転生するという事
俺は眠気に襲われながら目を覚ます。
…失敗か?
一瞬過ぎった感情を抱きながら目を開こうとして、眩しさを覚える。
咄嗟に手で目を覆い隠そうとして、失敗する。
というか、手が顔まで届かないのだ。
肩辺りまでは手が届くのだが…
「サイレス、この子全然泣かないけど大丈夫でしょうか?」
ふと女性の声が聞こえ、声のした右側を向こうとするが上手くいかない。
「俺とよく似てレイヤに包まれてる時は幸せそうな顔してるから、問題ないだろ?」
反対側からおちゃらけた男性の声が聞こえる。
顔も確認出来ない為わからないが、どうやら2人とも魔族語を話している。
これだけで魔界にいると判断するのは浅はかだが、やはり失敗しただろうか?
このサイレスとレイヤとやらは知らないが、一度聞いてみる必要がありそうだ。
「…あう。」
あれ?
今の、俺の声だよな?
間抜けな声しか発しない俺は、違和感が確信へと変わっていく。
「はいはい、ミルクの時間ね?」
そう言って何かが俺を抱きかかえる。
甘い匂いが女性である事を物語っているが、興奮しているのに下半身は通常運転のようだ。
ふむ、実に不思議な事だ。
やっと視界に飛び込んできた女性は淡い青色の長髪を緩くウェーブさせており、つい生唾を飲み込んでしまう。
彼女は俺を抱きかかえながら、服をはだけさせ、いわゆるミルクタイムへとなる。
うむ、苦しゅうない。
鷲掴みにした柔らかい感触を堪能し、ひと舐めしてから俺は食事を摂った。
この身体は何かと不便だ。
行きたい所に自力でいけず、腹が減っても下を何とかしたくても、声をあげて泣くしか出来ない。
俺の身体は赤ちゃんとなっており、言葉すら発する事が出来ない。
だが…
今日も眠くなりながら、ミルクタイムに一心不乱に舌を動かしながら。
成功だ…
満ち足りた気分になりながら、今日も俺は眠気に誘われる。
どうやらこの家庭は一軒家で俺が居るベビーベッドの場所は二階のようだ。
俺にミルクタイムをしてくれるのが、レイヤ。母である。
彼女は魔族で、見た目から察するに鶴の亜種でとても綺麗だ。いわゆる鶴魔族である。
日頃は俺の世話と料理、あと庭で家庭菜園?を行っているらしい。
もちろん見た訳ではないので会話から俺が分析したに過ぎないが。
夕方過ぎに帰ってくるお調子者の雰囲気を醸し出しているのが、サイレス。彼が俺の父である。
だが、俺は不思議に思った。
彼は人間だ。
俺の知る魔界における人間とは、魔族の奴隷であり、天族や龍族を陥れる【道具】に過ぎない。
だが、サイレスとレイヤの関係を見ると、どこにでもいる家庭そのものである。
魔界であるなら、こんな境遇の人間はいるはずもないし、第一常識が違う気がする。
そこで恐らく、ここは魔界ではない他のイーリルなのだと判断する。
もちろん判断材料が足りなすぎるのは否めないが。
俺は毎日天井を見て寝そべっているだけではない。
今回転生出来た事はほぼ確定だろう。
何の為に転生したのか、それを忘れてはいけない。
変わりたい!
強く願ってやっと形になったのだ。ここで怠けては本末転倒である。
右手に魔力を集中させ、元祖魔術を発動する。
24種のどの元祖魔術になるかなんて事よりも、各魔術を発動させるコツを知っているから全部しらみ潰しに行って行けばいい。
最初はそう思いながら何気なく発動させていたっけ。
右手には馴染みの黒い塊。その質量をあげたり異空間の容量を変える事を毎日行っている。
というか、この時期の魔力の増え方が以上なのは知識では知っていたが、赤ちゃんのうちから初めたからか異様な成長を遂げている。
闇魔法を使って色んな事が出来た事もわかった。
異空間に物を収納するだけではなく、自分の眼を異空間に入れ、別の空間に闇魔法を発動させる事による除きスキル。
これはおおいに喜ばしい事だし、他にも外の家庭菜園?から1つ頂戴したヒマワリを異空間に入れる事が出来た。
今までであれば植物とはいえ生物を異空間に入れる事が出来なかった。それが可能となったのだ。
これで食の幅も広がるだろうが、今はミルクタイムの方がいい。もちろんやましい気持ちなどはないという事はこの俺にはあるとは思わない。
なんせ4000年間貞操を守り抜いたのだ。今更興奮などはしないと断言しよう。
話しがそれたが、まだ収獲はある。
異空間の中で闇を自在に操れるようになった。
これが何を意味するのかは、ヒマワリで実験したのだが、ヒマワリを【魔】で変異させる事が出来たのだ。
黄色いヒマワリの花は、真ん中に巨大な口から牙を光らせ、根が独自の足となり移動可能な気持ち悪い生物の誕生だ!
闇魔法には【生命】に作用する力があるのは知っていたし、だから今日の俺が居るわけだが、これは新たな発見であった。
異空間の中で闇を凝縮させる。それが【生命】への干渉と【魔】の力を与えたのだろう。
もちろんこんな気持ち悪いヒマワリは食べないし愛嬌も湧かないが。
そして最後にもう1つ、以前魔界にいた頃の俺が異空間に入れていた物が全て入っている。
これは驚きが隠せなかった。
流石に転生した事によってリセットされていると考えていたが、恐らく転生しても元祖魔術は変わらず以前の魔術の使用を引き継ぐのだろうと推察出来る。
おかげで莫大な資金や魔法陣、貴重な魔石や素材と成り得る物まである。
まぁ資金に至っては今のイーリルがどこなのかわからないし、使えるかどうかは難しい所であるが、最悪使えないならこの金貨を別の使い方に向ける事も出来る。
もはや毎日ニヤけが止まらず、魔力をいっぱい使って起きたらミルクタイムを楽しんでの繰り返しで、俺は夢を膨らませていた。
まぁ唯一不満があるとするなら、元祖魔術が【誘惑】に代わってくれてれば良かったと思う所だ。
うむ、こればっかりは悔やんでも悔やみきれんな。