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「今更ね~、何とも言えないんだけどさ~、いい加減ね~、自覚ってものをしなさい!」
ビシイ!と人差し指を可憐な美少女につきつけてルキアは叫んだ。
周りに誰もいないのが幸いしたが、ここは立派な人通りのある道だ。
さきほどまでいた路地裏でもない。
昼下がりの日差しがゆるゆると照りつけて、彼女の燃えるような赤い髪が炎のように揺らめいた。
「人を指差しちゃいけません」
「あ、ごめんなさい。ってちがああう!!」
うがあ!と口を大きくあげて言うところころと妹、アリアは笑った。
「私難しいこと言ってる?道を聞く間待っててって言っただけよね?何で数分のうちに絡まれてんの?」
「さあ?何故かしら?きっとみなさんお暇なのね」
ほえほえと応えるアリアにルキアは一気に脱力を覚えるのだった。
もうアリアに怒るのはやめにして歩くことに集中することにした。
この街はとにかく大きくて入り組んでいて迷いやすいのだ。
先ほど通行人に聞いた道を忘れる前に目的地につかなければならない。
この国フィアド王国は大小様々な島から成り立っており首都がある島は王の島王島と呼びそこを中心に端に行けば行くほど田舎と認知されている。
その田舎の島で育ったルキア達が目指しているのが王島から南東にある島、通称召喚島クレアード、クレアードは二つの島からなっておりそのうち一つがまるごと召喚師の学園エリミリア学院、こちらが本島でここクレアードの街がある方が離島とされている。
ここにあるのは学院の支部、その支部こそが彼女達の目的地だ。
彼女達は今年からその学院の生徒となるため、受付を支部にしに行かなければならないのだ。
「ねえ、お姉ちゃん。わたし達どんな幻獣を誓約者にできるのかしらね」
「そんなの行って呼び出してみなきゃわかんないよ」
ひょこひょこと飛び跳ねるように歩くアリアを横目に言った。
アリアが歩くのと同時に揺れる金色の髪と、自分の視線に入る赤色の髪を見比べてため息をつきたくなった。
アリアの髪に比べて自分の髪は赤色で煌々と燃え上がる炎のような色をしている。
華奢な体躯に比べて自分は細いどころか太い、かっぷくがいいとまではいかないが「まあ健康的」といった曖昧な表現をされるような体格はしていた。
ルキア達の島は野菜や穀物といった農作物で生計をとっていたため小麦が多く取れる。
近場の村は温暖な気候に恵まれており砂糖の原産地でもあるためお菓子作りなどにことかかない。
そのためかルキアはつい自分でお菓子を作って自分で消費してしまう。
畑仕事で動くから消費はされるが若干残った結果がこれだ。
(うふふふ・・・今更後悔しないわ。自分のせいなんだもの)
自業自得といってしまえばそれまでだが、ルキアは痩せようとは思わなかった。
「どんな幻獣を召喚したっていいけどね。私は役に立つのがいいわ」
「例えば?」
「ん?えーっと・・・ペガサスとか、ユニコーンとか、カーバンクルだと嬉しいわね。小さくても幸運を連れて来てくれるんだもん」
「ユニコーンなら家にいるじゃない。空を飛ぶのは怖いわ。カーバンクルはかわいいけど。もっとかわいいものがお姉ちゃんには似合うわ」
「冗談よしてよぉ。あんたじゃあるまいし、かわいいものより実用的なもの!」
どうやらアリアはルキアにかわいさを求めていたらしい。
ルキアはそれよりも実用的で実生活で使えるものがいいのだ、彼女のご希望には到底そうものじゃない。
この世界ラ・ファーガには幻獣と呼ばれる危険な生物が存在する。
その幻獣を召喚し、共に戦い協力し合うのが召喚師であり、彼女等がこれからなろうとしているものである。
召喚師と共にいる幻獣は誓約者と呼ばれ特別視される。
召喚師は誰でもなれるものではなく、召喚師の才能を持つ者の体のどこかに紋章が現れるのだ。
大体は多感な時期10代で現れ、その紋章が現れるとこの国では強制的にここクレアードにある召喚学院に入学させられる。
全ての学費は国が負担し、その備品も支給され、全寮制、この街で生徒として暮らす以上この街の店では割引がきく。
そして卒業して後は各地に派遣されたり特殊な職業についたりするのだ。
この国フィアドでは精霊石と呼ばれる全ての動力源となる石が貿易でしか輸入されないため、精霊石を大量消費する職業である他国の竜狩人や竜騎士が存在しない。
そのためこういう特殊職業が発達したのだ。
かつ、召喚師は何故かこの国でしか生まれないため、この国の人間は他国では特別に見られている。
ルキアはそっとあたりに目をくばせてみた。
もしかしたら学院の生徒が歩いているかもしれないと思ったからだ。
けれど道行く人々は村の人よりお洒落なだけの普通の人々が歩いているばかりだった。
(なーんだ。結構普通の街なのね)
ほぼ初めての街で、しかもこの国の主要都市の一つであるクレアード、召喚学院を戴くこの街なのだから平気でそこらに学院生徒と幻獣が闊歩しているものかと思ったがそういうものではないらしい。
(でも変なのは変なのかしら、結界もないし)
都市と呼ばれる場所には結界と呼ばれる精霊石を原動力にした幻獣避けの装置が存在する。
村にはそんなものはなかったが大きな街にもなるとそういうものがあると聞いたのだが、どうやらここは無いらしい。
(まあ、幻獣が街やらを襲うのってまれだし)
この近くには召喚学院があるのだからそんなに必要ないのかもしれない。
「えっとここを右に曲がった白い建物っと」
甘い臭いを漂わせているお菓子屋に目がいきそうになるのを戻してその横を曲がると、左へと湾曲する道の先に白い石で作られた建物が見えた。
四角いだけの石の入れ物のような印象を受けるそこにはルキア達と同じくらいの少年少女が行き交い何やら話しあっている。
その手には共通して薄い板のようなものが握られていた。
「お姉ちゃん、アルバがいたわ」
人差し指でアリアが差す先に見覚えのある顔を見つけた。
くすんだ赤茶けた髪をした黒い目の少年、顔立ちはまだ幼さが残っており頬に大きな傷がある。
本名アルバート・コーンウェル、二人の幼馴染で頬の傷はふざけて上った木から落ちたというだけの何とも間抜けた理由でできたものだ。
アリアの声に気づいたのかアルバは薄い板に向けていた目線を上げた。
少々目つきが悪いがこれが彼の普通なので二人はもう気にしない。
ルキアは周りの少年及び少女達の視線がアリアに向けられるのを感じたがいつものことだ、と黙殺した。
「お~。遅かったな」
「遅かったな、じゃないわよ。あんたが街に入った途端さっさか行っちゃうからこっちは時間食ったんじゃない」
腕を組んで仁王立ちするルキアにアルバはしごくめんどくさそうに
「お前等のペースに合わせてたら日が暮れちまうんだよ」
「あら、でもまだお日様は出てるわ」
「そーだな」
ずれた言葉を放つアリアにも慣れたもので軽くあしらう。
ルキアはアルバのこういう態度が何気に気に入っていた。
見目の有無は言うものの彼はアリアに媚を売ったり迫ったりはしない。目が慣れたんだと思うが、アリアを見すぎて目が肥えてたらどうしようとかも思う。
(アリアに見慣れたらそこらの女なんてレッドキャップよね~)
またも醜悪な顔立ちの幻獣を引け合いに出してルキアは妹を心の中で自慢する。
「この中で受付すればいいの?」
「そ。んでこれをもらう」
「何それ」
「入学許可書。これ持って明日馬車に乗って行くんだとさ」
「馬車で行けるんだ」
「唯一橋がかかってるところがあるんだと」
学院とこことは実質つながってはいない。
暴れると危険な幻獣を同じ島で管理できないのだろう。
「とにかく行って来い」
「行ってきまーす」
「いってきまーす」