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ぴちちちち


小さな鳥の鳴き声でゆっくりと気持ちのいいまどろみから意識が浮上していく。

目を開くと、見慣れた木造の屋根ではなく硬質な石造りの屋根と小さいながら豪華なシャンデリアが見えて一瞬、ここはどこだ?と思ったがすぐに覚醒して。


(そっか・・・あたしクレアードにいるんだ)


召喚学院がある街、クレアードにいることを思い出すと起き上がった。

毎日家族の朝ごはんを用意してから菜園に向かい洗濯をし昼ごはんを作ってまた菜園、休憩してから掃除をしたりなんだり、母がいないのでどうしても家事はこちらに回ってくるのでルキアの生活は主婦となんらかわらないものだ。

それがなくなったというだけなのだが、酷く空っぽになったような気がする。


(いやいや、今日学校行かにゃならんし)


両足をあげて勢いづけて起き上がるとベッド横のカーテンを開け、ブラウスに手を伸ばして着替え始めた。

さして裕福ではないルキア達の服は実にシンプル、ブラウスにロングスカート、地味だけど清潔感は大事にといった服が多い。

全身を映し出す鏡に映るのはぽてんとした体つきをした赤い髪の少女、さわやかな水色のロングスカートに対して赤い髪だけが異様に浮いているような気がするがもう気にしないことにした。

昔はアリアのような見事な金髪に憧れもしたがこれも何年も付き合ってくると愛着がわくものだ。くるくるした髪に手櫛をくわえてはねるのだけは押さえて軽く髪留めで止める、それだけでもおぼこい印象からは離れられる。


(さて、と)


気合が入ったところで毎日の日課へと入り始める。

ドアから出て妹が宿泊しているはずの部屋の前までくる、木造だが高級そうな材質で作られたその前に立つと拳を作りドアを大きめにノックする。中まで響き渡るように鋭くするのがコツだ。


「アリア!起きてる!?」


大きめの声で言ってみたが、返事はない。

ため息一つ、ドアノブに手をかけると難なく回った。


(無用心っ!!)


階ごとに男女別にしてあるものの男がここに進入してこない保証はどこにもない。特に、贔屓目に見ても美少女であるアリアが襲われないなどということはないというのにこの妹は無防備にも開け放したままだったのだ。


「アリア!あれほど戸締りには気をつけなさいって言ったでしょ!?っていうかいい加減に起きなさい!!」


ずかずかと容赦なく入ると盛り上がったベッドの膨らみを引っペがす。


「・・・っ!」


一瞬息が詰まった。

白いベッドに広がる金糸の髪、日の光りに当てられてもなお白さが目立つ見事な肌、ただ、左肩から背中に広がったひきつるような皮膚だけが完璧な容姿を汚している。

刹那脳裏によぎった光景を振り払うようにルキアはわざと怒ったように声を荒げる。


「・・・あ・・・アリァアアアア!!」

「んぅ~?おねぇちゃんおはよぉー」


ゆるゆると蒼い眼が開かれる。

思わず「ニンフ!」と叫んでしまいたかったが今はそんなことをしている余裕がないのでここも遠慮なしに腕を掴んで無理矢理起こすと、荷物の中からポイポイっと服を投げてよこす。


「さっさと着替える!」

「えーこれダサ」

「い・い・わ・ね!?」

「はぁい」


未だ全裸でベッドの上にいる妹を腕を組みながら見張る姿はまるで母親。

ゆるゆるした動作で服に腕を通すのを思わず手伝ってしまい後で後悔するのもいつもどおりと言える。

まだぐずぐずしているアリアを連れて朝食のために下のレストランへと向かう。

宿泊客には無料で解放されているそこはおそらくみんなルキア達と同じ今日からミリアリア学院に通う生徒なのだろう、下は10にも満たなそうな少年少女から上は20歳くらいの男性女性まで見事にてんでバラバラな歳の男女が集まりわらわらとうごめいていた。

こんな人ごみに慣れていないからか、ちょっと吐き気がしてきたルキアは口元を抑え、それでも無料という言葉のためにそこへ足を踏み入れる。


「いい、アリア。適材適所という言葉があるわ」

「そうねお姉ちゃん。ここは敵ばっかりだものね」

「そのテキじゃないんだけど、まあいいわ。アリアはきっちりかっきり席を取ってくるのよ?」

「ええ、任せてお姉ちゃん。わたし頑張るわ」


にっこり、と花丸がつきそうなほど完璧な微笑みを携えて人ごみに消えていく妹を見送り、ブラウスの腕をまくりあげ戦場へと向かった。

村でも月一にやってくる行商人相手に幾度も戦績を上げていたルキアである。

太い体でありながら人の間を滑るようにかいくぐり、相手が抜かされたとも気づかぬ間に目的のものを攫って行く、空を行く鳥が海の魚を捕食するがごとく早業で駆け抜け、そしてその両手には二つのお盆をその上に食べきれるかわからないほどの食べ物が乗せられていた。

一方人ごみのその向こう側のアリアは言われた通りにきっちり席を確保していた。

カウンターでさえも混み合っている中でたった一人で四人用の大きめのテーブルに座っている姿はちょっと浮いていたが、周りでざわざわと遠巻きにしている男子を見るとすぐに得心がいった。


(うんうん、適材適所)


にっこり営業用の微笑みを浮かべて手を振るだけでさきほどまでこの場所を陣取っていたであろう彼等は色めきたち幸せそうな顔をするのだ。

ずるいと言うなかれ、幸せそうならいいじゃないか!


「お待たせ」

「うわあ、こんなにいっぱい食べきれるかしら」

「いいわよ、全部食べなくても私が食べるから」

「お前、これ全部食べたら昼飯分くらい食べることになるぞ。んなんだからいつまでもおばちゃんたいっ」


けい、と続けようとした誰かさんの鳩尾に拳が入ったところでルキアは席に座った。

机の下に消えた誰かさんは震えながらはいずり上がってようやっと復活する。


「アルバ、今頃何?アリアより起きてくるのが遅いなんて問題よ。これから学校なんだから規則正しくいかないと」

「昨日はお前たちに連れ回されて疲弊したの。主に精神が削られて仕方なかったっての」


アルバは言うと当たり前かのように二人から一個ずれた席へと腰をかける。

ルキアもアリアもそんなアルバに何も言わないので、これが彼等の距離感なのだ。

「あら、昨日はそんなに疲れることがあったかしら?」などとアリアはすっとぼけた反応をしていたが、ルキアはちょっとアルバに同情したくなった。

夜の街、入学式の頃になると街はお祭り騒ぎになるらしく、騒がしい街は余計に騒がしくなって人通りも多かった。

そして通りすぎる人が全員が全員アリアを二度見するわ、追いかけてくるわ、あまつさえ誘いに来ようとするわ、それをさりげなく、かつ隙もなく避けるのは至難の技であった。

ルキアも協力したとはいえ、そのしわ寄せは主に連れ立っていたアルバのところに恨めしい視線という形でよっていく。

あれはきつかろう。慣れたルキアでもちょっと奇声を上げたくなった。


「うんうん、ちょっとばかし同情してあげるわ」


すすす、と自分のプレートをアルバの方へ向ける。

プレートには皿が三枚お椀が二つ、どうやったらそんなにきっちり入るんだというぐらいの容量で乗せられていた。


「おま、本当にこれ取りすぎじゃね」

「だいじょーぶ、入れれないことはない」


そう言っている間にも隣のアリアの皿が全て半分ほど無くなりかけていた。

大食管娘。細い体のどこに入るのかわからないがアリアは昔から大食いだ。それに釣られて一緒に食べてしまうと後々後悔することになる。これは身をもって体験しているから確実に。



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