召喚都市クレアード
(ああ・・・嫌になる)
心の中で一人ごちた彼女は今目の前に広がる光景にほとほとあきれ返るばかりであった。
場所が変わっても人は変わらない、そんな言葉を思い出すばかりで思わず頭を抱えたくなる。
少々薄暗い路地裏、彼女にとっては珍しい石造りの家々の間を縫うように伸びるレンガの石畳の道の脇に二人の男とそれに囲まれる女の子、という小説でありがちなパターンが広がっていた。
囲んでいるのはひょろっこい軽薄そうな二人組みで、囲まれている方は線の細い美少女だった。
ふわんふわんに緩くウェーブした金色の髪は日陰でその輝きを失っているが日向にでも出れば美しく光り、まるで金糸を垂らしているのではないかと思うほどでその髪に彩られた顔もまた幼げでかわいらしく、空のように青い瞳は宝石を切り取ってきたかのよう。
それを縁取るまつげもまた金色で瞳の美しさを更に際立たせているし、唇はバラ色に染まり小さく、微笑みを湛えると御伽噺に出てくる精霊にも負けちゃいない。
背丈は高めだが、華奢で簡素ではあるが薄いピンク色のワンピースは彼女にとてもよく似合っていた。
「だからさあ、どっかでお茶しよう、ね?」
「おごるから!君この町初めてなんだろ?なら案内しちゃう」
見た目どおり声も軽く口調も軽い。
こんな大きな街になると人種も変わるだろうかと思ったが、どうやら自分達が生まれ育った村とそう変わりはしないらしい。
いや、彼女に声をかけるのは結婚を前提にしたお付き合いというものを含んでいた村の男達の方がまだ謙虚で誠実だったかもしれない。
しかし、どちらにしても自分は彼女をそんな男共の手に渡すわけにはいかなかった。
何故なら、彼女は自分のかわいいかわいい、目に入れても痛くないほどかわいがっている双子の妹なのだから。
大股にこつこつとわざとブーツのかかとを鳴らして近づいても、男達はこちらに目を向けもしない。
それだけ妹に夢中になっているのかと思うと、うんうん当然だ、と頷いてしまうがそろそろ気づかなければ己の身が危うくなってしまう危険を察知してほしいものだ。
丁度、彼らの真後ろ、妹からすれば真正面に立って彼女の普段からの基本スタイル、仁王立ちをすると、妹はそのバラ色の唇に笑みを浮かべた。
そしてまるで鈴が転がるようなかわいらしい声で
「お姉ちゃん!」
と自分を呼んだ。
(ああ!かわいい!かわいすぎるその声!)
一瞬どこか遠い国に飛ばされそうになるのを我慢して、頬の筋肉を全力で引き締めて「はあ?」と後ろを振り返ろうとする男の顔面に拳を突き出した。
「うわ!?」
しかし殴ることはせず、突き出すだけ。
「何だよお前」
「今の言葉、聞こえなかった?その子の“お姉ちゃん”よ」
男達は数秒間固まった。
そして彼女を頭の上からつま先までなめるように見る。何度も、何度も。
それでも男達は顔を歪ませて「はあ?」と言った。
「マジで言ってんの?それ」
「冗談きついって」
「あら?私は冗談も何も言ったつもりはないんだけど。何なら身分証明書も見てみる?」
普通一般市民が身分証明書なんてものを持ち歩いている筈が無かったが、今彼女の手元にはそれがある。
それには理由があるのだが、今はそれを語らないことにしよう。
その言葉を聞いた男達は彼女の言葉が真実だということを信じたのか、しかし信じてなお馬鹿にしたような視線はますます強くなるばかりだった。
「この不細工がこの子の姉ちゃん~?」
「俺やだなー!こんな姉ちゃん!」
「私もこんな弟は願い下げだわ。こんなかわいい妹を見た後じゃあ、あんた達の顔なんてゴブリンの顔にも吊り合わないんだもの」
幻獣の中でも醜悪とされる顔の持ち主であるゴブリンより以下にされてしまった男達の顔から表情が消えた。
どうやら怒らせてしまったらしい。
「あは」
へら、という擬音が似つかわしい笑みを浮かべ、彼女は笑った。
それが誤魔化し笑いに見えたのか男達が一気に逆上して。
「ふざけてんじゃねえぞ!!」
拳が振り上げられた。