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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

昔話を聞いておくれ

作者: 江古田太郎
掲載日:2015/09/05

そんな時代もあったねと……。


 まあ、何だ……古い話しを聞いておくれ。


 これでも若い頃は、結構モテていたんだ。今風に言えばイケメンになるかな。スポーツに励んでいたから、筋肉質でさ。えっ!? その面影も失せたプクプクした腹は何だって? こいつは、その後の不摂生が祟ったからだよ。昔からデブだったわけじゃない……いや、本当の話しだって。


 そんなわけで、学生時分、特に高校時代なんかスポーツの出来、不出来で女にモテる、モテないが決まる側面があってね。ほれ、甲子園とかのスター選手を思い出してくれ。ジャガイモみたいな面相でも、ホームランをバカスカ打てば、ファンの娘っ子が宿舎に押し寄せるだろ? あれと同じさ。


 はい!? オレ? オレが甲子園に行けるはずないじゃん。だって、オレ、バスケ部だもん。インハイが目標さ。で、そのインハイには行けたのかって? いやいや、そんなに甘いもんじゃない。地方予選のベストフォーが精一杯だったよ。それでも、当時は大騒ぎさ。学校を挙げて、応援団が来てくれたもんさ。ありゃ、オレにとって黄金時代だったね。


 なら、スポーツ推薦で大学に進学したんだろうって? まさか!! ちょっと立ってみようか。なっ、オレの身長、一般人の平均値よりチョイ上くらいだろ。後ろ指指される程、小さくもないけど、バスケ選手を全うするには、ちと、足らない。これが、サッカーなら誤魔化しも効くけどよ。


 そうだよ、大学受験は一般入試だった。それでも、スポーツの実績自体は無駄にはならなかったけど。ほれ、推薦はアレだけど、身上調査書っていうのか。そいつの実績とかが大学に報告されるわけだ。そこはアレよ、帰宅部よりはインハイ選手の方が通りがいいわけさ。ハハハッ、そのくせ大学じゃ、バスケのバの字もヤリャしなかったけどな。


 これでも真面目に学業には励んだよ、本当に。当時はバブルの入口くらいでさ、学生だったオレらにも分かるわけよ。こりゃ来たねって。


 先輩方が景気のイイ話しを振りまくわけさ。やれ、A社の説明会では料亭の仕出しが出たとか、B社の方では美人とイケメンの先輩社員がマンツーマンで説得に当たるとか。


 実際、アレよ。学生に足代として新渡戸先生を渡してくんだよ、そりゃ勘違いもするって。へっ!? 新渡戸先生を知らない? 嘘だろっ……ああ、そうか今は与謝野晶子に代わったもんな。当時の五千円札は新渡戸稲造だったんだ。なにっ、その新渡戸稲造を知らん、と。おいおい、オレが詳しい話しを知るわけないじゃないか。ただ、札の絵柄は新渡戸先生だったのは嘘じゃないよ。


 信じられないだろう。就職説明会に参加しただけで、封筒に金を入れて渡して来るんだぜ。テレビ局とかは、タクシーチケットをバラ撒いたって聞いたけどね。


 そんなわけで、就職活動も楽でね、解禁から一ヶ月で七社くらいの内定を貰えた。なになに、公務員は考えなかったのか? いや、そんなの考える奴、オレの周りにはいなかったな。


 だって、初任給が段違いだもん。新卒入社のペーペーが三十万はいったかな。残業代や諸手当て込みでだけど。その上、交際費は天井知らず。業者からの付け届けで社内の一角を占める具合でね。まず、金と飲み食いに不自由はしなかったよ。


 それに引き替え、公務員の初任給は一律で十八万だった、かな? そこら辺、チョイと曖昧だが、そんなもんだったはず。公務員なら倒産もないからいいじゃないかって? そんなの学生は考えないよ。目先の景気良さに釣られて民間一押しさ。考えてみろよ、東大の首席とF欄の劣等生でも、同じ三種地方公務員なら出だしの給料が一緒なんだぜ。バカらしくって公務員を目指しているなんて、学内で露見したら変態扱いされる御時世だったよ。


 オレ? オレは商社だった。イヤイヤ、五大商社なんて恐れ多い。業界中堅の商社で、世間一般の通りはあまり良くなかったな。それでも商社は景気良くてね。上司や先輩のお供で、銀座の接待に相伴預かったもんさ。


 グラドルなんて目じゃない美人さんが、手を添えて上目遣いしてくりゃ、あれだね、イチコロってもんよ。キャバも行ったけど、当時の風潮は出来る奴はクラブでってのがあったな。


 その頃かな……彼女と上手くいかなくなったのは……。


 おいおい、オレだって彼女くらいいたさ。言っただろ、結構モテたって。高校の同級生でさ、中学も同じ。幼馴染みかって? いや、そいつは違うかな。中学の頃は話した事もなかった。バスケで頭角現した頃に向こうから近付いてきたんだ。


 どんな美人かって? う~ん、そんな美人じゃなかったな。いや、ブスってわけでもないけど。あれ、あれよ、ほら、和人形にある奴! う~ん、ここまで出掛かっているんだけど……。


 そうそう、市松人形、あの前髪パッツンの!! サラサラした髪は綺麗だったけど、派手さに欠けてね。とにかく地味なんだ。根暗ってわけじゃないけど、華やかさに欠けるんだよな。着物とか似合うけど、ギャルっぽい恰好だとコレじゃない感が漂うわけ。


 周囲の野郎がモデルさん予備軍を侍らせて、その彼女たちにブランド物を持たせる。一方、オレの彼女はブランド物は身の丈に合わないからって持ちゃしない。信じられるか? デートにバックパック背負って来るんだぞ。あれはナイわ! 本当に驚いて新橋のSL前で硬直したよ。おいおい、高尾山に登るんじゃないぞって。


 したら、あいつ何て言ったと思う? これの方が両手が塞がらないから便利だって。これ聞いた時、もう無理だって思ったね。いや、何も流行のワンレンボディコンにしろとは言わないよ。オレの趣味じゃないし、あいつも似合わないのは分かっていたから。それにしたって無理、限界ってもんがある。


 ホトホト冷め始めた時に、取引先の偉いさんから見合い擬きの話しがオレに来てね。擬きって何だって? 正式な見合いじゃないって意味でだよ。お見合いって仲人立てて、男はスーツ、女は着物ってのが相場じゃない。あの時の面談は、向こうさんがセッティングした河豚刺しの店だった。


 暖簾潜って石畳を歩いていくと、着物姿の女将さんが出迎えてくれるのよ。お連れ様がお待ちですって言いながら案内してくれるんだけど。女将のケツがもう、凄いの! あの盛り上がったケツだけで、お腹一杯になれちゃうくらい。


 で、襖を開けて部屋に入ると、偉いさんの隣に凄い美人が座っているんだから堪らない。少しソバージュ掛かっていて、泣きボクロに縁無しメガネの美人さんよ。秘書かと思ったら、受付嬢だって言うじゃない。こんな美人を受付に置いておけるなんて、やっぱ銀行は違うなって、その時は思ったよ。


 美人だからか、パッと見だと取っ付きにくいんだけど、話してみると意外と合ってね。イイ感じになった処で、その日はお別れしたけど。偉いさんからは前向きに考えてくれって念押しされたんだ。あれは参ったね、銀行に太いパイプが出来て、美人の彼女まで手に入るとなれば断る道理がない。もう、その日からは美人さんの顔ばっか浮かんで仕事がおざなりになったのも今じゃイイ思い出だよ。


 えっ!? 付き合っていた彼女はどうなったかって? 付き合っていたつもりなのは向こうだけだと思うけどね。ああ、もうその頃には連絡もいい加減になっていたな。ラインはまだ無かったし。まだポケベルが現役だったな、確か。ポケベル知っている? さすがにそれは知っていたか。あれでポケベルの文字列でメッセージ送ったりしてね。メールの前身かねぇ……。


 まあ、考えたさ。色々と応援してくれた女だから、多少の情も有ったし。でもよ、祟りそうな市松人形と華やかな西洋人形が並んでいたら、どっちに手を出す、普通なら?


 そんなに酷いスペックだったのかって? いや、酷くはないが……あいつ高卒なんだよ。当時は、半分くらいは大学進学だから。都市圏だともっと多かったと思う。そいつの実家が曾爺さんの代から整骨院やってて、爺さんも親父さんもお袋さんもマッサージ師してるわけ。兄貴もいて、後継ぎとか言ってたな。妹のそいつも同じ道に進んだから、学歴的には高卒になるんだよ。


 知ってるかい、あの、マッサージ師って奴、いっちょまえに国家資格があるんだって? 何だっけ……あんま指圧師とか言ってたな。そいつ、鍼灸の資格も取ったから、鍼灸マッサージ師だって胸張ってた。大して胸も無いのに。


 で、偉いさん紹介の彼女なんだけど。聞いてよ、これが誰でも知っている、お嬢様大学の出身でさ。しかも、幼稚舎からの内部進学組ってんだから、本物のお嬢ってわけよ。実家も手広く商売しているようで、自分の給料は全部小遣いだって言ってた。だから、デートの際は彼女持ちよ、全部。


市松人形だとそうはいかない。割り勘が基本で、下手すりゃオレの持ち出し。何しろ、あいつは金が無かった。いや、浪費ってわけじゃないな。そこはあいつの名誉の為に否定させてもらうよ。金が無いのは奨学金の返済のせいでさ。聞いた時は耳を疑ったよ、指圧の専門学校って倍率がクソ高い癖に、学費もべらぼうでさ。五百万くらい三年間で掛かるらしい。その上、収入も激安で、あの頃の学生バイト君以下の稼ぎしかないって言うから呆れたね。


 クソ難しい国家試験を潜り抜けて、激安商売するわけだから、マゾかと疑ったよ、本当に。そんなんだから身形も気遣えず、野暮ったい恰好をしていたな、あいつは。さっきのバックパックの話しを聞けば、それも分かるだろ。


 そんなこんなで嫌気が差して、美人さんに心変わりしたオレは素直に別れる事にしたのよ。いやいや、その場に美人さんを呼ぶわけないじゃん。もちろん、オレ一人で話し合いをしたさ。


 どこだったかな……確か、あいつがバイトしている新宿近くの喫茶店だった記憶がある。あいつ、そう言えばバイトしてたんだ。昼間は指圧師として、夜は居酒屋とビル清掃のバイトを掛け持ちで。そりゃ、あれだ、奨学金の返済があるからさ。バカだねぇ、あの頃なら大学の方から金を出すから来てくれって時代だったのに。


 あれだけ働きゃ、オレと会う時間も減るわな。擦れ違いも多くなったし、美人さんの件が無くても自然消滅したと思うな。


 そうそう、その時、呼び出して話し合ったんだけど。いや、これが意外でね。もっと泣き喚いたりするかと身構えていたんだ。その恐れがあるから美人さんを同道しなかったんだけど。


 意外にもあっさりしていてね。オレの話しを最初から最後まで聞き終わると。一回……一回だけ頷いてから、こう言ったんだ。『今まで、ありがとう。私が頑張れたのは、あなたの御陰です、感謝しています』って。面食らったね、てっきり罵詈雑言でも浴びせられるかと身構えていたから。


 ボーッとしていたのは一瞬だったけど、妙に長く感じたな。傍目には、こっちがフラれたように見えたんじゃないか。あれ、結構、クルね。自分から言い出した癖に、惜しくなったんだろうな。


 まあ、そんなわけで腐れ縁とは綺麗さっぱり切れたわけだ。そこからは押せ押せで美人さんにアタックよ! 見た目こそ派手だけど、奥ゆかしくてね。抱くまでに半年も掛かったし、その後もなかなか出来なくてね。ああ、元カノ? あいつ、アソコが小さくて痛がるんだよ。だからほとんどしなかったな。そこら辺も別れた原因の一つだね。


 上手い事、美人さんと結婚前提でお付き合いし出して、二年くらい経った頃かな。三ヶ月後に結婚式って段階で元カノとばったり出会したんだ。こっちは彼女連れで、向こうも彼氏連れで。元カノの存在は知らせていないし、知られてもいないから、妙な事を口走らないかヒヤヒヤしたよ、あの時は。それは杞憂に終わったけど。あいつ、オレの事を高校の同級生だったとしか言わないんだ。そりゃ、共学なら女の知り合いが居てもおかしかないわな。彼女に疑われる事なく、その場は済んだよ。あれには感謝している。いくら別れたと言っても元カノと知られればいい気分にはならんからね。


 あいつの彼氏ってのと挨拶したけど。驚いた、ダサ過ぎて。量販店の広告の品をそのまま着込んだ奴なんて滅多にお目に掛かれないぜ、普通は。おいおい、お前の服装、今朝のチラシに載っていたコーディネイトじゃないかって、突っ込み入れたくなったよ。


 ま、確かにガタイは良かった、それは認める。オレよりも背は高かったし。聞けば、プロ野球選手って言うわけ。オレの彼女、何か身を乗り出したのが気に食わなかったけどね。


 オレも野球は好きだから、どこのチームか聞けばさ。ププッ、これが『パ』の球団で、そこの二軍選手だって、ハッハッハッ! いや、笑っちゃいけない。二軍でもプロになれただけ立派なもんだ。それがドラフト六位の最下位指名だったとしても(笑)。


 それ聞いたら、オレの彼女は興味なさげに無愛想になったな、当たり前か。大した肩書きじゃないと分かると、心に余裕が生まれて、近々結婚する事まで話しちゃった。動揺するかと思ったら、普通におめでとうって言われて拍子抜けしたよ。で、向こうも一ヶ月後に結婚するって。家族だけのささやかな式だって言うから、内心でご愁傷様でしたって、思わず呟いたよ。


 こっちの挙式は凄かったよ。ほれ、今、赤坂で建て替え中のホテルあるじゃん。あそこ、あそこでオレの結婚式挙げたの。紹介してくれた偉いさんはもちろん、彼女の実家関連からもVIPが目白押しでさ。費用だけでマンションくらい買えたかもしれん。費用は嫁さんの実家が出してくれたから、オレの懐は痛まなかったけどね。


 ここまでは順風満帆だったな、間違い無く。そりゃ、あの当時ならもっと成功していた奴はいただろうけど、オレとしては過不足無い満足のいく展開だったよ。


 結婚と同時に嫁さんは専業主婦になった。それは構わない、オレも望んだから。家事とかは結構頑張っていたよ。料理も偶に失敗はしていたけど、まずまずだったし。


 オレも昇進して肩書きも付いたな。『課長補佐心得』……補佐は分かるよ、補佐は。何だよ、心得って! 名刺に刷られた肩書きの恰好悪さに愕然としたね。バブル時代は不必要なほど人が溢れていたからポストが無いんだ。だから、妙ちくりんな肩書きが横行していたな。


 会社の方も時代に乗り遅れるなと、土地転がしや株投資に傾注していったよ。オレ? オレは自分に才能が無いのは知っていたから手は出さなかった。数字の上げ下げで資産が増減すると言われても、ピンと来ないし。でも、嫁さんは手を出していたんだ。嫁さん個人の貯金でするならって許可したけど、腐っても銀行務めのキャリアならバカはしないと安心していた面もある。


 実際、最初の頃は儲かっていた。豪勢な外食に行ったり、ブランド物をプレゼントしてもらったりしたから。外車を転がしていたけど、買い換えのサイクルも短かった。家? いや、家を買おうって発想は夫婦揃ってなかったな。ローンを抱え込むのもバカらしいし、昇級に合わせて高額賃貸に引っ越せばいいかって考えていたから。


 結婚三年目の年末だったっけ。あれ、知っているかい? ほら、年末の特番でプロ野球を馘首になった奴のドキュメンタリー番組があるじゃない。あれに、元カノの旦那、そう、例の二軍選手が出てたわけ。頑張ったみたいだけど、一軍と二軍のエレベーター選手にしかなれなくて、最後は肩をヤッて終わったみたい。番組の中で泣いていたよ、もっと頑張ればよかったって。怪我はしょうがないだろうに……。元カノが必死に励まして、第二の人生を踏み出すんだけど。その第二の人生が、コンビニのルート配送だったよ。普通免許でも可能だけど、選手生命がいつ終わるか分からないから、現役時代に合宿で大型を取得したんだって。そいつは凄いと褒めたくなったよ。


 元カノは子供抱えて、マッサージ師の他に夜間のバイトにも出ていたな。昔に逆戻りしたわけだ。馘首になった旦那と子供二人も抱えて大変だろうにって、他人事のようにテレビ見ていたな。実際、他人事は他人事なんだが、自分と関係があった人が転落っていうか落ち目になるのを見ると妙な気分になるね。別に怨恨があるわけじゃないから、不幸な境遇を見ると背中を石突きで突かれるような鈍痛を覚えるんだ。何か出来るわけじゃないけど。


 そうやって他人様を小馬鹿にしてきたツケなんだろうな。バブルが崩壊しやがったんだ……。


 手を広げ過ぎたんだ、うちの会社は。塩漬けになった売るに売れない土地。損切りを躊躇している間にダダ下がりの株価。右から左に売れていた商品は返品在庫の山に。


 会社が傾くのはアッという間だったよ。手堅く、って言葉が死語になっていた会社だから、当然の結果かもしれんけどね。収益のいい部署とかがバラバラに売り捌かれて、会社の実態は吸収合併で幕を閉じたよ。


 右往左往する連中を尻目にオレは恵まれていた方だと思う。嫁さんの実家に拾われたからな。手広くやっていたから、経営側の人間として商社務めのキャリアは物言ったよ。


 一息付いた処で、バブル崩壊が嫁さん実家まで飲み込みやがった。第二波に堪えられる程の余力は……。


 後は転がり落ちるだけ。バブル入社組は肩書きだけ立派だが、内実はスッカラカンでね。使い物にならない奴が多かったんだ。オレもその中の一人ってわけ。


 まあ、そこまでなら何とか堪える事も出来た。致命的なのは……嫁さんの浮気だな。いや、浮気って言い方も実はずれていてね。嫁さん、例の偉いさんと不倫関係でやんの……。本命が向こうで、こっちはATMってわけ。


 伝手を頼って再就職先に話しを通してさ、喜び勇んで帰宅すれば、自宅のキッチンで嫁さんと野郎がよろしくヤッてやがった。何かって? 察しが悪いね、男と女がヤル、アレだよ。


 アンアン叫んでいる嫁さん見て、オレ、キレたね。まず、火の点いた鍋の中身を間男……ああ、銀行の偉いさん、そいつに頭からブっかけた。あいつ、死にそうな声で吼えたね。沸騰しているブツを被れば当たり前といやぁ、当たり前だが。


 次に嫁さんが何か喚いていたけど、耳も貸さずに殴り飛ばした。馬乗りになって殴っていると、グチャって肉が潰れる感触が分かるんだ。あんた、本気で人を殴った事ってあるかい? ありゃ、最悪だ、今でも時折思い出す。あれ以来、生肉を触れなくなっちまったよ……。


 ああ、その後ね……次に気付いたら後ろから羽交い締めにされていたよ。うん、警察官に。それも三人組だったか……いや、腰にしがみついていたのも入れれば四人になるか。誰かが通報したんだろうね。倒産・失職後、高級賃貸から安アパートに引っ越したから、音漏れもするだろうよ。


 怒号が飛び交っていたけど、オレには何の事かさっぱりで。何て言うか……耳だけ塞いで、ドラマの一場面を見させられているような感じ。


 顔面が粘土細工のように変形した嫁さんだった物体と。仰け反って呻いている間男が転がっていた。間男の側にピンポン玉が転がっていて、何かなって思ったら、ソレ、目玉だったてオチでさ。オレ、どうも相手の目玉を抉りだしたみたい。おいおい、脅えないでくれ、何の因果も無いお前さんを殴る趣味は無いから。


 傷害処が殺人未遂の現行犯で逮捕さ。手錠って見た目以上に重いのな。パトカーと救急車、それに野次馬が大挙して、お祭り騒ぎだった。


 取り調べは容赦なかったよ。容疑者じゃなく、マジモンの犯罪者だから。でも、寝取られた方がオレだって分かった辺りから、オマワリの態度が軟化したっけ。


 就職活動して帰宅したら、自分の嫁さんが結婚前からの不倫相手と盛っていたんだから、男としては同情もするか……。


 んっ!? ああ、もちろん裁判も経験した。民事不介入じゃ済まないレベルだからな。国選弁護士が付いてくれた。いい先生でね、ちょっと歳は喰っていたけど。熱心にオレの話しも聞いてくれた。


 『さすがに無罪判決は難しい。示談のレベルを越えている。しかし、君にも同情為べき点は多々有る。嫁さんと間男による不貞行為を前面に押し出して、減刑を勝ち取ろう』って励ましてくれた。あの先生には頭が上がらないな。今でも、なけなしの金を費やして、先生には盆暮れの品を贈っている。まっ、大したモノじゃないけど。


 当然、事の次第が銀行や親戚連中にも露見する。嫁の両親はオレの事を悪し様に罵ったよ。それは分かる、嫁さんの顔を要整形の化け物にしたんだから。


 納得いかないのは間男の方だ。あいつ、持て余した不倫相手をオレに押し付けておきながら、いざ呉れてしまうと惜しくなったんだと。で、オレの自宅でチョメチョメする事をしていたってわけ。


 ああん!? その偉いさん、どうなったかって? もち、銀行は馘首よ。あの手の業界じゃ醜聞は命取りだからな。悪質な噂だって吼えた処で、当人が火傷のせいで包帯グルグルのミイラ男じゃ説得力にも欠ける。おまけに片眼まで失って、洒落じゃ済まない。


 刑事罰でオレは懲役三年、執行猶予五年に減刑された。弁護士の先生が奔走して、間男が不倫相手を押し付けたのは今回だけじゃないって証明してくれた御陰だよ。オレ以外にも、奴のお古を押し付けられた被害者がいたそうだ。それでも、結婚後も関係が続いていたのは、オレの嫁さんくらいらしいが。


 民事の方は、不倫と暴力で相殺された。訴えた処で、オレには財産も残されていなかったし。ああ、嫁さんが散財してね、スッカラカンさ。あいつ、リストラ後でもエステだ、ブランド物だって浮かれていたから。


 笑っちまうだろ、大学出た学士様がアッという間に落魄れたわけだ。残されたのは、前科者の無職が一人。 嫁さん? おいおい、常識で考えてくれ、半殺しにした相手と添い遂げる奴なんかいるわけないだろうに。事の次第が露見した時の、義両親の顔は見物だったよ。それまで散々、こっちを責めていたけど、蓋を開けてみればテメエの娘の股が緩かったのが原因なんだから。


 離婚も当然成立したさ。財産分与も何も、あいつが使い込んでいたから相殺でお終い。ブランド物を買うにしても金額がおかしいだろうって、詳しく調べてみたら。あいつ、日々の献立とか外注してやがった。偶に自分で作った日が失敗作の日ってわけ。ハウスクリーニングも外注だから、自宅が綺麗なのも納得出来たよ。


 子供の養育費? ああ、子供はいなかったんだ。いや、オレは欲しかったけど、不妊治療まではいいだろうって互いに話し合って。ところがさ……あいつ、不妊云々処か妊娠が不可能だった。


 えっ!? いや、オレが殴ったからじゃないよ。オレが殴ったの顔を集中だし。そうじゃなくて、あいつ堕胎してやがった。オレの子じゃねえよ、あいつだよ、そう、偉いさんの子供! 不倫相手の子供を堕ろしてりゃ、その内、妊娠も出来なくなって当然だよな。とんでもないビッチってわけ。五回だよ、五回っ! 間男の子供を五回も孕みやがった。オレの種云々関係ねえじゃん。義両親に子供が出来ないからって嫌味も言われたけど、自分の娘がビッチだって知った時の、あの顔は今でも笑えるよ。


 それ以後は散々さ。事件前の就職話しもパアッ。傷害の前科者を雇う酔狂はおらんよ。実家の両親からも勘当、縁切り。兄貴からは、『富士の樹海か東尋坊にでも行け!』って明言されたもん。二時間ドラマの見過ぎだって……。


 友人宅を厄介になりながら、どうにかこうにかしていたけど。四十路間近のオッサンなんて需要がねえわな。段々と居づらくなって、一人、二人と友人も減っていったよ。バブル絶頂期に、家業を継いだ奴や、公務員になった奴を見下していたからな。罰が当たったかもしれん。人が人を見下すと、言葉にしなくとも態度に自然と出るのかもな。


 線路にでも飛び込もうかって自棄を起こした時に、新聞拾ったんだよね。スポーツ新聞、アルミ缶の収拾している最中に。


 覚えているかな、去年、メジャーに挑戦した選手いたじゃない。そう、あの選手。甲子園で活躍して、八球団競合の上、ドラ一位でプロ入りした。ポスティングって言うんだっけ? メジャー球団と十年、三百億の契約を結んだ。


 すげえ奴もいるもんだって、記事を見ていたらさ。見覚えのある顔が片隅に写っていたんだ。誰だと思う? ハハッ、分かるかね、そりゃそうか話しの都合からそうなるよな。そう、例の元カノと二軍の旦那さん。


 旦那さん、プロを馘首になった後、ルート配送しながら、夜間の指圧専門学校に通っていたんだって。厳しいと思うよ、仕事しながら勉強するのって。国家資格取ってからも、生活の為にバイトの掛け持ちしていたって書いてあったから。


 んっ!? それとメジャー挑戦がどう繋がるかって? ああ、オレの話し方じゃ分かりにくいか。二軍旦那と元カノ、二人で診療所を立ち上げたらしい。でだ、二軍旦那はメジャー君の先輩になるんだな。あの世界って実力と実績がすべてだけど、上下関係もキッチリしているんだと。


 才能があっても高卒ルーキーじゃ戸惑う事もあるだろうさ。あの旦那君、面倒見が良かったようで、メジャー君の世話をしたみたいでね。まっ、実力があるメジャー君に直ぐに追い抜かれたわけだが、戦力外通告の後も相談とかに乗っていたらしい。そこら辺は記事に書いてある範疇でしか分からないけど。


 で、先輩が指圧師になったから、最初は義理で頼んでいたんだと思うよ。でも、ああいうのって経験がモノ言うから。ほぼ専属みたいな形で身体を見ていたら、メジャー君の身体が手に取るように分かるわけよ。


 そうなってくるとプロの人間は凄いね。身体への投資は惜しまない。専属契約料として、年間一千万円を払い込んだって書いてあった。三冠王を取れたのは旦那君と奥さん……オレの元カノね……の御陰だって紙面で語っていたもの。


 その記事の本題はここからで。メジャー挑戦に際し、二軍旦那君と特別契約を結んだって書いてあった。詳細な金額までは濁してあったけど、一部上場企業の役職級の年俸と、アメリカへの渡航費……往復ファーストクラスを旦那君と元カノ分負担するって。一ヶ月に一度、向こうに診療で行くって契約を結ぶんだから、プロ選手は豪毅だよな。


 何か、その記事見たら死ぬのもバカらしくなってね。それからかな、スポーツ新聞に元カノ夫婦の記事は載っていないか探すのが癖になって。


 ああ、続報も載っていたよ。アメリカのマッサージと指圧って別物なんだって? いや、オレも詳しくは知らないけど。筋肉を解すって意味だと同じらしいけど、経絡やツボとかは概念が無いらしい。少なくとも、欧米人には根本の処で理解し難い現象なんだと。


 で、日本から挑戦しに来た奴が、わざわざ呼び寄せてマッサージさせている奇妙な夫婦。他の選手も気にはなるだろうさ。すこぶる調子が良さそうで、疲労回復も覿面の効果が見える。メジャーの一流選手なら、どいつもこいつも金は唸る程持っている。メジャー君に頼んで、二軍旦那を借り受けるわけ。そしたら、疲れが驚く程抜ける。あのレベルになると、怪我の防止が最重要課題で、能力の向上はその後らしいな。


 そんなわけで、二軍旦那と元カレはメジャー選手からも信頼される凄腕と認められたわけだ、海の向こうで。口コミもあるだろうが、そういった実績が客を呼び寄せる。国内外の有名選手が押し掛けて来て繁盛しているって記事に書いてあった。あれだな、旦那は選手としちゃ、二流で終わったけど、曲がりなりにもプロでメシを食っていたわけだ。そこら辺も名だたるプロ選手に信頼される要因かもしれないな。


 ハハッ、情けない話しだが、その記事を見るまでは、元カノと元鞘に戻れないかなって甘い事を考えていたよ。戻れるわけないわな、夫婦で一番苦しい時を乗り越えたんだから。こっちが困ったからって靡くとでも思う方がどうかしている。


 なあ、あんた、今、どこに居る? ベンチ? そうだな公園のベンチだ。あんたは今、公園のベンチに腰掛けている。ここ重要よ。腰掛けって、ほれ、OLさんの嫁入りまでの仮初め就職を腰掛けて言うじゃない。つまり、一時的な状態を指すわけだ。


 あんたは公園のベンチに腰掛けている。一時的にだ……ちょっと疲れたから一時的な……。オレのように……居着いちゃダメだよ。就職活動、上手く行ってないんだろ。バブルの御時世とは段違いの厳しさだもんな。道を踏み外しまくって、尽く選択ミスをしたオレが言うのも何だけど。


 目先の餌にだけは飛び付くなよ。自分の事を本当に大切にしてくる人を、同じように大切にしな。ほれ、そこ、その鞄の中に隠してある紙切れ、オイチャンに渡しな。そう、それでいい、ついでに、その瓶も。中身毎こっちに……。


 こんなもの飲んで死んでみろ、有ること無いこと騒がれて惨めなだけだぞ。あんた、男に振られたんだろ、就職活動、男の方だけ上手くいったら、そいつにモテ期が来た。自分は全敗中でイライラしている処に、他の女に目移りした野郎に振られた……。そんなビックリするなよ、この内容、あんたがブツブツ呟いていたんだぜ。オレの国語力でも内容くらい理解出来たよ。


 そうか、もうバカな真似はしねえか。そうか、それが一番だ。風向きが変わる事だってあるさ、適当に肩の力を抜いていけばいい。分かったら、とっとと帰るんだ。娘っ子がいる場所じゃねえ。


 ん……ああ、安心しな、その野郎には必ずツケが来るから・





 ……オレみたいに。


年末の特番が好き。頑張って、夢破れた選手たちに幸有れ!

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