第伍拾伍話 拝啓、兄上殿
「異常なしっていうのはつまらないことこの上ないね。」
「異常があったら大変じゃないですか、沖田さん…」
閉館し、夜勤と夜番以外の隊士が屯所へいったん戻ったあとの静かな展示場で俺と竹田、沖田は幾松の煎れてくれた茶を片手に少しの休憩をとっていた。
それにしても、これだけの展示を良く集めたものだと思う。
たしかに贋作が多いが、中々の物品も幾つか混ざっている。
特にあの巫女は…
「それにしても、まさか巫女が本物だとはね。」
沖田が楽しそうに笑う。
水神の巫女と銘打たれた展示。百鬼と共に上がった二階の中心に飾るように置かれていた銀水昌の中、水面に浮遊するかのように浮かんでいる幼い少女を思い出す。
紺の髪で頬には鱗の模様が浮いている年端もいかないであろう少女。
「酷いです。」
竹田が苦い表情で呟いた。
「あんな硝子の入れ物に入れられてるなんて、可哀想です。」
気落ちしたような竹田。
竹田は巫女を見た瞬間、思わず二度見していた。
犬神が、匂いで気付いたらしく、竹田は本能的にそれが本物であり、生きていることを感じ取っていたのだ。
「そうだな。」
ま、だからと言って何をするでもない。
俺は適当に竹田に相槌を打ち、横に置いてあった焙じ茶を手にとった。
竹田は沖田の方をみた。
「どうにか出来ませんか?」
「どうにかって?」
「…出してあげるとか」
「無意味だと思うよ?」
「何でですか?」
竹田の問いにくすくすと沖田が笑う。
「あの巫女ちゃんの周りにある結晶みたいなのは、閉じ込めるためのものじゃなくて、狸から巫女ちゃんを守ってる結界みたいな物だから。」
沖田が此方にそうだよねと言いたげな視線を向けてくる。
俺はそれを適当にあしらった。
「それに、ここに置いてる展示品。叩けば埃が大量に出てきそうだから、土方さんもこの仕事が終わるまでに動くつもりじゃないかな。」
「え、」
「陰陽寮からの依頼って体だけど、その実、狸が別の官僚に金を積んで頼んだだけだよ、きっと。じゃなかったら、陰陽寮が俺達に仕事頼むわけないもん。」
つまり面倒ごとを押し付けられただけ。
沖田は変わらずにこにこと笑い、竹田はポカンとしている。
陰陽寮はプライドの高い奴が多く、いろはを見下げている奴が少なからずいる。
いろはの隊士も大半はそれを知っている為、今回の依頼が面倒臭いだけの実のないものだとわかっている。
「だから、原田さんとか平助さんとかあんな嫌そうな顔してたんだ…」
だろうな。
どこで見たのか知らないが、竹田の呟きに俺と沖田は想像がついて軽く頷いた。
「まぁ、陰陽寮はただの面倒ごとだと思ったみたいだけど……夜勤は多分当たり仕事だね。」
「当たり仕事?」
先ほどまでより一層楽しそうに笑った沖田に竹田は首をひねる。
俺は湯呑みを戻し、壁に立てておいた隊旗を掴んだ。
「菊人くん。心配しなくても、あの巫女ちゃんは元々いた場所に戻れるよ。」
「何でですか?」
俺が立ち上がったのを受けて、竹田も湯呑みを置く。
「僕の勘。」
くすくすと笑う沖田。
俺は竹田を連れて、夜勤の持ち場へと戻った。
『拝啓、兄上殿。
赤い鬼灯の美しい季節。どうか、影にお気をつけ下さい。敬具』
土方はそう書かれた手紙を眺めていた。




