それに魔石が必要になるがそれこそ腐る程ある。まぁ魔石をダンジョン作成に使うという技術は人界には無さそうだが、ダンジョンが存在する限り、誰かしらが過去に作ったという事だ。
「…スペードって、どこでそんな知識付けて来てんだよ?まぁ詮索しないのはここのルールだけどよ、、、出来んだな?」
「密売に関しては取引は出来ない、この見た目だ。俺が今ここを利用してるのだって見た目の問題があるからだ。だが、それ以外なら任せろ。」
そう、この見た目で金を稼ぐには誰かを通さなければいけない。
そこを、ジョーカーで補う。それだけだ。
「…本当、たいしたヤツだ。」
ウォックを含めたみんなが苦笑いで、俺を面白い物を見る眼で見ているのであった。