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悪役令嬢に転生しましたが、前から放浪の旅に出たかったので、流浪の令嬢にジョブチェンします。

作者: 九田無

 ◆



 石畳の上を走る馬車は、時折激しく振動し、私の体を痛みつけてくる。

 未だ文明的に低いこの世界では、たとえ国の中心地であろうと、道の舗装はなされてないも同然だ。

 気を紛らわせるために、車窓から外を見る。すると、ひどく懐かしい光景が見えてきた。数年前――私がまだ、この国の令嬢だった頃と、なんら変わりはない。

 外を見ていると、自然とため息が出てくる。膝の上で重ねられた私の手に、男の手――ゴツゴツとし、鍛えられている――がのせられた。


「ラウラ、大丈夫か?」


 ――何が?

 そう問いかけようと思ったが、そこで自らの身体が震えていたことに気づく。

 私は、知らない間に怯えていたのだ。

 揺れる馬車の中でさえ、その様子がわかるほどに。


 なんだかおかしくなり、私はほんの少しだけ笑う。


「大丈夫よ、アルベルト。――怖くなんて、ないわ」


 アルベルトの手に自らの手を重ねながら、私は微笑む。

 愛しい彼を、安心させるために。



 ◆

 


 私こと、【ラウラ・エラポス=カヴール】は“王国”の貴族だった。

 ――それも、“悪役令嬢”ってやつだ。


 自分のことを“悪役”だなんて、ひどく可笑しく見える。

 違和感も当たり前だと思う。なんたって、私は“転生者”だ。

 だから、自分の事を“悪役令嬢”なんていえる。


 おかしいと思ったのは、王立学園へ入る少し前だ。

 自室で着せられた制服。それを着る自分の姿。

 既視感が目に纏わりつき、頭は混迷の渦を巻いた。

 知恵熱のようなものを発症した私は、それからしばらく熱にうなされ寝込んだ。


 起きた時には、私は“前世の私”との融合を果たしていた。

 私は前世の“私”でもあり、“ラウラ・エラポス=カヴール”にもなったのだ。

 そして、気づいた。

 この世界が、前世での帰郷の際、妹に進められてプレイした“乙女ゲーム”だということ。

 そして私が――悪役令嬢、【ラウラ・エラポス=カヴール】だということに。


 それから、私は努力した。

 ゲームのように。ヒロインをイジメるなんてことはしない。

 全てを熱心に取り組んだ。今まで生きてきた私は、貴族としての人生に酷く執着していたからだ。

 それに、私がここにいるということは、私は一度死んだはずなのだ。ただ無為に人生を歩むなんて、出来るはずがなかった。


 そして、運命の日。

 ――“運命”は私に微笑まなかった。


 見に覚えのない罪状。ヒロインの取り巻きに紛糾され、罵倒される。

 父は私を“出来損ない”を見る目で見て、婚約は破棄された。

 すべてを失ったのだ。


 その時、私は“運命”を呪った。

 規定通りにしか動かない大いなるレールを、血の涙を枯らすほど泣きながら呪った。

 その時、【ラウラ・エラポス=カヴール】としての私は壊れたのかもしれない。

 執着していたはずの貴族人生をかなぐり捨てて、私は前世のように生きようと思った。


 その日のうちに、私は信用できる者たちを連れて逃げ出した。

 王の温情――最後の日は実家で過ごさせてやる、というのも好都合だった。

 恩を仇で返すようで、少し胸糞悪かったけれど。


 そして私は、旅人になった。

 どちらかというと、“探索者”よりの。


 私は前世で、学者をやっていた。

 現地を回り、未開の地へと行く。現地住民との戦闘もこなした。もちろん猛獣とも。

 武闘派学者さんだね、と妹にいわれたことがある。


 私は思ってたのだ。

 まだ貴族だったあの頃に。

 この果てがない異世界を回りたいと――。


 そして私は、“悪役令嬢”から“流浪の令嬢”となった。


 それからは、まさに波乱の連続だ。

 信用のできる従者――武闘派侍女メイドのパオラと、騎士なのに絵描きが夢だったフェルディナンド達と共に、西へ広がる地中海【ベロエ・アルトロ】をでて、小島群へと渡った。

 そこで発見した古代の神殿は、今でも私の誇りだ。

 けれど、そこに眠っていた“白亜の魔獣”との死闘は、いい武勇伝になったが二度としたくないと思う。

 その後、大洋を渡り、北の海にある孤島――“アルビオン”で、革命軍を手伝った。

 無事王となったあの少年は、今元気だろうか? 彼が私に抱きつく度に、フェルディナンドが「邪念がする!」と叫んでたのを覚えている。

 その後帝国に行ったら、探索者を支援する組合――【不羈の渡猫ダグマル・カールヒェン】で、【玲瓏月華】の証をもらえた。これは探索者ではないけれど、最上級探索者のような働きをしたものに送られるもので、例外的な最上級探索者の証みたいなものらしい。

 私は世に名を知らしめられたのだ。前世では果たせなかったことだ。


 その後、帝国で幾つか仕事をした。その時のことだ。最愛の“彼”――アルベルトとの出会いは。

 帝都近くで発見された古代迷宮。その大規模探索に参加した時の事だった。

 弓矢を専門――要するに後衛職である私の所には、滅多に魔物は来ない。しかし、その時は違った。

 化け物、怪物など、魑魅魍魎(ひし)めく迷宮には、達人の域に達したものですら置いていくほどの速度を持つ怪物がいたのだ。

 前世で言うハイエナに似た体を持ち、人と狒々を掛けあわせたような顔をした怪物だった。

 姿を消したかと思えば、次の瞬間、私の眼前には怪物の口内があった。

 大口を上げながらも醜穢な笑みを浮かべていたが、結局その口が私を捉えることはなかった。


 私の頭のすぐ横を通った剣が、その怪物の口へと突き立てられたからだ。

 しかし、怪物が止まることはなかった。

 執念を持ち、怪物は剣を飲み込みながら向かってきたのだ。

 “彼”は、自らの腕を差し出すように、腕を進め怪物を押しとどめた。


 “彼”は腕に怪物の牙を突き立てられながらも、私に安堵の息を漏らしながら、微笑みかけてくれたのだ。

 ただ一言、「よかった」と呟いて、彼は激高した。

 雄叫びを上げ、湧き出てくる怪物達へその刃を突き立てた。

 ――私の名を呼びながら。


 アルベルトが私に恋をしていたと知ったのはこの時で、――同時に私がアルベルトに恋をしたのもこの時だ。

 吊り橋効果というやつなのかもしれない。

 けれど、私はこの思いを茶化す気はないし、疑うつもりなど毛頭ない。

 ――彼と添い遂げたい。ただそれだけを思う。


 私とアルベルトが結ばれるのも、そう難しいことではなかった。

 周囲は祝福をくれたし、従者の二人も賛成してくれた。

 私と彼は平穏に暮らした――わけではなかった。

 

 アルベルトはある日帰ってきて、衝撃の事実を私に告げた。

 ――俺、王子だったらしい。


 私は一瞬、淑女にあるまじき声を上げた気がするが、覚える人はいないはずなので無かったことにする。

 その後も、まさに波瀾万丈といったところだ。

 王位継承権を得るかどうか、アルベルトの前に現れた元許嫁、アルビオンの王子が求婚に来たり――と、騒動は絶えなかった。

 結局何があったのかは知らないが、帝国と王国を挟む森に国を作ることになったらしい。

 帝国の支援のもと、自由の国をつくろう――、アルベルトは「ついてきてくれるか?」と不安げに目を揺らしながら、私に問いかけた。

 返答は、もちろんイエスだ。


 そうして、王国との戦いが始まった。

 あとを引くような躊躇いは、不思議なことに無かった。

 帝国からの支援に、探索者仲間達――特に組合が“自由の国”を作ると宣伝したのが大きかったのだろう。

 戦争時には傭兵にもなる探索者達の大部分が、こちら側について来てくれた。

 私とアルベルトは戦場を駆け回った。

 そして、――無事勝利したのだ。圧勝だった。


 開拓も済み、国として形になった。

 落ち着いたところで、私達は敗戦国へ条約の申し立てに来ていた。

 敗戦国とは、王国である。

 私は生まれ故郷へ、裏切り同然の行為をしに行くのだ。

 覚悟は戦争が始まるときにしたはずだったのに……、心の奥底では恐怖が燻っていた。

 なによりも、アルベルトを悲しませてしまうのが悲しかった。



 ◆



 アルベルトはなにか言いたい顔をしていたが、ひとまず引き下がった。

 私はひたすら車窓から王都を眺め、彼は時折心配そうにこちらを見るが、何もいわずに反対側の車窓に頬杖をついていた。

 馬車の中は、沈黙に満たされた。

 いつもは心地よい二人の静寂が、酷く重苦しい、嫌なものに感じられた。

 ほんの少しだけ、目がうるんだ。


 その沈黙も、少しすれば破られる。

 馬車が、王城についたのだ。

 嫌なものはなくなったけれど、もっと嫌なものが来たのだ。

 足取りは重く、馬車を降りるための段差が、地獄へ進む階段に見えた。


 護衛の従者を連れて、案内役の貴族についていく。

 王城は、居心地が悪かった。道行く人は、皆こちらを見て驚くのだ。それだけなら、まだ良かった。

 大部分は、こちらへ嫌悪の眼差しを向けてくる。

 

 ある光景がフラッシュバックする。

 私が悪役令嬢として問責された時も、それは王城で行われた。

 悪行の証拠は、私の元取り巻きとヒロインだけ。

 元取り巻きは途中で裏切ったことを踏まえると、証人はただ一人、証拠はない。

 そのありえない事実に、私は“あの日”と同じ憤りを胸に熾す。

 何者かの手が入っているとしか思えない。それが誰なのかというと、ヒロインだろう。

 そしてヒロインの後ろにいるのが、運命だ。 


 私は今までの充足した日々を亡くしたかのようだった。私の心は過去に戻り、再び運命を呪った。

 


 ◆



 二度目である謁見の間は、以前よりも暗く重いものに見えた。

 奥にいるのは、王と王妃。それに王子とヒロイン――そして、私の父がいた。

 おそらく私がここに来る前から、敵側に私がいることは知っていたのだろう。


 王子もヒロインも、そして国王も王妃も、みんな私を射殺すような目で見てきた。

 体が震え、地面がなくなったかのように錯覚する。

 そんな時、アルベルトが私の手を握ってくれた。ハッと顔を上げれば、力強い眼差しで私を見つめている。

 震えは無くなっていた。


 威風堂々と彼等の目の前まで歩いて行ったアルベルトは、何事もないように淡々と口を切った。


「では、今回の戦争における――」

「――すまない。その前に、話したいことがあるのだが」


 王子は私を睨みながら、アルベルトにそう申し出た。

 何をいいたいのかは、皆わかっていた。

 王は顔色を悪くし、王子を止めようとしたが、それよりも早くアルベルトが了承した。

 これは私がお願いしたことだ。

 出て行った私がどう思われていたのか、知りたかったからだ。


「――この裏切り者が!」

「婚約破棄されたからって、生国を滅ぼすなんて正気!?」


 そう口火を切るやいなや、私に驚くほどの罵詈雑言を浴びせてきた。

 もちろん言葉使いは綺麗だ。


 なぜ人から奪い、私を裏切った者に、こんな事をいわれなきゃいけないのだろうか。

 私は自分で幸せを勝ち取った、至極まっとうなものなのに。

 胸底で燻っていた炎が、違うものに燃火し、燃え盛る音が聞こえた。


「――ふざけないで! 裏切ったのはそっちが先じゃない! 私は何もやっていなかった! イジメをしていたのは違う子たちよ!? それを信じもしないで、私を一方的に攻めたのはそっちじゃない。それに滅ぼす気なんてなかったわよ! 彼についていったら、自然とこうなっただけ。なんで私から何もかも奪って、殺そうとした人達にそんなことを言われないといけない――」


 一度口から炎が出てくれば、それを止めることはできなかった。

 視界が真っ赤になって、歪んでいく。

 私はいつの間にか、泣いていた。


 ひとしきり叫び、私はうずくまり、声を上げて泣いた。

 そんな私の肩に、アルベルトがそっと手を添えてくれる。

 私が落ち着いた時、アルベルトは私の父を見ながら、おもむろに問いかけた。


「あなたは、なにか言うことはないのですか?」


 父は静かに、口を開いた。


「――好きにしろ」

「……えっ?」


 思わず呆けた声を出してしまうが、父は意に介さずに話を進める。


「そもそも、我が家は他の二家とは異なるのだ。“三宝家”は全て初代国王の恋人とされているが、我が家の初代は全く違う。彼女は王の妹だった。自由に野を駆け、獣を狩り、獣と戯れた。大地母神の加護を得て、彼女は大地母神の巫女となった。彼女が我が国に住み、貴族となったのも、偏に初代国王に頼まれたからだ。元来、我が家の女は自由で奔放。一国に飼い慣らされるようなものではない」


 父は不満気に語る。

 それに反発したのは、王子ではなく国王だった。


「そんな話、聞いたこともない!」

「我が家の古書庫には、しっかりと残っておりますが」


 ――おおかた、何代か前の王が不都合に思い消したのでしょう。

 そう締めくくった父は、もう用は無いといわんばかりに、謁見の間を立ち去っていった。


 扉の前で立ち止まり、父は私に言葉を残していった。


「……我が家が奉る大地母神は、月の女神だ。月は一人では輝けん。しかし、絶大な力を持つ。自由で奔放な月の女神は、自らの太陽あいてを自分で選ぶと言う。――いい相手を、見つけられたようだな。我が娘よ」


 振り向くことすらせずに、父は立ち去っていった。

 父がどんな顔だったのかを、知ることはなかった。


 その後のことは、よく覚えてはいない。

 帰りの馬車で、アルベルトが「変に大人しかったから、調印が楽に済んだよ」といっていたのを覚えている。

 

 その後こそ、無事平穏な日々といっていいだろう。

 探索者は血気盛んなものだから、あっという間に森は一つの国になった。

 

 数年後、私は王都となる都市を眺めていた。


「何を考えてるんだい?」


 後ろから、夫の声が聞こえてくる。


「フフッ、あの時のことを思い出してたの。私が頑張って言い返してやった日のことを」

「ああ、あの時か……」


 微笑み合いながら、二人で都市を眺める。

 眼下には、探索者を引退した者達の店や、他国の商人達が、和気藹々と生を営んでいた。

 夫が唐突に、目を不安気に揺らしながら問いかけてくる。


「僕は、君の太陽になれているかな?」


 私はクスリと笑い、彼の頭を胸元に抱きしめる。


「何よりも素晴らしい太陽だわ。あんな力不足な男よりもね」


 ――せいぜい一番星が限界だわ。

 そういって、二人で笑いあった。


 よっぽど運命を憎んだ。

 けれど、前世の夢だった未知の解明、そして世に名を残せた。女としての幸せ――太陽アルベルトに出会えた。

 私の人生を彩る幸福の花の全てが運命のおかげならば、運命に感謝をするのも吝かではない。


 眼下の都市が、にわかに騒ぎ出した。

 パオラとフェルディナンドがリーダーを務めている探索者の集団が、街門で凱旋をしていた。

 彼等は絢爛豪華な装飾品で体を包み、荷台には数々の財宝がのせられていた。


 そうこの国は、自由の国なのだ。

 自由の糧である宝石でできた、輝く月の国。


「――“運命”というのも、悪いもんじゃないわね」


 ポツリと呟いた声を拾ったのか、夫はこちらへ視線を向けてきた。

 私は首を横に振って、精一杯の笑顔を浮かべる。心からの笑顔を。


「――さあ、行きましょう。彼等を迎えるための準備をしなきゃ」


 私は夫の手を引き、城の中へと入っていった。



 ◆



 王国と帝国を隔てていた【大森海】に存在する王国――ヘルベレス。

 彼の国の初代王妃である【ラウラ・エラポス=カヴール】は、“探索者の国”で知られるヘルベレスに最もふさわしい王族といわれている。

 自らが未知を切り拓き、数々の冒険を経て、国を打ち立てた。

 

 かの王妃は生涯現役を謳っており、たとえ王妃となろうと探索をやめなかったという。

 ――一説では、娘が生まれた時に泣きつかれ、渋々辞めたというのもある。


 その生涯は未知の発見・解明に捧げられており、最も偉大な探索者といわれている

 彼女の死後、人々は尊敬の意を持ってこう読んだ――【探求者アナズィトン】と。




運命とは、最もふさわしい場所へと 貴方の魂を運ぶのだ。


                         ウィリアム・シェイクスピア


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― 新着の感想 ―
[一言] シリアスならもう少し設定やらキャラクターを練った方が良いのでは? 現代日本の学者が原住民と戦闘?猛獣と闘う?準備不足の盗掘者の方がしっくりくる設定ですね 敗戦国の代表が戦勝国の代表の妻を侮辱…
[一言] なぜに敗戦国に国王共々行ってるのだろうか? 呼ぶ側な気が
[一言] お父さんとは和解したようだけど 王子は嫁さん(ヒロイン)をイジメてたのは主人公だと 今でも思っていそうなモヤッと感
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