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トラブルシューター 奮闘記 ~大丈夫! 借金は勝手に減らないから♪ ~

作者: 素人Lv1

タグの割に魔法要素は少ないです。

 『トラブルシューター』それは、揉め事・荒事・困り事どんなトラブルにも対応する、所謂『何でも屋』である。


 ノースランドステイツ地方都市サテライトサザーラ市、その片隅でとある建物の看板。


 『荒事・揉め事何でも来い!

   迅速・丁寧・安心価格

     貴方の悩みをバッチリ解決!』


 野太く荒々しい字で書かれた薄汚れた看板。


 界隈では「腕は良い」と言われるトラブルシューターが営む事務所だ。

 

 そんな事務所の看板を見上げて呟く1人の女性。

「ここがトラブルシューター『ゼロ』」


 胸に一冊の手帳を抱き祈るように呟く。

「お願い、力を貸して」


 意を決し、ドアノブを捻り中へ入っていく。

「すいませ 「ダァァァ!また外れた!!ホントに当たるのかよコレ?」


 彼女の声は室内に響く別の声に打ち消された。


 無造作ヘアーか、それともただの寝癖か、自由に彼方此方へ跳ねている赤黒い髪。

 不機嫌そうだがどこか愛嬌の有る顔付き。自由気ままな猫を連想させる1人の男性がいた。


「ん? なんだよ? 新聞なら要らねーし、魔導器のセールスなら間に合ってる。宗教の勧誘ならアポ取り直して一昨日来な」

 彼はシッシッ!と犬や猫でも追い払うように手を振っている。


「いえ、あの、依頼なんです「なにぃ!?」けど…」

 彼女の言葉に即座に食い付いた彼は、事務所の奥から入り口まで常識外れの跳躍力で正しく跳んで来た。


「アンタ依頼人?」

「あ、は、はい」

 覗き込む様に顔を近づける男に若干引きながらも首肯する。


「ホントに? 冷やかしじゃない? ドッキリじゃない?」

「はい。依頼に来ました」

「ッシ!!」


 女性の言葉に派手にガッツポーズを決めていた男は、視線に気付くと

「ああ、スイマセン。依頼ね依頼。仕事の話ね。じゃあ、早速こちらへ。1名様ごあんな~い」

 そう言って女性を、事務所奥のテーブルを挟んで向かい合うソファーの応接セットに案内する。


 テーブルの上の雑誌や酒瓶を豪快に床へと払い落とすと、振り返りニコッと歯を見せて笑う。

「スイマセンね。掃除だけはどうしても苦手で」


 そう言う彼の服はヨレヨレで所々穴も開いていた。

 果たして苦手なのは本当に『掃除だけ』なのだろうか?


「それで依頼ってのは? 討伐? 捕縛? それとも殲滅?」

「いえ、護衛なんですけど」

「あーそう」


 なぜかガッカリしたような男は、それでも気を取り直した様に質問を続ける。


「そう、護衛ね。どこまで? 片道? 往復?」

「あ、はい。私、先史文明の研究をしているエルマ・ミラルと言います。それで、研究の一環でララーン遺跡に調査に行くので、そこまでの往復と調査中の護衛をお願いしたいんですけど?」


「ララーン?」

 その言葉にゼロがいぶかしむ様に眉間にしわを作る。


「今更そんなとこで何を調査すんの?」



 ララーン遺跡

 大破壊オーバーブレイク以前の文明が残した山中をくりぬいた遺跡。

 25年前に発見され既に調査はされ尽くしたと言われている。


「先史文明に関する新しい学説の調査です」

「え? ララーン遺跡の調査なんてもう終わってるんだろ? 『有用な価値ある遺跡ではない』とか」

 それは先史文明の研究では第一人者とされるバルトマーゼ教授のレーポートの一文だ。


「これまでの常識を打ち破る学説ですから」

「へぇ、そうなの」

 力説するエルマに対して男は興味無さそうに答える。


「まぁ、目的は何でも良いや。

 ララーン遺跡だと陸上船でクランバスまで2日、そこから片道1日か、調査は何日?」

「えーと、2日から5日ぐらいのつもりです」

「ふむ。って事は8日から11日か。

 ヨシ!じゃあ10日って事で、護衛料が1日で……、あ! 移動の手段は?」

「えーと、用意していただけると助かるんですけど」

「足を俺の方で用意するとなると若干お高くなるけどオーケー?」

「それが、お支払いできるのは15万クレジが限界なんですけど……」


 それが彼女がこの事務所を訪ねざるをえない理由だった。


 15万クレジ。

それは最低労働賃金が780クレジ。平均月収32万クレジのノースランドステイツにおいては10日間の報酬としては悪くはない金額だ。

 日当1万5千クレジ。一般的なアルバイトで得られる収入と比べれば十分な金額と言える。

 ただしそれはあまり危険性のない通常のアルバイトと比べて、の事である。


 この金額で危険な原生生物と鉢合わせる可能性のある護衛を引き受けるトラブルシューターは少ない。

 有名所や大手事務所であれば2泊3日で隣町まで行く護衛でその位はかかるだろう。



「15万……もしかして、必要経費込み?」

「お願いします」

「お、おう?」

 必死に頭を下げるエルマの前で、男も必死に頭の中で損得勘定を行う。

 陸上船でクランバスまでは四等客室エコノミーなら片道5800クレジ。

 3食×11日×2人分、万が一の予備まで考えれば70食は用意しておきたい。それだけで3万クレジはかかる。更には水。その他消耗品。そして弾薬。

 アレは……ある。コレは……あぁこの間食っちまったな。アッチは……あれ?補充したっけ?

 元々経理関係など基本がドンブリ勘定でしか行えない男の脳が煙を上げて止まる。


「オ、オーケー。大丈夫。携帯食は余ったら帰ってきてからの食費が浮くし、弾は撃たなきゃ良いんだ。おー、そう考えたら特に問題ないな」

「請けて貰えるんですか!?」

「おう。俺にドンと任せなよ」

 目を輝かせて喜ぶエルマに男は自信満々に頷く。


「良かった。アルテミスさんの言ってた通りだ」

「……ハァ?」

 エルマの放った言葉に男が固まる。


「今、誰に言われたって?」

「え? アルテミスさん?」

「おふぅ」

 ダメージを受けた様に男がよろめく。


「ア、アルティが何と?」

「え? えーと、公営斡旋所で誰も請けてくれなくて落ち込んでたらアルテミスさんが『ゼロなら格安で請け負ってくれるわ』とここを教えてくれたんです」

「……てるんだな?」

「え?」

「知ってるんだな?」

「な、何がですか?」

「アルティが、この依頼の話を知っているんだな?」

「えーと、はい」


 アルテミス・ルーゼンフェルド。

 裏稼業だけでなく、そこに近しい場所に居る者達なら誰もがその名を聞いた事のある大物フィクサーである。

 非合法組織のボス、武器商人、金貸しの元締め、様々な肩書きを持つと噂され、多くの者がその存在を認めながら、誰もその正体を語らない。数十年、少なくとも20年前以上からその存在を噂されながら、その見た目は10代後半(ハイティーン)の美少女でしかないという謎の人物。


 そんな人物にゼロは借金がある。

 借金の担保は彼自身。毎月20日の返済日に最低でも5万クレジ(利息分)を払わなければ、どんな目に遭わされるか分かったものではない。

 同じような境遇だった者達の末路は嫌と言うほど耳にしている。

 連邦政府ユニオン・ガバメントにより奴隷制度・人身売買は認められてはいないが、それがなんの気休めにならない相手である事は彼もよく分かっている。


 そして、何よりも今この瞬間に重要な事は、アルテミスの紹介による仕事の報酬は3割を仲介料として持っていかれる決まりになっているという事。


 15万の依頼なら4万5千は紹介料、必要経費が食料と交通費だけで5万を超える。

 その他になにも出費がなかったとしても、今月の借金返済に5万。

 今回の仕事がタダ働きに終わる可能性が高い事が確定した。



「おーけー、出発は?」

 ガックリとうなだれる事数分。ゼロからやる気の篭っていない言葉が吐き出される。

 儲けがないと分かっていても、断れば「え? 私のメンツを潰しちゃうの?」と笑顔のアルテミスが事務所にやってくるのは目に見えている。

 

「あ、はい、荷物を取ってくれば直ぐにでも」

「じゃあ、今日は……3日か。なら明後日の便だな。5日の正午に駅集合で良いか?」

「はい。お願いします」


 覇気のないゼロとは逆に依頼人のエルマは意気揚々と事務所を後にした。


「ララーンね。あそこはまだ生きてんだよな」

 エルマの後姿を見送りながらゼロが呟く。

 それはそれまでの軽薄な雰囲気とは違う真剣な表情だった。


「アルティも絡んでるし、面倒臭い事になるか?」


 静かに目を瞑ったゼロの口からフゥとため息が漏れる。


 頭をボリボリと掻きながらゼロは準備のために事務所の奥へと消えていった。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 


「クソ、ケツがいてぇ」


 250年ほど前に起きた大破壊オーバーブレイクと呼ばれる謎の文明崩壊。

 戦争か災害か、それとも他の何かなのかは今もって分かっていない。

 ただ言えるのは、その大破壊オーバーブレイクによって様々な生態系が破壊され、それまでには無かった物へと生まれ変わった。という事。


 大破壊オーバーブレイクの結果としてか、はたまたそれ以前から存在していたのかは分からないが、成体ともなれば全長数十メートルにもなる陸上生物が存在している。

 その代表格とされるゴラオロスは無数の節足で地表を高速で移動し、100ミリメートルの鉄板を食い破る。

 城壁によって守られた町の外は人が移動するには危険極まりない場所である。


 そこで生み出されたのが自身より大きな相手は襲わないというゴラオロスの生態を突いた陸上船ランドシップ。全長500メートルを超える鋼鉄の箱舟である。

 現在の都市間の主な移動手段として活躍している。


 主要都市メトロポリス地方都市サテライトを回るように走る陸上船ランドシップはそれ自体が200メートルを超える客室や貨物室を複数連結し全長数キロメートルになる事もあり、一度に人なら数万人、物資であれば数万トンを輸送する。

 客室には特等客室エグゼクティブクラス一等客室ファーストクラス二等客室ビジネスクラス三等客室スタンダードクラス四等客室エコノミークラス等に分けられ、その格差はまさに天と地だった。


 その四等客室エコノミーにゼロ達は居た。


「クッションを持ってこないからですよ」

「あぁ、そうだよな。エコノミーの必需品だよな」


 四等客室エコノミー名物とも言われる頑丈さだけがとりえの木製ベンチ。3人が並んで座れるそれは隣駅まで座り続けるのは不可能と言われるほどの固さを誇る。

 ヒップクラッシャーとも呼ばれ嫌がられるが、不思議と空席になる事はまず無い。

 そんな座席の1つにゼロは痛む尻の角度を変えながら座っていた。

 いつもの彼であれば四等客室エコノミーの座席になど座らない。貨物室に積まれた愛車のシートで過ごしている。ヒップクラッシャーなどより100倍過ごしやすい。


 そうしないのには理由があった。


「そろそろメシにしようぜ」

「あ、はい」


 ゼロ達の目的地への到着までにかかる時間は30時間だが、主要都市メトロポリスから主要都市メトロポリスへの移動ともなれば200時間を越える旅路となる。

 その間の飲食から娯楽の為の専用の船室もある。

 各客室に隣接するそれは当然のように等級に合わせたグレードになる。


 当然ゼロが向かうのは早くて安くて量がある定食家ダイナーだ。



「ところでさ」


 早くて安くて量のある定食を秒殺で片付けたゼロは、お冷をチビチビと飲みながら目の前で骨の多い魚と格闘中のエルマに声をかける。


「エルマは友達とか多い方?」

「はい? いや、まぁ、普通だと思いますけど」

「へー、そう」


 意図不明の質問をするとゼロはグラスを掲げ店員に声をかける。


「お姉さん、おかわり」

「お冷はセルフサービスでーす」

「ですよね」


 苦笑いを浮かべゼロはお冷のおかわりを注ぎに給水機へと向かい席を立つ。


「あ、私の分のお水もお願いします」

「当店はセルフサービスでーす」


 意地の悪いプライスレススマイルを浮かべたゼロ。

 それにエルマも笑みを浮かべて返す。


「ここの定食の量、多いですよね。私食べ切れそうにないですよ」

「しばしお待ちを。氷はお幾つ浮かべましょうか?」


 エルマはゼロの扱い方を大体理解してきていた。





 痛む尻を我慢する事32時間。定刻通り(6時間以内は誤差範囲内)に目的地に着いた陸上船ランドシップから降りたゼロ達は貨物室の切り離しを持っていた。


「遅いですね」

「エコノミー用の貨物室なんて最後の最後さ。下手したら半日かかるかもな」

「えー」


 全長200メートルの貨物室の切り離しには時間がかかる。

 資本主義の上客優先精神を考えれば遅くなる理由は他にいくらでも考えつく。


「まだまだかかるだろうし、散歩にでも行こうか」

「そうですね」


 待っている間にする事が有るわけでもない。

 時間潰しに出来る事もその程度しかなかった。




 2人の散歩はゼロが先を歩く形で続いていた。

 ゼロの歩みはまるで目的地があり、それが何処に在るかを知っているかのように迷いないものだった。


「そう言えばさ、エルマはさ、友達とか多い方?」

「何ですか? 昨日もそんな事聞きませんでしたか?」

「そうだっけ?」


 その散歩が人通りの少ない町の廃れた一角に差し掛かった頃、ぞれまでの世間話の続きのような気安さでその質問はされた。


「いや、ね。例えば、危なそうな旅行には心配して勝手に付いて来ちゃうような過保護な友達とかいない?」

「何言ってるんですか?」


 突然おかしな事を言い始めたゼロにエルマは怪訝そうな視線を送る。


「サザーラを出てからずーと居るんだよね。俺もそんな変な知り合いは少ししか居ないし、エルマのお客さんかと思ってさ」

「え?」

「はい、振り向かない。何度か誘ってみてんだけど、一向に乗ってこないから敵意は無いのかなーって。もしかしたら過保護な友達が居るのかも、とか思ったんだけど、ない?」

「居ませんよ!」


 その存在に気付いたゼロは陸上船内で幾度となく隙を見せ襲撃を誘ってみた。

 だが、その甲斐なく襲撃はなかった。

 尾行の仕方、視線の隠し方、存在の隠し方、それ等からその技量を推察するなら「三下のチンピラ」というのがゼロの感触だった。

 そこも考慮に入れるなら、監視される理由がよく分からない。


「もう面倒臭いんでサッサとケリをつけたいんだけど、依頼人クライアントの御意見も参考に聞こうかと」

「えーと、……お任せします」

「じゃあ、次の角までダッシュで」

「はぁ!?」


 言うが早いかゼロは駆け出す。

 それに驚きつつもエルマも走り出す。

 次の路地の角を曲がり2人は姿を消す。


 2人が角を曲がってから数秒後、数人の男がその路地へ駆け込んでくる。


「居ねぇ!?」

「どこ行った?」


 男達がその路地駆け込んだ時、既に2人の姿はなかった。

 次の角までは距離があり、2人が隠れられるような大きな物陰もない。


「誰が?」

「「なっ!?」」


 突然背後からかけられた声に驚き振り返ると、そこにはつい先程まで前に居たはずの相手が居た。


「テメ、どっから」

「オンナはどうした?」


 そこに居たのがゼロ1人である事に気付いた男達はエルマの姿を探し周囲を見渡す。

 だが彼等にエルマの姿を見つける事はできなかった。


「やっぱエルマが狙いか」


 男達の言葉から狙いが自分でなくエルマである事を確認すると、ゼロは大きく溜め息をつく。


「あー、残念だな」

「なにがだ?」

「狙いが俺だったんなら、サッサと楽にしてやれたのにな」


 ゼロはレッグホルスターから愛用の銃を抜き引き金を引く。


 末尾が重なり1つの長い音となった三発の発砲音。

 それを男達はどこか他人事のように聞いていた。

 それほどゼロの動きは無造作だった。

 銃を撃つという行為があまりにも慣れすぎていた。


 男達を現実に引き戻したのは仲間の悲鳴。

 発信源を見やれば地面の上で足を押さえ悶える3人の仲間。


「悪い。お前らが思ってるより酷い目に遭うかもしれないから、先に謝っとく」

 軽く片手を上げ謝意を見せるゼロ。


「クソッタレ」

 男の一人が懐から銃を抜く。


 だが、その時にはゼロは既に男の目の前に居た。

 構えかけていた銃のグリップの底を手のひらで跳ね上げる。

 男の視線が宙を舞う銃を追う中、ゼロはその銃に目もくれず素早く一歩下がると無造作に自身の銃の引き金を引く。そして正確に男の左膝を撃ち抜く。


 男が倒れこむのを待つ事なく素早く物陰へとその身を隠す。

 その直後に幾つもの銃声が響く。

 残された二人が矢継早に銃を撃っている。


「あーぁ、弾だって安くないのにな」

 建物の陰に身を隠しゼロはぼやく。

 混乱しているのか銃撃が収まる気配はない。

 物陰に隠れた相手を釘付けにする為というわけでもなく無駄弾を撃つ素人に苦笑いを浮かべ発砲回数を数える。


「3、2、1、0」

 自身の影で巧みに銃撃を誘い、冷静に残弾を数えていたゼロはカチャカチャという空撃ちの音で自身の読みの正しさに笑みを浮かべ物陰から出る。


「クソッ!」

 弾切れの銃を忌々しげに捨て男はナイフを抜く。


「へえ、そっちの方が堂に入ってるじゃん」

 ゼロは男のナイフの構えから銃の取り扱いよりは慣れている事を察し即座に撃ち落そうと考える。だが男の捨てた銃を視界の隅に捉え止める。


「弾も安くないんだよな」

 情けない呟きと共に銃をホルスターにしまい笑顔を浮かべ歩き出す。


「テメェ、舐めんな」

 無造作に歩み寄るゼロに男はナイフで切りつける。


「おめでとう。ラッキーだな、お前は」

 男のナイフを持った右手の手首をなんでもない事のようにアッサリと掴んだゼロはそのままひねり上げナイフを落とさせる。

 そのまま首を絞め即座に落とす。


「さて、お前はどうする?」

 ゼロは最後に残った一人にナイフを拾いながら問いかける。


「こ、降参、降参します」

「お前は頭が良いな。後は、拷問に耐えるガッツがどこまであるかだな」

「なんでも、なんでも答えます!」

「そんな事言わないでガッツを見せてくれよ」

「勘弁してください!」


 ナイフの背を舐めるふりでサディスティックな笑みを浮かべるゼロに男は両手を挙げて全力で首を振る。


「そんな事言わねぇで、ちょっとだけだから、死にたくなるくらい痛いだけで殺さないからさ」

「ヒィィ!」


 ウキウキとした様子で詰め寄るゼロから男は何とか逃げようと後ずさる。

 逃がさぬようにゼロが回り込む。


 殺伐とした空気は既にどこにもなかった。


「これじゃあどっちが悪者なのか分からなじゃない」


 なにか訳の分からない状況になりつつある光景をエルマはビルの屋上からため息と共に見下ろしていた。


「これ、どうやって降りるのよ?」

 ゼロのように気軽に飛び降りる気にはなれない高さである。


 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「いやいや、厄介な相手だー」

 偵察用の鳥型使い魔から送られてきた映像に男は無精ヒゲを弄りながらぼやく。


「6人を秒殺。しかも遊び半分にとくりゃあ、ありゃー只者じゃないね」

「本当に大丈夫なのか?」

 無精ヒゲの男の言葉に隣にいたスーツ姿の男が顔をこわばらせ詰め寄る。


「どうですかねー。アレはCQCを修めてる感じですし」

「シーキュウシー?」

「えぇ、Close Quarters Combat。ごく近距離での戦闘技法でさぁ」


 男は一連のゼロの動きを再度最初から映し分析していく。


 銃器や刃物を持った相手への間合いの詰め方。

 相手を自分の死角に入れない立ち回り。

 相手一人一人に時間をかけない対処。

 複数の敵を同時に相手取る時の鉄則。


 それらが本能レベルまで刷り込まれている。


「このレベルで修めてるってんなら軍の特殊部隊出身の可能性すら有りまさぁ。あんなチンピラ上がりの連中じゃ相手になんないでしょうな」


 僅かな時間のやり取りに、並みの相手とは一線を画す経験値が見て取れた。


「厄介ですぜ」

 強敵であると再度認識し男の口がつり上がる。

 そういう相手との命のやり取りこそが傭兵稼業の醍醐味だと思っていた。


「ふざけるな! アッサリと6人もやられやがって! 今更『強敵でした』で済まされるか!」


 無精ヒゲの男の言葉にスーツ姿の男は語気を荒げる。


「まぁまぁ教授せんせい、落ち着きやしょう。何もまだ失敗したって訳じゃありやせんよ」

「ふざけるな。もう6人やられてるんだぞ! 後はお前1人じゃないか。高い金払ってるんだぞ! どう……ッ!?」


 いつの間にか声を荒げる男のあごを突き上げるように大型拳銃の銃口が突き付けられていた。


「うるせぇんですよ。元々雇われてるのはアッシ1人でさぁ。あの6人はあちらさんの腕前を確認する為の捨て駒。やられる為に居たんだから予定通りでさぁ。それをギャアギャアと騒がれるとイラッとしやすよ」


 男は視線を映像のゼロから離す事なく撃鉄をカチッと起こす。


「そもそも、金を払ってるのはアンタじゃねぇでしょうが」

「う、うたないでくれ。たのむ」


 スーツの男のその言葉を聞き入れたのか無精ヒゲの男は撃鉄を静かに下ろし銃をしまう。


「安心できるように言っておきやしょう」


 ニコッと笑った無精ヒゲの男が自信満々に言い放つ。


「アッシならあの6人、3秒とかからず皆殺しに出来やすよ」


 男は目に止まらぬ早業で銃を抜くと引き金を引く。

 瞬く間に室内の花瓶や壷など6つの調度品を打ち抜いて男は片手を振りながら部屋を出ていく。


「だから教授せんせいは大船に乗った気で見てたら良いんでさぁ」


 その後姿を恐ろしい物を見るような目で先史文明研究の第一人者、ヨハネス・バルトマーゼは見送った。


 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「たく、なんであいつ等揃いも揃って45口径(フォーティファイブ)なんだよ。こだわりの少数派が群れんなよ」


 『装備が足りなければ奪って補え』。偉大な先人の教えに忠実なゼロにとって襲撃者とは弾薬を運んでくる補給部隊に類する。

 自分を襲ってきた6人の所持品を漁ったゼロは彼らの銃が45口径で揃えられている事を愚痴る。

 仲間内で装備を統一する事はよくある。弾薬の融通が楽だからだ。

 だが、9mm弾が拳銃用の銃弾として普遍的な人気を誇る今となっては45口径銃はこだわり有る一部の者の信仰となっている。

 銃声と風切り音から最後の2人の銃が大口径の亜音速サブソニック弾である事は気付いていたが6人居れば2.3人は9mm弾を持っているだろうと期待していたゼロの読みは裏切られる事となった。


「たく、無駄弾使わせやがって」


 わずか4発の銃弾といえどもゼロにとっては軽視できない出費だ。

 そうぼやきながらもちゃっかりと6人の財布から有り金を巻き上げている。

 「慰謝料だよ慰謝料。迷惑料とも言う」と白い目のエルマにも悪びれた風でもない。

 その前の脅し方といい小悪党感が拭えない。


「で、襲われる覚えは?」

 襲撃者から得られた情報は「エルマを生きたまま連れてくれば50万」という依頼をされたという事だけだった。

 依頼をしにきたという男も小銭を握らされただけで無関係だろう。


「……」


 ゼロの質問にタンデムシートに座り彼の腰につかまるエルマから返答はない。


「護衛を依頼したのも、何か思う所が有ったからだろ?」

「……まさか、とは思ってたわ」


 エルマの腰にまわす手に力が篭る。


「この研究は元々は父がしていた物なの。私はその父の研究資料を追いかけただけで……」


 エルマの父、ハント・ミラルは先史文明に対しそれまでの通説を覆す学説を打ち立てていた。

 しかし、それが学会や論文として発表される事はなかった。

 自身の学説を立証すべく調査へと向かい。その途中で事故に巻き込まれ死亡したからだ。


「その調査先ってのが、ララーン遺跡か」

「はい。実際のところ父が何を調べようとしていたかは、私にはよく分からない。でも、何か少しでも分かればと」


 エルマに父の死を不審に思う気持ちが有った訳ではない。

 ただ、ララーン遺跡の調査を行えば父の見ていた物の一端が見える気がしていただけだった。


 だが、それはハント・ミラルの研究を快く思わなかった者達にとってはそうとは映らなかった。

 その研究を引き継いだ者がララーン遺跡に向かう。

 その事に別の意味を見出させた。


「引き返すか? 遺跡でも襲われるぜ。たぶんな」

「……いえ、行きます。その為に護衛雇ったんですから」

「へー、ど根性だね。良いさ、金は貰ってんだ、依頼はやり通すさ」

「はい。給料分は働いてくださいね」

「アイ・アイ・サー」


 エルマの芯の強さを感じゼロの口元が緩む。

 会話の為に絞っていたスロットルを全開まで開け加速する。

 (ゼロにとっては)心地よい加速で弾丸のように朝焼けの荒野を切り裂いていく。


 この調子なら夕暮れ前に目的地につける。

 ゼロはそう計算する。そろそろ自動運転に切り替えるか、とも考えている。

 そんなゼロの脇をエルマがつつく。


「ていうか、何で二輪なんですか? 車の方が安全じゃないですか?」


 ゼロが遺跡までの移動手段として持ってきたのは魔導二輪車マギサイクルだった。

 エルマが指摘したとおりゼロは装甲トレーラーを陸上船でクランバスまで持ち込んできている。

 堅牢そうな装甲トレーラーを見上げたエルマはその時の頼もしさを思い出す。


「道なき山中を大型トレーラーで行くのか? こういう所は小回りが利く方が良いんだよ。それに、遺跡内に入ったらトレーラの守りがいなくなっちまうだろ?」


 山中にはそれほど大型の原生生物はいない。だが、守り手が居らずただの置物と化したトレーラーが無事でいられるかは悩むところだ。

 原生生物には鉄を食す者も、強い酸で溶かし内部に入り込む者もいる。

 厚い鋼鉄に覆われた車さえ安全とは言い切れない。


「その点コイツは自己防衛できるからな」


 ゼロがそう言うと何処からともなく第3者の声が聞こえてきた。


『いつ紹介していただけるのか待ちくたびれておりました。初めまして。ご挨拶いたします。私、車体管理を行っております【ZEXIS】と申します』

「え? で、電子精霊!?」


 電子精霊とは先史文明の遺産と言われる正体不明の謎の存在である。

 各地の遺跡や地中から発掘される事が極稀にあるが、同じような外観でも憑いている物と憑いていない物も在る。

 一般人にはそんな存在が居るらしいという噂を聞いた事がある。という都市伝説に近い存在だった。


「電子精霊憑きの魔導二輪車マギサイクルなんて何で持ってるんですか? どこから盗んだんですか?」


 電子精霊の憑いた魔導二輪車マギサイクルともなればそれは最高級の魔導四輪車マギヴィークルを軽く超える値が付く。それも違うのは桁だ。


「盗むか! この業界じゃあ装備の良し悪しが生死を決めんだよ。「装備に金は惜しむな」先人達の偉大な教えだ。まぁ、そんで金をかけすぎて破産する奴も珍しくねぇけどな」

『ご主人様が金欠なのは日々の金遣いの荒さが原因と愚考しますが?』

「お前ウルサイよ」

『ちなみにエルマ様、私は当事務所の会計監査役も兼任しております』

「だからウルサイって」


 ウンザリした様なゼロの態度に2人(?)の関係がなんとなく理解できたエルマは驚く。


「電子精霊って意外と人間臭いんですね」

「人間臭い。というか小姑臭いだろ?」

『私が小姑臭いのはご主人様が何も出来ないからかであって、最初からそうだったという訳ではないかと』

「ウルサイよ」


 もう1人(?)を会話に加え道中は賑やかに、だが穏やかに過ぎて行った。




「広いわね」

「あぁ、広いな」

「これだったらトレーラーでも来れたんじゃない?」

「……いいか、人生に『たら・れば』はねぇんだぞ」


 電子精霊に制御された魔導二輪車マギサイクルのサスペンションと座席のクッション性は陸上船の四等客室エコノミーの座席の100倍快適だった。

 だが、一瞬も気の抜けないタンデムシートでの10時間を越える移動はきつかった。


 そんな恨み節を乗せた視線をゼロも冷や汗混じりに受け流す。


「そうりゃそうだよな。大型トレーラーが入れなきゃ意味ねぇもんな」

 ゼロの所有する装甲トレーラーなら2台が並んでも余裕がありそうな遺跡の巨大な門構えにゼロがボソッと呟く。


「何か言った?」

「いいや、何も」

 ゼロは肩をすくめて誤魔化す。


「で? どこへ行く?」


 バサッと一枚の紙を広げゼロはエルマに尋ねる。


「これは? ……ララーン遺跡の見取り図!?」


 有用性はないとして放置されている遺跡だが、その内部の見取り図は公開されてはいない。


「出来る男は仕事が早いだろ?」

『実際に入手したのは私ですが』


 ドヤ顔のゼロにZEXISから茶々が入る。


「指示を出したのは俺だろ」

『お言葉ですが、指示以前に入手しておりました』

「お前っ! また勝手に! 俺が指示しなかったらどうするつもりだコラ」

『人生に「たら・れば」は無いのだそうです』

「テメェ、ぬけぬけと」


 ゼロとZEXISの会話を無視しエルマは父親の残した手帳と見取り図を見比べ照らし合わせていく。


「ここ! この部屋よ、父さんの残した手帳の文字と一致するわ」

「よし、じゃあ行きますか」


 ゼロは手早く見取り図をしまうとZEXISに跨る。


「そうだ、これ着とけ」

 タンデムシートに乗ろうとしたエルマにゼロはサイドパックから何かを取り出す。


「クラスⅢの防弾防刃性能の軍隊仕様ミルスペックジャケットだ。使わねぇで済むほうが良いんだけど念のために着とけ」

「ありがとう」


 エルマが着るには明らかにオーバーサイズの上着を手渡しゼロはニカッと笑う。


「出来る男は準備が良いだろ?」

『入りっぱなしの予備のジャケットだというのは黙っていた方がよろしいのでしょうね』

「そう思うなら黙ってろ」


 最早慣れてしまった2人のやり取りにクスリと笑ってエルマはジャケットを着込みシートに乗りゼロの腰に手を回す。

 この先に父が求めた何かが在るのだと思うと胸に熱い物がこみ上げてくる。


「じゃあ、出発!」

「イエッサー!」


 いきなりスロットルを全開に開け暴れる車体をゼロは力ずくで押さえつけ爆発的な加速でZEXISは飛び出していく。


『安全運転を心掛けるようお願い申し上げます』

「ウルセーよ」

 ZEXISのいつものお小言を聞き流し歯を剥いてゼロは笑う。


 目的地まではそう時間はかからない。それはこの旅の終わりまでのカウントダウンを意味していた。




「チッ! やっぱ隔壁が開いてやがる」

「え? 何か言った?」

「うんにゃ。もうすぐ着くぜ」


 巨大な遺跡内部の通路を疾走するZEXISを操りながら前方の壁の僅かな隙間に気付いたゼロが舌打ちする。


 やはり奥に誰か居る。

 予想していた事ではあるが、当たって欲しくはない予想であった。

 ―― まぁ、なるようになるさ。

 一瞬で気持ちを切り替え、壁の隙間めがけてZEXISを加速させる。

 僅かな隙間を全く速度を緩める事なくすり抜け目的の部屋へと滑り込む。


「目的地に、ごとーちゃーく」

 豪快なサイドスピンから横滑りしてきたZEXISはタイヤから白煙を上げながら停車する。


「相手を待たせねぇのも出来る男の条件だけど、待ち合わせ時間を決めてなかったんだから勘弁してくれるよな?」

 ゼロは視線を上げ部屋の奥の人物に無邪気に笑いかけウインクを送る。


「まるでアッシ等が待っているのを知っていたような言い草ですなー」

「まぁ、山中に真新しいタイヤ痕も有ったし隔壁も開いてるし、制御室の扉も開いてたからな」

「いやいや、目ざといことで」

「出来る男の常識だぜ」


 軽口を叩きながらもゼロは男の動きの一挙手一投足を見逃さぬように集中していた。

 パッと見こそその男はどこにでもいる普通の男にしか見えなかった。

 雰囲気からも格好からも暴力の匂いを感じさせない。

 街中の喫茶店に居ても特に違和感を感じないだろう。


 だからこそ油断ならなかった。


 この業界に於いて危険な匂いを四六時中漂わせている様なら大した事はない。

 本当に厄介なのは何の危なさも感じさせずに背後を取れる相手だ。


 目の前の男がその類である事をゼロは瞬時に見てとった。

 だがそれは今この場所に普通の男が居る筈がない。という状況だからであり、その男と街中ですれ違ったとして後から撃たれる前に気付けるかどうかに自信は持てない。


 静かな緊張感がゼロと男の間で高まる。


「なんで教授が?」

 その静寂の中、エルマの口から漏れた一言がゼロの耳に届いた。


「なんで教授がいるんですか!」


 エルマの言葉は部屋の奥に居るもう1人の人物に投げかけられた。


「誰だ?」

「ヨハネス・バルトマーゼ教授。先史文明研究の第一人者で、父の友人でもある、いえ、だったわ」


 ヨハネスがこの場所にいる事の意味を理解してか、エルマの声にはどこか彼を非難するような響きがあった。


「エルマ……」

「もう良いでしょうよ教授せんせい止めましょうや」

「待て、バルトロ」

「どのみち始末しなきゃなんねぇんですよ。話す時間の無駄でさぁ」


 ヨハネスの制止を聞かずバルトロは懐から大型拳銃を取り出す。


 次の瞬間バルトロは胸に二発の銃弾を受け仰け反り倒れる。

 ゼロの目にも止まらぬ早撃ちだった。


「チッ。ZEXIS、エルマ連れて避難しとけ」

 呆気に取られる周囲の中、ゼロのみが苦い顔で舌打ちをしている。


「いやいや、コイツは予想以上だ。下手したら死んでやしたね」

 撃たれた筈のバルトロがケロリとした表情で起き上がる。


「ボディアーマーか」

「えぇ、薄くて強靭、軽くて強固。チェスター製の最新型でさぁ」

「チッ、羨ましいじゃねぇか」


 自慢げに胸を叩いて見せるバルトロにゼロは口角を吊り上げる。


「しかし、凄まじい早撃ちだ。魔法の様に銃が現れ即座に胸へのダブルタップ。やっぱりどこぞの特殊部隊スペシャルチームの出身ですかい?」

「ヘッ、トランプ中隊カンパニーのクローバー分隊だよ」


 バルトロの質問に馬鹿にしたような返答を返しゼロは不敵に笑う。

 だが、その返答にバルトロの目が細まる。


「お名前を伺っても?」

「荒事・揉め事何でも来い! 迅速・丁寧・安心価格。貴方の悩みをバッチリ解決!

 いつでも、どこでも現金一括トラブル退治。貴方の街の頼れる男。

 トラブルシューターのゼロ。以後お見知りおきを」

「ゼロ……」


 営業じみた前置きを完全に無視してバルトロは考え込む。


「ゼロ、……ゼロ。零。0。……10? グリップに道化師の描かれた軍用拳銃コンバットオート、クローバーの10」

 ブツブツと何かを呟きながら考えていたバルトロが顔を上げる。


「もしかして、イクス・クローバーさんですか?」

「なっ!?」

「いやいや、そうでしたか。ジョーカー17なんて持ってるから、もしかしたらナンバーズの方かと思いやしたが」


 驚き目を見開くゼロの前でバルトロは喝采を上げ喜ぶ。

 そんな事態に混乱し固まったゼロにバルトロは銃口を向ける。

 考えるよりも早く、遺伝子レベルにまで刷り込まれた反射でゼロは身を捻る。


 ゼロの頭部を掠めるように大口径のマグナム弾が飛んでいく。


「いやいや、素晴らしいでさぁ。この距離あのタイミングで.454カスールをかわせるなんざ人の技じゃありやせんよ」

「テメェ」

「おっと、そう怖い顔しないで下せぇよ。さすがにアッシもナンバーズ、しかもロイヤルナンバーを敵に回しちゃあ上手くねぇ。降参しやすよ」


 バルトロは銃を床に置き両手を上げて降参の意を示す。


「それより、何かここに用が有ったんじゃないんですかい?」


 おどけた様子のバルトロがヨハネスの方へ視線を送る。


「エルマ?」


 ひとまずの脅威が去った事を確認し、ゼロはエルマに声を掛ける。


「……」

「聞いてくれエルマ」

 懐疑的な視線を無言で送ってくるエルマにヨハネスが口を開く。


「先史文明の遺跡は危険なのだ。ベルマックのようなロストクライシスが起こるのは、まだ我々に先史文明の技術を扱えるステージに居ないからなんだ」

 かつて起こった周辺住民をも巻き込んだ未曾有の大事故を例にヨハネスが必死に先史文明の危険性を説く。


 だが、それはエルマには単なる言い訳にしか聞こえなかった。


「だから父を殺したんですか?」

「違う! 聞いてくれ、私にはそんな気はなかったんだ。ハントともしっかり話をすれば分かってもらえると思っていた。彼に危害を加えるつもりなんて私にはなかったんだ!」

「なら、誰が?」

「それは……」

 ヨハネスはエルマの問いに必死の弁解をする。

 しかし、犯人の名前を告げる事は躊躇い口を閉ざす。


「ジョン・ベルクランでさぁ」


 犯人の名を告げたのはバルトロだった。


「ジョン・ベルクラン。大統領補佐官でさぁ」

「バルトロ」

「良いじゃありやせんか。ここまできて隠す意味はありやしやせんよ。

 つまり、ハント・ミラルを殺したのは連邦政府ユニオン・ガバメントの意思って事でさぁ。

 やっこさんの研究で先史文明について色々とバレる事を恐れ、ヤッちまえ」

「バルトロ!!」


 ヨハネスの怒鳴り声にバルトロは首をすくめて苦笑いを浮かべる。

 しかし、今更の制止に意味はなく、大方の事情はゼロにもエルマにも飲み込めていた。


「分かってくれエルマ。私にそんな気はなかった。ハントに危害を加える気などなかった。神に誓える。ただ、彼の研究の危険性を説いただけなんだ。彼の研究でこの遺跡の事実が明るみに出れば、此処を利用しようとする者は増える。その結果、また大事故が起きる可能性が有ると」


 縋る様なヨハネスの視線にエルマは今の言葉が本心であると感じていた。

 父の死を聞き駆けつけた時の彼の取り乱し様。「やはり止めるべきだった」と泣いていた姿。残された自分への援助の数々。

 単に親しい友人へ対する以上のその姿勢。不思議に思っていた謎がようやく解けていった。


 ヨハネスにハントを殺害する思惑はなかった。だが、その責任は自分にあるのだと思っているのだと。


「教授、この遺跡は何なんですか?」

 せめてそれを知らなければ全てにケリを着けたとは言えない。


「それは……」

「輸送基地でさぁ」

 エルマの問いに答えたのはまたもバルトロだった。


「ラグナロクの末期、激化する戦いで消費される大量の物資を前線に届ける為の」

「やめろ!」

「ハァ。ですからね、無駄なんでさぁ。アッチにはあの旦那が居るんでね、隠したって無駄なんでさぁ」

 バルトロはゼロへと視線をチラリと送りニヤリと笑う。


「アッシの様なスリーパーなんかとは違う、ラグナロクを勝ち抜いた本物の生存者アライバー。当然全部知ってやすよ」

「なっ!?」

 驚いたヨハネスの視線と、言葉の意味を理解出来ていないが、何か知っているのだという事だけは理解できたエルマの視線にゼロはばつが悪そうに肩をすくめて視線を逸らす。


「皆さんが先史文明なんて呼んでるかつての文明はね、今からは想像も付かないような世界だったんでさぁ。その一端が、遠く離れた施設まで一瞬で物を届ける転送施設。世界中から送られてくる大量の物資が、人類の希望を支えたんでさぁ。ねぇ?」

「……」

 バルトロの問いかけとゼロは無言で返す。


 それを気にした風でもなくバルトロは壁際のパネルに触れる。

 次の瞬間には黒かった壁一面のモニターが光りを点す。


「教授の言った通り、操作を誤れば大惨事になりまさぁ。それでも人は便利な道具は捨てられない。連邦政府ユニオン・ガバメントはね、そんな便利なものは自身が独り占めしておきたいんでさぁ。教科書なんかに載って貰ちゃぁ、困るんでさぁ」

 バルトロは話しながら手早くパネルを操作していく。


「テメェ、コンソールから離れろ」

「おっと、弾が変な所に当たると困りやせんか?」

「テメッ!」

 その言動に不安を感じたゼロの言葉にバルトロは不適な言葉を返す。


 ゼロが実力行使で排除に出ようとしたそのとき、壁のモニターに赤く点滅する。


「この施設で暴走事故があったらどうなりやすかね? きっとベルマックの比じゃないでしょうよ」


 壁のモニターが示すのはジェネレーターがフル稼動を始めた事。このままでは生み出された行き場のないエネルギーで数分以内に臨界を超える。


 そしてもう1つ、転送装置が稼動しカウントダウンを始めている。

 送り先は世界各地の同様の施設。

 転送させる物資は無い。即ち空転送。それは最悪の事故である。

 送りつけられるのは変換する物が無い単なるエネルギー。

 それは転送後にどうなる?


 その事が理解できるゼロには世界のいたる所で起きる大惨事が脳裏に浮かぶ。


「それじゃあ、アッシはこれで」

「テメェ! 止めやがれ。臨界超えてぶっ飛べば、テメェもタダじゃ済まねぇぞ!」

「ちょっとくらいスリルが有った方が人生は面白いでしょうよ」


 そう言うとバルトロは床に置いた自身の銃に飛びつく。

 ゼロの連射を転がって避けると部屋の外へと駆けて行く。


「テメッ、待てコラ! チッ、こっちが先か」

 ゼロはバルトロを追う事よりも施設を止める方が優先だと判断しコンソールに駆け寄る。


「クソッタレ、ZEXIS!」

『既に始めております』

「いけそうか?」

『残念ながらジェネレーターのプロテクトは堅く突破には300秒を予定しております』

「300秒って!」

 カウントダウンは120秒を切っている。


「転送を止めろ。そっちの方がプロテクトは弱ぇ筈だ」

『エネルギーの転送がされず臨界が早まりますが?』

「そっちは俺が何とかする」

『了解致しました』


 ゼロはZEXISに指示を出し、自身もコンソールでパネルを操作していく。


「どうするんだ?」

「ジェネレーターは止めらんねぇ。でも一度臨界を超えれば安全装置が働く筈だ。後はそのエネルギーをどうにか出来ればどうにかなんだろ」


 駆け寄ってきたヨハネスの言葉にゼロが答える。

 確証はないが、施設が死んでいないのなら安全装置も死んではいない筈だと信じるしかない。


「どうにかって、どうすんのよ!」

「バイパス作って外に出す」

「外に出すって、大丈夫なの?」

「知らねぇ、祈っとけ!」

 同じく近寄ってきていたエルマにゼロは無責任に言い切る。

 何もしなければ臨界を超えて施設ごと吹き飛ぶだけだ。

 失敗してもそれより悪い結果が有るとは思えない。


「知ってか? こういう時の為に先人が残した偉大な言葉があるんだよ」

「はあ?」

 作業を終えたゼロが背後のエルマとヨハネスを振り返りニヤリと笑う。


 カーソルの『実行』を押しながらゼロは言う。


「後は野となれ山となれ!」


 瞬間、遺跡全体が光に包まれた。


 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 ノースランドステイツ地方都市サテライトサザーラ市。

 その片隅のカフェのテラス席。そこに顔を隠すかのように両手いっぱいに広げた新聞を必死に読んでいる男と、その対面で嬉しそうな笑みを浮かべ片肘を付いてそれを眺める少女が居た。


「えーと 『ノースランドステイツ地方都市サテライトクランバス市の北西に巨大な光の柱を目撃したという多数の情報が寄せられた件について、記者会見に於いてマーリン・レイシス州知事は調査隊の派遣を決定したと発表。

 調査隊は有識者を含む200人規模で編成され、今月25日に出発の予定』か」


 男は頼まれてもいないのに新聞の記事を音読している。


「へぇ、調査隊ねぇ。大変だねぇ」


 新聞の片隅の小さな記事ながら、男は一つ一つ感想を口にしている。


「こちら3種のベリーとホイップクリームのパンケーキで御座います。こちらがアイスミルクティーで御座います。ご注文の品は以上で宜しいですか?」

「はい、以上でーす」

 店員が運んできたパンケーキとミルクティーを受け取り少女は嬉しそうに笑う。


「ねぇ?」

「エー、何々『バルトマーゼ教授、先史文明の遺跡の危険性を示唆。連邦政府ユニオン・ガバメントの情報秘匿を非難。危険性の公開を求めて議会へ提案』か。こいつは大変だ」

「えい♪」

「ッ!?」


 少女は男が読んでいた新聞にパンケーキについていたナイフを突き刺す。

 そのままナイフを上下に動かし新聞を両断する。


「いつまでも私を無視するなんて許さないぞ♪」

「よ、よう。いつ来たんだ? 新聞に夢中で気付かなかったぜ」

「あら、そうだったの? ゴメンなさい。ところで、そんな3日前の新聞どこで拾ったの?」

「あ、これ? そこに置いてあったんだ。いやーちょっと古い新聞ってのも面白いよな」


 明らかに苦し紛れな嘘をつく男を少女は両肘を付き組んだ手の上にあごを乗せ楽しそうに眺めている。

 男は所在なさげにキョロキョロと視線を彷徨わせ、決して少女と目を合わせないようにしている。


「……」

「ねぇ?」

「はい」

「お金返して♪」

「……。いや、あの、それが」

「ないの?」

「いや、あるよ。有るんだけど、ちょっと、その」


 男が差し出した封筒を受け取った少女は中身を見る事なく言う。


「足りなくない?」

「今はこれしか」

「お仕事紹介してあげたのに?」

 可愛らしく首を傾げるその仕草。

 彼女が誰なのか知らなければ男も見惚れていたかもしれない。


 事実、隣のテーブルでカップルの男がその姿に見惚れ彼女に睨まれている。


「スイマセン」

 となりのテーブルの男に「代わりたきゃ代わってやるぞ」と本気で思いながらテーブルにこすり付けんばかりに頭を下げる。


「まぁ、無いならしょうがないか」

「ホント!?」

「アナタと私の仲じゃない」

「マジで!?」

「その代わり来月2倍ね♪」

「……」

「もしかして文句ある?」

「無いッス! あざーッス」


 男は席を立ち深々と頭を下げる。


「そんなに慌てなくても大丈夫。借金は勝手に増えたり減ったりしないから♪」


 男に一目惚れした少女が繋がりを持ちたいと仕組んだ末の借金だという事。

 そして増やさず減らさず長続きさせる為に様々な手が回されている事。

 それ等の事実を男が知るのはまだ大分先の事になる。

短編で複線張りまくってどうするんだろう?

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[一言] MGSとDMC合わせて割って北斗的要素合わせてな感じね。あとは、キノ?それともナイトライダー?あえて仮面ライダードライブか こう言うの嫌いじゃないわ! しかしキャラ的に主人公の声が森川に…
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