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高くそびえる白亜の剣、伸び立つそれは天を突き刺そうかとしているよう。
真ん中の高い剣を中心に周りに立つ小太刀が今にも彼方へと飛び出していくんじゃないかと思った。
赤いレンガの続く先には大きな扉が待ち構え、その左右には高い塀が続いている。
次々に馬車から出てくる生徒達は一様にその荘厳な建物の様子に唖然と口を開けて上を向いている。
「お姉ちゃんすごいわぁ」
アリアの声を聴きながらルキアも上を向いた。
これが建物なのだろうか、人が入ることができる場所なのだろうかと疑問が浮かんできたが、すぐに大きな鉄扉が重々しい音を立ててゆっくり開いていくのに気を取られる。
そしてその中から一人の影が滑り込むように入ってきた。
人垣に紛れて誰かは認識できなかったが遠くで「注目!」と低くも通る声が聞こえてくる。
「今から大講堂へ移動します!入学式が終わって後誓約の儀式へと入りますのですみやかについてくるように!」
どうやら教師らしい男の人の顔を見たかったがなにせ背が小さいルキアには人垣を超える術がない。
「あら、結構かっこいい人~」
逆に背が高めなアリアには見えていたようだ。
それを聞いて自分も見たかった、などと残念に思うもどうせ何かしらの授業で見れるだろうと諦めることにする。何事も諦めが肝心だ。
男の教師に連れられ、というより先頭にゾロゾロついていく形で場所移動を始めた彼等はこの学院の広さに圧倒されることになる。
何しろここは島全てが学院の敷地内、その中には森、荒野、野原、湖、火山などありとあらゆる地形が存在している。寧ろそういう地形だったからこそ様々な特色を持つ幻獣達を有する学院を作れたというべきか。
ここはその玄関口でしかない、この何倍もの広さの自然がこの島にはあるのだ。
講堂はまっすぐ広い石畳の道を行ったところにある。
普通ならばこういう講堂、もしくは教会の聖堂ともなるとこの世界の素を司る精霊王を模した石像が並んでいようもなのに、さすがは幻獣を操る学院、両側を挟んでいたのは雄々しくも優美なドラゴンの姿。
実際のドラゴンと同じ大きさなのかはわからないが立っている石柱は人が六人手を繋いで囲んでも届かないほどに太く、その上のドラゴンも上から見下ろしてきて気圧されるような感覚になって怖い。
細部にまで職人のこだわりを見せるのはいいが今にもこちらを噛みちぎってきそうな鋭い歯といい、ひと振りされれば一瞬で吹っ飛んでしまいそうな太い尻尾といい、羽ばたかれればこけてしまうほどの風を起こす翼といい、何もかもが圧倒的で恐怖しか浮かんでこない。
自然と横に並んでいたアリアの腕を掴む、アリアは「おっきいトカゲよねードラゴンって」とつぶやいたのを聞いてあんぐりと口を開けてしまった。
アリアの手にかかれば幻獣の頂点に君臨するドラゴンもトカゲ呼ばわりらしい。
講堂の中は全てが拭きぬけになった巨大な空洞だった。
真っ白で統一されたそれは天井に設けられた窓から差し込んでくる太陽の光で照らされ、照明がなくても建物全体を輝かせている。
長い椅子が真ん中で分かれ整然と並んでいる。
生徒たちが流れるように前からつめながら椅子に座っていくのに習いルキア達も左手側の椅子へと座る。
アリアの向こう側の少女が一瞬アリアを見てぽかんとした。
小さな話し声と響く足音だけが支配する。こういう音の空間は案外嫌いじゃない。
前を見ると大きな舞台のようなものになっていて、どこからでも壇上に上がれるように階段が床から作られている。
その両端にある柱には大きめな緑色の石がはめられた装置があったので、あれはきっと魔道具の一つなのだろう。
にしてもあのサイズの精霊石を見るのは初めてだ。
というよりもルキアのいた島には精霊石自体がほぼないといってもよかった。照明は昔ながらのランプを使っていたし、水も井戸からくみ上げて石と砂で作ったろ過装置に入れる型、結界なんてもってのほかだ。
昨日見た石煌もそうだが、この石も拳大以上の大きさをしているから価格は目玉が飛び出るほどなのだろう。
どうやら最後の生徒が中に入ったらしい、扉がガシャンと閉められて生徒たちの話し声がぴたりと止まった。
「諸君、この度はエルミリア学園に入学おめでとう。といってもめでたくもない者も少なからずいるだろうが。しかし、君たちは国から定められた通りこれから三年間をこの学院で暮らすことになる。年が違うもの、身分が違うものもいるだろうがこの学院の中では一切関係ない。みな同等であると心得るように。私はこの学院の副校長のメディスだ」
ここからは遠くて背格好ぐらいしかわからなかったが副校長というにはだいぶ若いように思えた。
「本来ならばここで校長と理事長からの言葉といったところなのだが・・・どちらもただいま不在だ、というよりずっと不在だ」
それは・・・経営形態としていかがなものなのだろうか・・・。
責任者不在とは、不信を買うのではないだろうか。
「幸いにも、この学校の先生方はみな優秀でいらっしゃるので大抵のことは心配ない。もし心配になったときはこの学校が終わる時だな・・・」
(それもどうなのよ!!)
どうやら理事長及び校長の存在はいないものと考えたほうがいいらしい。というか最初からわからない存在はいないものだ。
「では話もほどほどに今から誓約の儀式に入る、君たちの体にはすでに紋章が浮かんでいると思われる、1~最高は4ぐらいまでの紋章があると思うが、応じて誓約できる幻獣の数には違いがある、幻獣は己の意思で決まるものではなく天性の才能と相性によって決まるため君たちには抗えないことだ。しかし、少なからず彼らは君たちにとって必要な存在であるということを心得ていてほしい、決して理解し合えない相手ではない。故に最初から分かり合うことを拒否しないように」
―全ては決まっていることー
シェスカの言葉がよみがえる。
この紋章が出たその瞬間から全ては決まっていたのだ。
ルキアが誓約できる幻獣は一体、アリアも一体、アルバも一体、普通は一体なのだろうか。今の話では4体ぐらいまで呼べる人がいるそうだが。
「では名前を呼ぶのでこちらに来るように」
最初に呼ばれた人間はそりゃあもうどきどきものだろう。
名前を呼ばれ壇上に上がった少年は緊張のしすぎで手足が一緒に出ていた。そればかりか最上段にあがるときに足をひっかけてこけてしまっていた。
かわいそうとは思ったが、緊張感の走ったこの場においてこれは救いだ。くすくすと笑う声が聞こえたことによって張り詰めた糸が少しだけ緩んだ気がする。
「では、目を瞑り自分の中へ探りを入れてご覧」
メディスの声が静かに響く、不思議に落ち着く声音に聞こえるのは彼がそうするように勤めているからだろう。
少年は目を瞑り、やがて「名前が」と言った。
「そう、その名前が君の誓約者たるものの名、呼んであげるといい」
「はい・・・えーっとクリ!」
がくっと思わず椅子から落ちそうになった。他にも数人いたらしく体が揺れた。
すると彼の前にゆっくり光が現れ収縮し、中から何かが現れた。
小さい、とりあえず小さい何かだ。ここからははっきり見えない。
「リスだわ、お姉ちゃん」
「リスなの?」
「さ、中へ入れ」と教師に押されるまま一番最初の少年は一体何をよびだしたのかさっぱりわからないまま舞台の袖へと消えていった。
次々に壇上に現れるものの、馬、牛、トカゲ男、そのほかもろもろ、誰もその正体がわからないまま袖へと消えていく。
ここでは教えてもらえないのだろうか、それにしてもこれだけの数の幻獣を見たのに今だ同じ幻獣がいない、それだけ多種多様なのはいいが、まさか自分の幻獣はけったいなものになったりはしないだろうか。
(それこそレッドキャップだとしたら私いますぐここからとんずらする覚悟があるわ)
焔の揺らめきのような紋章からすると関係はなさそうだが、炎系のけったいな幻獣でも困る。お友達になれそうにもない。
だからといって水生生物でも困る。
家の近くに川があるとしてももし淡水魚じゃなかったら?それこそマーマンだったりしたら海まで通わなければならないのだろうか、いやいやそれよりもマーマンとか嫌だ。できればマーメイドのほうがいい、かわいいから。
でもできればケルピーとかがいいかな、望むならシーサーペントあたりだと仕事口が多いかもしれない。
(ああ、でも赤い紋章だったしこれで奇をてらって水生はないわね)
炎なんてあまり思いつかないのだが。
「お姉ちゃん、呼ばれてるわ」
こそっと耳打ちするアリアの鈴音にはっと現実に引き戻されたルキアは慌てて壇上に上がった。
ここに来ると一気に視界が変わる。
一段上になっているから座っている生徒の顔がはっきりと見えるし、それが全部こちらに向いているのかと思うと言い知れぬ恐怖が湧いてきて背中にたらりと冷や汗が流れた。
こんな大舞台上がったことがないから緊張して胸がドキドキいってきた。
「トランゼム、では先ほど言った通りに」
「は、はい!」
(確か自分の中に探りを入れるんだっけ・・・あれ、探りってどうやって入れるの?目ぇ瞑ればいいの?)
よくわからないがとりあえず目を瞑ると、黒ではなくてちょっと白みがかった黒が目をおおった。
ゆっくり息を吐き出す。そしてもう一回、もう一回。
吸う吐くを繰り返しやがて黒の中にわずかに色が見え始める。
それは、一瞬のゆらめきだったが、次第に大きく、そして激しく変貌を遂げルキアの眼前に現れる。
大きく、雄々しく優雅、けれど同時に畏怖の感情さえも浮かんでくるほどに強い。
(でも、綺麗)
そう、それは見る者全てを魅了するかのように美しかった。
これが大空を舞う姿はさぞかし優美だろう、そして何もよりも恐ろしいだろう。
炎、それがこれの名前だ。
これの名前は
「ルーク」
その瞬間目を開いたルキアの前に火柱が降りてきた。
ざわめく講堂、火柱は飛沫を吹き上げるがどういうわけか生徒側にまで届かず舞台の柱の位置で弾き飛ばされていた。
どうやら柱に埋め込まれた緑の精霊石は現れた幻獣が暴れても大丈夫なように被害よけとして設置されているらしい。
火柱はやがて飛散しそして収縮していく。
しゅるしゅるとしぼむように縮んでいくその先にいたのは。
「・・・」
「・・・」
黒い硬そうな皮膚に覆われた姿は細長くルキアの片腕ほどにあるのではないだろうか、その先から伸びる細い尻尾は先程から不機嫌そうに床に叩きつけられている。
半目になった瞳は爬虫類特有の金色で瞳孔が細い。
よく見れば足には結構鋭い爪が備わっていて引っかかれるといたそうだ。
「・・・」
「・・・」
そう、つまりは・・・トカゲだ。
しかも確実にこちらを見つめ返してきている。
(あれ、さっきの炎は何!?)
黒の、清水の傍に住んでいそうな伝説の何とかウオのような姿からは炎にはいきつかない。
「こほん」
ずっと金色の瞳と見つめ合っているとようやく衝撃から立ち直った教師がわざとらしく咳払いをした。
それにハッとしたルキアはごまかし笑いを浮かべながら、トカゲに近づく。
(うん、これはトカゲトカゲ、うちにヤモリだっていたんだもの、ちょっと大きいだけなんだから平気よ私!!)
おそるおそる近づいて犬猫にするように脇に手を入れ持ち上げる。
案外軽い、そして意外とやわらかい皮膚に驚きながら不機嫌そうにも大人しくしているトカゲを運んだ。
舞台の裾はすぐに扉になっており、そこをくぐると広めの部屋に入った。
どうやら休憩室か控え室のようで何も無い空間に黒い制服をまとった人が数人、これは現生徒、そしてさきほどまで壇上にあがりルキアと同じくドギマギしていただろう普通の格好の生徒、新生徒がいた。
その他は幻獣だ。今いるのは小さな葉っぱを持った女の子、異国じみた服装を身にまとっている。
手のひらサイズで誓約者と思わしき女性との手の中で不思議そうな顔でこちらを見てくる。そしてもう一人、女生徒の腕には赤ん坊ほどの大きさの奇妙な鳥が止まっていた。全体的に薄い青色を帯びたその鳥は上半身が小さな子供、腕が羽になっておりお腹から下も鶏とか、その類の足をしていた。きょとんとした目はかわいらしいが全身薄い羽毛になっているため見たことのない異様な感じになっている。
二人(?)に共通しているのはこちらを不思議そうに見ているということ。
(な、何何その目は!?私そんなに不思議生物!?こいつだってトカゲだし・・・はっまさか捕食物!?)
鳥はトカゲを食べる。あの小さな葉っぱ少女がトカゲを捕食するのは衝撃的だがもしかした狩りとかをして「ひゃっほーい!今日の獲物だー!」ということにもなるかもしれない。
せっかくの誓約者を食べられてたまるか、と体の影へ隠す。
その時、後ろでざわめきと歓声があがった。
全員の注目がトカゲから後ろへ回った時、それは堂々と中へ入ってきた。
「いっ!?」
黒光りする巨大な体躯、成人男性の身長など彼の胸元ほどか、歩くたびにガチャガチャと音を立て重なり合う金属と金属、そして腰には人の半身ほどの長さのあるロングソード、はためく赤いマントは威風堂々としている。
しかしながら、ただ一つ彼に足りなかったのは。
「頭が・・・ない」
そう、あれば完璧に城に飾られた一級の美術品だというのに彼にはそれだけがなかった。
「デュラハンだ・・・首無し騎士だ」
それは、有名な妖精種の幻獣、首無し騎士デュラハン、彼は深い森の奥から現れ二頭立ての馬車を駆り、死期の近い者の首を刈り取っていくのだという。
後ろから呆然といった顔で現れたのは、なんとアルバだった。
アルバは後ろから彼の姿をよくみようと前へ回り込む。
別に彼、デュラハン自身は自ら何かしているわけではないのに、この場には異様なまでの緊張感がただよっている。
それは彼がもたらす死という力のせいか、それともその巨大な体躯のせいかはわからなかった。
しかし、次の瞬間その緊張感はもろくも崩れ去ることになる。
「やあやあ、皆の者、この雄々しき姿をその目に焼き付けておきたい気持ちは痛い程よくわかる!しかしながらこのナインハルト闇夜に忍ぶ闇の者故そのように好奇の目に晒されることなど予想だにしておらなんだからな!少々気恥ずかしく思う!ふむ、どうしてもというのならば不詳のこの主を見るがいい!まだまだ弱小ながら我を呼んだその実力計り知れんかもしれぬぞ!今はちんくしゃでもな!」
「・・・」
「・・・」
「・・・えっと・・・意外に、親しみやすい、のかな」
(先輩が困ってるっ!!)
ずずいと前に出されたアルバも心をどっかに飛ばしたような顔をしている。
どうやらこのデュラハン、頭がないくせにおしゃべりなようだ。頭ないのに。
「えっと、とりあえず女子生徒はわたしとついてきて、寮へ案内するから」
「むむ!女性を待たせるとは何たることか、さっさと案内してさしあげぬか」
「怖い容貌なのに意外に愉快な人だな・・・」
人、でいいのか、これは。
まだ何か朗々と喋っているデュラハン及びナインハルトと相変わらず心をすっとばしたアルバをちょっと振り返りながらルキアは拳を握った。
(頑張れ!アルバ!!)
全く他人事である。