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酒呑童子奇譚  作者: みたらし団子
第六章 水神の巫女 
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第伍拾漆話 赤髪の鬼、玉。


「他人の屋敷から盗っておいて、返さない。俺のだ。って、明らかにおかしいよね。」

そう言って赤い髪のその人は怪しく目を光らせて笑った。





薄暗い通路を俺と高杉さんは、提灯を持って巡回していた。

少し歩けば「不自然な人の匂いがする。」と、先ほどまでは盗人を捕まえていたが、もういい加減侵入する人もいないらしく、変な匂いはしなくなって段々とただ歩いているだけになっていた。

少し暇だなぁと思っていると、頭上から軽い笑い声が聞こえてきた。

「百鬼は兎も角、沖田は今頃、機嫌悪ィだろうなー」

ぼそりと独り言のように呟いた高杉さんを俺は見上げた。

にやにやと悪そうな顔をしている。

「そう言えばさっき捕まえた人達はどうなるんですか?」

ふと気になってそう尋ねた。

「ん?……人によるだろうが、まぁ、牢屋行きだろうな。」

「え。入隊させたりとかしないんですか?」

「ん?」

「だってこの前、俺が非番へんじょーで近藤さんのことを手伝ったら、言ってましたよ。『いやぁ迷惑掛けるな。何分人手が足りなさすぎて、折角の休みだというのに申し訳ない』って。」

「あの人、んなこと言ったのか」

高杉さんはそう言って笑った。

「そりゃ、安上がりだな。『牢に入るか、いろはに入るか。』どっちのがいいかわかんねぇ!」

俺は高杉さんの言葉に首を傾げた。

「いろはに入った方が良いと思いますよ」

「それも人によるだろうな。…ま、仮に入隊したとしてもある程度、力が無けりゃすぐ死んじまうし、第一、近藤が賛成しても、桂と土方は納得しねぇだろ。」

「…じゃあ、駄目かぁ」

良い案だと思ったんだけどなぁと溜め息をついて少し落ち込むと、高杉さんに頭をわしわしとかき混ぜられた。

「何が起こるかわかんねぇのが人生ってやつだ。玉砕覚悟で土方か桂に言ってみな。」

くしゃくしゃになった髪を軽く直して高杉さんを見上げると、ニッと笑いかけられる。

普段の桂さんは基本優しいけど、高杉さんや坂本さんへの当たりがちょっと怖い。

普段の土方さんは誰に対しても当たりが強くてもっと怖いけど、

「はい!」

何だか、提案出来る気がしてきて、俺は高杉さんに向かって大きく頷いた。

知らない匂いと、何かの割れる音が聞こえたのはそのすぐ後だった。

「わっわっ!」

「誰だ!」

驚いて尻餅をついた俺を、つばに指を掛け、抜く体勢をとった高杉さんが後ろに庇う。

所々うっすらとした灯りしかついていない通路で、でも確かに誰かがいるのが見えた。

「くそ、見えねえ…」

高杉さんが俺の持っていた提灯をすっと取り、前に掲げる。と、

「いたた……」

崩れた何かと、何か木箱を大切そうに抱えた赤い髪の人が、頭の後ろをさすってそう呟いるのが見えた。

突然の事にぽかんとしていると、ふと、その人が顔を上げて目が合う。

「あ……こんばんは」

へにゃりと笑ったその顔に、更に俺と高杉さんはぽかんとした。









とりあえず、逃げようとした赤い髪の人を捕まえて、座らせて、俺と高杉さんは改めてその人と向き合った。

光源の元に出してまず驚いたのはその人の額に二本の突起が生えていたこと。

「盗人ばっかだと思ってたら、遂に鬼が来たってか。」

高杉さんの言葉に鬼は恥ずかしげにたははーと笑った。

「人だと思った……」

良く見ると肌は白く、髪は赤く、目も綺麗な澄んだ金色で、俺は思わず高杉さんの後ろに隠れて、そう呟いた。

「うん。よく鬼らしくないって言われるよ。」

それにしても、にこにことしている。

「で、その鬼が何でこんな所にいんだ?」

高杉さんが溜め息混じりにそう尋ねた。

「これ、探しに来たんだ。」

手に持っていた木箱を見せてそう言う。

「鬼が物取りたぁ、どういうことだ?」

「物取りじゃないよ。僕は盗まれた物を返して貰いに来ただけ。」

そう言うと鬼は木箱を大切そうに抱え込んだ。

「盗まれたんですか?」

「うん。ちゃんと大江山の蔵に入れといったんだけど、いつの間にか無くなっちゃってたんだ。」

「オオエヤマ?」

聞いたことがあるような単語に俺は首を傾げた。何処で聞いたんだっけ。

「大江山……そういやお前、赤い髪に金色の目。んで鬼って…」

何か考え出した高杉さんに、鬼はきょとんとした顔をして首を傾げた。

「お前……酒呑童子か?」

一瞬、高杉さんが何を言っているのかわからず固まり。が、俺はすぐに鬼の顔と高杉さんを見比べると高杉さんを見上げた。

「全然違いますよ。」

俺と高杉さんは一度、酒呑童子という悪いらしい鬼を見ている。

あの時会った鬼とこの鬼は雰囲気も匂いも容姿も全く違う。

俺がそう言うと高杉さんは刀に掛けていた手を下ろして、だよな。と頭を掻いた。

「僕が、酒呑?」

と、突然、鬼が笑い出した。

「何がおかしいんだ?」

呆気にとられ、気分を害した様子もなく、ただ馬鹿笑いしている鬼を呆れたような目で見ながら高杉さんは肩をすくめて呟いた。

「ごめんごめん。こんな赤い髪をして角も生えてるけど、僕は酒呑じゃないよ。ただの大江山在住の鬼。玉だよ。」

片目をパチリと閉じ、世間話をするかのような気軽さで鬼はそう言った。

「へぇ、鬼のわりに気安く名乗ったな。」

驚いたように高杉さんがそう言うと、玉と名乗った鬼は肩をすくめた。

「だって、折角名前があるのにずっと『鬼』とかて呼ばれたくないもん。」

すっかり毒気を抜かれてしまった高杉さんは一瞬俺と目を見合わせると、小さく溜め息をついて、目の前でへらへらと笑っている鬼……玉さんに向き直った。

「俺は、長州出身の高杉だ。」

「た、竹田菊人です。」

よろしくねーと軽く返ってきた声にこの人は敵ではないのかも知れない。とふと思う。

でも、玉と名乗った彼は抱えた木箱を手放す気は無いらしい。

「さて、挨拶を交わしたんだし、もう僕等は知り合いだね。」

「まぁ、名前は知ってるわけだしな。」

名前を知れば知り合いになるのだろうか?

「さっきも言った通り、これは元々僕の屋敷にあった物なんだ。…勝手に盗って返さないっていうのはどうかと思うし、お願い見逃して。タカスギさん。」

玉さんは箱を小脇に挟んで、ぱんっと手を合わせた。

「それとこれとは別問題だ。」

「何で?これは元々うちの屋敷にあったものを人が盗んでいったものだよ。僕は返して貰いに来ただけで、目的さえ果たせれば誰にも危害は加えないつもりだよ?」

そう言った玉さんに高杉さんは肩をすくめて見せた。

「確かにそうかも知れねぇが、俺達にも立場って物があんだよ。お前を簡単に見逃せば桂や土方、近藤はともかく、あの豚野郎に『いろはは無能』って言わせる機会を与えちまうだろ。」

「豚野郎って、あのかっぷくのいい感じの館長?……あー、それは腹立つね。」

玉さんも館長を見たことがあるらしく、思いの外、肯定の言葉を呟く。

玉さんは箱を抱えたまま少し唸り声をあげて考えた。

箱の中身はそんなに大切な物なのだろうか。

と、玉さんが勢いよく顔を上げた。

「ね、君としては、豚野郎に何も言われなくて、いろはにも何か不利益が被らなければ別に僕がこれを持って行ってもいいんだよね。」

え。

「あぁ、箱の中身に興味はねぇしな。」

え。え。

混乱する俺を余所に話は進んでいく。

え、いいの?

よく話を聞いていなかったが、何時の間にか玉さんは高杉さんと顔をつきあわせて悪いオーラむんむんで計画を立てている。

「じゃあ、ちょっとの間、僕等は共犯者ってことで。」

「あぁ、いいぜ。」

にやりと二人して笑った顔はやっぱり悪そうにしか見えなかった。












そして今、僕は玉さんと高杉さんの計画の一環として玉さんと共にいらないガラクタが置かれた倉庫にいた。

目的は玉さんの抱えている木箱と同じような箱を探すこと。

でも、どうも落ち着かない。

一応、玉さんは盗みに入った人達と同じだった筈なのに、今は高杉さんの「豚野郎に一泡吹かせたい。」という思いと玉さんの「木箱を持ち帰りたい。」という思いが何故か一致する所で一致して、『きょうはんしゃ』なんてことに巻き込まれてしまったけれど、俺はどうすべきかまだぐるぐると思い悩んでいた。

普段あまり考えない所に『きょうはんしゃ』なんて難しい言葉を持ってこられて、その上、先程から玉さん独特の『鬼』の匂い(かどうかは知らないけど多分、鬼の匂い。)と倉庫内のカビ臭さが混ざって目も回ってきた。

「竹田くん。」

「ふ、ふぁいっ?!」

いろいろ考えてる所に突然話し掛けられ、体が跳ねてついでに変な言葉が飛び出した。

振り向くと玉さんが笑いを耐えて肩を震わせているのが見えて顔が赤くなるのがわかった。

「ご、ごめんね。僕の失敗の尻拭い、手伝わせちゃって。」

「失敗?」

笑いを耐えつつ玉さんはあっけらかんとした笑顔で僕にそう言った。

失敗って何のことだろう?

「これさ。本当は僕がちゃんと管理していれば良かったんだ。元々の持ち主、これに興味ないから適当に扱うし……だから、ずっと僕がほこり払ったり、たまに出したりしてたんだ。でも数百年もの間、何も変化がなかったら、やっぱどんだけ大切にしなきゃーって思ってても気が抜けちゃうじゃん?失敗だよね。」

一つ一つ似た木箱を見比べながらへらへらと笑って玉さんはそう言った。

「でも、今回は早く見つかって良かった。前に無くした時は見つけるまでに二百年掛かってさ。久々に戻ったら仲間にアホかってこっぴどく怒られちゃったし。」

二百年。

幾ら世間知らずの俺でもわかる。

それは玉さんの言う仲間が怒るのもわかるし、怒って当然だ。

でも、それより玉さんが木箱の中に入ったソレの為に二百年も探し回ったと言うことが信じられなかった。

と、同時にそれ程大切な物が一体何なのか気になって、俺は手元に置いていた大きさの似た木箱を持って玉さんに近付くと呟いた。

「中身は何なんですか?」

玉さんは俺の方を見ると、ふっと笑った。

そのすがたが何だか悲しげで、俺は玉さんに何か言おうと、口を開きかけた。と、そこに外に出ていた高杉さんが戻ってきた。

玉さんの表情が先程と同じように笑顔になり、「おかえりー」と出迎えた。

「拾ってきてやったぜ。枝とボロ布。」

腕の長さほどの枝と擦り切れた布を床に置いて、高杉さんは玉さんの横に座り込んだ。

「それ、どうすんだ?」

「中身の偽物にするんだよ。……高杉も竹田も、酒呑に会ったことあるんだよね?」

「おう。…お前は、酒呑童子の仲間だっけか?」

そう、玉さんはあの酒呑童子の仲間だそうだ。

それを言った瞬間、一瞬また空気が固まりかけたが、玉さんの「でも、酒呑とはもう300年以上会えっていない。」と言う言葉で回避された。

「……じゃあ、源義経が大江山に酒呑を退治しに来たのも知ってるよね。」

「あ、はい。「みなもとのよしつね」が酒呑童子の首をとったって話ですよね!……でも、この話っていっつも思うんですけど、本当に首を取ったなら、酒呑童子はもういないはずだからちょっとおかしいですね。」

「だってそれは人に伝わってる話だもん。…実際はちょっと違うよ。」

人に伝わってる話?

「へー、見てきた奴が言うんだからそうなんだろうな。」

高杉さんが楽しげに胡座に頬杖をついて言った。

「実際は義経は酒呑の首をとらず、当時暴れてた別の鬼の首を持って帰ったんだ。だから、酒呑童子はその後もずっと生きてきた。」

へぇ、と思わず声が漏れた。高杉さんも興味的だったらしく感嘆の声を漏らしている。

「……茨木童子が片腕を切り落とされた。とかは本当の話だけどね。」

そう言うと玉さんは木箱に掛かっていた紐をすっと解き、蓋を開けた。

中に入っていた物に、俺は思わず息を呑む。

高杉さんからも「へぇ」と声が聞こえ、俺達は目が釘付けになった。




「これの中身はね……茨木童子の片腕だよ。」


大切そうに布にくるまれ、箱の中に入れられていたのは枝のようになった一見、人の物のように見えるが、それにしても異様に爪の長い腕だった。





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