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ホテルは地図の通りそう遠くない街の中心部に存在していた。
「・・・」
「・・・」
ホテルを見上げて呆然とする影数人。
「えっと・・・これ、だよね?」
「これ、のはず」
「これだね~。さ、入ろう!」
「「ちょっと待った!!」」
あっさりと中へ入ろうとしたアリアを両脇から止める。
「もしかしたら違うかもしれないから慎重に、ね?」
「そうだアリア早まるな」
「何度も確認してみて状況が真実だと告げるのならそれがどんなに信じられない事でもそれが事実なんだよ?二人とも」
「・・・あれ、何かアリアにすごくまともなことを言われた」
「この子は至極現実主義者よ、アルバ」
至極まっとうなことを言われて頭を抱えそうになるアルバにルキアは言い放った。
目の前に広がる現実は二人を逃避させるのに十分な威力を持ち合わせていたが、日ごろ破天荒なことを繰り返すアリアにこんなことを言われたら納得せざるを得なくなってしまう。
白い石をくりぬいたように作られた外壁には細やかな、何かの葉が一巡するような柄が掘り込まれ、見えるベランダの手すりにも同じような彫刻があり、出入り口になる観音開きの鉄製のドアは開け放たれ両脇にはここを守っているのだろう、兵士らしき人間が二人いた。
中には大きなシャンデリアに前面絨毯がひかれ行き交う人たちは服装からして豪華だ。
掲げられた看板も金縁で流れるような文字で「ホテル・テルズ」と書かれている。
どうやら自分達と同じように田舎かどこからかやってきたのか、同じような年頃の子が何人か同じような反応をしているのが少し面白かった。
この学校に来る子供達のほとんどが地方からやってくるのだと改めて自分達だけじゃないんだ、こんな異常事態に驚いているのは、と安心することができた。
「お姉ちゃーん、ここいつもは普通のホテルなんだって~」
いつの間にか離れて兵士にこのホテルのことを聞いていたらしい、アリアが手をぶんぶん振っている。
ここまできたら入るより他にない、と腹をくくりずんずんと前へ進む。
「ほら行くわよアリア」
「はーい」
真っ直ぐ目の前にある大きな受付カウンターへ行くと、優しそうな女の人がおりその人に話しかける。
「あの」
「はい、いらっしゃいませ」
にっこりと営業スマイルで迎えられる。
「えっと、ここいくらですか?」
「いきなりすぎんだろ。俺たち召喚学院の新入生でここに泊まるように言われたんですけど」
そう言って入学許可証を出す。
それに習ってルキアも入学許可証を出す。
それを見た受付嬢は流れるような口調で「はい。確認させていただきますね」と言った。
三人の入学許可書を先ほどフィンドルが使っていたような端末の中に入れて何か作業をすると「はい、確認が取れました」と言ってすぐにそれを手元に返してきた。
「では部屋がトランゼム様お一つずつお隣と、コーンウェル様は別階となりまして」
「あ、あの!」
「はい?」
言葉を遮るようにルキアが言うと不思議そうな顔で見られる。
「料金はいくらで・・・?」
「ああ、無料でございます」
「へ?無料?」
「はい。この施設は召喚学院が運営しておりまして、一年でこの季節は学院が貸しきっております。その期間でしたら学院関係者は無料になります」
「そうなんですか・・・」
「はい」
流れるような口調で答えられてルキアはぽかんとしながら力なくそれだけ言って、渡されるホテルの部屋の鍵を受け取った。
そして案内された昇降機前にまで来てぽつりと呟く。
「国家権力万歳」
「やめろよ・・・」
呆れたようなアルバの視線も気にならなかった。
用意された部屋は一人部屋にしては信じられないほど大きな部屋だった。
別階となっていたためアルバとは別れ、隣のアリアとも別れたルキアは自分の部屋を見て回った。
といってもそんなに広い部屋ではなかったが、個室にシャワールームに洗面台、向い合わせになったソファと机にその奥のシングルベッド、これだけで自分は暮らしていけるんじゃないかと思うような部屋だった。
窓を開けると小さなベランダになっておりその向こうにクレアードの街並みが見ることが出来る。
もう夕暮れか、街並みの向こう側に丁度山があり、山の稜線の中に夕日が飲み込まれていく様子がよく見てとれた。
空は藍色から橙色に変わっていき、一番星が輝き始めている。
ルキアは手すりに頬杖ついて街並みを見下ろしてみた。
こうして落ち着いてみると、何もかもが違う風景にルキアは遠くまできたのだな、と実感した。
ど田舎も田舎、旅行者も旅人も滅多に訪れないような場所にあったのでこんな街に来るのさえ珍しい。
これから5年、この街、いやこの街の外れたところにある召喚学院で暮らすのかと思うと不思議な気分だ。
おそらく5年間一度も家に帰ることはできないだろう。
行き帰りの馬車代だけでも馬鹿にはならないし、行き帰りの道のりも大変だ。
ここまで来るのにも5日もかかったし、馬車代は後々召喚学院の方から下りるといっても長期休暇の間の馬車代までは出してくれないだろう。
「・・・あー何か暗くなる」
独り言で誤魔化してみるものの、やっぱり故郷は懐かしいし、離れている父のことも心配だ。
田舎だから父に何かあったらすぐに隣人やら村人やらが駆けつけてくれるにしても一人にしている父は心配だ。
ルキアはアリアと父ハンス、そしてハンスの相棒であるユニコーンのフォルスと一緒に暮らしていた。
そう、父のハンスもまた召喚師なのだ。
相棒はユニコーン。
ユニコーンは水色がかった青銀の鬣を持ったとても美しい一本角の馬だ。
地上でもっとも走るのが速く、その力は馬5頭分をもはるかに凌ぐと言われおり、父はフォルスと共に隣町まで野菜や小麦を売りに行く手伝いをしていた。
それにくっついて行ってたのがアリアである。
ユニコーンは清らかなる乙女にしか懐かないとされているが、何故か幼い頃からアリアには懐いてルキアには懐かなかった。
必然的にアリアは父の手伝い、ルキアはその間の家の手伝いという役割分担になり、おかげで腕力も握力も家事の腕もガンガンに上がっていったが、まさか自分が召喚師になるとは思わなかった。
ルキアは右の二の腕にあるであろう緋色の紋章の部分に服の上から触れた。
15歳の誕生日の朝、服を脱いだ時に見た大きな姿身に映った自分の姿に驚愕した。
あいかわらずぽっこりと出たお腹、ぷよぷよと触ったら気持ちの良ささそうな二の腕に不思議な形をした文様が浮かんでいたのだから、そりゃあ驚く。
一瞬アリアの悪戯かと思ったがよくよく見るとそれは炎のような形になってその周りを複雑な模様が囲んでいる。
悪戯でこんな複雑な模様を書くほど手間をかけるわけがない、と思ってからこれは本物だ、という考えにいたるまで5分もかかってしまった。
それからは大騒ぎだ。
隣の部屋にいたアリアにもまた紋章が浮かび上がっていたのだから。
彼女のは左胸の部分に若葉のような緑色の紋様で虫のような羽が一対広がっていてそこから上下に蔦のようなものが広がっているものだった。
双子でも全く違うものが浮かび上がったらしい。
ついでに父のは銀色に光る角のような模様が腰の部分にある。
「こういうのに血は関係ないからな」
と言っていた父の言葉を思い出す。
確かに召喚師は血とは関係なく突然に現れるものだが、幼馴染のアルバにも紋章が現れたと聞いた時には驚いた。
彼の紋章は真っ黒で剣と切り裂いたような傷がある紋章だった。
この村から三人も召喚師が出るぞ!と村中大騒ぎして村の家々から資金を集めて馬車を調達したのだ。
本当はフォルスがひけば一番お金がかからなくて済むのだが、丁度隣の町で受けた大きな仕事が入っていて無理だったのだ。
どうやら父は二人が召喚師になるとは思ってもみなかったらしい。
(でもこうしてみると、血が関係ない、なんて思えないわね)
実はアルバの父も召喚師なのだ。
しかも、彼の扱う相棒はワイバーンというとても巨大で力を持った幻獣。
この幻獣を操る人間ばかりを集めたワイバーン騎士団というのがこの国の主戦力であるため彼の父もここに所属していて今も現役で幻獣討伐などにくりでているらしい。
昔「なんでお父さんはワイバーン騎士団じゃないの?」と聞いたことがある。
「フォルスは戦闘向きじゃないのさ。角も折れているから他のユニコーンより力がないしね」と苦笑いしていたのを覚えている。
アルバの夢は幼い頃から召喚師となり、そしてワイバーン騎士団に入ることだった。
だが、ワイバーンを召喚できるかどうかは今のところわかっていない。
何故なら召喚できる幻獣は召喚するまでわからないのだから。
全く望んでいなかった幻獣に遭遇することだってある。
そしてそれは一生ついてまわる。
だが紋章を見る限りでは可能性がないわけじゃないと父は言っていた。何しろ既に剣の紋章が入っているのだ、何かしら騎士とか剣とかに関する幻獣が現れるだろう。
「お姉ちゃーん」
こんこんというノックとともに思考の渦に沈んでいた意識が一気に浮上する。
どうやら結構長い間考えていたらしく街並みはすっかり夜に染まり灯明で照らし出された街は夜なおその形がわかるほどに明るかった。
「はいはい、入っていいよ~」
最近までノックなんてしなかった妹がノックをちゃんとしたことに笑みを浮かべて出迎えるとアリアは片手にハンドバッグを携えてどこかに行くかのような格好だった。
「あれ?どっか行くの?」
「外にご飯食べに行きたいの。お姉ちゃんも行こうよ」
「あ~ここご飯出ないの?」
「ううん。出るって書いてあったけど」
「何に」
「ホテルの案内、ほらここにあるでしょ?」
そういいながらアリアは備え付けのテーブルの上に置いてある薄い紙を指差した。
そうだったのか、全然気づかなかった。
「出るならいいじゃない。ここで食べましょうよ」
「ええ~・・・だってこの街にいるのって今日しかないのにホテルで食べたら勿体ないよぉ。外で食べようよ」
「え~でも」
夜の街は危ない。
特にアリアのような美少女には。
とりあえず自分も女は女だ。
女二人は危ない。
どうしようかと考えていると、一つ提案が浮かんだ。
「じゃ、アルバも誘いましょ」
一応男のアルバも一緒なら変な奴等が来る確率は半分以下になる。
本人が聞いたら激怒しそうな事を考えながら言うとアリアは「うんうん、別にいいよ。だから行こう!」と特に気にした様子もなくルキアの手を取って引っ張り出した。
幼い時と変わらないその行動に笑みを深める。
ホテルは二階から男、女、男、女で区切られており、四階までは貸切状態になっていて上は空白、このホテルは10階まであるので6階分が丸々空白になっているという。
何故こんなもったいないことをするのかと思ったが、警備のためだろうと納得した。
召喚師はこの国の宝とも言うべき人材なのだ。それだけする価値があるということだ。
二人は階段で一つ下の階に下り、アルバがいるであろう四階の部屋へと直行した。
赤い絨毯がしきつめられた床はあるくとふもふと歩き心地がいいものの、この絨毯が一体いくらなのか、そしてこれを汚して掃除するだけで一体どれだけの人材費と費用がかかるのだろうかと想像するだけで壁際でつま先歩きをしたくなったがこれからはこういうことが多いだろうから慣れておかないと、とその一心で頑張った。
アルバの部屋の前までやっとたどり着いてノックすると、返事もなくそのままドアが開く。
「何だ、お前等か」
「あたし達以外に誰があんたんとこのドア叩くのよ。それともここでもう知り合いでもできたわけ?」
「いんや。もっと優しくてかわいげのある女の子が俺をエントランスで見初めて」
「はいはい。妄想爆発はいいですけど、あんた暇でしょ。ちょっと顔かしなさいよ」
「お前は野盗か何かか」
「わたし達外でご飯食べたいんだけどアルバも一緒に食べよう?」
「ま、せめてこれぐらいだな」
「うっわ!あんたアリアを最低ラインにしてたら一生女なんてベヒーモス以下に見えるわよ!」
「お前、自分の妹をどんだけのもんと思ってんだよ」
「せめてウンディーネぐらいね」
「・・・」
せめてが美女の姿をしているというウンディーネか、と突っ込みたくなったが今更この姉馬鹿、いや馬鹿姉は止められない。
「しゃあねえな。おごれよ」
「半分割り勘ね。」
「俺損するじゃねえか!」
ぎゃんぎゃん言いながら三人は夜の街へと繰り出していったのだった。